8.淑女たるもの
そうして何事もなくメイク直しをして部屋を出れば廊下の端で待機していた宮女達が私達を見て、口を開けて呆けていたので「どうかして?」と問いかければ、おずおずと一人の宮女が口を開く。
「は、はい。おそれながら、お嬢様方に確認しとうことがございます。」
「なに?」
「そ、…そのお化粧とお髪はどなた様が施されたのでございましょう。お嬢様方の上級侍女様がお先に待機なされていたのでございましょうか?ですが、先程はお部屋には誰も…???」
残っていた三人の宮女は互いの顔を見合わせてアイコンタクトしたり首を振って良くわからないやり取りをしている。
「ええ、部屋にいたのはわたくしと聖女アリスだけです。このお化粧も髪もわたくしが部屋にあった道具と化粧品を使ってしたものですわ」
「お嬢様がご自身で?まあ、なんとすばらしい。いえ、申し訳ございません。私共が至らないばかりにお嬢様にそのような事をさせてしまい。」
(んんん?あっ、そうか、この人達の仕事をとってしまったのか)
「あなた達は何も悪くは無いわ。
私が二人にして、と言いい私がアリスを自分の手で綺麗にしたいと思ったからそうしたまでの事。あなた達の仕事を取るような真似をしてごめんあそばせ、この事はわたくし達も口外いたしません。あなた方も他言無用と心得て自身の職務に戻ってちょうだい。」
「はい、お嬢様の素晴らしい技術を拝見しわたくしども王宮女官は自身の未熟を知りより一層技術向上に努め邁進するべきであると痛感致しました。
このように影よりご教示下さった事深く深く感謝申し上げます。」
(…いやいや、ただのくるりんぱからの編み込みですよ!?メイクだってユリアナがいつもされてる風にやってみただけだよ。)
その時ぼそりと朱音が耳元でつぶやいた。
「そもそも令嬢自らヘアメイクできないのがこの国じゃ普通だし。お姉ちゃんの手先の器用さはこの人達には上級レベルなんだと思うよ。」
確かに…ユリアナの記憶でも自分でやったりしてなかったわ。ユリアナも元が器用だから私自身の記憶で普通にいつも通りヘアメイクできちゃったんだよ…。
さっきまでなら令嬢らしからぬ行動をしようとすると身体が勝手に拒絶していたのに…。
そう思えばさっきもセナ王子に色々自由に発言出来たりした。
(ユリアナとしての強制力が少しゆるくなった?)
そんな事を考えながら私達はパーティー会場へ
戻る。私達の1メートル以上後を慎ましくついてくる女官達にチラリと目を向けまた前を見た。
「…気を引き締めないと、あっという間にユリアナ感が無くなっていきそうで不安だわ」
「お姉ちゃんそんな事気にしてるんだー、真面目」
(お姉ちゃんとか言うんじゃない)
「アリス、あなたはもうすこーし、気にするべきかと思いましてよ。後、お声が少々大きくてよ、そして内緒話をする時の必須アイテムがこれですわ」
バサリと扇子を開き口元を隠して見せる。
「…すご、おね、じゃない。ユリアナ様今どこからそれをお出ししましたの?流星の如き早さでわかりませんでした」
清楚で賢そうな顔立ちのアリスなのに中が朱音なのでなんだか可笑しくてしょうがない私は扇子で隠したままクスクスと笑った。
「よくぞ聞いて下さいましたわ。
このドレスは私専用の仕掛けドレスですの。
この無駄にボリュームのあるデザインに何か意味を持たせられればとわたくしが半年前にデザインした収納型ドレスですのよ。」
「収納になっているのですか?」
ワクワクした顔のアリスに扇子をパチリと閉じてドレスのドレープの線の深い部分に隠しがあるのだと教えて扇子をすぽりとそこへ放り込んでみせた。
「さっきのハンカチもそうだし、扇子以外にも
さりげなくお菓子とか忍ばせれるのよ、このドレスの中は大きめのポケットと小さなポケットが全部で五つも隠してあるの。」
「…ドラ◯もんの四次元ポケットみたいだね。」
「こら」
私の声に朱音はアリスの綺麗なピンク色の唇に指を縦に置きそっと閉じた。
「それにしても…じゃあ先程の王太子殿下とのダンスの時もポケットに色々詰め込んだ状態であのように踊ってらしたのですね…」
「…まあ。そうね」
「…ちょっと夢が壊れました。知りたくなかったです。」
「…ええ、だからこれ。わたくし専用とお教えいたしましたでしょう?」
そうなのだ。
便利は便利なのだが、想像すると淑女にあるまじき様子であるからして、ユリアナは発案したが自身のデザインを商品化する事なく自分だけで使用する事にしたようだ。
だがそのアイデアを起用したデザインナーはこれは売れると発案者としてユリアナの名を出さない事を条件にユリアナからアイデアを高額で買取ったのち自身の仕立て屋の新商品として売り出した。
そしてその発売日から今日が初めての公式パーティー。
私はパーティー会場に戻りチラチラと周りを見回し観察する。
(…あそことあそこ、あっ。あっちの三人組もそうだわ。あっ、今の御令嬢お菓子をこっそり入れたわ。ああ、あの御婦人男性から受け取ったカード隠した…)
私が扇子で顔を隠して観察しているのに気づいた朱音がどうやら私の目線の先を追いかけたのだろう。
「…てゆうか大流行してますわね」
とぼそっと呟いたのだった。
***
そうやって二人きりでいられたのは一瞬だった。
主役であるアリスと王太子の婚約者であるユリアナに近付こうとわらわらと人が集まりあっという間に囲まれて逃げるにも逃げられない状態に困惑していた時だった。
「私の愛しい人をあまり困らせないでくれないか?」
と、これまたものすごい色香を伴った低音のセクシーボイスが会場に控えめに響いたのを耳にした人達がビクリと身体をゆらし背後を見てささっと退けぞり私達の前を塞いでいた人垣はいつのまにやら消えて皆何処そこへ散っていった。
声の主はあっという間にアリスの前まで詰め寄りアリスの手を引きスッとそれはもう完璧な王子様の仕草でその手の甲にキスを落とした。
「…レイル様」
アリスがゆっくりとつぶやいた。
そうしてもう完全にヒロインモードになっている。
「怖くなかった?すぐに気付いてやれなくてすまない。おや?髪型を変えてきたのかい?君のサラサラの髪に指を通すのが好きだけど、この髪型もうなじがセクシーでそそられる。」
(…いや、私隣にいるのだけど…
てゆうかなんてエロい声でうちの妹口説いてるの!?そりゃ朱音なんかノックダウンされるわなぁ。
〜〜こら、こら、うなじをツツツっと触ってんじゃない!実の姉の前で何してくれてんの?は、な、れ、ろーー)
めちゃくちゃ物申したいけど私の理性なのかユリアナの淑女規制がかかってなのか、とにかく私は口をキュッと結んで扇子で顔を隠す。
「レ、レイル様。
くすぐったいですわ。もうおやめになって」
「すまない。今はもうやめておくよ、
でも。また後で、これだけになった君を私にみせてね。」
そんなセリフを朱音の耳元で囁き、うなじの下の襟の隙間に指を一本差しこむとシャラリとアリスの隠れていたネックレスのチェーンに指をかけ、また何事も無かったようにスッと戻してニコリとレイル王子が笑った。
(こらーーー。全部聞こえてるからね!なんつー話を婚約者の友人の前で話してんだよ。せめて二人きりになるまでまとうよ!ただのエロ王子じゃないか、もう本当いや、声が無駄に良いだけなんか腹立つ…もう限界。もう言ってやる…)
そう思って持っていた扇子をバサリと閉じればパチリと碧の瞳と目があった。
「…あっ。」
「っーーー。」
(セナ王子!)
一瞬時が止まったように見つめ合い。
どちらからともなく、きっと同時に視線をバッと
そらした。
顔がありえないくらいあつい。
(いつからそこにいたのーーー!???)
なんにせよ、被害者は私以外にもう一人いたようだ。
しかも。こちらは隣で妹を口説いてる野獣のような男ではない。すぐ赤面しちゃうシャイボーイだ。
(女慣れしてないこの国の王太子様になんつー刺激的なやり取り見せて聞かせてんの?、もうこれ国際問題にしても良いと思う)
この場の居た堪れない雰囲気にぐるぐるとそんな事を考えながら俯いていたら急にガシリと腕を掴まれビックリしてセナ様を仰ぎ見る。
「セナ様?」
困惑する私を掴んだまま腕を引きセナ様が私の肩を軽く抱き寄せた。
「私達は失礼するよ、行こう。ユリアナ…」
「えっ?ちょっ」
アリスとレイル王子の返事も聞き終わらないまま、足早にセナ王子に連れ出された。
「ま、お待ち下さいセナ様。そんなに急がなくてもあの二人は追いかけてはきませんわ。」
「…純真無垢な未婚の令嬢の前でなにをさらしているのだあの二人は。信じられん。あれが我が国に匹敵する大国の王子のする事か?ありえないだろ。」
見れば真っ赤な顔をしたセナ様が私のかわりに腹をたてて怒ってくれていた。
(…うん。あなたの方がずっと王子だ。
でも、ちょっとさすがに…私ドレスだし。ちょっと歩きにくい上に、さっきからヒールのつま先が指に…)
「あ痛っ…」
私の悲痛な声にハッとしてセナ王子の足がやっと止まった。
「ユリアナ、すまない。俺が急ぎ過ぎたせいで」
「いえ、少し時間が経ち過ぎてヒールの爪先が小指にあたり、ゆっくり歩くくらいでしたらいいのですけど、走ると痛くて…」
「…すまない。ずっと隣にいたのにそんな事にも気づかなかった。俺は本当に気がまわらないよな」
シュンとするセナ王子につきりと胸が痛んだ。
「いいえ。素直に弱音を吐けない私がいけなかったのですわ。それに痛みが出始めたのは本当につい先程ですのよ、殿下がお気に病む事ではございません。」
「殿下に戻ってしまっているぞ、今はここには誰もいない。名を呼べ、ユリアナ。
それともこのように不甲斐ない婚約者の名前など呼びたくは無いか?…女性が男性に甘えられないのは男性側に問題があるからだと母上が前に言っていた…つまりおれがお前を上手に甘えさせられていないって事だよな」
「…セナ様。それは女性側にも問題は多少なりとあるものだと…」
言い切る前に突然セナ様が片膝をつきしゃがみ込んだ。
「セナ様、いけませんわ。このような回廊で貴方様が膝をつくなど」
「良いから、みせて」
そう言って下から上目遣いで見上げてくるセナ王子に心臓がギュッと掴まれたようにくるしくなった。
「大丈夫ですから」
「右?左?」
「み、みぎですけれども…」
「こっち側か、失礼する」
バサリ。突然セナ王子が下からドレスに手を突っ込んで私の足を掴んできた。
「きゃあ。ちょ、ちょ、ちょ、セナ様ー、何を」
動揺する私の右足からそのままゆっくりヒールを抜き取りユリアナの足が露わになった。
(きゃー、ストッキング履いてるけど、ユリアナの足ここ来る前からピッカピカに手入れされてますけど、そーゆうの考慮しても、ダメー。)
「…これか。すこし赤い」
自身の立てた膝に私の足をのせ労るようにそっとふれる。
「触ると痛いか?」
「っ…少し」
(なんなのこの展開!?シャイボーイじゃなかったのセナ王子、あー、もう誰か来たらどうするの?)
「セナ様、こんな所誰かに見られたらわたくし死んでしまいます。」
(淑女が婚姻前の男性に足をまじまじ観察されてるの許してるとか、令嬢は社会的に死ねちゃうって流石にしってますよねセナ王子)
「大丈夫だ。ここは王宮だぞ?国の王子たる俺の外聞が悪くなるような噂を流すバカはここには入れんよ。誰に見られたとして何ら問題にもならん」
「そーゆう事ではないのですわ。
乙女的な意味で申しているのです。ひとつ、淑女たるもの、軽々しく男性に肌を見せてはならない。ですわ」
そう言う私にクスクスとセナ王子は笑う。
「世の淑女は社交界であんなにも派手に肌を見せたドレスを着ていると言うのに足は見せてはならないなどと、本当に女性社会は時々おかしくてならんな」
「もう、笑ってないで早く私の足を離してくださいまし」
「ああ、すまん。いや、でもそんな問題視する事でもあるまい。よし、ユリアナ俺の肩に手を回せ」
セナ王子はそう言うと今度は私の両膝あたりまで手をずらし「パーティー用のドレスは嵩張って邪魔だな、このへんか?」なんてぶつぶつ言いながら…
刹那、勢いよくセナ王子がおき上がった。
それも私を軽々と持ち上げてだ。
「えっ!?うそ、うそ、きゃあ」
(その体勢からお姫様抱っこて、うそでしょ…)
王子は私が思っていた以上にしっかりと鍛え込まれた体躯の男性だった。
(…歳下、歳下…て思って。まだ十代なんて未成年だよなって思っていたのに…)
完全に見くびっていた。
体中の血液が沸騰するんじゃないかというくらいあつくなる。
「ユリアナ、帰りの車を用意する。お前の事は皆に伝えておくから心配するな。」
「ですが、わたくしはホストとして今日はここに来たのです。客人や主役の二人をさしおいて先に帰るなど…」
「ユリアナ。すぐに甘えろなどとは言わない。
今まで一度も甘やかしてやる事の出来なかった俺に弱音が吐けないのも、エスコートがなってなくて
頼りないのもわかっている。でも、すこしずつでいい、頼ってくれ。こんな時でさえ、婚約者に頼られないような情けない男にしてくれるな。」
少し傷ついたような表情を見せたセナ王子に胸がきしりと痛む。
「…はい」
「俺も、これからかわれるように努めるよ。」
そう言ってセナ王子が私を抱きかかえたまま王宮の外へ出て、外に待機していた王宮の臣下にテキパキと指示を出し数分も待つ事無く帰宅の車が私達の前に用意された。運転手が後部座席のドアを開くとセナ王子はゆっくりと私を車の中へ運び入れる。
「今日はお前と色々な話しが出来て良かった。
ゆっくり休め、ユリアナ…」
そう言ってセナ王子は私の手を持ちゆっくりそこにキスを落とした。
「わたくしもです。
ありがとうございます。セナ様
後をお任せしてしまい本当によろしいのでしょうか?」
本当のユリアナならばきっとここは無理をしてでも最後までやり通すのだろうと思うとセナ王子がこんなにまでしてくれてるのに甘えてはいけないような気になってしまう。
「もちろんだ。何も心配するな。じゃあな。」
そういってセナ王子はバタンとドアをしめた
セナ王子が運転手に指示を出し車が動き出す。
セナ王子は最後に大きく片手をあげてわたしはそれを窓から見て小さく手をゆらしペコリとお辞儀を返した。
その夜私は夢をみた。
夢の中で優しく微笑むセナ王子と由梨
の姿で踊る夢。
セナ王子が私の事を「ゆり」とよんでいた。
朝目覚めて、羞恥で布団に包まって身悶えたのは
言うまでも無い




