6.殿下の猛攻
殿下は少し窶れたかしら。
でも、私には彼を慮る余裕など無く。
「すまない!私が愚かだったせいで君に辛い思いをさせ「止まって下さい!」…え?」
「お願いです、それ以上近づかないで」
やっぱり殿下はまだ怖い。頭では大丈夫だと思っていても、体が勝手に震えてしまう。
「……申し訳ありません。それ以上近くに来られると……怖すぎて吐きそうです。お話しならその位置からお願いします」
ここはもう素直に伝えましょう。殿下の前でケロッと吐くよりマシなはずです。
「愛してるんだ、リーゼ。だから迎えに来た。お願いだ、もう一度やり直そうっ!」
ダメだわ、拒絶反応で吐きそう……
慌ててハンカチで口を押さえる。もう少し耐えて、私。
「すでに私達の婚約は白紙に戻っています。今更無かったことには出来ませんわ。婚約とはそんなにも簡単なものではありません。
どうか他の女性をお探し下さい。素敵な出会いがある事をお祈り申し上げます」
よし、言い切った!
「大丈夫だよ、リーゼ。君さえ頷いてくれたら再婚約していいと言われているんだ。だって魔法のせいだったのだし、婚約白紙は一時的な措置というだけだ。安心して?」
安心材料は一つも無いです。なぜお父様が戻って来ないのかしら。
……もしかして先生に裏切られた?帰り際にお父様だけ呼び止めたのはそういうこと?
権力は教育者も屈服させるのか。せめて教え子くらいは守って欲しかったわ。
「見てください」
殿下との距離は約1m。ちゃんと見えるわよね?ちょっと心配になりながらも左手を前に出す。
「見えますか?震えているでしょう。……私は殿下が怖いのです。頭ではもう大丈夫だと思っていても、体があの時の恐怖を忘れてくれません。
ですから、一緒になるなんて無理ですわ。どうか私のことはお忘れ下さい」
気持ちと体が別物みたい。感情では殿下なんかに負けたくないと思っているのに、体は震えるし気持ち悪くて吐きそうだし頭がグラグラします。
早く帰りたいなぁ。あ、先輩に会えなかったわ。
「……私はそれ程までに君を傷付けてしまったのだね。本当に申し訳なかった。
だが、私はここで誓うよ。これからの人生のすべてを捧げて君を愛し守っていくから!!」
「……は?」
「私達の愛はどんな壁も乗り越えられるよ。
君の傷は私が癒す。さあ、おいで?」
え、怖い。なに?こんな気狂いだった?
同じ言語を使ってるはずなのにまっっったく通じないのはなぜなの?まさか魔法の後遺症!?
「……無理です吐きます殿下を汚物塗れにはできませんご容赦ください」
絶対に近づいて来ないであろうワードで牽制する。だって殿下はきれい好き。これで距離を空けてくれるはず。
「……ごめん、少し焦り過ぎたようだ。
本当に申し訳ないと思ってる。でも私は諦めないよ。だってこんなに君のことが好きなんだ。
これからは毎日君に愛を捧げよう。愛してるよリーゼ、また明日会おう」
そう言って殿下は去って行きました。
私はすでに放心状態。どうしよう、殿下のあの怒涛の攻めを毎日くらうの?
……死ねるんじゃないかしら。
お父様が戻ってくるまで、私は呆然と佇む事しか出来ませんでした。
◇◇◇
「助けて先輩!勝てる気がしませんっ!」
「おう?」
学園に戻って3日。すでに死にそうです。
「殿下が怖いんです、まったく諦めてくれません!陛下達も私さえ承諾したら再婚約可能だって言っちゃったんですよっ!
毎日毎日プレゼントは届くし、もちろん送り返すけど!毎朝迎えにくるし、吐くから無理だって断ってるけど!休み時間もすぐ来るし愛を囁きまくるし周りも生温かい目で見守ってて、ゴール直前みたいな?!
どうして?あんなに私を敵認定してたくせに!
お陰様で未だに友達すら作れません……」
殿下を撒いてやっとたどり着いた第二図書室。いつも通り本を読む先輩に感情が溢れてしまいます。
だって、私はこんなに苦労してるのに、なんで先輩はシレッと読書してるの!私だって本の世界にのめり込みたいわっ!
「俺が助けていいのか?」
「へ?」
「俺が助けに入ったら、俺達が仲がいいと殿下に知られることになる。それでもいい?覚悟はあるか?」
先輩のこんなに真剣な顔は初めて見ました。
私達の仲……本が好きなこと?でも、先輩が言ってるのはそんなことじゃない。
「……先輩は私のことが好きなの?」
「嫌いなヤツの為にプレゼントを選んだりしないな。……すっごく恥ずかしかったんだぞ」
だよね、恥ずかしいよね。違う、そこじゃない。
「……私は、先輩に好意はあります。でも、殿下のことが強烈過ぎて、これが友情なのか恋なのか判別出来ません」
だってずっとジーク様のことが好きだった。
大好きだからこんなにも傷付いたの。……そんな熱量と同じだけの思いを先輩に持っていると言えるの?
「分かってる。ただ、その間に俺が割って入ってもお前は大丈夫か?これ以上お前が傷付く姿は見たくはない。もちろん諦めないけどな」
いつからそんな風に思ってたんだろう。
ずっと友達だと思って……本当に?
友達が居なさすぎてよく分からない。友情以上恋愛未満。そんな感じ。
「……殿下に知られるのは保留でお願いします。心の拠り所が無くなるのがイヤなので」
「そういうことをはっきり言う所とかが好み。貴族的な会話しかしない女が苦手。まずは一つだけな」
ニヤリと笑う姿が憎たらしい。でもそっか。素直に言っていいんだ。
「私も。先輩の飾らない話し方は気に入ってます」
二人でちょっと笑い合ってからようやく落ち着いて本を読む。
今の私のお気に入りの時間。




