◯醤油がない世界で
戦闘終了から5分後。
水没したホームの上には、山のような「リヴァイアサンの薄造り」が盛られていた。
皿がないので、ジョーカーが持ってきた駅の看板(『新宿』と書いてある)を綺麗に洗って盛り付けてある。
「さあ、鮮度が落ちないうちに実食よ!」
リズが目を輝かせて箸(折り取った鍾乳石)を構える。
透明感のある白身。適度な脂。
「……醤油はあるのか?」
「あるわよ。廃墟の地下倉庫から見つけた『三年熟成・再仕込み醤油』がね」
リズが小瓶を取り出す。
この世界で、金よりも価値がある調味料だ。
俺は一切れをつまみ、醤油と、シルヴィの殺菌ワサビを少しつけて口に運んだ。
「…………ッ!」
コリコリとした食感。
噛むほどに溢れ出す、上品な甘みと脂。
そして、ワサビの強烈な辛味が鼻を突き抜け、最後に醤油のコクが全体をまとめる。
「美味い……! なんだこれ、フグとヒラメのいいとこ取りかよ!」
「でしょう!? この透明感は、深海の水圧で鍛えられた証拠なのよ!」
リズも頬を紅潮させてパクついている。
シルヴィはおっかなびっくりだ。
「ほ、本当に大丈夫? 寄生虫いない? 菌は? ……あむ」
一口食べたシルヴィが、目を見開いた。
「……んんっ! 清潔な味! 雑菌の味がしない! これならいけるわ!」
「清潔な味ってどんな味だよ」
ジョーカーは「これ高く売れるなぁ」と呟きながら、醤油をポケットに入れようとして俺に叩かれている。
こうして、懐石コースの三品目「向付」は完食された。
俺たちの胃袋は満たされたが、旅はまだ続く。
次は「八寸」。
海の幸と山の幸を盛り合わせた、酒の肴だ。
「ねえアッシュ。次のメニューだけど」
「なんだ」
「お酒に合う、ちまちました『珍味』が欲しいわね」
「珍味……嫌な予感しかしねえ 汗」
「西の廃墟都市に、『石化バジリスクの卵』があるって噂よ」
俺は天を仰いだ。
地下鉄の天井には、相変わらず不気味なカビが繁殖していた。




