オリンポス教団
「どうだ、パウェル? おのれの得意なことで負けて、どのような気分だ?」
ピエトロさんの言葉が、うつむいてしまったパウェルさんにかけられる。
もう、やめて! パウェルさんのライフはゼロよ!
しかし、ピエトロさん、どうしたのだろう?
なぜ、負けた友人の傷口に塩をぬるようなことを?
そんなこと言う人には思えなかったのだが?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……負けだ。完敗だよ。おれの持つ技術など、この人の前では子どものようなものだ」
返す言葉に力がないパウェルさん。
そこへピエトロさんが、さらにもう一言。
「そうだろう? そうにちがいない!」
追い討ちかよ! ひどいなピエトロさん。
あれ? でもきついことを言ってる割に顔が……やさしい?
「わかるさ。わたしもそうだった。ヨシトどのに救われたとき、そして里での戦い――わたしの中にあった剣術への少しばかりの自信も、粉みじんに砕かれたからな」
あ……。すみません。配慮が足らなかったようです。調子のってました。
カンフーとか酔拳とか……うん、今後はほどほどに使おう。
「いえ、ヨシトどのが気にされることはない。あのときは里のみなの命がかかっていた」
そうですか。よかった。カンフーはまだ使ってよさそうだ。
酔拳は……そうだな。機会を見てにしよう。
と、ほっとしていたオレをさておき――、
ピエトロさんは、うなだれたパウェルさんの肩をなぐさめるようにたたく。
「わかっただろう? ヨシトどのの力がどれほどのものか……我らが求めていた力だ」
ん? どういうことでしょうか?
問おうとしたオレの腕をアテナがつかんで止めた。
アテナが指さすその先、ピエトロさんが覚悟を決めた顔をしている。
あれ、どうかしたのかな?
疑問に思ってみていると――、
「みなのもの、よく聞いてくれ!」
パウェルさんだけでなく里の若者たちにも向け、ピエトロさんは声を張り上げる。
「……はっきり言おう。我らには力がない。この里には、悲しいまでに力が足りない!」
ピエトロさんの声は高らかでありながら、悲痛だった。
魂の上げる悲鳴ってのがあるとすれば、これなんだろう。
「ハーフエルフとその家族。そしてわたしたちようなはぐれエルフ――皆が暮らすこの里は力の無さゆえ、耐え忍ぶことが多すぎる!」
思い返し、唇をかむピエトロさん。その目はうるみかけている。
かなり、つらい目にあってきたことがわかる。
「町の商人にはなめられ、産物は安く買いたたかれ、奴隷商たちは我らを見目のいい玩具あつかいした」
ああ、立場が弱いとつらいよな。
そして、どこの世界にも弱みを見せればつけこんでくるヤツはいるんだな。
「……それはなぜだ?」
ここにいる里の民すべてに問いかけるように、ピエトロさんは視線を送る。
そして一周、全員の顔を確認したあと。
「……我らが弱いからだ!」
目をそらしたい現実、それでも頑としてそこにある真実をピエトロさんは口にする。
「そんな状況を変えるには力がいる!」
切実な言葉だった。
泥と土と血と汗と――ありとあらゆる苦労をなめてきたピエトロさんだからこそ、ここまでの説得力があるのだろう。
そしてピエトロさんの言葉に熱心にうなずく若者たち。
彼らも、この里の苦境を理解していたのだ。
「だからこそ……ヨシトどのの見せた力と、その力を与えてくださるという神々がこの里には必要なのだ!」
そこまで熱っぽく言うと――、
ピエトロさんは、こっちを向いて頭を下げる。
「もうしわけない。長老もわたしも欲得づくであなたがたを引き留めておりました」
ま、そうじゃないかってうすうす思ってました。
いえ、むしろ盲信とか狂信されるよりマシですけどね。はい。
過剰な期待に応えるのって難しいですし。
「しかし、その者達に本当にそこまでの力が?」
それでも食い下がるエルフさんもいたが、
「たったいま目にしたばかりだろう? ヨシトどのの力を!」
ピエトロさんにこう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
そして――、
もう一度こちらを向くと、ピエトロさんはまた頭を下げる。
「……お願いします。この里に力をお貸しください!」
あれ? 何をいまさら?
「もちろん、こちらもそのつもりでした」
おお、アテナが話を引き受けてくれた。
正直、助かる。
ヘルメスの交渉術を得ても、オレの地頭がよくなったわけじゃない。
難しい話とかはさっぱりだ。
だからガンガン交渉やっちゃてください。わが参謀アテナさん。
オレはただ大物っぽくうなずくだけだ。
「この里を教団の本拠として発展させること、それは我らの願いでもあります」
うんうん、そのとおり。
けっこう邪険に扱われたこともあったけど、この里の人たちのこと嫌いになれないんだよね。
オレだって彼らの役に立ちたい。
「本当に……本当にそんなことができるのか?!」
興奮を見せ、質問するエルフに、アテナはうなずく。
「――できます」
アテナは静かに、勢い込むこともなく、ただ短く言い切る。
「……その言葉、信じましょう」
と、口を挟んだのは長老ヨブさんだった。
さては後ろのほうでタイミングを待ってたな?
だが、ちょうどいい。ばっちりだ。
「お前もそれでよいな、パウェル?」
「あれだけの鍛冶の腕を見せていただけた。……おれにもう言うべきことはない」
まだ放心状態が続いているパウェルさんもうなずく。
さて、この里で、ピエトロさんの演説、長老とパウェルさんの同意の三つが集まれば?
もちろんそこに異議などあろうはずはなく――、
教団の本拠地化、決定いたしました!
はい。みなさんも拍手! ぱちぱちぱちぱち!
と、そこで――、
「ところで、ヨシトどの、聞き忘れておりましたが……教団の名前は?」
ヨブさんがきいてくる。
あ、そうえいば決めてなかった。これはいかん。
そうだな? どうしようか?
よし、アテナさんに相談だ。
「我らが信仰する神々は、オリンポスという山に住んでおいでです。その名から我らはオリンポス教を名乗っております」
アテナはすらすらと口にする。アドリブとは思えない。前から決めてたのか?
「ほう……オリンポス教団」
ヨブさんはうなずく。
「では今日からこの里はオリンポス教団の本拠地ぞ!」
ピエトロさんが大きな声で発表する。
もっともこれは『布教』というより、力なきハーフエルフとオレたちの『同盟』のようなもの。
だが両者の必要は強く結びつき――、
――かくして、コルクの里は、わがオリンポス教団の本拠地となった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
と、話がまとまったところで、
「ヨシトどの!」
いきなりひざまづくピエトロさん。
え、なんでしょう?
「ヨシトどの、いえ、ヨシトさま……わたしを弟子にしていただけませんか?」
いえ、武術の弟子はとらないといったはずじゃ……
「ちがいます。オリンポス教のほうです。わたしをあなたの一番弟子にしていただきたいのです」
はい、それはもちろん。これでもみなさんの教祖ですからね。
オレでよろしければ――、
「ありがとうございます。さらに厚かましいお願いなのですが、あなたに名前を頂きたいのです」
おお、と周囲から驚きの声。
疑問に思っていると、長老が説明してくれた。
「エルフの風習でしてな。信頼、尊敬する相手に名前をもらうことはこの上ない名誉なのです」
なるほど。命名親みたいなもんか。
断ったらかわいそうだしなあ。盛り上がってる空気が興覚めにもなりそうだし。
さてはピエトロさん、このタイミングを狙ってたな。この策士め。
――しかし、どうしたものだろうか?
「名付け親が、そのものから受ける印象から付けることが多いとされています」
長老が、また助け舟を出してくれた。ナイス年の功だ。
う~ん、ピエトロさんのイメージ……か?
まず浮かぶのは、この人の揺るがない心と体の強さ。
たとえばいかなる時代の大波にも耐え続ける……、
そうだ。岩だ。大きな岩。
大地にしっかりと腰を下ろし、周囲の人々を支える、そんな岩のような人だ
ならば――、
「では、あなたの堅固な心と体、そして贈った剣の名の下の部分から岩と名づけましょう」
「ロック!? おお、短くありながら強さを感じさせる素晴らしい名前だ!」
思った以上に喜んでくれた。
「このピエトロ……ではなくロック、お師匠様に誠心誠意おつかえします」
こちらを見上げる目は本当に信頼できそうだ。
この人が……オレの一番弟子か。
そうだな。いつか信者たくさん集まったら元の世界に帰れるわけだが……、
この人にならあとを任せられるんじゃなかろうか?
脳筋に思えたが、さっきの説得を見るかぎり、リーダーシップとかありそうだ。
性格も信頼できる。
なによりエルフだから長寿命だしな。
うん、神の地上における代理人として完璧だ。
(あっちに帰るとき、この人に神域への鍵を渡していくとしよう)
と――オレは心に決めるのだった。




