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(24)死神


 --そして、帳珈琲店。


 その入り口には、いつもの貼り紙とは別にもう一枚の貼り紙があった。



『お客様へ。


 本日は、店主と掃除係がカウンターに転がっているため、臨時休業とさせて頂きます。

 ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。


 店主:帳 和也

(代筆:ナポリタンを食べ損ねた常連AとB)』



 そしてお店が通常の閉店時間を迎える頃。

 ようやく復活した死神は、帳が作ってくれたナポリタンを食べていた。


「やはり小町さんは、初音さんの祖母の可能性が高いんですね」

「はい。その答えは、また後日に判明します」

「話し合いの場が持たれるという事ですか」

「私が関わった人々が、一堂に会します」

「いよいよ。皆さんが顔を合わせるという訳ですね」


 死神が頷くと、隣で同じくナポリタンを頬張りながら、帳が話題を変えた。


「ところで死神さんって、死神のくせに三半規管(さんはんきかん)が弱いんですね」


 帳と同じように目眩でダウンしていた事を言っているのだろう。


「死神のくせにって、その言い方は酷くないですか?」

「僕より復活するのが遅いので……死神って、もうちょっと頑丈なのかと思うじゃないですか。普通」

「それは偏見です。死神差別です」

「では今後の為にも知っておきたいのですが、基本的に死神は、どのくらいヘナチョコな生き物なんですか?」

「言い方!」


 死神がプクッと頬を膨らませた不機嫌な顔を帳に向けると、ニヤニヤしながら「ナポリタンの後に、デザートはいりませんか?」と聞かれた。


「美味しい物を食べさせておけば機嫌が良くなると、思っていませんか!」

「あれ? いりません?」

「いり、い、いりますけど! いりますよ、そりゃ!」


 もう手遅れなくらい餌付(えづ)けされている自分を残念に思いつつ、死神は先程の帳の問いに答える。


「基本。死神は、駅の階段を駆け上がった後は息切れのため十分間の休息をとります」


 ヘナチョコにも程があるじゃないですか……。笑いながら帳がそう呟くのが聞こえたような気がする。


「ヘナチョコなのはこっちの世界にいるからです!」

「と、言いますと?」


 帳が興味深げにこちらを見た。


「元の世界にいる時とこちらでは、若干違うんです」

「なるほど。死神さん達はこちらの世界ではフルスペックではないんですね。では元の世界にいる時は、もう少しマシなヘナチョコなんですか?」


 帳が辛辣(しんらつ)な言葉の問いを寄こす。


「マシなヘナチョコって何ですか! さっきからイチイチ失礼な人ですね。言葉を(つつし)んで下さい!」

「失礼。若干希望の持てそうなヘナチョコですか?」

「表現にバリエーションつけてないで『ヘナチョコ』を(つつし)みやがれ!」

「死神さん……急に口悪いですよ」

「うつったんですよ! 帳さんのたまに口悪くなるところが! このままだと、性格の悪さまでうつりそうなので気を付けたいと思います!」

「立派な心掛けですね」

「どの口で言ってます?」


 なんだかんだお互いに言いたい事を好き勝手に言い合って、本来は常連のお客様が食べるはずだった『昔ながらのナポリタンと、極深煎りイタリアンブレンド』を二人で堪能した。


「ごちそうさまでした!」


 帳がカウンターの中へと戻り、手際良く洗い物をしている。綺麗になっていくフライパンや食器を見るのが楽しく身を乗り出して眺めていると、「やってみますか?」と聞かれ死神は勢いよく頷いた。


「あ。でも、キッチンは帳さんの聖域なんじゃ……」

「あなたはもう従業員みたいなものなので」


 その言葉に頷いて、死神はキッチンに入った。

 スポンジからモコモコと白い泡が膨らむのが楽しくて、たくさん泡立てる。そして帳の見様見真似で洗い物をすすめながら、やはり自分は何かを綺麗にする作業が好きだと改めて実感した。


「ふふふっ」

「死神さん、楽しそうですね。では僕は、デザートの用意をします」


 そう言って帳が棚から取り出したのは、縦に細長く独特のくびれがあるグラスだった。それを見て、帳が何を作ろうとしているのか予想がつき、死神は声を弾ませる。


「帳さん、それって!」


 そのグラスはきっと、死神がまだ一度も食べた事のない憧れのデザート用だ。


「知ってます?」

「はい! 食べた事はないのですが、何度も見た事があります!」

「では、楽しみにしてて下さいね」


 グラスの一番底に、死神の知らない狐色のカリカリしたものを入れて、帳がチョコレートソースと生クリームを絞っている。

 その上に、カットしたバナナとチョコアイスが重なり、またチョコレートソースと生クリームの新たな層が作られた。

 そして一番上の表面には、キューブ型のチョコと苺。花の蕾のような形に絞った生クリームが、順番に並べられていく。


「最後にもう一度、チョコレートソースをかけて『生チョコパフェ』の完成です」

「うわぁ〜」


 死神は急いで洗い物を終えて、カウンター席まで走って戻り着席した。


「どうぞ、召し上がれ」


 死神の前に、憧れのパフェがやってくる。


「有り難うございます。いただきま……あ! そうだ、こ、これの料金は……」

「自宅の片付けを随分頑張ってもらいましたし、あと、ヘナチョコと言ったお詫びでもあるので無料ですよ」

「仕方がないので許します!」


 柄の部分がスラっと長いスプーンで、チョコと苺と生クリームを同時にすくう。一気にパクリと口に入れると、チョコとクリームの甘さの中から苺の爽やかな酸味がふんわり広がった。


「んー、美味しい!」

「それは良かった」


 帳がおかわりの珈琲を、死神と帳自身の席に並べている。


「あれ? 帳さんはパフェを食べないんですか?」

「甘いものは嫌いではないのですが、あまり沢山は得意じゃなくて」

「へー、こんなに美味しいのに」


 今度はキューブ型のチョコを口に運ぶ。それは普通のチョコよりもずっと滑らかに舌の上で溶けていき、その食感がたまらなく心地良く、そして美味しかった。


「ん〜。こんなチョコ初めて食べましたー」

「幸せそうな顔ですね。弟も甘党だったので、今のあなたと同じ表情をしてよく生チョコを食べていましたね」


 そう言って、帳が目を細める。


「幼い頃は、『和にぃ、和にぃ』って僕のあとばかり追いかけてくるような弟だったんです。でも、父がひどく実力主義な人で、大きくなるにつれ弟は僕と比べられる事を嫌って距離をとるようになりました。…………死神さん。僕の家族の話を、聞いてくれますか?」


 いつか聞かせて下さいと、頼んだのは死神の方だ。


「はい! もちろんです」


 死神はスプーンをいったん置いて、姿勢を正した。

 これは、帳にとって大切な話だ。


「本当に、あなたは誠意のある人ですね。でも、パフェのアイスが溶けてしまうので、手は止めずに食べながら聞いて下さい」


 帳がこちらを見て微笑む。


「僕がこの話を聞いて欲しいと思った人は、あなたで二人目です」


 小さく呟いた声に、一番最初に帳がこの話をしたのは誰なのだろうと小さな疑問が浮かんだ。


 語り始めた帳の声に耳を傾けながら、チョコアイスを口に含む。先程のキューブ型のチョコより、少しビターな味が口の中に広がっていく。



 帳の家族の事。

 帳が最初にこの話をした人物の事。


 そして、帳珈琲店の始まりを……。

 死神はこの時、知ったのだった。


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