10副業は臨時講師
俺はギルドの窓口でレイアとの面会の予約をいれた。
彼女はギルドの幹部らしいので、この方法で連絡を取るのが最速かつ安定択だろう。
私に会いに来てというのは、泊まっている場所を探し出してくれ、という意味ではないだろうしな。
「会合が終わり次第こちらに戻って参りますが、時間は日が落ちた後になるかと思います。後日改めて、となると三日後の午前中になりますが予約はどうされますか?」
「このまま待ちますよ。もう日も暮れ始めましたし…。隣で飲んでるので帰ってきたら教えて下さい」
俺は受付に伝言を残し、ギルドに隣接する酒場で食事しながら待つことにした。
宿の食事もあるから軽くつまむだけにして学校の概要を見返していく。
「たった三ヶ月の短期講座だから座学より実践授業が大事になるだろうな」
渡された資料を見る限りでは、最初の一ヶ月は座学と基礎体力作り。
次の一ヶ月は座学と週一回の実践授業。
最後の一ヶ月で実践授業と反省会の繰り返す。
この三ヶ月の授業で冒険者として一人前と言われるC級冒険者になれるような基礎を身に着けさせる計画のようだ。
「生徒たちを連れて大型魔獣の討伐もやっちゃおうかな…?」
食堂で頼んだおつまみと一緒に出てきたお酒の勢いだろうか、俺はついついやんちゃな作戦を思い浮かべてしまう。
「素材集めに探索エリアに入ったら、大型魔獣が出てきたのでついでに討伐する…なんていうのはよくある話だもんな」
事前にアイテムの準備を整えていなかったものたちは逃げ帰るしかないし、万全に準備をしてきたものは大きな成果を持ち帰る。
アイテム管理の授業として悪くない案だと思った。
在学中に大型魔獣の討伐をしたとなれば冒険者としての泊がつく。
冒険者を目指す若者ならみんな格好つけたがるだろう。
競い合えば成果も出るはず。
「悪巧みしてる顔ね? 何を考えていたの?」
レイアが気配をさせず声を掛けてきたのでとても驚いた。
あやうく揚げ物を落としそうになった。
「急に来て驚いたって顔をしてるけど、あなたがここで待つって受付に伝言を残したんでしょう? こんなところに呼びつけるなんて驚くのは私のほうよ」
「ここで待たせてもらうとは言ったけど、あれはレイアが帰ってきたら教えてくれって意味だったんだ。呼び出すつもりはなかったよ。だって、会いに来てって言ってたろ?」
「あぁ、このメモを残した子が副会長派の子だったから、いじわるされちゃったのね。それで…良い返事を期待していいのかしら?」
「上司にやるようないじわるじゃないだろ。ただの伝達ミス…だろ? とりあえず依頼は受けるつもりだよ。ただ、聞きたいことがあってさ…」
「依頼料なら契約書の通りにしか払わないわよ?」
「金額は十分。問題ないよ」
臨時講師として月に数回の授業を受け持つだけで、たいした時間も取られない。
かなりおいしい副業だ。
「問題なのは安心して働ける環境かってことだ。このマニュアルを無視して好き勝手に授業をしていいのかってこと。それから好き勝手に授業してることを周囲には隠したほうがいいのかってこと。既得権益とか出世争いとかでヤバい状況なら俺は逃げ出そうかと思ってるんだけど…」
「アハハッ!! 大丈夫よ、何の心配してるのよ? 今どき権力者に逆らったら消されるなんて陰謀論は流行らないわよ。私はマニュアルが古臭いのをどうにかしたいだけよ」
きらびやかドレスを着ているのに大口を開けて笑っているギャップがひどい。
ヒィヒィ言って笑っている。
レイアが醸し出す雰囲気に気圧されてしまった俺も悪いがそこまで笑う必要ないだろ。
王国じゃ思わせぶりなことを言う女のせいでひどい目に遭ってきたんだ。
それも死ぬような目に…。
「たしかにこの学校事業を成功させて、黙らせたい相手はいるわ。でもそれは競い合ってる好敵手であって、何が何でも蹴落としたい敵ってわけではないもの。失敗してもどちらかの首が飛んだりとかしないわ。もちろんあなたの首もね」
「そんな軽い依頼ならなんで直接来て、こっそり依頼するような真似をしたんだよ」
「私のライバルっていうのが、現役A級冒険者でね、この街だけじゃなく、周辺の領地に登録してる冒険者たちにも顔が利くのよ。そいつ自体は嫌な奴じゃないんだけど、そいつに気を使っちゃう下っ端が多くて、手駒がない状態なのよ」
大きなため息をつく姿も色っぽい。
A級冒険者への憧れや畏怖が強いんだな。
「実践的なアドバイスをできる人が欲しいけれど、冒険者の人材は押されられている。そんなときにユニークスキル持ちで、冒険者経験のある新人が現れたのよ? それも私に冒険者の基礎を講義してくれた恩人なんだもの。スカウトしにいかないわけがないでしょ」
「もう昔のことは忘れてくれって…」
新人冒険者だったレイアにアイテム管理のあれこれをイキリ散らかした過去がある。
これから学ぶ学生たちには一歩引いた教え方をしなくちゃな。
そのほうが自主性も生まれてくるだろうし…。
「私はあの熱い指導のおかげで一人前になれたと思っているわ。あのときの私は危機感が全然足りてなかったもの。だから、準備を怠ってあなたを苛立たせてしまった。今は私も苛立ちを感じる側になってしまったわ。生徒たちも講師陣もまったく危機感が足りてないんだもの」
「大災害級の魔獣の氾濫でもないと危機感なんて覚えないさ」
今の時代、危機感を覚えるのは難しい。
転送石で安全に探索ができるようになって、魔獣への対策が進むようになった。
「災害が来てから学ぶんじゃ遅いのよ。災害時には冒険者たちの指揮官になっていて欲しいの。自分で判断して命令を下せる人材を育成したいのよ。養成学校を出ている指揮官の命令なら聞いてやるかって思ってもらえるような権威や雰囲気も作っていきたいのよ」
「さすがにそこまで期待されるのは重圧なんですけど…」
「あなたならできるわよ。目の前に立派に育った例があるじゃない」
「レイアは言わなくても勝手に育っていたと思うけど?」
俺の不安な気持ちに対してレイアは冗談交じりに軽く答える。
少しだけ気持ちがほぐれた。
「まぁ、やれるだけやってみるよ。それで…いつから学校にいけばいいんだ?」
「ちょうど次の週末に実践形式の合宿授業が行われてるんだけど、そこを使ってあなたが講師になれるかのテストをしたいわ」
「あぁ、俺にもテストがあるのか…」
「あなたは肩書上、登録したばかりの何の実績もない駆け出し冒険者だから…。一泊二日の合宿授業を問題なく勤め上げて、講師を任せてもいいって他に教師陣と理事会の連中に思わせて欲しいのよ」
二日で成果を上げるには、やはり授業内容の変更が必要そうだ。
「座学はどれくらい終わってるんだ? たった三ヶ月のコースなんだろう?」
「今期の子たちは二ヶ月目の中盤ね。マニュアル通りの座学はだいたい終わったと思っていいわ。冒険者ギルドに馴染みがない子たちに一から教え始めて、対象となる依頼品の納品の仕方とか危険度の調べ方とかその辺りまでね」
「あとはもう実践を繰り返すって段階か。本当にアイテム管理のことだけ教えればいい感じだな。ふむ、そう聞くと楽勝な気がしてきたな」
新人冒険者を引率して魔獣を狩れるように見守ればいいだけだな。
古臭いマニュアルのままでもある程度の成果は上げられそうだ。
「実践前の授業で探索エリアの地形を頭にいれさせて、魔獣の出やすい場所や迎え撃ちやすい場所、生態や習性などを調査させて欲しいの」
「そういうのって自分で考えて覚えていくもんじゃないのか?」
「意外と何も調べずに感覚だけで戦う子が多いのよ。私もあの頃はそうだったでしょ? あなたは感覚派のメンバーにもどかしさを感じたことはない? もっと下調べすればいいのにって…」
「あー、あるよ、思い当たる節ばっかりだ。ギルド職員が調べてくれた情報すら聞き流してるやついるしな…」
《火竜の牙》のやつらはまともに依頼内容聞いたことないんじゃないかな…。
討伐対象だけ聞いて依頼者の欲しい素材を聞かずに適当に倒して、牙や皮と台無しにしたことが一度や二度じゃ利かない。
「その苛立ちを感じるポイントが教えるべきポイントになるわ。やっぱりあなたは指導者向きね。こんなタイミングで会えるなんて私はツイてるわね」
巡り合わせに乾杯したいところだわとレイアはオーバーに表現する。
冒険者として当たり前だと思ってやっていたことが仕事になるとは思わなかったが、褒められると悪い気がしない。
「そこまで言われると照れくさくなるって」
「事実を言ったまでよ。あなたと同じくらい色々と調べて、対策を考えられる人材に育って欲しいもの。実際に調査するのはギルド職員に任せてくれて構わないから、何に注目して調べ物をすればいいか、的確な指示が出せるように教えてあげて」
「さっきの指揮を取らせたいって話に繋がるわけだ」
「そうなのよ。目標になる人が必要なの。それじゃ…週末の合宿授業、頑張ってちょうだいね」
レイアはギルドに戻る際に俺の分の支払いを済ませて行ってくれた。
ひよっこ冒険者がすっかり大人の女性になっていた。
たった三年でギルドマスター候補にまで上り詰めて、後進の育成まで考えてるって何が起きたらそんな出世ができるんだろう。
「貴族の生まれだから、なんて言葉じゃ絶対に片付かないよな。色々と苦労があったんだろうし…」
自分より頑張っている人に助けを求められたら応えないわけにはいかない。
偉くなった後輩にかっこいいところを見せたい気持ちもある。
「俺はあの頃に比べてどこまで成長できたかな…」
俺は第二の人生のスタートラインに立ったばかりだ。
これからも目の前のことを全力で頑張っていこう。
「明日はミツカの村へ戻って、グラージオに今日のことを報告しなくちゃな」
冒険者ギルドに登録できたこと、臨時講師の副業を始めること。
それから錬金術師の《調合》スキルがなんかすごいヤバいやつだってわかったこと。
村と中央市の往復で忙しくなりそうなこと。
伝えたいことは色々あるが、一番伝えたいのはこっちに連れてきてくれたことへの感謝だな。
ちょっと気恥ずかしいけどハチミツ酒を飲みながら話そう。




