14 決意
『親愛なるオリヴィエへ
元気でやっているか。お前のことだからきっと恙無くやっていることだろう。
俺は元気にやっている。秋には少し体調を崩したが幸い数日で良くなった。ザックと――多分お前はもう知っているのだろうが、同僚のシオリという女の世話になってな。お陰ですぐに回復して今は健康そのものだ。
しかし俺もお前もそろそろ無理のきかない年齢に差し掛かりつつある。互いに身体を大事にしよう。自分のためにも――家族のためにもな。
突然家族の話をして何事かと思うだろうが、俺にも家族ができそうなんだ。最近このシオリと恋仲になった。年明けから一緒に暮らし始めたところだ。いずれは妻に迎えたいと思っている。嬉しいことに彼女も同意してくれたんだ。
だが、その前にいくつか解決を……いや、違うな。気持ちの整理を付けておきたいことがある。あの、十八年前のことだ。お前を独りにして、俺だけ楽な場所に逃げてしまったこと――それからレヴィに不義理を働いたこと。あれからずっと後悔していた。お前達の本音を聞かないまま逃げ出したことをずっと後悔していたんだ。
だからもし許されるのならば、会って話がしたい。そして謝りたい。お前にも、レヴィにも。
レヴィはもう他家に嫁いだ身、それも手酷い裏切りを働いてしまった相手だから難しいかもしれないが……それでも機会が得られるのならばこれ以上はない僥倖だ。
面倒を掛けるが、繋ぎを付けてもらいたい。だが無理強いはしないで欲しい。彼女が乗り気でないのならそれで構わないんだ。ただ俺の気持ちの問題だからな。
しかしお前とは都合が付いたらきちんと話し合いたいんだ。すまないが……頼む。
追伸
使い魔が入る背嚢を作れそうなところを色々考えてみたが、エナンデル商会にするつもりだ。あそこなら腕の良い職人が揃っているし、客の希望も細かく聞いてくれるからな。きっと良いものができるはずだ。楽しみにしていてくれ』
書き終えた短い手紙をいつもの封筒に入れて封をする。署名は変名のイニシャルのみ。これをザックに手渡せば、辺境伯家から公爵家を経由してオリヴィエルの元へ届けられる手筈になっていた。
ちらりと見た窓の外は大粒の牡丹雪が降っている。ほんの少しの外出でも冷えそうだ。いつもの外套と襟巻、帽子をしっかりと着込んだアレクは懐に手紙をしまい込んで、居間へと続く扉を開けた。
「少し出てくる。すぐ戻る」
「うん。行ってらっしゃい」
繕い物をしていたシオリに軽い口付けを落とし、触手を振るルリィに見送られて部屋を出る。
舞い散る牡丹雪は水分を多く含み、路上の土埃と交じり合って雪馬車が通り過ぎるたびに泥混じりの飛沫を上げていた。御者が粗暴なのか勢いよく通りを走り抜けて娘達の淡い色調の外套に泥を撥ね、悲鳴を上げさせている。それを横目に苦笑しながら歩いていたアレクは、アパルトメントからほど近い場所にあるギルドの扉を開けた。
「よう、今日は休みだろ。どうしたよ」
「ああ、手紙をな」
書類仕事の手を休めて顔を上げたザックにさり気ない動作で封筒を手渡す。それをちらりと見たザックもまた何食わぬ顔で「おう、後で渡しとく」と呟きながら受け取った。
仕事の都合で留守が多い冒険者は、郵便物の発送や受取を組合気付にしている者がほとんどだ。依頼関係で郵便物が多く、一日に二度の集配が行われる組合なら安全に保管できるうえ、間違いなく受け取りができるからだ。
だからこうして「密書」を彼に手渡しても見咎める者はいない。
こうして秘密の手紙はザックの手で辺境伯家に運ばれ、そこから彼の実家であるフォーシェル家への私信に混ぜて王都に送られる。そこから先はエドヴァルドかフレードリクがよろしくやってくれるだろう。
「……ああ、そうだ」
ふと思い出したかのようにザックは話題を変えた。
「本部からS級昇格の打診、また来てるぜ」
「……またか。懲りないな」
アレクは苦笑した。
フルオリット山脈とリーリア谷のドラゴン討伐や、一時期新聞を賑わせたイェーゲルフェルト荘事件の解決など数々の功績を打ち立てたザックに比べれば自分などまだまだだと思っていた。それにS級昇格ともなれば新聞報道されるのだ。そのうえ上流階級からの依頼や夜会への招待も増え、身分を偽っているアレクとしては甚だ都合が悪い。そんな事情もあって適当な理由を付けては断り続けてきたのだった。
だが。
「今すぐにという訳ではないが、昇格の話……今度は前向きに考えようと思っている」
アレクは兄貴分の目を見据えた。晴れ渡った夏空のような澄んだ色の瞳が己を映す。
「ほう? そりゃまた一体どういう心境の変化だよ」
「腹を括ったというのもあるが……」
母を亡くしてからこれまで、ずっと諦めてばかりの人生だった。身分や境遇に言い訳をして何もかもを諦めておきながら、後悔し通しの人生だった。
しかしもう後悔したくはない。諦めて後悔するくらいなら自身が欲するままに生きたい。今まで諦めてきたものを今度こそは手に入れたいと思うのだ。自分のためにも――共に生きると決めた愛しい女のためにも。
「俺には後ろ盾がない。勿論弟やあんた、それにクリスもいるが、立場を捨てて隠れて生きてきた俺には、あんた達を頼る資格も元の身分を持ち出す資格もないんだ。だから、俺が俺自身の手で掴んだ立場が欲しい。シオリを護り、そして共に生きていくためには、力だけではない立場や名声が必要だ。それを全て手に入れた上で元の名を名乗りたいんだ」
「……アレク、お前」
「シオリは俺以上に立場が曖昧だ。あいつはあいつ自身の力でロヴネル家や辺境伯家、それに多分大司教の後ろ盾を得た。エンクヴィスト家の覚えもめでたいが、それだけでは足りないだろう。俺が俺として生き、なおかつあいつの手を取ろうというのなら、もっと多くのものが必要になる。だからそれを補うためにも、まずは冒険者としての名を上げたい」
「……アレク」
ザックは蒼眼を見開いた。じっと見つめるその瞳はやがて、優しい光を湛えて柔らかな弧を描く。
「そうか。本気なんだな」
「ああ」
力強く頷いてから、アレクは眉尻を下げて苦笑してみせる。
「まぁ、あいつにはまだ何も話してはいないから、実際どうなるかは分からん。だが、どう転んでも互いに不利益にならないように足場だけは作っておきたいんだ」
「……そうか。そうか」
ザックは笑い、何度もそう言って頷きながらアレクの肩を叩く。
「応援してるぜ、アレク」
「ああ、見ててくれ。必ず今度は――悔いがないように生きてやる」
新年の幕開け、新たな決意。
あの不思議な愛しい女と共に歩む道は恐らく平坦なものではないだろうが、二人手を取り合って生きる道を切り開くためならばどんな苦も厭わない。
――兄貴分にして二十年来の友人に別れを告げて帰宅したアレクは、自室の扉を開けた。居心地よく整えられた室内に、食欲をそそる良い香りが満ちている。
「お帰り、アレク」
熱心に鍋を掻き混ぜていたシオリが振り返った。調理台によじ登って彼女の手元を覗き込んでいたルリィもまたぷるんと震える。
「ただいま、シオリ」
微笑んで迎える彼女に歩み寄り、そっと華奢な身体を抱き寄せて柔らかな唇に自身のそれを重ねた。
温かで幸せな家。ずっと望んでいたものが今この場にあり、そしてその光景の中に己がいることの喜びを噛み締めながら、アレクは再びシオリに熱く濃厚な口付けを落とした。
アルラウネ「直リンなしで別サバにアップかああァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア」
脳啜り「ちょ、おま、やm
ルリィ「……また皆寝ちゃったよ」
ペルゥ「まだ探してたのか……」
またなんだか打ち切りエンドみたいな結びになりましたが続きます、はい。
五章終了。あとは数が多過ぎ問題でヒソヒソされている幕間話とトリス支部通信に人物紹介やったら、新章入ります。
あと、1月28日にコミカライズ第6話掲載の月刊コミックゼロサム3月号発売です。可愛い三馬鹿娘登場回です。よろしくお願いします(*´Д`)
近々もう一つお知らせがありますので、そちらはまた後日( *´艸`)




