白昼夢
「呼んでる…、僕を待ってる……」
隆は夢の中で、再び目を覚ました。この前の夢と同じ、光輝く場所に立っている。
隆はまた誰かを探していた。その人が何者なのか、何故自分を呼んでるのか、その理由は何も分からなかったが、隆はそれでも声の方へと歩き続けた。
「探さなきゃ、でも何処へ?」
隆は一応現実世界でもその人を探していたが、声すらも聞こえなかった。やはり、夢の中でしか会えない人なのだろうか。
ずっと走り続けた隆は、足を止めた。上を見るとそこには、光の塔がある。
「なんだろう…、ここ、ずっと前に来た事がある」
そして、目の前には誰かが立っていた。
「あなたは…!」
隆はその人に向かって走り出したが、幾ら走っても、その人には辿り着けない。
「一体、何なんだ…?」
夢はそこで途切れた。
隆はその夢の話を、桜弥と真莉奈にもした。
「そうか…、確かに気になるよな」
「うん…、桜弥君は分かるの?」
桜弥には人とは違う何かがあった。それが何なのかは二人には分からなかったが、それだけは何故か感じられた。
隆の疑問はもう一つあった。
「紗佳…、昨日は本当にごめん!それと、桜弥君、止めてくれて…ありがとう。でも、どうして急に……」
「それは…、なんでだろう。」
紗佳に傷跡が残ってるという事は、あの出来事は現実で怒った事だろう。だが、その時の隆は覚えてるようで…、夢の中の出来事のような…、そんな気がした。
「あの衝動に駆られたら、また紗佳を殺してしまうかも知れない…、変なお願いだとは思うけど、二人ならなんとなく信じてくれるような気がする。もし…、昨日と同じ出来事があったら僕を止めてくれない?」
桜弥と真莉奈は頷いた。
「ありがとう…、私からもお願いするよ。」
チャイムが鳴るのが聞こえたので、二人は席に着いた。
放課後、隆と紗佳は先に帰ったが、桜弥と真莉奈は残っていた。
「しっかし、何が起こってるんだろうな…」
「桜弥君?」
「隆の事、ちょっと面倒くさい事になりそうだな。事態を解決するのが先だが…、とりあえず紗佳を守らなきゃな。」
「一体、何をするの?」
「俺の『風読』の能力を使うのさ。俺は風見家、これでも陰陽師の端くれさ。それに、俺は王蓮の生まれ変わりでもあるからな。」
「王蓮って誰なの?」
「風見王蓮…清蓮の実の兄であり、本当の『風見の始祖』さ。清蓮には妻子は居なかった。だが、王蓮が紅姫っていう人と結婚して、子供が産まれたんだ。」
「紅姫って、私のご先祖様の?!」
「そうかもな、」
『風見の始祖』風見清蓮は、死出山にある風の神殿で、霊を送り、麓を守っていた伝説の陰陽師だ。しかし、王蓮の事についてはどの古文書にも、伝説にも載っていない。
だが、王蓮の存在が、後の風見家をつくったのだ。
「『風読』は『風見』の能力の上位互換、『風』…、魂や力の流れによって、過去や未来、現在の状況を見渡す事が出来る能力さ。過去や未来に関しては確定した事しか見えないが、隆を追うんだったらこの技でいけるだろう。」
桜弥の目が青く光った。
「フッ…『潜伏眼(パラサイト•アイ)』、隆…、お前の動向、しばらく覗かせてもらうぜ。」
当の本人は、全く気づいていなかった。
次に桜弥は、母親である梨乃に会いに行った。
「母さん、お願いがあるんだけど…。『夢渡』の能力で隆の夢の中に入ってもらえないか?」
「良いけど…、どうしたの?」
「ちょっと気になる事があってな。」
梨乃は驚いていたが、息子の頼みは一応聞いてみる事にした。
隆はその夜も夢を見た。昨日追っていた人が、今日は目の前に居る。だが、顔も姿もぼやけていて、はっきりとはしなかった。
その人は男の人らしく、落ち着いた口調で隆にこう言った。
「君の役目は記憶を受け継ぎ、次の世代に伝える事だ。」
隆は、その意味がわからなかったが、何か大切な事だという事は分かった。
「あの、貴方は一体誰なのですか…?」
「君は私であり、私は君だ。だから、直接は会えない。」
その人は謎めいた一言を呟くと、何処かへと消えてしまった。
「あっ、そんな…」
追いかける事も出来なかった隆はその場に立ち尽くした。
『夢渡』で隆の夢に入り込んだ梨乃も、その人に出会った。梨乃にはその人が誰か分かるらしく、必死に追いかけて行く。
「そんな…、待って下さい!」
「梨乃…、隆の事を任せたよ。」
その人は梨乃の所からも姿を消してしまった。
桜弥は技で『風の目』を開いて隆の事を垣間見ていた。それを横から真莉奈が見ている。
「その能力便利だよね。」
「母さんにはバレてしまったけどな。」
『風の目』というのは、『潜伏眼(パラサイト•アイ)』を使って起こる『風』の吹き溜まりの事で、桜弥はそれを使って遠くで起こっている事を見る事が出来るのだ。但し、眼球に映るので最大二個までしか起こせないという制約がある。今のように一人の人を追いかける事も出来れば、一つの場所に置いて、定点カメラのような事も可能だ。
「で、今隆君は何してるの?」
「紗佳と一緒に居る。」
「ふ〜ん…、そうなんだ。」
すると桜弥はある事に気づいたらしく、驚きの声を上げた。
「まずいな…、隆、また紗佳に手を出すつもりだぞ?」
「えっ?!」
「とりあえず…急ぐぞ!」
桜弥は真莉奈を引っ張って、隆が居る方へと急いで向かって行った。
隆は狂気に陥り、紗佳に刃物を向けていた。
「俺はお前を殺さないと気が済まない!」
そして、それを突き刺そうとした時、真莉奈が死神の鎌で防いだ。
「俺の邪魔をするとはな…」
「隆君!紗佳ちゃんの事好きだったんでしょ?死んだら愛する事も憎む事も出来なくなるんだよ?!」
「うるさい!」
隆が鎌を振り外した。
「紗佳ちゃんは殺させないから!」
紗佳は隆の手から刃物を外そうと必死に、鎌を振り回した。
「隆!正気に戻れ!」
「誰が正気じゃないと言った?!」
その時、真莉奈は隆の右手首から何かが伸びている事に気づいた。それをよく見ると巻かれたロープである。
「まさか…、あれを断ち切れば!『幻月斬』!」
真莉奈は狙いを変えてロープを断ち切ろうとしたが、駄目だった。
「無駄に戦ってもきりがない、ここで一旦蹴りをつけるぞ!」
桜弥は真莉奈を下げて、御札を構えた。
「この一撃に全てを賭ける!『狂桜花(サクラ•タイフーン)』!!」
強烈は桜吹雪が舞ったと思うと、隆はその場に倒れていた。真莉奈が見たあのロープは消えている。
「力ずくじゃ狂気は断ち切れない。隆の狂気には理由があるはずなんだ。」
その時、桜弥の脳裏にある光景が浮かんだ。
「これは…、隆の記憶?」
「何を見たの?」
桜弥が何か言い出そうとした時、紗佳が二人に近づいてきた。
「真莉奈ちゃん、さっきの武器みたいなやつ、あれなんなの?」
真莉奈が答えようとしたが、桜弥が口を封じて、紗佳の肩を叩いた。
「紗佳…、あれは幻覚だ。」
「ふ〜ん、そうなんだ…?」
「ああ、そうだ。恐らく紗佳は夢を見てたんだ。」
「そっか、」
隆が起きそうにもないので、用事があった紗佳は先に帰ってしまった。
「で、隆君の記憶って何?」
「ああ…、あいつはな、恐らく俺と同じように…前世の記憶をもって産まれたんだ。だが、本人は覚えてないらしい…、というよりは封印されてるって言う方が正しいか。」
「隆君の前世ってどんなの?」
「詳しい事は聞いてみないと分からない。ただ、一つだけ言えるのが…、あいつは死出山に関係しているって事なんだ。」
桜弥は隆の方を見つめた。まだ起きる気配はない。空は真っ赤な夕焼けで、隆の顔も光で赤くなっていた。