ゴリラの気持ち
「その靴は軽くて丈夫で、蒸れにくい上、消臭効果もあるんですよ!」
「ウホゥ!」
「ふふっ、驚くにはまだ早いですよ! なんと! レザーでありながらも撥水加工がされているので、雨の日でも問題なしです。つまりその一足でオールシーズン対応出来るんですよ」
「ウホ!?」
「マジです!」
「ウホー!」
ゴリラは、軽く嬉し過ぎて靴を抱えながらドラミングする。
いつものことなので、周囲にいる人間たちは気にする素振りも見せず、暖かい視線を送っていた。
「ウッホウッホ」
自身が望んでいた以上の機能が備えられた多機能革靴に瞳を輝かせながら、靴を掲げている。
ゴリラとさきが会話をしていると、イートインスペースの奥に設けられたオープンキッチンから声が響いた。
「どうかな? ゴリラさん、気に入ったかな?」
さきの夫であり、この店のもう1人の店主である人物。
森野大木32歳だ。
さきと同じようにバナナが描かれたエプロンを着ている。
「気に入ってもらえたみたい!」
大木の問い掛けにさきは親指を立てる。
「あ、ほんとに? 良かったー!」
ゴリラが気に入ったという言葉を聞いて、大木は心から安堵した。そして、そのままゴリラに声を掛けた。
「あ、そうだ! ゴリラさん――」
「ウホ?」
「今回はですね。僕がデザインを担当してみたんですよ! さき、教えてあげて!」
実はこの店、ほぼ全て妻であるさきがデザインを手掛けており、夫である大木が形にするといった夫婦で作った物を商品として取り扱っている。
しかし、今回は何か新しいアイデアを入れる為、敢えて担当する工程を逆にしてみたのである。
「あ、うん! では、早速ですがゴリラさん、靴の内側を見て下さい! 大木、肝入りのデザインですので気に入って頂けるとはずですよ!」
ゴリラはさきの指示に従い、まずは右手に持った靴の中を覗き込む。
そこには、彼の大好きなバナナの刺繍が施されていた。
「ウホ!」
ゴリラは靴の中に施されたバナナの刺繍を見て、満足そうな笑みを浮かべる。
「ウホ、ウホウホ?」
「はい、もちろん! どちらの靴にも刺繍されていますよ! どうぞ左も見て下さい」
「ウホウホ」
ゴリラは左手に持った靴の中も確認する。
そこには、先程同じようにバナナの刺繍が施されていた。
「ウホ!」
「あははっ! こちらこそ、いつも贔屓して頂きありがとうございます」
「ウホウホ!」
「あ、そういえば! ゴリラさん聞きたいことがあるのですが……」
さきはゴリラに尋ねる。
真剣な表情からして、何かあるに違いない。
ゴリラはそう思っていた。
だが、同時に用が済んだはずなのに、今更聞かれることがあるのかと疑問にも思っていた。
「ウ、ウホ?」
「いえいえ! 大したことではないんです! 先日来られた女性とはどういった関係なのかな? と思いまして」
このさきという人物。
バナナにも目はないが、人の色恋沙汰にも目がないのだ。
「さき! またそうやって人の恋路に首を突っ込むんだから! いくらゴリラさんが優しいからって、そんなことまで聞くのはどうかと思うよ?」
いつものことと言わんばかりに、大木が呆れながら注意する。
とはいえ、人間を人類規模で見ているゴリラにとって、その質問は愚門でしかなかった。
「……ウホ、ウホウホ? ウホ!」
ゴリラは言葉を選びながらも、亀浦マリンと山川すももに抱いている気持ちを口にする。
それはゴリラにとって、彼女たちはかけがえのない存在であるからだ。
だが、言うまでもなくマリンやすももが望んでいる存在という意味ではない。
「……えーっと、それはつまり、今までバナ友よりは親しい間柄ということですか? って、どういう意味ですか?」
さきは言葉を発しながら、自身が何を言っているのか理解できないでいた。
それもそのはず、人間の観点から見れば、この状況……どちらかに恋心を抱いていてもおかしくないのだから。
この言葉を耳にした大木もカウンターの向こうで肩を落とし。
この店の常連であるゴリラのバナ友たちもイートインスペースで動きを止めていた。
誰がどう見ても、マリンやすももがゴリラに想いを寄せていることは一目瞭然だったのである。
不幸中の幸いは、本人たちがいないということだ。
もしいたらと、思うと……想像に容易い。
変な空気が流れる中、当のゴリラはというと何もわかっておらず、太い首を不思議そうに傾げているのみ。
それどころか、会話を終えると渡された革靴に夢中となり、白い歯を見せている。
心からご満悦ゴリラといった感じだ。
ゴリラからすると、伝えることは伝えたのだ。
2人は、とてもかけがえのない存在存在だと。
そんなゴリラの反応を前にして、全員が顔を見合わせていた。
ここにいるバナ友たちもゴリラと短い付き合いでもない。
なので、何となくは察していた。
彼が色恋沙汰には鈍感極まりないということを。
でも、まさかあんなに矢印が向いている好意に気付かないとは、ここにいる誰もがそう思った。
☆☆☆
この後、人間たちの声にならない溜息が聞こえる中。
ゴリラは、バナナシフォンケーキとアイスコーヒーのセットを楽しみ、食べ終わると、革靴の入ったケースを脇に抱えて店を後にしましたとさ。
ウホウホ




