女神のひとりごと
ひざまずくピエトロ……いや、今はロックか。
そして彼に信頼の視線を送るオリンポス教団・教祖たる久世ヨシト。
ヨシトが日本刀をロックに授けた。
感激したロックがヨシトに抱きつき、
邪険にあつかえないヨシトが複雑そうな表情を浮かべる。
――新たに誕生した師弟のようすにアテナは満足そうな表情を浮かべている。
あ、別に『師弟カップリング』、『ヨシト受け』とか『ピエトロ攻め』みたいな感じで、アテナさんが腐ってらっしゃるわけではない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(この展開は想定していませんでしたが……、むしろわたしの計画よりも今の状況のほうがいい)
アテナが考えていた布教計画。それは先にも述べたとおり、都市に住む富豪や領主など社会のトップにいる層を中心に布教していくというものだった。
技術や奇跡を対価にして信者とし、援助を行わせる。
戦国時代、日本にやってきた宣教師が大名たちにたいして行ったように。
それはそれで、成功する可能性が十分にあった計画だ。
(たしかに、あの計画のほうが資金面や人材面で苦労せず、教団を立ち上げられたかもしれない)
しかし――、
(それではダメ。この世界でわたしたちオリンポスの神々への信仰を根付かせるには……足りない。致命的なものが欠けていた)
アテナは己の計画の死角に気づく。
もともと、こちらの世界への布教計画には反対だったため、立てた計画もどこかおざなりだった。
しかし、こちらの世界に来てわかった。
この世界がどれほど布教に適した世界なのかを――。
人の身に魂を宿したからこそわかった、文明の未発達さゆえの熱気。
さらに聞き取ったハーフエルフたちの苦悩。
――いつの間にかアテナの中にも布教計画への熱意が生まれていた。
(で、あるならば……わたしの計画には『弱者』への配慮が欠けていた)
かつて、その実例を目にしたことをアテナは思い出す。
(そう。わたしたちを駆逐したあの宗教は最初のころ『女と奴隷の宗教』と呼ばれていた)
当時、アテナはローマに移り、ミネルバと呼ばれていた。
彼女はひざもとで布教を始めた新たな宗教に、冷ややかな目を向けていた。
(なんと……柔弱な。右のほほを打たれたなら、左のほほを差し出す? そんなことだから社会の上位層を取り込めず、弾圧されることになるのです)
博愛主義すぎる教義、戦女神としてはどうしても腹に据えかねた。
そして知恵の女神としては許せぬことがもう一つ。
(だいたい、布教の相手をまちがえています。なぜ社会的弱者に真っ先に手を伸ばすのです? どう考えても非効率的でしょう?)
当時のアテナはそう考えていた。
しかし今はちがう。
(弱者だからこそ、救いを求め、強く願う。強く祈る。より強く神を乞う――それが強力な信心となる)
アテナがそのことに気づいたとき、すべては終わっていた。
ミネルバ神殿が破壊され、神像が砕かれる瞬間、彼女は後悔した。
(わたしは人の心というものを、あまりに知らなすぎた)
貧しきものは幸いである――という言葉がある。
これは信仰を受ける神にとっての『幸い』も含んでいるのではないか?
アテナはそう思うようになっていた。
(そういった意味で、このハーフエルフたちはなかなか得がたい、すばらしい信者です)
彼らもまた強く救いを求めている。
彼らが求める力や加護を与えることで、信心は深まるだろう。
苦境にあるほど人は強く加護を求めるのだから。
さらにいえば――、
人間でもエルフでもない立場、あるいは属す里のないはぐれエルフ。
彼らはすがるべき何か。依るべき何かを求めている。
(彼らに拠所としての宗教を与えれば?)
その結果が生み出すものをアテナは容易に想像できる。
……より強い信心だ。
地球では『知名度』や『人気』といった不安定なものに頼り、信心を手に入れねばならなかった。
しかし、こちらでは小さくとも確固たる信仰によって強い信心を得ることができる。
この里を獲得したことは、小さな一歩でもあり、大きな飛躍でもあった。
(見ず知らずのエルフを助けたヨシトさんの行為がなければ、この結果はなかった)
向こうでは里の民が、我も我もとヨシトに弟子入りをせがんでいる。
ヨシトも来るもの拒まずでいちいち律儀に応じているものだから、会場となった鍛冶場に長蛇の列ができていた。
ヨシトはかっこうをつけ、入信者の肩を杖でたたいている。
だが、雷霆のレプリカである杖をまちがって軽く発動させてしまったようだ。
里の若いエルフを一人しびれさせてしまった。
もっとも、その不思議な現象が入信儀礼の意味を増したようだ。
なぜか、先ほどよりも多くの信心が流れこんでくる。
(……本当におもしろい人。でも、感謝はしています)
絶対に面と向かっては言わない。心の中だけで口にする。
それだけで、心がぽかぽかと温かくなる。
そして――、
アテナの顔に浮かぶ微笑。
ごくかすかな、だれにも気づかれぬような笑みではあった。
しかし――、
アテナが心から笑うのは実に数世紀ぶりのこと。
(これを知ったら、ヨシトさんは腰を抜かして驚くでしょうね)
そのさまを想像し、アテナのほほに浮かぶえくぼが、さらに深みをました。




