47.感情と本能
「ロッテ、何かあった?」
優しいハルは私の変化にすぐ気付いてくれる。
ハルは寂しくはないのだろうか。私はなぜこんなにも寂しいと感じているの?
「なんだろう。老後の心配?かしら」
「老後?」
「……このまま一人で寂しくならないか心配になったの。赤ちゃんとか……産まなかったこと、後悔しないのかなって」
何故だろう。凄く恥ずかしい事を言ってしまった気がする。恋愛相談より駄目じゃないかな。
「閨ごとも出産も、綺麗なことじゃないよ」
「え、うん。分かってるわ」
「本当に?男と違って女性は受け入れる側だ。体の中に異物が入るんだよ。子ができるまで何度も。最初は痛みもあるだろうし、弱い部分をさらけ出して汚いモノを受け入れるの。そんな行為を誰かとできる?物語みたいに綺麗なだけじゃ済まないんだよ?」
「……詳しいのね」
「王子教育の中に閨の授業がある。座学と実技。私は嫌で見学だけだったけど。愛もないのに出来る行為だとは思わなかったな」
人の行為を見るの?実技って何。
「好きで見たわけじゃないから引かないで。とりあえずそういうこと。何となくで選んでいいものではないよってこと!そもそも誰の子供を産むつもり?恋人もいないのに」
「分かってるわよ。でも、女性の本能なのかな?自分の子供を抱いてみたいって思ったの。おかしいかな」
私はおもちゃを欲しがる子供のように見えるだろうか。ただ、愛する家族を作りたいと思ってしまった。寂しいからじゃなくて、手にすることが出来なくなることが寂しいのだ。
でも分かってる。子供は授かりものであって、愛し合う夫婦でもできるとは限らない。でも、今ならまだ可能性はあるのだ。相手がいれば、だけど。
「人間の本能を馬鹿にする気はないよ。でも、焦って変な人に引っかからないでね」
「誰かれ構わず誘ったりしないわよ!?」
何?痴女だと思われた!?
私だってハル程じゃないけど、他人との触れ合いは苦手だもの。マルティナ効果は恐ろしい。
「でも、ハルは?寂しいとは思わないの?」
「だってひとりじゃないと思ってるから」
同僚とか友人とか?確かに一人じゃないけど、皆は自分の大切な家族のもとに帰っていくわ。それは一人とは言わないの?
「同じ夢に進んでくれるロッテがいる。だから一人だなんて思った事がなかったな」
「私?」
「うん」
「……でも、完成したら?」
「ロッテは一つ出来上がったら終わりにするの?私は次のものを考えるよ。てっきり君も同じだと思ってた」
確かに。一つで満足なんてしない。もっと良くなるように改良するだろうし、次も考えるわ。
「そうね、そうなるとずっと一緒にいる気がするわね」
そうだわ、私が言ったことだった。
一生続くかもしれない新しい繋がりを望んだのは私。
この七年間。一番長く側にいた。すっかり体に馴染んだ存在。誰よりも大切な──
「……私、ハルなら受け入れられるかも」
「え」
あまりにも馴染みすぎて分からなかった。
恋ではない。これは愛だ。
唐突に気付く。人間の本能は凄いわ。
生涯を共に歩もうと思える相手が側にいる。ぬくもりを心地よいと思える人。それなのになぜ伴侶として望まないのか、感情よりも先に本能が訴えたのだ。
「私はあなたを愛していたみたい。気づくのが遅過ぎて本能が叱咤したみたいなの。私に愛されるとハルは困る?」
え、息が止まってない?
「ちょっと、ハル!息をして!」
「あ、え?なに、現実?」
そんなにショックだった?その反応に私がショックを受ける。
「今、愛してるって言った?私を?」
「……ええ、嫌なことを言ってごめんなさい。困るわよね?」
「違う!困るんじゃなくて!だってありえない。側にいれるだけで幸せだったのに、愛されるなんて」
アクアマリンの瞳から涙が溢れだす。
泣き顔も綺麗だわ。
「嫌じゃない?愛してもいいかしら」
「……本当に?……後悔しない?」
「何を後悔するの?愛せることが嬉しいのに。もう誰もそういう意味で愛することはないと思っていたわ。
でも、こんなに近くに愛はあったのね」
いつからかは分からない。でもきっと理屈では無い。ただ、愛しいと思った。
「愛してるよ、ロッテ。ずっと側にいてもいい?」
「もちろん。これまでと同じね」
「うん、それだけでいいと思ってた」
「ごめんね?私は欲張りだったみたい。もっと欲しくなってしまったわ。嫌じゃなければそういうことも含めて一緒にいたいの。家族になりませんか?」
「本当に私を受け入れてくれる?私の愛は狂ってるって……」
「今度その台詞を言ったら殴るかもしれません。マルティナ様を泣かせた威力をお見せしますよ」
王妃め。心の傷が深いじゃないの!
ハルは隠すのが上手過ぎ。困った人だ。
彼の傷を私が癒やしていけるといい。
「ありがとう、ロッテ。どうか私の伴侶に、家族になってください」
「ありがとう、愛してるわ」
涙の残る頬に口付ける。
愛おしいな。なぜ気付かなかったのかしら。
そっと抱きしめられる。温かい。幸せで心地よい。
「……なんで仕事があるんだろう」
「そうね、休憩室で何をやってるのかしら」
誰も入って来なくてよかった。
さすがに恥ずかしいわ。
「さて、仕事を頑張りましょうか」




