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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第11章 星降る夜に祝福を

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05 語らい

 満たされたグラスを掲げ、乾杯を交わした。それを合図にして料理が運び込まれる。チーズやサーモンの燻製、ニシンの酢漬けなどの軽く摘まめるものから、香草を利かせた蒸かし芋や炙った腸詰肉、アプリコスのパイに河羊の煮込み料理などの温かいものまで、王国北部で親しまれている家庭料理が並んだ。

 家庭料理を振舞うことは、親愛の表れ。

 そのことがパウルの心情を表しているようで、面映ゆい心持ちになった。

「さ、いただきましょう。足りなかったら追加しますから、遠慮せず召し上がってくださいね」

 取り皿に料理を盛って配りながらパウルが言うと、「じゃあ、遠慮なくいただきまーす!」とリヌスは真っ先に皿に手を付けた。こういった場では遠慮がちになるところを、先陣を切って流れを作るところは彼らしい。

 子沢山の家庭の長子。そんな印象があったが、意外にも彼は一人っ子で、両親が他界して間もなく生家を従兄弟に譲り、自分はそのままトリスに移り住んだのだそうだ。

「結構山奥の小さい村でさ。大なり小なり血の繋がりがあって、村全体が家族みたいなもんだったから、あんまり一人っ子がどうとかって考えたことはなかったかなー」

 会話が家族の話題に及んだとき、リヌスはそう言ってから何かを思い出して苦笑いした。

「もっとも、親父とお袋は年寄り連中に次はまだかとか色々言われてたらしいけどね。まぁ、二人ともカラっとした性格で何言われてもけろっとしてたけどさ、なかなか子供に恵まれなくて歳いってからやっとの子が俺で……それで二人目がどうとか、なんかああいうのが苦手で出てきちゃったんだよね。居心地は悪くなかったけど、良くも悪くも村社会だったからね。やれ結婚だ子供だ二人以上だ後継ぎは男子に限るーなんてのがさ、ちょっと合わないかなーって」

 そうでなければ村長の孫娘を宛がわれて、村の古老が望むままに子沢山の家庭を築き、そのまま村で一生を終えていただろう。勿論そういう人生もありだろうが、少なくともそれは自分の人生ではないと思ったのだそうだ。

 若き王が即位して変わりゆく王国。それを知らずに村で生涯を終えることが、ひどく惜しいことだと思ったと。

「せっかくなら外の世界を見てみたかったし、自分の腕がどこまで通用するか試してみたかったってのもあるんだ。幸いというか、親父とお袋が亡くなる少し前に国境越えの立派な街道が近くにできてさ。外から人や物が入ってくるようになって、結構村も潤うようになったんだよ。だから村存続のために無理して残る必要もないって、叔父貴が後押ししてくれたんだよね」

「国境越えの街道……というと、トールネン門のところか。ノルディアに抜ける関所の」

 ふと思い至ったようにアレクが問うと、「そう、そこー」と肯定の返事があった。

「関所から数えて三番目の村だよ。街道からは少し外れるけど、関所から一日くらいの距離でさ。泊まるにちょうどいい距離感だから、いい感じに人が入ってくるようになったんだよね」

 トリスヴァル領の北西部、隣国ノルディアとの国境には長大な山脈が横たわっている。難所が多く、そのうえノルディア側には獰猛な魔獣の棲息地があったために、双方の行き来は山脈を避けて南下し、安全な海路を取らなければならなかった。遥々数百シロメテル南の港町に出なければならず、膨大な輸送費や所要日数の削減が大きな課題となっていた。

 しかし二国間の共同事業で危険区域を迂回する峠道が整備され、およそ半分の費用で済むようになったのである。新たな関所と街道が敷かれたことで人の出入りが増え、近隣の山村は宿場町として賑わうようになったという。少ないながらも定住者も増え、村人は安定した生活をしているそうだ。

「街道ができたら若者の流出が進むんじゃないかって、年寄り達はあんまり工事には協力的じゃなかったけどさ、今じゃあ宿屋とか土産物屋とか作って上手くやってるよ。陛下様様、辺境伯閣下様様ってさ」

「なるほど。手のひら返しか」

 苦笑いするアレクに、リヌスも同じような笑みを浮かべて肩を竦めた。

「なー。調子いいよな。でさー、こないだの竜討伐メンバーに入ってたって話もどっかから聞きつけたみたいで、いい頃合いだから帰ってこないか、好いた娘がいるなら連れてきても構わんぞって手紙が来てさ。客寄せの語り部にする気満々で笑っちゃったよ」

「で、帰るの?」

 悪戯っぽくエレンが訊ねると、「その予定はないなー」とリヌスは笑った。

「今の俺の生活はトリス(ここ)にあるし、はじめっからそのつもりで家も処分してきたんだ。俺がいなくたってあの村は図太く生きていけるよ。これまで通りにさ」

 そんな風に語ってワインを傾けるリヌスの横顔には、安堵と郷愁、そして幾ばくかの罪悪感があった。理由はどうあれ、自分を慈しみ育ててくれた村を出たということに負い目を感じていたのかもしれない。

 けれども村とのやり取りは続いている。それも一人や二人ではないようだった。それは郷里に彼の身を案じている人がいるということなのだろう。

 リヌスは村全体が家族みたいなものだと言ったけれど、きっとその通りなのだ。

(そういえば、ヴィヴィさんもそんなようなこと言ってたなぁ)

 罪を犯した「娘」を温かく迎え入れて諭してくれた、郷里の人々。立ち直れたのは、彼らの支えがあったからだと酒の席で打ち明けてくれたことがある。

『なーんか立派に独り立ちしたーなんて思ってましたけど、やっぱり一緒にいてくれる誰かの存在って、馬鹿にできないと思いましたよ。ヴァルも、先輩も、隣のおばさんも、なんだかんだ言って小生意気な私を見捨てないでくれましたもん』

 そんなふうに呟いた彼女の視線の先には、恋人のヴァルの姿があった。「結局人って、一人で生きてるわけじゃないんだなぁって」と言った彼女の照れくさそうな横顔は、今でも時折思い出す。

「――ま、たまに顔見せには帰ってるし、これからもそうするつもりだよ。いつか皆で行ってみるー? なんにもないところだけど、景色と飯は胸張ってお勧めできるよ。いい釣り場もあるしさ、のんびり糸垂らすのもいいもんだよ」

「山の幸か。悪くないな」

「あら、それならいつかの燻製もまた食べてみたいわ」

「勿論御馳走するよー。あ、最近土産に山葡萄酒売り始めたみたいだから、それも試してみない? 甘めだけど、すこーしだけ舌に残る渋みが結構癖になるんだ」

「おやおや、お酒と聞いちゃあ行くしかないねぇ」

「いいですねぇ。都会の喧騒を離れて命の洗濯というのも」

「……お前、もしかして疲れてるか?」

 しみじみ呟くパウルにクレメンスが言うと、「そりゃあそうだよ」とムッとした返事があった。

「死に掛けてるって聞いてすっ飛んで来たら、物凄い美女と結婚するってケロッとした顔で言われるんだから。メンタルの乱高下でそりゃあもう」

「そ、それは……すまなかった……」

 クレメンスは気まずそうに小さくなってしまい、隣のナディアはワインを傾けながら苦笑いしている。けれどもその眼差しは優しい。目の前で繰り広げられている兄弟の喧嘩とも呼べない細やかなやり取りを、どこか感慨深く見つめているようにも思えた。

 二ヶ月前に潰えていたかもしれない命が無事ここにあることを、噛みしめているようだった。

「……悪いと思ったんならさ。これからはもっとまめに顔見せてよ。せめて、年に一度くらいはさ」

 懇願ともとれる声音で発せられたパウルの言葉。

 クレメンスは「ああ、そうする」と頷いた。

「式を挙げたらナディアを連れて、お前とともに一度帰るつもりだ。その次は年末に。年初めは久しぶりに皆で過ごそう。新しい家族も増えることだしな」

 ひゅ、と息を飲んだパウルは、次の瞬間泣き笑いの表情になった。

 経営者の看板を下ろした彼は、思う以上に感情表現が豊かだ。

「……それなら馬車を貸切るよ。王都までの五日間、語り明かそう、クレム兄さん」

 微かに震える声でそう言って微笑んだ彼は、照れ隠しするように前髪を掻き上げると杓子を手に取った。

 すかさずナディアが皿を渡し、パウルが煮込み料理をよそい、それを受け取ったクレメンスが皆に配っていく。息が合った連携作業からは、彼らの間には信頼関係が築かれていることが窺えた。

 まるでずっと昔から家族だったかのような空気感。

 パウルとナディアは仕事がらみでもともと顔見知りだったというから、打ち解けるのは早かったとナディアは微笑む。

(そういえば……姐さんの生まれのこと、パウルさんは知ってるのかな)

 結婚すると聞かされてあれほど動揺していた彼のことだ。もし知らされていたとすれば、そのときには腰を抜かすほど驚いたかもしれない。なんとなくその様子が想像できてしまったシオリは、うっかり噴き出しそうになった。

 そして実際その通りだったらしく、ナディアは「疲れ気味なのはあたしのせいも多分にあったかもしれないねぇ」と、隣のシオリにだけ聞こえるように言いながら苦笑いした。

 それでも幸せそうなことに変わりはなく、シオリはそっと幸福の溜息を吐く。


 同じ食卓を囲むうちに初対面同士だった人たちの空気も気軽なものに解け、いつしかまるで旧知の友のように砕けた語り合いに変化していった。

 もとより緊張とは無縁であるらしいルリィ達もまた、勧められるままに料理を堪能している。ありがたいことに店には使い魔用のメニューもあって、ルリィには火炎豚のもつ鍋、ヴィオリッドには軽く炙った河羊の骨付き肉が、イールには最上級の魔力回復薬が用意されていた。

 彼らの好みが把握されているのはさすがというべきだろうか。

 それとも、使い魔同伴で食事を楽しむ飲食店の存在が当たり前にあるこの世界のことを、改めて驚いてみせるべきだろうか。

「お口に合いました?」

 パウルに訊かれてルリィは上機嫌にぷるるんと震え、ヴィオリッドは「ヴォフッ」と鼻を鳴らした。イールに至ってはヴィオリッドの体毛に埋もれたまま葉をわさわさと揺らしていて、さすがに可笑しかったのか、パウルは声を立てて笑った。

 楽しげな空気に、ふわふわと舞っていた竜麟の光が、ぴょこんと跳ねる。

「しかし、ザックさんがいらっしゃらないのは残念でしたね。お誘いはしたのですが」

「あいつも忙しい男だからな。今日は近隣のギルドマスターとの会食があるんだそうだ。シルヴェリアに冒険者組合(ギルド)を新設する計画があるようでな。多分その打ち合わせだろう」

「ああ……今までなかったのがちょっと意外だったけど、とうとう置くんだ?」

 シルヴェリアといえばロヴネル家との親交を結んだ、観光と宿泊業で成り立つ街だ。夏にはシルヴェリアの森中央に佇む白亜の塔目当ての観光客で賑わい、冬は冬で宿場町のような役割を果たしている。

「あそこが忙しいのは夏くらいだもの。そのせいもあるみたいよ」

「真冬にあの森や塔に突っ込もうって酔狂な人は、そうはいないしね。冬には魔獣が増えるけど、森に入らない限りは騎士隊だけで事足りるし、旅人も基本的には駅馬車を使うから」

 エレンとニルスはシルヴェリア近郊の出身らしく、あの地域の事情を教えてくれた。国内第二の規模を誇るトリス支部から、馬車で四時間もあれば往復できる距離のせいもあるだろう。

 それでも利便性を考えれば冒険者組合(ギルド)の設置を希望する意見が多く、分類が幻獣から希少魔獣に改められた雪男(スネ・トロル)の脅威もある。だからまずは夏季限定の臨時支部を置いてはどうかという話だった。常設するか否かは様子見になるようだ。

「マスター候補には先生の名が挙がっているらしいな。あの人なら妥当だろう」

 クレメンスが先生と呼ぶのは双剣の老剣士、国内最高齢の冒険者ハイラルド・ビョルネ翁で、本人も乗り気なのだそうだ。

「八十代と高齢で大きな現場に出ることはなくなったが、現役の双剣使いとしてはまだ名が通るお方だ。きっと上手くやってくれるさ」

「あそこに拠点ができれば、色々やりやすくなるね。仕事がてら実家に寄るなんてこともできそうだ」

 中途半端に近く、中途半端に遠い。そんな距離感であるがために機会を逃して、滅多に実家には帰らないらしいニルスは少し嬉しげだ。

「シルヴェリアからは近いんですか?」

「僕のところは歩いて一時間強ってところかな」

「私の町は馬車で二十分くらいよ。街道沿いで駅馬車も乗るには不自由しないから、年に二、三回は帰ってるわね。弟が帰るついでに一緒に乗せてってもらうこともあるわ」

「おや、弟さんがいるのかい?」

「ええ。商売をしてて小さいながらも馬車を持ってるの。トリスにもしょっちゅう仕入れに来てるから、誘い合わせて一緒に帰るのよ」

「そうなのか。それは羨ましいね。都合よく馬車があればいいんだけど、僕の町は街道から外れてるから、馬車は朝夕の二本しか出てなくてね。それで、まあ次の機会でいいかって結局帰らずじまいになっちゃうんだよ。なんだかんだでもう二年くらい帰ってないなぁ」

「ああ、なるほど……」

 薬屋を営む実家は兄夫婦が継いでいて、両親も健在。

 似たような状況で多忙を理由に帰省を先延ばしにした結果、その機会を永久に失ってしまったシオリの胸が僅かに痛む。

「でも、ご実家との関係が良好で機会があるのなら、できるだけ顔を見せてあげてくださいよ。何かあって会えなくなるのはご自分ばかりじゃないんですから」

 ぽつりと落とされたパウルの呟きは、口調の軽さに反して重かった。

 二度と会えなくなるのは自分の方ばかりではない。職業柄、「置いていく側」になる可能性は十分にある。

 シオリ自身、自らが健在であっても郷里の人々とは二度と会えない距離を隔ててしまった。そして家族や友人にとっては、自分こそが二度と会えない、失われた存在なのだ。

「――そうですね」

 身を以て経験したからこそ、シオリは頷く。

「仰る通りです」

 隣でワインを傾けていたアレクの手がするりと伸び、シオリの手を力強く握った。

 慰めてくれたのか、それとも誰かを思い出して咄嗟に縋りついたのか。

 どちらなのかはシオリにはよく分からなかったけれど、アレクの「せっかく一緒になるんだ。この先もずっと――可能な限り長く一緒にいられるように、努力しよう」という言葉に頷いた。

「ハイラルドさんみたいに長生きしよう」

「あと五十年か」

 アレクは笑った。

「冒険者でなくともかなりの努力が必要になるな」

「そのくらいの心構えでいてくれってことですよ。生きて帰るまでが冒険者の仕事なんでしょう。是非そうしてください。我々エナンデル商会一同も、皆さんの力になれるようこれまで以上に精いっぱい努力しますから」

 冒険者用品を専門に取り扱うエナンデル商会設立の切っ掛けを作ったのはクレメンスだと言うが、その案を形にして実現にこぎつけたのはパウルだという話だ。その裏には、危険に身を置く兄を案じ、せめて良質な品を提供する商人としてかかわることで兄を護ろうという彼の想いがあったのだ。

「――長生きしなきゃねぇ。ねぇ、クレム」

 ナディアは嫣然と微笑み、何かを噛み締めたクレメンスは、「ああ、そうだな」と頷いた。

「幸せになってね。姐さんも、クレメンスさんも」

 シオリの言葉を合図にするかのように、竜麟の光が二人の周囲をくるりと回った。

 柔らかな光の粒が舞い、二人の上に降り注ぐ。

 不自由な肉体から解き放たれて、今や純粋な魂となった竜の優しさは、二人にも届いたようだった。

 その光の粒の一つ、ひときわ大きい輝きが強く瞬く。

 ――光の中に、ほんの一瞬だけ見知らぬ少年の姿が滲み、二人を祝福するような微笑みを残して消えていく。

 誰なのかは分からない。けれどもその目元の印象がアレクとオリヴィエルに似ていたような気がして、シオリは息を呑む。

 アレクもまた驚いたような吐息を漏らした。

 一瞬だけ現れた少年の姿は、二人以外には見えていないようだった。もしかしたら、竜と繋がる二人だからこそ、その微かな存在を感じ取ることができたのかもしれない。

「……兄上……?」

 掠れた声でアレクが呟き、それでその正体が知れた。

(……そっか。きっと、お祝いに来たんだね)

 遠い過去に、不慮の事故でこの世を去ってしまったナディアの大切な人。竜の力を介して、その想いと願いを届けにきたのかもしれない。

 ひとしきり光を振りまいて、やがてシオリの胸元に戻ってきた竜麟の中のひとを抱くようにして手を添えると、ほんのりとした熱を感じた。初めて祝いの席に立ち会って、気分が少し高揚しているようだった。

「一緒にお祝いしてくれてありがとう。式の日も、一緒に行こうね」

 そう囁くと、竜麟の首飾りが小さくぴょこんと跳ねたような気がした。

ルリィ「憑いてる」

ギリィ「憑いてますね」

脳啜り「完全に憑いてるな……」

謎の少年「守護霊と言って」


_(:3 」∠)_

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― 新着の感想 ―
更新、ありがとうございますm(_ _)m 次回の更新とコミックスの10巻も楽しみです(人*´∀`)。*゜+ 竜麟の光が二人の周囲をくるりと待った。⇒廻った かな?
食事の席の話だから食事しながら読んでも大丈夫そうと行儀悪いことしてたらバチが当たりました 胸がいっぱいになって涙が止まらなくてご飯が一膳しか食べられませんでした°・(ノД`)・°・
だから、泣かせすぎだっちゅうに!ウルウル
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