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家政魔導士の異世界生活~冒険中の家政婦業承ります!~  作者: 文庫 妖
第3章 シルヴェリアの塔

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40 増えていく、大切な

 食事会を終えて通された居間に、紅茶の香りが漂う。バルトによって淹れられた紅茶は果実の精油で香り付けされているらしく、仄かに杏の甘い香りが混じっている。

 ほんのりとした甘さのある紅茶を一口啜り、シオリはうっとりと目を細めた。

(……この国の男の人って紅茶淹れるの上手いなぁ……)

 バルトは仕事柄分からないでもないけれど、昨日紅茶を御馳走してくれた監視小屋のミカルは騎士だ。そういえばアパルトメントの管理人ラーシュの淹れた紅茶も美味しかったなと思い出した。

 ストリィディア男子の必須技能なのだろうかと、紅茶を飲みながらそんなことを考えていると、茶器を置いたアンネリエが姿勢を正した。

「では改めて――皆さんには本当にお世話になったわ。危険だからというのを少し無理に依頼を通して頂いて、実際怖い思いもしたけれど、得る物の多い良い旅になった。目的も果たすことができた。これはひとえに皆さんのお陰よ。本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」

 シオリは仲間達と視線を交わして微笑み合った。飾らない言葉で伝えられた本心からの謝意に、謙遜は要らない。ただ素直に受け取ればいい。

 面映ゆい気持ちと達成感が溢れ、それと同時に名残惜しさを覚えてほんの少しだけ胸が苦しくなり、シオリはそっと胸元を抑えた。

 たった数日一緒に過ごしただけだけれど、寝食を共にし、危険に立ち向かい、そして目的を果たした仲間だ。心根が真っ直ぐで気持ちの良い彼女達とはもうこれでお別れなのだと思うと寂しい。

 元より平民、そして移民で冒険者である自分と、名門貴族の彼女達とは立ち位置が違う。もしかしたらこれから先、もう二度と会うことはないのかもしれない。

(――仕事だから仕方ないけど、でもちょっと寂しいな)

 そんなふうに思っていると、何か躊躇うようでもあったデニスが意を決したように口を開いた。

「俺からは……謝罪を」

 気恥ずかしさからか頬を僅かに染めながらも、彼はシオリの目を真っ直ぐに見る。

「特にシオリ殿には不愉快な思いをさせて申し訳なかった。何の落ち度もない貴女にはこれ以上はない侮辱だったと思う。本当に済まなかった」

 赤毛の頭を深々と下げて謝罪した彼に、シオリは慌てた。

「いえ、気になさらないでください。前に一度謝って頂きましたし、私はもう気にしていませんから」

「しかし」

「……確かに、呼びつけておいて帰れと言われたときには驚きましたし、悲しくも思いました」

 初対面のときの心情を正直に伝えた。多分下手な気遣いをするよりは、正直に気持ちを伝えた方がいいだろうと思った。明け透けに本心を見せる彼には、特に。

 デニスは一瞬怯んだようにぐっと口元を引き締めたけれど、それでも視線は外さなかった。自分がしでかしたことに対する責めは受け止めるつもりでいるのだ。

「でも、デニス様は……私の故郷の想い出を認めてくださいました。身一つでこの国に来て、それまでの自分を証明するものは私自身の記憶だけで、そのことがとても心細かった。それをはっきりと認めてくださったことは……本当に嬉しかったんです」

 良い家庭で育った、温かい家庭を知っている、だからこそ出せる味なのだと――シオリという存在を形作ったあの場所の想い出を、彼はスープをたった一口飲んだだけで認めてくれたのだ。

「デニス様には恨む気持ちよりも感謝の気持ちの方が大きいんです。ですから本当にもう気になさらないでください」

「あ……あ、そういうことなら……その、すまない、ありがとう」

 デニスは顔を赤くして視線を彷徨わせ、どうにかそれだけ言うと小さく頭を下げて見せた。照れているらしい。

(本当に感情表現が素直な人なんだなぁ……)

 アンネリエが「素直で可愛い」と言った意味がよく分かる。

 目を細めてデニスを見ていた彼女と視線が合い、どちらからともなく微笑み合う。

「一緒に旅する中で、どんな局面でも諦めず冷静に対処する皆さんの姿勢には心を打たれたわ。それに――」

 ほんの少しだけ気恥ずかしそうにアンネリエは笑った。

「今回の旅はね、ただ絵の題材を見に行きたいというだけではなかったの。色んな(しがらみ)に囚われていた私とデニスが先に進むための儀式だった。私達のためにもロヴネル家のためにもどうしても必要だった。私達のような素人が行くには危険な場所まで連れていってくれたことは勿論、その儀式に臨むにあたってシオリさん、貴女がデニスの心を解く切っ掛けを作ってくれたこと――本当に感謝しているわ」

 彼女のしなやかな指先が伸び、そしてシオリの手を取った。朝食のときにもこんなふうに手を握られたけれど、その距離の近さに狼狽えてしまう。

「それでね、シオリさん。ここから先は依頼ではなくて個人的なお願いになるのだけれど」

「えっ……あ、はい」

 個人的なお願い。何を言われるのかと緊張して身構えると、アンネリエの瞳が熱を帯びた。

「私とお友達になってほしいの」

「……え?」

 意外な「お願い」に驚き、目を瞬かせる。

 アレク達もやはり驚いたようだ。シオリとアンネリエに交互に目をやり、それから互いに顔を見合わせている。

「シオリさんと一緒にいると、とても心地よいの。必要以上に距離を取るのでもなければ近付き過ぎるのでもない、程良い距離感が心地よいのよ。線引きするべきところはきちんとしているけれど、歩み寄る人は穏やかに受け入れてくれる懐の深いところも、優しいだけではない芯の強いところも、とても――好きだわ」

「アンネリエ様……」

 彼女が男性だったなら、結構な口説き文句だ。おだてているわけではない、心からの言葉だということが彼女の真剣な眼差しから伝わってくる。

「勿論貴女にはそれだけではない、何か抱えるものがあるのだということは何となく分かるわ。もしかしたらそのことが、今の貴女を形作っている要素にもなっているのかもしれない。けれども、それでも強くしなやかに生きている貴女に――私、惚れてしまったの」

 シオリは驚いて目を見開いた。けれどもそれまで成り行きを微笑みながら見守っていたアレクがぎょっとして目を剥いたのを見て、その様子につい噴き出してしまい、それで逆に冷静になった。

 自分に惚れたと言うアンネリエの言葉に深い意味はない。ただ、言葉を重ねて自分を好ましく思ってくれているということをはっきりと告げてくれた、その彼女の気持ちがひどく嬉しい。

「私も……」

 シオリは言った。

「今回の旅で気付かされたことが沢山ありました。デニス様に想い出を認めて頂いたこともそうですが、皆さんと一緒に過ごす中で、自分は独りではないこと、自分にもできることが沢山あるのだということ……色んなことを知ることができました」

 アレクと出会い、心を交わし合って、そして――二人で組んで仕事をすると決めて、初めて引き受けたこの依頼で、こうして気持ちの良い人達と出会えたことは僥倖だった。

 何かに悩みながらも目的のために真っ直ぐ前を見つめて困難に立ち向かおうとする彼女達と過ごすうちに、そして愛しい人や優しく温かい仲間と言葉を交わすうちに、自分が目を背けてきたこと、諦めてきたことを見つめ直そうと思うようになっていた。

「……私には全てを置いてきた場所があります。そこにはもう二度と戻ることはできません。もう二度と戻れない場所に、それまで集めてきた大切なものも、私自身を証明するものも、全てのものを置いてきてしまいました。ですから、何一つ持たない私はここではとても曖昧な存在で……身の置き所がないと思っていました。でも」

 俯きそうになる顔をそれでも上げて、前を見る。

 力強い腕で抱き締めてくれる愛しい人がいて、強くて優しく温かい友人と仲間がいて――今ここにはいないけれど、ずっと見守ってくれていた「兄」がいて、同僚達がいて――。

「居場所がないと思っていたこの場所にも、居場所を作ってくれた人がいて……そして大切なものも沢山できました。大切なものが沢山あることを知りました。それを気付かせてくれたこの旅に私を指名してくれたこと――私も、感謝しています。本当にありがとうございました」

「シオリさん……」

 握られたままだった手が、一層強く握りしめられる。

「……貴女が今こうして認められて、そして素晴らしい人達に囲まれて大事にされているのは、貴女自身の努力があってこそだと思うわ。何か辛いことがあっても努力して生き抜いてきたからこそ、貴女は美しいの。その美しさはもっと誇ってもいいと思うわ。だから――その美しい貴女を、いつか描かせて?」

 告げられた言葉にシオリは目を見開いた。

「今の私の力量では貴女を描き切ることはできないわ。でも、もっと腕を磨いて今なら描けると思ったそのときには、貴女にモデルになってもらいたいの。裸婦像にはこだわらないわ。とにかく貴女という存在を描いてみたいの。そのために、もっと貴女のことを知りたい。過去のことを根掘り葉掘り訊くつもりはないけれど、シオリさんの人柄にもっと触れて、沢山語り合いたいの。このままお別れしてそれきりになるのは……寂しいわ」

「アンネリエ様……」

 この気持ちの良い人達と別れるのは寂しいと思っていたのは自分も同じだ。だから、彼女の気持ちが純粋に嬉しい。

「モデルになるのは正直言うと恥ずかしいですが……でも、私ももっと自分を見つめ直して、色んなことを受け入れられるようになったら、そのときには……お願いします」

 時間はかかるかもしれないけれど、それでも。

 そう告げるとアンネリエはぱっと花が咲いたように顔を綻ばせた。

「ありがとうシオリさん! ああ……嬉しいわ。デニスと心を通わせることができた上に大きな目標もできて、その上素敵なお友達ができるなんて。ああそうだわ、お友達なんだから堅苦しいのはなしよ。私のことはアニーと呼んでちょうだい。私もシオリって呼ぶから勿論敬称はなしでお願いね?」

「えっ……と、それは……」

 さすがにシオリは躊躇った。友人とはいえ名門貴族の女性を呼び捨てにしても良いものなのだろうか。助けを求めるようにアレク達を見たけれど、彼らは苦笑するか微笑ましそうに笑うかのどちらかで、助けてくれる気はないようだった。ちなみにルリィもぷるんと楽しげに震えるだけで、これも戦力にはならない。

「貴女のことだから、公の場ではきちんと線引きしてくれるでしょう? でも私的なお付き合いの場ではもっと親しく呼んでほしいの。歳だって同じくらいなのだし、いいでしょう?」

「……え?」

 同じくらいの歳。シオリは首を傾げた。確か彼女は二十代半ばではなかっただろうか。同じくらいというには少し図々しいような気もするのだが。

 見かねたのかデニスが口を挟んだ。

「おいアニー……さすがに同じくらいというのは少々図々しくないか。どう見ても彼女はお前よりもっと若いだろう」

「え」

 余計悪化した。日本人が小柄で童顔だから若く見られることもあるのは知っているし、今までに何度か似たような経験もあったけれど、いくらなんでも若く見過ぎだ。

 こういったやり取りに覚えがあるナディアやクレメンスは苦笑いしている。

 同じ女性同士であるナディアは、顔だけではなく手や首筋といった全体的な肌艶や立ち居振る舞いでシオリの年齢を大体察していたようだったが、クレメンスやザックは体格で判断していたらしく、やはり今のデニスのようにかなり見当違いの年齢を想像していたのだ。

(……そういえば兄さん、あのとき胸元見てたんだよね……)

 どうやら背丈だけではなく、この(ささ)やかなサイズの胸で少女ではないかと判断していたようで、それを思い出してシオリは微妙な気持ちになった。この国の女性よりは確かに小さいかもしれないが、日本では標準サイズだ。間違ってもつるぺたではない。

「あらデニス。若いと言われて喜ぶ女性もいるけれど、あまり若く見るのは失礼というものだわ。若々しいって言うのは女性同士ではむしろ見下す言葉だったりすることもあるのよ?」

「えー……と」

 アンネリエの言うことはもっともなのだが、とりあえずここは間違いだけ訂正しておくことにする。

「すみません、私……三十一歳です」

 シオリの言葉にアンネリエ達は沈黙した。

「さんじゅういち」

 しばらく考え込んだ後に、バルトが復唱する。デニスは絶句し、アンネリエは興奮気味にシオリの肌をぺたぺたと触りだした。

「三十代でこの吸い付くような肌質……素晴らしいわ。これもシオリの努力の賜物なのかしら、それとも東方の神秘……」

「わ、わああああ」

 探求心に変な火がついてしまったアンネリエを我に返ったデニスとバルトが慌てて引き離す。無責任に笑っているアレクをひと睨みしてから、シオリはほっと息を吐いた。その背を宥めるように、未だ笑ったままのアレクが撫でる。

「まあ……ともかく良かったじゃないか。得難い友人が――増えたな」

「うん……そうだね。大切な人がまた……増えたよ」

 この強くて真っ直ぐで優しい、楽しい人達とこれから先も会えるのだと思えば、胸がじんわりと温かくなった。

 もう一度、アンネリエの手がシオリに優しく触れた。

「――ね、トリスとロヴネル領は少し離れているからそんなにしょっちゅう会うことはできないけれど……でも時間ができたら貴女に会いに行くわ。だから、貴女も私に会いに来てね、シオリ」

「俺からもお願いしよう……シオリ。俺も貴女からもっと教えてもらいたいことが沢山あるんだ。それにショーユも分けてもらいたいしな」

「あ、俺も俺も! もっとシオリの料理が食べたい」

 三人の言葉にシオリは笑った。そして頷く。

「……うん、わかった。じゃあ、これからもよろしくね――アニー、デニス、バルト」

 極寒の中を共に旅して得た、友人達。

 こうしてまた――増えていく。この世界で得た、大切な、宝物が。





ルリィ「ザック……」

ペルゥ「ザック……」

雪男「私はお尻派ですねぇ……」


シオリが過去を振り返れるようになって思い出す記憶の中には、このように残念なものも含まれているのです。誠に残念な想い出です。


あの、こんなところから私信すみませんが、本当にいつもメッセージありがとうございます。

返信はできておりませんが、毎回嬉しく拝見しております(*´Д`)=3

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雪男さんは成仏してクレメンス
雪男さんwww
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