鍛冶場のバカぢから
――ゆっくりと、浮かび上がるように、意識がもどってくる。
憑依鍛冶は解除され、気づけばオレは鍛冶場にもどっていた。
体が重い。
感じるのは疲労感、倦怠感、それ以上の充実感。
これはなんだろうか? ずしりと重いなにかを、オレは手に載せている。
(ヨシトどの、ひさしぶりの鍛冶、楽しませてもらったぞ)
ヘパイストスの声は満足そうだ。
そして、オレのことを見るパウェルさん、その他一同の視線は――、
信じられないほどの敬意と驚きにあふれていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんと……いう……技だ」
息も絶え絶えに言うパウェルさん。驚愕に目を見開いている。
何か信じられないものを見たってような、そんな感じだ。
お弟子さんらしき人たちも同様の顔つき。
周りにいた鍛冶に関わりない人たちも驚きが感染したようなようすだ。
ただ一人、オレのそばにいたアテナだけが、満足そうにうなづいている。
「あの、これは……?」
小声でアテナに問う。
オレが意識を失うまで、鍛冶場にあふれていた殺気が完全に消えている。
なんだか、問題が解決した様子だ。
しかも、周囲から飛んでくる熱っぽい敬意の視線。
これはあれだね。
時計型麻酔銃で眠らされているうち、いつの間にか事件が解決してるような状態。
で、そのあとなぜか名探偵と呼ばれるようになってたり。
いや、オレ的には意識がないときにやったことで、ここまで敬意を見せられると妙な気分だ。
しかし、この状況はなんだ?
ヘパイストスさん一体何をやったのだ?
(なに、十日間ばかり、わしの技を少しばかり目の前で見せてやっただけよ)
と、オレの問いに脳内のヘパイストスが答えた。
おお、なるほど。あなたが蝶ネクタイ型変声機で推理――ではなく、鍛冶で文字通りの神業を見せつけたわけか。
ていうか、十日かよ?!
ずいぶん体貸してたんだな。この疲労感も納得だ。
む? だとすると――?
オレは手にした重い物体に視線を送る。
(これがヘパイストスの作品? いや、これって!?)
楕円を描く金属製のつば、漆塗りの鞘は優美な曲線をえがいている。
そのフォルムには見覚えがある。
――そう、なぜか『日本刀』がそこにはあった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(ヘパイストスさん! これってまさか!?)
(そうだ、ヨシトどの! 貴殿の国の至宝、日本刀だよ!)
誇らしげにヘパイストスは言う。
(気に入っている関孫六兼元どのの作風に似せてみた。どうであろう?)
ヘパイストスは自慢げだ。
鍛冶の神が自身でも納得する出来、いったいどれほどのものだろう。
手にした日本刀を鞘から抜き放つ。
アレスの加護のおかげで、難なく抜刀できた。
す、すげえ――、
口から出そうになったのは、どうしようもなくアホな形容詞。
しかし、オレの貧相な語彙じゃ、それがせいいっぱい。
パウェルさんの作った剣を見たときもその美しさに驚かされた。
が、これは……まるで、レベルがちがう。
パウェルさんには悪いが……、
いや、この刀がすごすぎるのだ。
刃にゆらゆら浮かぶもよう、その線を目で追いかけていくと腰のあたりにぞくっとした感覚が走る。
そしてうす暗い鍛冶場の中でも、すご味のある白光を放つ刀身。
のぞきこむと吸いこまれそうになる。恐ろしいほどの色気だ。
(あのパウェルという男もなかなかやる。たしかな鍛造技術、ゆがみやむらの一切ない剣を作っておった。ゆえに少々こちらも張り切ってしまってな)
照れくさそうにヘパイストスは言った。
ふむ。鍛冶神の入魂の一刀か。
外見だけじゃなく使い勝手も見てみたいな。
よし、ためしに少し振って……、
(ッ! ヨシトどの! いかん!)
(え、なんですか?)
なぜかヘパイストスが止めるが、オレの間に合わない。
そして――、
ブン!
振り下ろした刃の先から、まるで剣先の軌道をなぞるように、一筋の光が放たれた。半露天の鍛冶場から一閃、森へ走り抜けた光る斬撃。
その行く先を振り返り、見守った全員の視線の先――、
光は里の近くの大樹に吸い込まれていく。
そして、数秒後――、
大木の先端部分が斜めに切断され……、ゆっくりすべり落ちた。
ズシン、重い地響きが、はるか遠いここにまで届く。
――しばらくの間、鍛冶場に沈黙が広がる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(へ、ヘパイストスさん! 今のはッ!?)
(すまん。つい力を入れ過ぎてな。気づいたら斬撃によって光の刃が発生するように……)
(ついとかうっかりで、そんなもん発生させないでください! 近接兵器を頼まれたのに、ぶっそうな遠距離武器にしてどうするんですか!?)
本当、人に当たらなくてよかった。
刃物を人に向けるなって、しつけてくれた祖母ちゃんに感謝だ。
(き、近接武器としても使えないことはないぞ!)
(危なすぎます! なんとかしてください! 切り結んでる最中、むこうで仲間がすぱすぱ切れてる光景とか見たくないです! だいたい日本刀にそんな機能ありません!)
(うう、では持ち主の意志がなければ、あれが出ないようになんとか……)
と、オレがヘパイストスと善後策を協議していると、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「す、すばらしいッ!」
大声を上げたのはピエトロさんだった。
「これは魔剣ですか?」
いいえ、ただの聖剣です。
うん。どちらかといえば聖剣よりじゃないでしょうか? 神さま謹製ですから。
神剣でもいいですね。
「なんとすさまじい剣だ。このような威力、見たこと聞いたこともない! すばらしい!」
なんで斬撃が飛んでくの? といった当然の質問も一切抜きで、刀を称賛するピエトロさん。
ある意味、大物だ。
「……それでいて美しさも兼ね備えている。刃に浮かぶこのギザギザしたもようなど、まるで里の手前にある三本杉のようだ」
「え、ええ。この里の守りをになうピエトロさんのため、里の象徴を入れてみました」
いま思いついたことを適当に言ってみる。
「……な、なんとありがたい」
おお。ピエトロさん、涙まで流して大感激している。
そんなに刀大好きなのか?
ああ、そういえばエルフなのに侍っぽいもんな、この人。
さらに感涙にむせびながら、ピエトロさんはきいてくる。
「それで、ヨシトどの、この剣――名をなんという?」
「そうですねえ」
ヘパイストスさん、名前聞かれてますよ?
(ヨシトどのに頼む。そちらのほうのセンスはないと皆から言われているのでな)
え、それじゃあ。
う~ん、関孫六って、こっちの人には言いづらそうだしな。
よし。だったら――、
「銘は……『マゴロック』です」
「『マゴロック』!? なんと強そうな名前か!?」
ピエトロさん、命名に今度は大喜びだ。
よかったよかった。
特に何かした記憶がないので、微妙ではありますが、人が喜ぶ姿ってのはいいもんです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方、鍛冶対決の対戦相手……だったパウェルさんは放心状態だった。
「……折り返し鍛錬……? 四方詰め? 硬さの違う鉄同士を組み合わせ、必要な所に必要な強さと粘りを与える……だと? ありえん……こんな技……」
ぶつぶつ言ってるパウェルさんは相当危ない感じだ。
だが、うかつに心配する声をかけることもできない。
「今まで培ってきた技術……自信を持っていたはずの技法――すべて……目の前で軽々と超えられた」
……すいません、うちの鍛冶神がちょっとやりすぎました。
あとでキツクいっときますんで、ちょっと我に返ってくれるとうれしいです。
完全敗北した鍛冶エルフ。
うつむくパウェルさんに、だれも声をかけられない
――いや、親友であるピエトロさんがそっと肩に手をやった。
そうです、ピエトロさん。優しくしてあげてください。
オレとの対決が原因で廃業とか決意されたり、あるいは人として壊れられたら困りますし。
だが、ピエトロさんの発言はオレの願いの斜め上を行き――、
「どうだ? ヨシトどのに得意の鍛冶で負けた、今の気分は?」
いやいや、ピエトロさん!
『ねえ、ねえ、今どんな気持ち? 負けてどんな気持ち?』を友人に対して……、
しかもこの状況・場面でやりますか?!




