指導者の訃報
ルクセニア・フェルテ・ネルト帝王の逝去の知らせは、戦場にさざ波のように伝わり、連合軍の兵士達や士官達の耳に入ってゆく。
その事実は、前線で魔族と戦う部隊にも伝わり、動揺が広がる。
ルクセニア帝王の生前の功績は大きく、周辺国を征服し、属国にするだけでなく、インフラの整備や経済圏の輪に巻き込むなど、様々な取り組みをした。
ただの征服帝ではなく、懐の広さを見せることにより、各国の代表や民から愛される存在であった。
そんな偉大な指導者を失い、決戦の最中にも関わらず、虚脱感と喪失感が、連合軍を包んでゆく。
そんな戦場の思念の揺らぎを感じたエンリエッサの弟子達が、エンリエッサに念話により思念を飛ばし、情報を逐一報告していた。
【エンリエッサ様、敵の動きが鈍いです、敵側の本土でなにかあったようです。総攻撃をかけますか?】
【ご指示を願います】
【我らに指示を、御使い様はなんと仰せですかエンリエッサ様】
【一度に喋り過ぎないでちょうだい、頭に響くわ!現状は待機よ、待機。敵の動きが不透明の中、迂闊に動かないこと。敵の罠かもしれない…】
魔術師達同士での、念話での交信を続ける中、御使いのリーゼにもこの事念話で告げる。
【なるほどねエンリエッサ、連合軍側からの攻撃が止むのであれば、こちらからの攻撃は控えなさい。あちらが撤退するのなら、こちらは静観の立場を崩さないように厳命して、いい?】
【はいリーゼ様、そのように通達いたします。他の業魔将にも伝達いたします】、
おもむろに矛を収めるリーゼとエンリエッサ、勇者達との戦闘を一方的に終わらせ、上空へと羽ばたいてゆく。
「待て御使い!逃げるのか?まだ決着はついていない、私と戦えリーゼ!お前達は逃がさない」
「そうかっかしない勇者、貴方達の側になにか不測の事態が起きたそうよ。私達は戦線を確認して軍勢を指揮しなきゃならない、勇者達も戻ったら?」
「なに⁉︎何が起きたのだ御使い?貴様の差し金なのか、答えろ!」
「そこまで教える義理はない、自分の頭で考え、自分で対処なさい。じゃあね勇者とそのお仲間さん達、縁があったらまたどこかで会いましょう。エンリエッサ、いこうか」
「はいリーゼ様」
「一体なにが起きている、まるで状況がつかめない。ソロとリューはなにか知ってるかい?」
「いや私はなにも…」
「俺も特にはわからないな」
ぽつんと取り残された勇者達一行に、連合軍側からの伝令がきたのは、それからしばらく後の事だった。
第一軍の部隊は、エンリエッサの指示の元。戦闘を一時停止し、連合軍側の動静を見守る構えをとっていた。
「よいか骸骨兵達、戦闘は中断だ!連合軍側への追撃も禁止だ、矛を収めヨ」
「なんだなんだ?せっかく盛り上がりかけてたのにー、水を差すような真似をして、このまま続行しないノ?」
「そうだよ、なんで相手にあわせル?」
「ぼやくなチビにハッポウ、御使い様の決められたことだ。我が方は敵との距離を保て、行動しロ!」
「…了解、了解〜」
「まったく、せっかくの機会を…」
同じ時刻、第二軍も同様に戦闘を中断し、相対する天秤部隊の行動を見守っていた。
「…誠に、誠に不本意だが、各員戦線を離脱せよ。枢機卿猊下の勅命だ、聖女様の身辺警護を為さねばならぬ。異端共に、滅びを与えられぬことが心残りだ…」
影に溶けるように、次々に姿をくらましてゆく天秤部隊達、天秤部隊のサソリは、ティナを一瞥しながら立ち去る。
「バンネッタ様のご指示とはいえ、どうにも歯がゆいな…。狐につままれたような、そんな感じだ。連合軍の部隊も退いている。これより人魔の区別なく戦死者を埋葬する、また生存者がいれば救出せよ。バンネッタ様からの指示だ、作業に取り掛かれ!」
第二軍にはバンネッタより別の指示が与えられた。戦士に敬意を払う気質のある第二軍は、野ざらしの戦死者をよしとはしなかった。人であれ、魔族であれ、死者を蔑ろにしてはこの世に未練が残る。
魂を神々のもとに送ることは生き残った者の
責務であり、義務であるという考えが第二軍には根付いていた。
戦死者達を丁寧に並べていき、重傷者や重篤者を運びだす。
助かる見込みのある者は、ローガルド要塞の野戦病院へと運ばれてゆき、重篤者の虫の息の者には、第二軍の者達が介錯をしてゆく、苦しみから救うために。
魔族の神官達が祈りを捧げながら、粛々と介錯がなされてゆく。
「俺は、まだなにも…成し遂げちゃいない…俺はまだ…戦える…」
「寒い…身体が、寒い…」
「コヒュ…、ヒュー、ヒュー…」
「君達は立派に己の使命を全うし、自身の運命に気高く挑み、見事にその生を全うされた。願わくば、諸君らの最後が希望の灯であらんことを、我らが神である闇の神と光の神よ、敬虔なる信者達がそちらに参ります。どうか生前の罪をお赦し給え」
トシュ、ドシュ、トシュ
小刀やナイフが喉元を裂き、彼らの苦しみを終わらしてゆく。
墓穴にはは、死者を一人ずつ布に包み、戦死者達の遺品と一緒に埋葬していく。
石碑代わりに、槍や剣を突き立て、兜を墓穴に添えながら、最後に周辺に咲く花々を献花していく。
その光景を撤退中の連合軍は目撃し、いくつかの部隊が、陣頭指揮を執るティナ達のところへきて、手伝いを願いでた。
「我々の戦死者達への埋葬感謝する。我らにも作業を手伝わせてほしい。私達は、お前達を誤解していたのかもしれない」
「戦士達への敬意さ、味方であれ敵であれ、そこに線引きはないさ。けど助かるよ、手がたりなくてね。」
「あぁ、任せてほしい…」
戦場跡の一端では、魔族軍と連合軍の奇妙な連帯感が生まれてゆく。
その光景こそ、リーゼが目指す目標の一つなのかもしれない。




