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都会に住まうゴリラ

　4月1日(月)

　時刻【7時15分】

　天気【快晴　最低気温12℃　最高気温20℃】

　今日は燃えるゴミの日。

　彼は、2LDK光熱費会社負担の家賃3万の社宅から、外に出ていた。

　その容姿は、芸術的な逆三角形のフォルム。

　プリッとして、引き締まったヒップライン。

　そして、艷やかな黒くて短い体毛に覆われている。

　そう彼は霊長類最強のゴリラ。

　身長180cm、体重155㎏。首まわり105cm、胸囲166cm、腕周り53cm数値だけ見ればただの大きめのゴリラだ。

　彼は、ただのゴリラではない。

　特注サイズ紺色でストライプの入ったスーツを身に纏い、足元には同じく特注サイズ30cmの革靴。

　その背にはパソコンの入ったリュックがあり、黒くて大きな手には黒ずんだバナナの皮がぎゅうぎゅうに詰まっているビニール袋が握られていた。

　まさにインテリ系ゴリラ。

　都会のジャングルで働くサラリーマン系ゴリラである。

　そんなサラリーマン系ゴリラが住まう社宅の前には、カラス避けの為に網のかけられたごみ捨て場があり、そこにゴミを捨ててから駅へ向かうのが日課だ。

　彼がゴミ捨て場に訪れるとそこには先客がいた。

　ゴミ袋を片手に白い歯を見せて挨拶をする。

「ウホウホ」

「あら～！　ゴリラちゃん、おはようさん。黒くなったバナナの皮がたくさんねー」

　その挨拶に柔らかい声色で応じるのは、御年108才の町内会長、山川桃子。

　黒の革ジャンに、黒色のスキニーパンツを履いており、銀髪のサラサラロングヘア。

　歳の概念を感じさせない風貌をしており、背中も全く丸くなっておらず、顔に少しシワがあれど、自分の3倍もある彼を前にしても物怖じしない傑物。

　その昔、彼女はどこかの戦場で名を馳せた有名な人物の子孫とか、そうじゃないとか――。

　真実は誰も知らない。

「ウホウホ」

「そうよね、バナナって黒くなってからが美味しいわよね～！」

「ウホ」

「あ、あらやだ、朝の忙しい時におしゃべりが過ぎたわね。いってらっしゃい～」

「ウホ！」

　そして、ゴリラは丸太のような太くて逞しい腕をぶんぶんと勢いよく振り駅へと向かう。

　これは、日本という今なお経済大国世界第4位につけている国で生活する”人間を笑顔にしたい”とあるゴリラのお話。

　☆☆☆

　――朝のごみ捨てから、10分後。

　時刻【7時25分】

　通勤時間の真っ只中ということもあり、人の出入りが激しい、大阪府のとある私鉄の駅構内。

　ゴリラは改札に慣れた手つきでスマホをかざし、改札内へと入っていこうとする。

　しかしながら、当然入っていくにも、人間のようにスムーズにはいかない。

　ゴリラの特徴である腕のリーチとその圧倒的な筋肉量が行く手を阻む。

　いくら背筋を伸ばそうとも、横向きで入ろうとしてもだ。

　だが、彼には秘策があった。

　それは駅員が駐在している駅員室を通り抜けていくことであった。

「ウホ！」

　ゴリラが白い歯を見せて手を挙げる。

　すると、駅員が帽子を取り応じた。

「ゴリラさんおはよう！」

「ウホウホ」

「ああ、スマホだね」

「ウホ」

　2人はいつものように挨拶を交わした後。

　流れるように、駅員はゴリラからスマホを受け取り、ちゃんとタッチしたのか、電子決済の画面を開き確認した。

　完全なる阿吽の呼吸である。

　この駅員は、ゴリラのバナ友の一人、花田実(みのる)38歳。

「はい、確認できましたのでお通り下さい」

「ウホウホ」

　ゴリラは実からスマホを受け取り、一室をあとにしようとした……その時。

　実(みのる)は、周囲を確認しながらゴリラに近づき耳元で呟いた。

「あの……ゴリラさん、あの現金しか使えないスーパーでエクアドル産高地栽培のバナナが一房100円で売っていましたよ……」

　その一言を受けてゴリラは目を輝かせた。

「ウホー！」

　それはゴリラにとって一番大切な情報だからである。

　通勤時や休憩中にスマホを駆使し、どこのバナナが入荷されていて、どの価格で売られているのかリサーチを怠らないほどの好物なのだ。

　巨体を見れば誤解されてしまうことが多いのだが、基本的にゴリラはベジタリアン。いや、彼に至っては、そのほとんどがバナナ。もちろん、人間社会を生き抜く為、色んな物を口にしてきた。

　けれど、やはり好物のバナナに勝るものはなく、最新のバナナ情報にアンテナを張り巡らせて、そればかり食べてきたのである。

　そんな日常生活を過ごす中。

　好物……いや大好物であるバナナの情報が舞い込んできたのだ。

　心を踊らせないわけがない。

「ウホ？」

「まじですよ！　帰りに寄ってみて下さい」

「ウホウホ」

「えっ？　皮ごと食べられるバナナが通販で買えたー？」

「ウホ！」

　バナナの最新情報に思わず声を上げる実をゴリラは、口元に人差し指を当てて注意する。

「あ、ごめんなさい。静かにしないとですね」

　ちなみに彼らがここまで仲が良いのは、やり取りからわかるように、好きな物が同じバナナということもあった。

　あれは、数年前――。

　珍しく寝坊したゴリラが改札を勢いよく駆け抜けて行こうとした時のことだ。

『ウホー！』

　いつも通り特注サイズの紺色でストライプが入ったスーツ、同じく特注サイズ30cmの革靴で通勤していた。

　背中にはパソコンが入る大きさのリュック。

　口には、朝ご飯用のバナナを咥えている。

　その姿を駅員室で見ていた駅員(実)に電撃が駆け巡り、声をあげた。

『あ、あれは！　エクアドル産有機栽培+高地栽培の高いやつだ！』

　そう、これが全ての始まりだったのだ。

　そこから、お互いにバナナの最新情報を交換し合う日々を重ねた。

　結果、この短くて忙しいタイミングであっても、情報交換するほどの仲になったわけである。

　例えれば、そうバナナから始まる友情。

　そう、バナ友という仲に。

「ウホウホ」

「まじですか！　有名なYouTuberが紹介してた？」

「ウホ！」

「あ、そうですね！　遅刻しちゃいますね」

「ウホウホ」

「わかりました！　また帰りに」

　ゴリラは、話したい気持ちを抑えてホームへ四足歩行で向かっていった。