息が吸えない
心療内科に通い始めて真由美は自分の心の病を自覚するようになった。行くまでは自分に限ってそんなことはないだろうと高を括っていた。しかし症状は酷くなっていた。新しく処方された薬は日中の眠気が酷くて仕事中もフラフラしていた。
同僚からは「無理しないで、こんな天気はメンタル良くないね」と心配される日が続いた。以前だったら「大丈夫です」と答えていたがそんな余裕もなくなっていた。
不安感が今まで以上に増しているようだった。車に乗るときは事故を起こさないように運転に集中した。不安を解消する為に色々とネットで調べてみた。
今日出来たことを書いたり、ぐっすり眠れるように手に感謝と書いたりして布団に入った。
朝起きて、朝食を準備して美味しいと感じない食べ物を押し込む。唾液が出にくいので水分を多めに取りながらの食事が続いた。
片付けが終わると仕事までの時間に不安が募る。テレビを見たり、好きな音楽を聴いたりしたが何をしても楽しくはなかった。
「大丈夫、大丈夫」
呪文のように何度も何度も呟いた。
還暦を迎えて在宅医療にも関わる仕事についた。今までと違うことは高齢な患者が多いことだった。
「○○さん、ご逝去されました」
この報告が胸を刺す。人の生き死にがこのとき程辛く感じたことはなかった。自然と涙が溢れた。
心療内科の医師は言う。
「仕事が大変なら調節して下さい」
体力的な事もあって半日で帰ることが多くなった。
しかし、一人で家に居ても心の治療にはならないようだった。
「余計な事は考えない」
渡が真由美に声をかける。
そうは言っても頭は考え事で破裂しそうだった。
夕方急に苦しくなった。
「息が吸えない。苦しい」
夫に病院に電話して貰った。
「ゆっくり、息を吸って、吐いて、繰り返して」
「薬を飲んで眠れるようなら休んで」
それでも駄目なら病院に電話するよう言われた。
安定剤を飲むと落ち着いてきた。深呼吸を繰り返して心臓の鼓動を整え眠りについた。
「兎に角、睡眠をとりましょう」
主治医は優しく諭す。
「飲み方は自分で調節しても良いから、昼間不安なら安定剤を飲んで」
「出来たら外を歩いてみて」
仕事以外人と話すことを避けていたが、高校からの友人に電話をかけてみた。
「同窓会行けなくてごめん。体調良くなくて」
「大丈夫?会いに行こうか?」
「大分痩せてもうダメかなって思っちゃうの」
友人は優しく答える
「何を言ってるの。まだまだこれからよ」
話をしているうちに涙が溢れてきた。自分の気持ちを素直に話すと少し心が軽くなった。
心療内科の医師に同窓会やサークルに行けなくなった事を話した。
「朝起きて食事の支度する。仕事に行って帰って夕飯の支度をして食べて寝る、それだけなんです。他の事が出来ないんです。」
医師は言う
「それだけで充分じゃないですか」
「充分なんだ」
真由美は少し心が軽くなり久しぶりに口元が緩むのを感じた。




