9年で分かったこと
「やぁ私のお姫様、今日も一緒に夜を過ごそうか」
ベオはシエラの父が使っていた机に座り、書物を漁っていた。
シエラはそのいつも通りの姿に、体の不調などを心配するという不死の人間には不要な言葉を掛けそうになる。
その言葉を濁して、シエラは彼に歩み寄る。
「…今日はなにかわかったことある?」
「いや、『ホムンクルス』の御伽話と他の書物には特に共通点が見つけられない。気掛かりなのはやたらと多神教の記述があることぐらいだ」
「多神教…宗教のこと?」
「あぁ、随分昔に見つけた文書通りだとしたら、どうやら君のお父さんは彼らから君を育てるように任されたとみていいと思う」
「……そう」
ベオが言ったことに苦しい現実を感じた。
ベオはシエラと夫婦になった後、あれからずっと父の書斎でシエラの事に関した書物を漁っていた。
人工的に作られた人間。
次の人間。
不死になる前のシエラにはそれ以上の謎があった。
それはシエラがどうしてその役割を担うことになったのか、どう言った意味なのかという疑問だ。
5年もそれを続けて、ようやく机の床下に隠して閉まってあった収納庫からシエラの父が書いた書物を見つけた。
そこにはこう書いてあった。
『稀代の英雄を使って神を呼ぶ、次の人間にしか出来ない1000年にたった一度の軌跡の儀式、そうすれば多くの人間が次の人間になれる。彼は彼の仲間とともに器として成熟したシエラを回収に来る、そう、あの狂人を引き取ってくれる』
と。
そこから先はシエラに対する侮蔑の言葉がびっしりと書かれており、この文書を書いたのがシエラを地下の牢獄に入れた後なのが分かった。
それを読んで知ったシエラは初めて自身の父の心中を理解し、ホムンクルスのシエラを育てた理由を知った。
「…ここにあるのじゃまだ答えは出ないわね」
「君の父さんはただの鬱憤ばらしの文書を床下に隠すほどだからね、この城内のどこかにまだ他の書物があると思う。それまでは今出てる書物をまとめた文からの推測しかない」
ベオは難しい顔で積み上げられた様々な書物を睨む。
シエラはそんな自分のことを真剣に考えてくれる彼にまたも惚れそうになる。
「時間はいっぱいあるしね…今日はもう休みましょ、リイナも寝たことですし」
彼と一緒に寝るのが日課の彼女は早く彼の肌を触れて寝たくて促してみた。
「うん…その前にリイナの事だけど…さ」
と、ベオが急にリイナの事を語る。
それにはシエラもさっきまでの明るい気分は無くなり、真剣な気持ちになる。
あぁ覚悟している。
シエラは愛娘の将来を思いながらも、胸が裂けるように痛くなる。
いつかは下さないといけないこと。
「えぇ…やっぱり15になったらここから出て行ってもらう、もう覚悟も出来てる」
リイナをこの城から出す事。
その決断を、まだ8歳の娘には秘密にする事を。