35.対立
「はじめまして、マルティナ様。正式にお会いするのは初めてね?」
「……そうね、はじめまして。あなたは私を笑いに来たのかしら」
リーゼロッテ・ブリッチェ。私のジークを惑わす毒花。
私と違って頭から爪の先まで綺麗に整えられ、美しいドレスを纏うあなたからしたら、今の私はさぞ滑稽でしょう。
「おかしいわね。なぜあなたが被害者のような顔をしているの?一年もの間被害にあっていたのは私じゃなかったかしら」
心底不思議そうな顔をする姿は、ここ一年、学園で俯いて生活をしていた頃とはずいぶん違っている。
……そうね。初めて見かけた時はこんなふうに生き生きとしていたのだった。
絶世の美女ではないけれど、とても可愛らしいひと。ジークが愛した憎たらしい女。
「そうね。被害者はあなたよ。犯人が落ちぶれていて楽しい?」
あれからすべてが変わってしまった。
愛が呪いだと言われた。お父様にも魔女だと言われ、離宮から出してもらえなくなった。
最低限の世話しかしてもらえず、死ぬまでここに閉じ込められるのかと絶望した。ただ彼を愛しただけなのに!
「あなたも言葉が通じない方なのね」
馬鹿にして!こんなはずじゃなかったのに、あのままジークと一緒になれるはずだったのに!!
「ねぇ、あなたは自分が何をしたか分かっていないのね。ジーク様を殺して楽しかった?」
何を言ってるの?彼を殺す?
言っている意味が分からず呆然とする。
「だって。あの一年の間の彼は偽物だったわ。それなら本物のジーク様は心を殺されて、体だけ好きなように使われていたのでしょう」
心を殺す?あの一年が偽物だなんて!
「違うわ!私達の愛は本物よ!」
「いいえ。ジーク様がもし本当にあなたを好きになったとしても、婚約者がいる者としてあの様な行動をするはずがないの。
だって彼は王子よ?自分の立場をちゃんと理解している。
仮に本当に愛を貫くなら、私に誠心誠意謝罪したはずだわ。5年もの間婚約者として頑張ってきた私にあんな真似をするはずがない。
それとも?あなたが好きになったジーク様はそんな愚か者なの?それならやっぱり偽物だわ」
彼の優しさに惹かれた。私の素敵な王子様。そんな彼が婚約者を冷たく拒絶した……私をそれだけ愛してくれたからだと喜んでいたけど……
「私との婚約を破棄もせずに冷遇したあげく、新しい恋人とのいちゃつきを見せ付けるような気持ち悪い男が好きなの?変わった趣味ね」
そんなつもりじゃなかった。あの頃の私達は愛を確かめ合っていただけ。気持ち悪いだなんて……気持ち悪い……どうしよう、否定の言葉が出て来ない。
「…あ、あなたには悪い事をしたと思ってるわ。そうね、気が付かなかったけど、見せ付けていたかしら」
なんとか言葉を返す。もう止めてほしい。あの幸せな時間を壊されたくない。でも、そんな願いを彼女が叶えてくれるわけがなかった。
「よかった。悪い事をした自覚はあったのね。
そうよ、大変だったのよ私。今まで築き上げてきたものすべてを壊されたのだもの。
婚約者を壊され、これからの社交界や王子妃になった時の為に作った人脈もことごとく壊された。
私はもう学園の人達を信じることが出来ない。どこまでが本心でどこまでが魔法か分からないもの。誰のことも信頼なんて出来ない。
ようするにこの国での社交界で生きることができないの。あげくに顔に傷まで付けられたしね。
満足した?伯爵令嬢ごときが王子妃になることを許せないと思っていた公女様」
「……どうして……」
「どうして伯爵令嬢ごときが、と考えていたのを知っていたか気になる?
私も魔法が掛けられていたの。虐げられるのは仕方がないことだと思わされていた。伯爵令嬢ごときが王子の婚約者で申し訳ないって。
私だけじゃなく、我が家まで馬鹿にされるとは思わなかったわ。
そんなに公女様は尊いの?ご自分への賛辞が止まらないタイプだったのね。
私も見習って自慢しようかしら。
我が家はお金持ちなの。あなたのお父様よりもね。領地も潤っているけど、お父様が貿易業で更に増やしているのよ、凄いでしょう。あなたの国とももちろん取り引きがあったわ。
あなた怒られなかった?なんてことをしたのだと。この国との付き合いも難しくなるし、我が家からも取引を止められて。さぞ困ったでしょうね」
……そんなこと聞いてない。確かに叱られたけど。何を中止したの?国が困るような内容なの?
「酷いわっ、公国は関係ないじゃない!」
「なぜ?私への嫌がらせは家にも被害が及んでいるわ。
王子に婚約を白紙にされた憐れな娘。学園でも悪役令嬢だと言われていたから、私の性格や行いが悪かったからだと思う人達もいるでしょう。そんな風に育てたと我が家を下に見る家も出てくるのよ」
そんな……どうしてこんなことに。やっとお父様の怒りが理解できた。王子を好きになったとかそんなことじゃない。私のせいで国にまで被害が出てしまったから!
「ごめんなさい!そんなつもりなかったの!ただ、ジークに好きになって欲しかっただけで!」
「そうね、そこまでは理解できるわ。それで?あなたはどんな努力をしたの?」
「努力……」
ちゃんと願ったわ。ジークが私を愛するようにと必死に祈った……
「まさか祈るだけだったの?人のものを欲しがって、欲しい欲しいと騒いでいただけ?まるで幼子のようね。
なぜ正面からぶつからなかったの。あなたの美貌が役に立たなかったから?ようするに自分で分かっているのね。秀でているのは外見だけだって。
勉強を頑張って優秀さをアピールするとか、奉仕活動に力を入れて心の美しさを示すとか、生徒会に入ってジーク様の手伝いをするとか。やれることはたくさんあったでしょう」
「努力だなんて……あなたは何もしないでも愛されているじゃない!狡いわ!」
たまたま私より先に出会っただけのくせに!
「始まりはそうね。でも、それだけで5年も婚約を維持できるわけないでしょう。
一目惚れ以上に好きになって欲しかったし、王子妃として恥ずかしくない自分になりたかった。
だからたくさん努力したのよ。勉強もマナーも美容も人脈作りも。
ねえ、私がどれだけ頑張ったと思っているの?
それを!何もせず、神頼みだけが得意な愚か者にすべて台無しにされたのよ!この悔しさが分かる!?
努力したことのないあなたには、踏みにじられた私の悔しさが分からないでしょう!!」




