49.忘れないで
「ごきげんよう、マルティナ様」
「……ジーク様が来てると言ってたわ」
「ええ、別室で待ってもらっています。あなたに会わせるわけがないでしょう?」
変ね。本当に反省しているのかしら。
アルブレヒト陛下からマルティナ様をグラーツ修道院に移すと連絡が来たのは2年前くらい?
しっかり反省していると信じていたのに。
髪を顎のラインで切り揃え、質素な修道服に身を包んでいる。荒れた指先に痩せた体。彼女は貴族としてではなく、罪を犯した平民としてここにいる。それだけ奉仕作業が大変だということね。
「……何しに来たの。私を笑いに?」
「え?あなたに笑いが取れるような面白みがあるの?」
反省とは!アルブレヒト陛下どういうこと!?
思わず二人で睨み合う。
「とりあえず報告!ハルと結婚するわ」
「……まだしてなかったの?」
なぜそんな呆れた顔をするの?
誰のせいでこんなにも遠回りしてきたと……!!
落ち着け私、感情的になったら負けよ。
「やりたいことがたくさんあったの。
あなたの魔導具は大変役に立ってるわ。魔力が無くても使えるようになる。人の為になる道具に生まれ変わるのよ」
「……私のものを勝手に……」
「呪いの道具なんて迷惑なだけじゃない」
というか手紙を読んでいないの?
「それだけ?なら帰れば?」
「もう手紙は書かないわ」
「……え?」
そう。嫌がらせはおしまい。いつか子供に恵まれた時、恥ずかしくない人間でいたいから。
「あなたには本当に酷い目にあわされた。苦しくて、悔しくて、虚しくて……生きるのが辛かった。自分の事が大嫌いになったわ。
でもね、私は今の自分が好きよ。あの頃の私よりずっと今の自分が好き。ハルもね。昔の王子様な彼よりとっても素敵なの。だからあなたには絶対に会わせてあげない。
ねぇ、あなたは?今のあなたはどう?」
あの頃はこんな未来が待っているとは思わなかった。
やりがいのある仕事に信頼できる仲間。生涯を共にと誓ったパートナーまでいる。貴族の令嬢としては失格かもしれないけれど、こんな自分が大好きよ。
「……私が今更どうなれるというの。どうせこのまま働き続けて、誰にも顧みられることなく死ぬだけでしょう」
「なぜ祈らないの?」
「馬鹿にしてるの!?今更愛されるように祈ってどうなるの!」
「違うわよ。どうしてお世話してる病棟の患者さんの為に祈ってあげないのって言ってるの。
祈りは自分の為だけじゃないでしょう。魔導具がないからたいした効果はないかもしれないけど、少しでも力があるなら祈ってあげなさいよ。馬鹿ね」
「どうせ魔力封じされてるわよ」
「それでも祈るくらいできるでしょ。
そもそも祈りには普通は力なんてないの。それでも人が祈るのは、誰かの幸せの為だったり平和な世の中を願ったり。自分の行いだけでは足りないものの為に祈るのよ。
あなたが誰にも顧みられないのは、あなた自身が相手を見ていないからだわ。いい加減その自分中心の考えをやめたら?みっともないから。
人の為に生きてみなさいよ。奉仕の心ってそういうことでしょう?
まぁ、これが私からの最後のメッセージよ。
私はもう二度とあなたに会いに来ないし手紙も書かないわ。
お元気でね、マルティナ様」
別れの言葉を告げると、彼女の瞳から涙が溢れた。
「……嬉しかったの。あなたからの手紙。あなただけがいまでもマルティナと呼んでくれる。
ここでは私はただのティナなのよ……
あなたの手紙がなくなるなら、もう誰も呼んでくれないわ……ねぇ、お願い、私を忘れないで……」
「……強烈過ぎて残念ながら忘れることは出来ないわね。でも、私には大切なものがたくさんあるの。これからももっと増えていくはずよ。だからあなたを思い出すことは無くなっていくでしょう。
あなたも自分の為じゃなく人の為に生きて、祈って。さようなら」
泣き崩れた彼女に振り向かず部屋を出る。
彼女を救うつもりで来たわけじゃない。
ずっと思っていたことを最後に直接言いたかっただけ。
「おまたせ、帰りましょうか」
「大丈夫?」
「もちろん!今のあなたは前よりもずっと素敵だって惚気てきたわよ?」
「ロッテもずっと魅力的だよ。可愛いし」
チュッと頬に口付けられる。王子様め!
「こら、ここは修道院です!」
「親愛のしるしだから平気じゃないかな」
そういうものかな?まぁいいか。
「ギレッセンに戻らないとな。本当にこっちで式を挙げなくていいの?」
「ええ。お父様達には申し訳ないけれど、ブリッチェ伯爵令嬢として式を挙げる気になれなくて。
私は研究所主任の自分の方が好きだわ」
「そうだね、君が伯爵令嬢だって忘れてた気がする。私も自分が伯爵としてより、開発部のって紹介する方が多いしね」
「でしょ?」
「じゃあ落ち着いたらご家族をギレッセンに招待しようか。あっちでガーデンパーティーにしたらいいんじゃない?たぶん屋敷の使用人が喜ぶよ。仕事のやりがいが無いってよく叱られるから」
ああ、ハルのお屋敷ね。せっかく立派なのに寝に帰るだけだもの。以前遊びに行った時も、もっと頻繁に来てください!と縋られたわ。
「出発が慌ただしすぎて、ロッテと結婚するから部屋を準備しておいてと丸投げしてしまったんだよね」
「え?今頃困っているんじゃない?」
「大丈夫。たぶん着いた頃には君の部屋が出来上がってるよ。私達に任せたらいつになるか分からないから」
「わ、楽しみ!」
「よかった、気になる所はゆっくり変えていけばいいからね」
今更だけど、こういう話をしてると結婚するんだなって実感する。
ごめんね、マルティナ様。やっぱりあなたを思い出す事は無くなりそうよ。




