最終話 これからの分岐点
とりあえずの荷物を背負いながら、俺は輸送用の大型飛空船に乗り込んでいた。今はその大型飛空船の客室。と言っても雑魚寝部屋みたいな場所であるが、その場所で目的地への到着を待っている。
「結局、こっちを選ぶことになったね、兄さん」
「ああ。故郷の復興なんて事も、ちょっとは考えたんだがな」
弟のエイディスも同行している。俺達は以前まで復讐者だった。復讐相手を求め、発見し、そうして撃墜した。
その後は……そう。後についての話だ。
「お前の方こそ、こっち側で良かったのか? 技術職なんて本国での仕事が幾らでもあるだろ」
「けど、どこも肩身狭そうじゃない」
「……まあ、そうだな」
俺達がこの飛空船に乗っている理由は、ほぼ身売りみたいなものだった。
内世界では無く外世界側。所謂内世界の外縁部へと向かっているこの飛空船。丁度、俺達がフライトコロナイズを始める場所となったヒドランデと呼ばれる街と、似た様な土地柄の場所に向かうわけである。
「こっちもこっちで大変そうだけど、まだ大手を振って歩けるっていうかさ」
「大変どころか、空港以外は碌に整備されてないんじゃなかったか?」
俺達が向かう場所は、ガーヴィッド公国が開拓地として準備を始めている土地だった。真っ先に飛空船を止める空港を建設した段階だったが、その後についてはまだ未着手である場所らしい。
「当面はそれでも良いけど、拠点として使うんなら、大人数が泊まる宿舎とか、あと娯楽用の施設なんかも必要だよね。勿論、整備専用の倉庫なんかあれば僕としては一番なんだけど……」
「将来的には出来るんだろうが、まだまだ先の話だろうな。普通はまだ使う予定も無い場所だったんだろうが、丁度良く、使える人材ってのが現れたってわけだ」
だからこその身売りだ。俺達は巨大飛空船の一件で、立ち位置的に不安定だった。公国側も、どう扱って良いか悩んでいたのだろう。
俺達は国の飛空船を強奪したあげく、国の上空で巨大飛空船同士の大立ち回りをした。普通なら罪人となってもおかしくない人間だ。
が、それらの事件が俺達と無関係ということになった以上、裁く事もできない。ではどうするかと公国側が考えた結果、国の中枢から離れるか、もしくは食い込む仕事をさせるかの二者択一を俺達は迫られる事になった。
前者を選んだ人間は、片田舎かどこぞの離れ植民地へと移住させられる事になる。後者の場合は、専門知識があるのなら国家が主導する事業の関係者として雇用される者もいた。
そうして、その選択すらも選ばなかった場合が、俺達だ。過酷かつ、実入りの少なそうな仕事に就くと、そういうことになっていた。
「説明を聞いた限りじゃあ、基本は飛空開拓計画とやることは一緒なんだよね? ま、だったらそっちに行く人間も多いと思う。言ってみれば日常への回帰だ」
「日常ねぇ。まあ、最近まであった事件と比べたら、日常かもな」
元々、飛空開拓計画のために集められた人員だったのだから、そのまま似た様な仕事をさせるのが、実行し易いと言えばそうだろう。
事実、こちら側の選択をする船員も多かったらしい。
「ただ、飛空開拓計画そのものってわけでも無いんだろ?」
「だねぇ。ちょっと、技術職としては興味ある仕事でもあるよ」
その内容についても、事前の説明はされていた。俺自身の立場を考えれば、結構、丁寧な扱いだと思う。
問答無用で仕事を押し付けられたって文句を言えない立場なのだから。
「っと、ついたみたいだね。さっさと降りろって急かされる前に降りよう」
「ああ」
雑魚寝部屋から腰を上げ、部屋の扉から出る。他の運ばれていた人間も同じく部屋から出て行く。知らない人間から見知った人間まで、結構な人数だ。
しかも輸送用の飛空船は何度も往復しているため、それだけの人員が、この土地に集まっているということになるだろう。
飛空船の廊下を歩き、さらに外へのタラップを降りて行く。眩しい日差しを俺の目を照らし、解放感を味合わせてくれた。船の部屋は狭かったのだ。人が多くいたから息苦しさもある。
事実、見える景色は広かった。ひたすらに広い空港と、申し訳程度の建築物。そうして……。
「シームルグ。これからはずっと付き合うことになるのか」
景色の中心には、空港の殆どを占める、巨大飛空船シームルグの姿がった。
「十中八九、来るとは思っていたが、随分と遅かったな! 色々と、やるべきことがあったのかね?」
空港に着いた後、一応の宿舎までやってきた俺達は、そこで作業班の班長、いや、元班長であるブラッホ・ライラホと遭遇した。
あのガーヴィッド公国上空での空戦からこっち、暫く会っていなかったため、つい話し込んでしまっている。
ちなみにエイディスは先に自分の部屋に荷物を置きに行った。
「あー。まあ、決心だけはあったんですけどね。一度、故郷に寄って来たんですよ」
「故郷と言うと……ラクリム王国跡地かね?」
「ええ、シームルグの発進のせいで、さらに、木っ端みじんになったあの」
巨大飛空船が地下にあり、それがそのまま上部を押しのける様に浮上したのだ。瓦礫だらけの街部分は、もう跡形も無くなっていた。
悲しくもあったが、故郷を同じ場所で復興なんて馬鹿な考えを、一欠けら足りとも抱かなくなったのは、まあ好都合と言えた。
こちらに来るための憂いをすべて無くした形になる。
「ふむ。であれば、あれかね。今回の仕事の目当ては、正真正銘、新たな土地を探す旅。と言ったところかな?」
「単純でいいですよね。難しい事を考えなくて済む」
そうだ。復讐はもう終わった。きっちり、最後の始末を付けてしまったのだ。ならば、新しい目標を見つけなければならない。どうにも俺はまだまだ若く、まだまだ生きられるようだったから。
「そうだな。何かを始めるには単純な理由が良い! 継続すれば否応に複雑になるから。という言葉もあるであるしな!」
ブラッホに大きく笑われる。別にこちらを嘲っているわけでは無いだろう。むしろ、復讐云々の部分が抜けて良かったと思われているのかもしれない。
彼には結局、復讐目的の旅だったことを、ついぞ話すことは無かった。だが、恐らくは勘付いていて、それを終わらせた事を喜んでくれているのだろう。
「そう言えば、アニーサ艦長も、もうこっちへ?」
「ああ。彼女は早々に来ていたよ。君みたいに、故郷へ一度顔向け。という事もしなかったらしいな」
彼女の中では、もしかしたらとっくに決着を付けていたのかもしれない。シームルグがラクリム王国から発進したその時から。
「一度、艦長にも会って来ますよ。今回も艦長なんでしょ? 彼女」
「らしいな! しかしまあ、大変だと思うよ! なにせあのデカブツを動かし、試験し、尚且つ植民事業も進めなければならない仕事の、責任者なのだからな!」
「ああ、確かに」
俺達がこの地へ集められた理由は、最後に残ってしまったシームルグをどう扱うかに関係している。
ガーヴィッド公国はシームルグを、外世界よりやってきた存在として公的に発表しているわけであるが、実際は、国内の所有物として現状はある。
発見したのは俺達であるが、俺達だって手に余る代物である以上、帰属する場所を公国に押し付けた形だった。
そうして、公国側も、俺達に仕事を押し付けようとしている。場所は用意するから、実際の運用実験としてシームルグを動かし、飛空開拓事業を続けろというのが、今回の仕事なのだ。
「けど、将来性はあるんじゃないですか? シームルグはデカくて扱いに困るかもしれないですが、一方で機能を解明していけば役に立つかもしれない。それに植民事業を続けて行けば……」
「飛空開拓計画と同じく、植民地を見つけ、そこで暮らしていけるかもしれない。うむ。今回の仕事、難しいかもしれないが、正しく飛空開拓計画の続き。ということになるのだろうな!」
そうだ。その通りだ。俺達は前に進んでいる。これまではそうじゃなかったかもしれないが、これからはそうありたい。強く思う。
荷物を置くと、すぐにアニーサ艦長を探し始めた。何はともあれ、彼女にあって置きたい気分だったのだ。
それほど大きく無い宿舎であるから、そこはすぐに探し終わった。そうして、宿舎にはいないことを確認する。
「ってことは、シームルグの中か。参ったな。あそこはそれこそ街一つの大きさだし……」
「何が参ったんですか?」
「んー。なんだろうな。とりあえず会おうとしてた奴の一人がどっかから来たから、参るほどじゃないかもしれないな」
と、空港とシームルグを宿舎の出入口から眺めていた俺に、後ろから話しかけてくる声があった。
彼とも一度は面と向かって話さなければならないのだ。この、今では別に同じ班ですらないが、飛空船操縦士としてはまだ後輩であるレイリーと。
「なんですか? 僕を探してたんですか? アーランさんは」
何故か上機嫌そうな顔をするレイリー。彼も新しい旅路に思いを馳せているのだろうか。だが、きっと、その前に埃が被った宿舎の掃除なんなりを命じられると思うのだが。
「探してたって言うよりだ……聞きそびれてたことがあったんだよ。お前に」
「聞きそびれた事って……あれですか? 黒鷲にアーランさんが突っ込んだ時の」
「そう、それだ」
特攻する俺に付き添う様に、彼も小型飛空船で黒鷲へと向かっていた。あの時、俺がロンブライナから脱出しなければ、どうなっていた事か。
「アーランさんの事ですから、どうせ危ないことしやがって、何考えてるんだとか言うつもりなんでしょうけど、そんなのはこっちのセリフでもありますから、説教なんて聞きませんよ」
くそ、こっちの言動が完全に先読みされてしまっている。そりゃあ確かに、こっちだって馬鹿な事をした手前、反論なんてできるはずも無いのだが……。
「あ、けど、やっぱりいけないんだぞ。命を捨てたりとか、そういうの、駄目なんだぞ」
「深く考えることを止めたって感じのセリフですね……」
いけないことはいけないと言うのが良い大人だと思う。自分を顧みないのもまた大人だ。良いか悪いかは別として。
「こっちの理由はもう言ったろ? あそこで死んでも良いとか、馬鹿な事考えてた。生き残ってるのは、本当に運が良かったからだ。謝れってんなら謝るし、やったことも、今からなら悔いるさ。やり直しなんてのはできないけどな」
「生き残ったんですから、やり直せなんて言いませんよ。それこそ今さらです。ただ……その……僕の方はですねぇ……」
ひたすらに言い難くそうな顔をしている。俺と心中する様な事をしでかした理由については、それなりに複雑なものがあるらしい。
「理屈じゃなかったんですよ……アーランさんが死んで欲しくなくて、けど、止めたり助けたりする方法は無くて……」
つまりは、あの時の俺と同じだったということか。良く考えれば、彼と俺は良く似ていた。なるほど後輩だ。向いている方向は結構同じ場所だったりする。
「ま、こっちにしても、もうあんな無茶はしねえよ。自分の命を捨てようなんて思うのは、あれっきりだ。多分」
「僕だって、あんなこと、アーランさんがしなきゃしませんって………あれ? ということは、復讐云々については」
レイリーがきょとんとした目でこちらを見てくる。まったく、こいつはこっち良く見ている様で見ていないらしい。
「終わったに決まってるだろ。っていうか、終わらせたんだ。今さら別の何かが現れたって、あの時の同じ気持ちにはならない。そういうもんだ」
心に決着をつけるとはそういうものだ。後戻りができないし、終わった後は、別の何かを見つけなければ始まらない。
「それじゃあ、今回の仕事を選んだ理由っていうのも……」
「まあな。次の何かを……あ、そうだ。お前、アニーサ艦長見なかったか? 確か今回も艦長役なんだろ? あのシームルグの」
そうだ。次の、アニーサ艦長を探していたのだ。レイリーとの話の中ですっかり忘れていた。
「艦長なら………シームルグにいますよ。艦首部分じゃなくて、その近くの展望台っぽいところにですけど……」
答えてはくれるものの、さっきまでの上機嫌はどこへやら、レイリーにはふてくされた様な顔をされてしまった。
何か不愉快な事でも言ってしまっただろうか。
「艦首近くの展望台だな。おーけー、わたかった。そっちに行ってみる」
「……何の話をするつもりなんですか?」
不機嫌な後輩を相手にするのも別に構わなかったが、それ以上に話しておきたい頃がアニーサ艦長にあった。これからを始めるためにだ。
「ちょっと、明日の天気の話かな?」
と、人に話せば、その程度の事かもしれないが。
彼女はそうして、当たり前の様に外の景色を眺めていた
「確かにここは展望台ですね。なんていうか……その……綺麗だ」
「無理に形容詞を考える必要も無いと思われますが……」
レイリーの言っていた展望台に入った俺は、外を眺めているアニーサ艦長の背中を見つめていた。
彼女だって、背中越しの会話なんて失礼だと言うことは分かっているのだろう。だが、それ以上に、外の景色を見ていたいのかもしれない。
「あ、じゃあロマンチックな言葉を考えなくても良いですか? いや、センチメンタルな感じですから、少しくらい雰囲気察した話し方をする必要あるかなと思ってたんですが」
「そうですわね。多少は考えてくれると助かりますわ」
うん。背中しか見えないが、苦笑いされているのは良く分かった。だが、無理は言わないで欲しい。生まれてこの方、ロマンチックな事なんて一度もしたことが無いのだ。
「いや、一度だけあったか」
「何のことですの?」
「あなたと昔、王城であった時の事は、多少はロマンチックだったんですかね?」
「……かもしれませんわ」
だったら、俺みたいな人間でも、多少は空気を読むことができるかもしれない。
「あなたとしては、今ここで、漸くひと心地って事なんですかね。外の景色を眺めているのは」
「多少、空気を読む努力をしていただいたことは、感謝するべきなのでしょうか……」
それはその通りだと思う。俺だって、泣いている女性の顔を見せろなんて事、言えるはずも無い。彼女はただ、今は外を眺めているだけで良い。
「けど、やっぱり俺、空気が読めない男かもしれません」
「……」
黙ったままのアニーサ艦長を見て、増々、空気を読む気が無くなっていく。
「俺は、一足先に、ラクリム王国の復興を始めることにしましたよ。新しい土地を見つけて、そこを開墾するんだ。王様になるほど偉くはなりたくないから、国中の飛空士の中でのトップくらいにはなりたいか。権限は、国の支援で良い飛空船に乗れて、どこまでも飛んでも良い許可。それと給料が出れば万々歳か」
「そんな馬鹿馬鹿しい職業、どんな国でも無いと思いますが……夢はありますわね」
多少は、アニーサ艦長から明るくなった声が聞こえて来た。流す涙の勢いが、少しばかり収まれば良いと思うのだが。
きっと彼女は、この展望台からの景色を見て、これまでの人生。その殆どの事について決着を付けている最中なのだ。
彼女にしてみても、王女様なんて立場から、国を家族ごと奪われ、ひたすらに今までを生きて来た。そこには復讐という生きる力にもなる強い感情があったはずだ。
だが、今はそれが無くなった。これまで培ってきた経験と知識は彼女を支える糧にはなるだろうが、それでも、彼女の精神はお姫様だった頃に戻ろうとしているのだろう。
復讐者としての仮面はもういらない。もう一度欲しがったところで、終わったものを取り返せるはずも無い。ちょうど、以前までの俺と同じ様なものだ。
俺は決着をつけることが一足早かっただけ。
「馬鹿馬鹿しくて、夢みたいな話、もうちょっと呟いていても良いですか? 雑音だと思って無視しても構いませんので」
「いえ……ここで……ちゃんと聞いていますわ」
そうか。なら、馬鹿馬鹿しくて夢があり、さらには未来のある話でも始めよう。明日からの話だ。
復讐の道はここで途切れた以上、これからの分岐点から、新しい道を選ばないとならないから。




