◯新宿ダンジョンはカビの宝石箱
「……臭い。腐った水と、鉄錆と、得体の知れない苔の臭いがする」
俺、アッシュは鼻をつまみながら、懐中電灯(魔石ライト)を振った。
ここは旧時代の東京、新宿駅。
かつて世界一の乗降客数を誇った地下迷宮は、海面上昇によって完全に水没し、深海生物と変異体が跋扈する『大深度地下ダンジョン』と化していた。
「ひぃっ! ひいいぃぃッ!!」
背後で、魔導防護服の聖女・シルヴィが壊れたラジオのような悲鳴を上げている。
「カビ! 見てアッシュ、壁一面の黒カビ! 胞子が! 致死性の胞子が私の肺を狙ってるわ! あああ、呼吸したくない! エラ呼吸になりたい!」
「落ち着け。その防護服は軍用だぞ。ウイルス一つ通さない」
「精神が汚染されるのよ! 視界に入るもの全てがバイ菌に見える! 消毒! このエリアごと焼却消毒しないと!」
シルヴィが杖を構え、狭い地下通路で広域殲滅魔法の詠唱を始める。
「やめろ馬鹿! ここで爆発したら生き埋めだ! あと酸素がなくなる!」
「でもぉ! ヌルヌルするのよ床がぁ!」
「我慢しろ。……おい、リズ。本当にお目当ての『魚』はここにいるのか?」
俺は先頭を歩く料理人に声をかけた。
リズは腰まで水に浸かりながら、壁の苔をナイフで削り取り、匂いを嗅いでいる。
「間違いないわ。この苔の食み跡……。そして水流の変化。相当の大物がいるわね」
「大物って、サメか何かか?」
「いいえ。懐石の三品目、『向付(お造り)』にふさわしいのは、白身の繊細さと、貝類のような弾力を併せ持つ食材……」
リズが水面下の暗闇を睨みつける。
「狙うは、地下鉄の主。『メトロ・リヴァイアサン(透明大ウミヘビ)』よ」




