国境の地
「……寒くなってきたな」
「はい……」
馬車の中で俺とスフィアはのんびりと会話をする。
数日前、俺らは迷宮都市を出た。
長距離馬車に乗り、今はこの国の国境線に一番近いところまで来ているところだ。国境線に近いためか自然と獣人族が多くなっている。というか、獣人族しかいない。
「着いたぞ」
「ええ、ありがとうございました」
人族の御者に金貨を渡すと俺らは馬車から降りる。
降りた場所には、小さな村があった。住民はそう多くなくせいぜい百人いれば良い方だろう。そして、住民は全員が獣人族だ。
これはこの国の過剰とも言える俺らへの差別意識の問題で今まで住んでいた土地から逃げ出した他種族が逃げれるギリギリまで逃げて作ったのがこの村だ。
そのため、この村には獣人族しかいない。蜥蜴人族?あいつらは寒いところが嫌いだから北側にはいない。
「……酷い馬車でしたね」
「……ああ」
停まっている馬車の馬を見て予想していた以上に怒りを覚える。
この馬車の馬はまだ少年と少女と呼べる年齢の馬の獣人族だ。北側で氷河世界から流れる冷えた空気のせいで気温が低いのに簡単な服しか着させて貰っていない。足には重そうな足枷を付けられている。
馬や牛の獣人族を使った馬車は多い。馬や牛よりも寿命が長く、整備も簡単、買い換えも安く済ませれるからだ。
だがまぁ……気にくわない。やり方の所業が心底気にくわない。俺は善人ではないが、それでも見ていてどうしようもないほどイラつく。
「にしてもよぉ……お兄さんも辺鄙な場所に来るもんだ。そろそろ雪が降るぜ?」
「……一つ聞きたい。あの馬に服は着させないのか?あれだと数日中に死ぬぞ」
獣人族は元となった動物の特性を強く現れる。そのため、馬の獣人族は比較的寒さには強い。
だが、寒さと言うのは同時に乾燥をもたらす。乾燥すればウィルスが蔓延する。あの二人の身体の細さからろくに食事を取っていないことがよく分かる。
いや、少女の身体に少し発疹が出来ている。俺は医者ではないしその系統の知識は殆んどないから分からないが、何かしらの病気を発病していのははっきりと分かる。
この寒さに病気はかなり危険と言える。獣人族とは言え人間だから、誰かしらに感染するだろう。最悪、死ぬかもしれない。栄養も不足していそうだし、免疫も落ちているだろうからな。
「はっはっはっ、何を言っているんですか。家畜に服を着せる何てあり得ませんよ。彼らの服は最低限見せて恥ずかしくない用のものですよ」
「そうか」
「がっ!?」
笑いながら持論を言う御者に密着した瞬間肋骨の隙間を通して心臓を穿つ。
よろめく御者に再び近づくとそのまま首を切り裂き絶命させ樹氷の森の方に投げる。
あの攻撃を受ければ致命傷にはなるだろうが血の匂いに誘われて肉食の獣がよってきて補食するだろう。魔法は使えないように声帯も切ったし、確実に息絶えるだろう。
ナイフを使ったのは……なんとなくかな。手刀よりもリーチは僅かに伸びるし、投げたりと使い勝手が良い。
「それにしても……誰も俺の殺人を言わないんだな」
「それはそうでしょ。同族を傷つける存在が助けを呼んだところではいそうですかと助けるもんか」
「説明どうも」
平然と俺の顔を覗き込もうとしていた犬の獣人族の少女の説明を聞いて納得する。
犬が猫の子供を助けた事例はある。そのため、獣人族は基本的に人情味があり見ず知らずの人間を助けることが多い。スノーたちがそれに該当する。
だが、逆に仲間と認めた者を傷つけた者は敵と認識し容赦しない習性もある。あの御者は明確に敵と見定められていたのだ。
「あの二人は私が引き取るから、お兄さんたちはのんびりしてて良いよ」
「ああ、協力感謝する」
「良いよ良いよ、あくまで私の自己満足だしさ」
鎖を手刀で切り落とすと犬の獣人族の少女は二人に肩を貸してそのまま自分の家に帰っていった。
やれやれ……ついやってしまった。
「エイン様……」
「ああ、反省はしている。が、後悔はない」
怪訝な眼差しを向けてくるスフィアから顔を反らしながら村を見て回る。
活気はないが寂れてもいない。普通の村と言うのが正しいか。
「おらッ、さっさと来やがれ!」
「た、助けて下さい!」
「おい!爺さんに何をしやがる!」
「黙れ!貴様ら家畜は我々に生かされてい「下らない」へっ?」
村の中心にある広場で老人の服の襟を掴み引っ張る老人を追いかけてきた狼の獣人族に向けて人族が剣を振り上げた瞬間俺は動いた。
人族が反応できない速度で近づき手刀で首をすれ違い様にはねる。
俺らは家畜ではない。一人の人間だ。それを履き違えた時点で殺すことに躊躇いはない。
「あんた……!」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「別に構わない」
感謝する二人の方を向くことなく男の首と体を持ち上げようと手を伸ばした瞬間
「【黒き血 即ち私の血 呑め 騒げ これは滅びの宴――ブラッド・ドレイン】」
静寂の歌が詠われ男の死体は赤黒い血へと変わり球体状になりスフィアの顔の隣に漂う。
今のはスフィアの魔法か。今まで見てきた魔法と比べてかなり変わった魔法だが……血のストックが出来るのか。血を食事として摂取できる吸血鬼族にはとても向いてるな。
「これが私の本来の魔法、そして吸血鬼族固有の魔法……血液魔法」
「人族が使う魔法とは何が違うんだ?」
「あれは火・水・風・土の四つの属性を主軸としています。けれど血液魔法はそれらに該当しない系統外魔法と呼ばれる分類をされます」
「へぇ……他に系統外の魔法は何があるんだ?」
「獣人族の国に伝わる咆哮魔法、森人族に伝わる神林魔法、竜神族に伝わる竜禍魔法、翼人族の天翼魔法のがありますね」
「いろんな種類があるんだな」
「そこにはそれぞれの種族の魔法言語や魔力が影響していまして、その種族ごとに魔法に特色が現れるのです。血液魔法の場合は……儀式と呼ばれる手法に高い適性がありますね」
スフィアの情報を聞いていると一つの疑問が浮かぶ。
だが、それだと何故チェイムが天翼魔法を使えるのかが気になるな。チェイムは純血の鬼族、ならば魔法を使えるだけの魔力はあっても天翼魔法を使える道理はない。
翼人族は山岳地帯のとある山に住んでおり下に降りてくることは殆んどない。天翼魔法を知る機会何て無かった筈だ。
……これを知るためには、鬼族や他種族の起源に迫る必要がありそうだな。ま、俺は魔法が使えないから調べることはないけど。
それにしても、スフィアの魔法の知識の豊富さは助かる。その知識も自らの手で殺した母親から得たものだろうか。
「っと……あれが警備隊か」
村の外れにある石造りの砦を見上げながら僅かに体を力ませる。
さて、突破するか。デカい砦に籠っているのが悪い。
「……エイン様、どうやって突破するんですか?」
「樹氷の森を通る。あんだけ図体が大きいんだ、小回りは利かない。魔力を感知しようとしても、俺の【魔眼】でどうにかなる」
魔力の線を歪めることもできるから魔力を探知する魔法は大体正常に作動しない。
「……私にやらせてください」
「おん?どうするつもりだ?」
「皆殺しにします。たった一撃で、無慈悲に滅します」
「ああ、問題ない」
狂気と残虐な本性を露にして提案を肯定しスフィアは俺の前に立つ。
ここの警備を行っている連中からの定期連絡が無くてもやってくるのは数日はかかる。それだけあれば国外に逃げるのは容易い。
だが、その前にやっておかないといけないことがある。
「その前に、この村の住民を助けないといけない」
「……分かりました。それでは、助けて来ます」
そう言いながらスフィアは何時もの雰囲気よりも険悪な雰囲気で砦に近づく。
砦にはスフィアの忌むべき記憶に直結しているものがあるかもしれないな。
「【宿業の荊 罪禍の鎖 即ち血の定め 呪いは呪いへ 塵は塵へ 血は血へと流れる――ブラッド・ジャッジ】」
途中で立ち止まり掌を砦に向けたスフィアは詠唱を歌い兵士たちに気づかれることなく完成させる。
その瞬間、スフィアの掌から赤い液体が激流となって一気に砦に流れ包み込む。
「完了しました」
「いや、どこがだよ。思いっきり巻き込んでるじゃねぇか」
「あれは私が定義した対象のみを攻撃する指定攻撃です。兵士たちを定義しましたので巻き込まれた兵士たちは全滅、住民たちは全員無事です」
「なら、別に良いか」
スフィアの肩に掴みかかるが説明を聞いて手早く引き下がる。
指定攻撃の魔法……そんな無茶苦茶な魔法があるのか。
「それでは……皆さん、行っても構いませんよ。攻撃のついでに魔法も攻撃対象に加えましたので魔道具の類いは全て壊れてます」
「「「「ッ!!」」」」
俺らの様子を窺っていた住民たちにスフィアが説明をした瞬間、住民たちは一斉に砦にかけ流れる。
やれやれ、どうやら警備隊は予想以上にここの街の人を捕らえていたようだな。
だがまぁ……これで俺らから注意は反らせたな。それに、兵士たちが全滅したことで森への侵入も楽になった。
「行くぞ、スフィア」
「分かりました」
俺とスフィアは砦を横切り国境を渡る。
さて、これでこの忌々しい国から抜け出すことは出来た。この樹氷の森を抜けた先が氷河世界だ。
「っと、そろそろゴーグルを着けましょう」
「確かにそうだな」
森の中をペースを考えて疾走しているとスフィアからの提案を受けリュックサックから目を覆うゴーグルを装備する。
御者の男に貰っていたが……万が一に備えて貰っておいた。さて、これで準備も万端だな。この森もさっさと突破しよう。




