罪の涙
「あそこが巣か……」
「はい、案外速く見つかりましたね」
「ああ」
猫の獣人族、キース、俺が通路の曲がり角から巣に続く通路を塞ぐ二匹のオークを確認する。
今回の作戦は猫の獣人族が奇襲で通路を塞ぐオークを倒し、俺とキースが巣に突入。それ以外が通路に他の魔物が入らないよう守ると言うものだ。
俺とキースが入るのは単純に得物の問題で、あの通路や広間はそこまで広くはない。そんな中を槍や魔法を扱うのは難しい。それなら、近接戦を得意とする俺ら二人が突入し、他が侵入を制限した方が効率が良い。
俺としては一人で入りたかったところだが……まぁ、そこら辺は不審がられても困るし、妥協しないとな。
「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったが名前は何て言うんだ?」
「俺はジャクス」
「私はカラミティよ」
「……そうか。頼んだぞ、ジャクス」
「おう、任せておけ」
ジャクスの背中を叩き外に押し出すとジャクスは疾走する。
オークたちに気づかれるよりも速く近づき槍の一振りで首を撥ね飛ばす。
流石猫の獣人族、体の柔らかさを利用した槍術はやはり凄いな。
「それじゃあ、行くか!」
「ああ」
倒れたオークを踏みつけて俺とキースは巣に突入する。
さて、さっさと潰してしまおう。潰して換金してしまおう。
「邪魔だ」
「そこを……退いてくれ!」
俺の手刀とキースの剣が振るわれ目についたオークやホブゴブリンを片っ端から殺していく。
キースの実力は実直かつ誠実で隙がない。Aランクである事も納得できる実力だ。これなら巣の完全攻略も簡単だろう。
「そう言えば、エインは巣を攻略したことあるかい?」
「ない。盗賊退治とそう変わらないだろ」
「……ある意味、そっちの方よりも地獄だ。気をしっかりと持たないといけないよ」
「それは一体どういう……!?」
キースから警告を受けて嫌な予感を感じとり最初の広間に入ってすぐにそれが確信に変わる。
『『『ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』
『『『ゲヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』』』
「「「…………」」」
俺の目に写ったのは凄惨な光景だった。
オークが雄叫びと共に女を汚し、ホブゴブリンが女を吊り上げたり女たちの得物であろう剣やナイフ、棍棒で刺し叩いたりして笑いながら楽しんでいた。
女たちは人族も人族以外でも関係なく焦点の定まらない虚ろで死んだ目をしており、快楽や嫌悪に身悶えする事もなくただなすがままの肉人形になっていた。
部屋の中には腐ったような吐き気を催す程の酷い臭いが漂い、退廃と表現できる空気が蔓延している。
……なるほど、キースの言うとおりだ。これは気をしっかりと持ってないと精神がおかしくなりかねない。
「…………」
「ちっ……!」
俺らに気づいた女性が声を出すこともなく口をパクパクと開けたり閉じたりし、声のない言葉を伝える。
殺してくれ、と。
相手自らが死を望む……これは間違いようのない『絶望』だ。だが、この『絶望』は俺が求めるものとは違う。
これは醜い欲望を相手に無理矢理ぶつけ、その結果産み落とされた絶望。言うなれば副産物に過ぎない。
俺が求める絶望は相手を二度と這い上がることの出来ない絶望の淵に落とすこと。つまり、絶望させることが主産物なのだ。
そして、黒くおぞましく、それでいて高潔な絶望から堕ちたこれは絶望ではない。ただ、醜いだけの『悲劇』でしかない。
俺は、悲劇を、許容しない。悲劇を、赦さない。
「…………」
「え、エイン……?」
「……あまり、見ないで貰えると助かる」
「えっ……!?」
脱力しきった腕をだらんと垂らし、抑揚のない声でキースに告げると歩き始める。
悲劇を生み出すものは何であろうと許さない。鏖殺だ。鏖殺しつくしてやる。
「尊厳を砕いた事を懺悔せよ」
『ブモォ!?』
宣言と共に無駄な力が抜けきった体を加速させ手刀をオークの背中を切り裂く。
悲鳴と共にこちらを見ようとするオークよりも速く動きホブゴブリンの首を切り落とし、オークの顔面を砕く。
『ブモオオオオオオオオオオ!!』
オークの突進を壁に跳躍して回避、壁を蹴って突進から反転したオークの顔面を膝蹴りし止まった瞬間体を空中で動かして体勢を整えを踵を落とし頭蓋骨を砕く。
『ギ……ギギギギギギギギ!?』
『ギ、ギガガ!ギガガ!』
「逃がすと思っているのか?」
出入り口から抜け出そうとするホブゴブリンたちを目にした瞬間一瞬で回りこみ裏拳でなぎ払い体勢を整え掌底で頭を地面に叩きつける。
『ブモオオオオオオオオオオオオオオ!!』
隙ありと言わんばかりの愉悦の表情を浮かべるオークが振り下ろした棍棒を身を翻して避け反応するよりも速く貫手で心臓を穿い、下に力任せに切り裂く。
『ギ……ギギ……!』
「殺し……て……」
「……いい加減にしろよ、クズが」
捕えていた虎の獣人族を盾にするホブゴブリンに肉薄すると死を望む盾の心臓ごと顔面を貫手で穿つ。
『ブモオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「バカの一つ覚えか」
突進してくるオークの顔面を上に蹴り上げた瞬間地面に踏み込み心臓を抉りとる。
「失せろ……!」
近くに落ちていた一振りの剣を手に取り剣を振り近くのホブゴブリンの首を切り落とす。
手刀よりは劣るが……それでも、整備されなくても使える程の業物だな。
「無に帰れ」
落ちていたもう一振りの剣を左手に持ち二振りの剣を振るい肉を絶ち、骨を砕く。
ナイフを使ったことはあれど剣を使った事は今までなかったが……うん、使いにくい。全力で握りしめると柄が砕けるから全力を出せない。
だがまぁ……使い勝手は良いし持ち帰っても良さそうだな。
『ギ……ギギ……』
「死ね」
最後のホブゴブリンの首を剣で突き刺して殺し剣を落ちてた鞘にしまったところで戦闘は幕を閉じる。
ちっ……服が血で汚れてしまった。後で従業員に頼んで洗って貰うか。
「え、エイン……!君、何をしたのか分かってるのか!?」
「……何が、とは」
「人を殺したことだ!君は、捕らわれていた人を殺したんだぞ!?」
「……あいつらは死を望んでいた。俺はそれを叶えただけに過ぎない」
「だが……!」
「……御託はどうでもいい」
涙を流しそうな表情で猛烈に抗議してくるキースの横を通り過ぎ、キースの背後にいる女たちに手刀を構える。
こいつらの瞳にはもう生きる気力はない。生きる事を放棄したのだ、せめて一撃で、苦しみのない死を与えなければ。
「……させない」
「何だと?」
「君に、これ以上殺させたりはしない!生きてさえいれば、どうにでもできる!」
「……そうか」
俺に剣を構えるキースの方を振り向き仮面を外す。
お前の意思はしっかりと感じ取れる。だからこそ、お前のあり方は真っ直ぐなのが見てとれる。何故、その考えに至れるのか知らないが……どうでも良い。
「それが、君の考えなんだね」
「俺は死に方は拘る。生きてさえいれば、そんな考えは死を望む人たちにとっては地獄に突き落とされるようなものだ」
「君は……もう一度立ち直れる権利を与えないのかい」
「確かに、肉体的な傷をならばそれも良いだろう」
「なら……!」
「だが、心の傷を持った人たちに権利を与えたところで立ち直れない」
人は心に受けた傷に一生心を蝕まれ苦しむ事がある。
事実、若い時に忌むべき犯罪に巻き込まれた被害者の中には年老いてもその時の記憶がフラッシュバックしたりして混乱、不安が続きPTSDを発症する事もある。これは、心が傷ついている事に他ならない。
彼女たちも生きてさえいればいつかこの記憶は薄れるだろうし、新しい生きる糧を手に入れれるだろう。だが、それでも一生苦しみ続ける事には変わりはない。
俺にはその気持ちが分かる。両親の死に様、チェイムの死に様、その時に感じた絶望感と怒りと憎しみは常に俺を憎悪の業火で焼いている。だからこそ、俺なりの慈悲とも言える痛みのない死を与えれる。
キースにはその気持ちが分からない。キースは胸が焼けるような憎しみを、耐え難い怒りを身に宿した事がない。だからこそ、こんな残酷な事を平然と言える。
「お前は、悲劇を知らない。だからこそ、そんな考えができる」
「だが……!」
「御託はいい。さっさと潰しあおうか」
拳を握り左足を半歩下げ拳を正中線に合わせて構える。
もう話の時間は終わりだ。さっさと終わらせよう。
「う……あ……」
「き、君!大丈夫かい!?」
キースの足に抱きついてくる人族の少女をキースは膝をついて顔を見る。
酷いな、あれは。体は殆んど骨と皮膚しかないし、目は窪み、瞳には他の連中以上に生気が宿ってない。
この中で一番長く、あいつらに醜い欲望をぶつけられたのは彼女だろう。
「殺し……て……」
「生きるのを諦めるな!生きていれば、きっと……!」
「う、ううん……もう、生きたくない……!」
「ッ……!!」
「だから……殺し……て……!」
少女の慟哭の涙がキースの膝を濡らし、キースは苦しみと葛藤に満ちた顔を見せる。
涙を流すと言うことは本当は生きたいと言う証拠。だが、魔物に辱しめられたと言うことはもう、人としての人生を歩むことは出来ない。
何故なら、この国の法律がそうさせているのだ。
この国では、魔物に汚された者は重罪とされ人としての権利を失い残りの人生を奴隷として生きる事になる。
これは貴族たちが見目麗しい平民を囲いこむために作られた法律であり、悪徳貴族が抱える奴隷の多くがこの法律を盾に囲われているのだ。
その法律がある限り、彼女らはこのダンジョンから出たら最後、人ではなくなる。人として死ぬことが出来なくなるのだ。
「……すまない、名も知らない少女」
キースは立ち上がり、少女の心臓を震える剣で突き刺し、少女は安らかな表情で瞳を閉じる。
……俺、少女たちを殺さないとな。
「待ってくれ、エイン」
「どうした、キース」
「……彼女たちは僕がこの手で殺すよ」
「……そうか」
額に汗の粒を垂らし剣を震わせながらキースは俺に告げ、死を望む少女たちに近付いていく。
キースは、罪の十字架を背負うか。それもまた……一つの意思なのだろう。
「……行くぞ」
「ああ……先に帰っててくれないか?」
「分かった」
少女たちの心臓を剣で突き刺し地面に座り込み少女たちの死に顔を見つめるキースのあとを静かに離れながら、仮面をつける。
「ちくしょう……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
誰もいなくなった広間で、キースは天井を見上げ瞳から溢れるばりの涙を流すのだった。




