帰還命令
戦艦ルナリアの自室でイーサン・アークライトは寝ころんでいた。
アメリカ大陸の侵攻を任された第一艦隊の指揮官であるイーサンは、日中に寝ころんでいられる程暇ではない。
それでも寝ころんでいるのには理由があった。
指令本部からの命令が不服だったのだ。
「イーサン! 起きなさい!」
副官のアマンダが入室すると同時に言った。
「おい、ノックくらいしろ。着替え中だったら困るだろ?」
「別にイーサンの着替えくらい、昔から何度も見てるわよ。それより、いつまでいじけてるの?」
イーサンはため息をついた。
(何度も見ているか……それは子供の頃の話だろ。だから幼馴染と一緒は嫌なんだよ)
「いじけてはいない。少しサボってるだけだ」
「先の戦闘で亡くなった兵に対して失礼ですよ。真剣に対応して下さい」
アマンダの言っている事は理解出来る。
不貞腐れてサボっていられる状況ではない。
だが、侵攻部隊の司令官とは言っても、指令本部の理不尽な指令を受けなければならない立場への苛立ちが抑えられなかった。
まだ、気持ちの整理がつかなかったが、幼馴染の前でこれ以上みっともない姿は晒せない。
イーサンは起き上がって、アマンダと向き合った。
「分かっているさ。無謀な戦闘で多くの兵を死なせた。俺も油断して死にかけた。アーサーが何故か止まったから助かったけどな」
「アーサーって敵のエースの名前だったわね。いい加減、敵と話すのは止めなさい」
「どうしてだ?」
「敵に無駄な情報を与える必要はありません!」
「別にーー」
「言いました! 前回の戦闘で新型機の名前と私の名前を言った事を忘れましたか?」
アマンダがイーサンの言葉を遮った。
(昔から変わらねぇな。怒ると言葉をかぶせてくるのは……)
イーサンは、この状態になったアマンダが素直に謝らないと止まらない事を知っている。
「確かに言ったな……済まない」
「済まないで済むような状況ではないでしょ。本国への帰還命令はどうするのです? 地球侵攻部隊の立て直しも終わっていないのに」
「本国か……いつから国になったんだろうな」
「国として独立しなければ、E.G.によって支配されるだけです」
「そういう強迫観念が人を狂わせるんだろうな。ブーケ・オブ・ダンデライオンは、元々E.G.の暴挙に対応する為の臨時の連盟だったはずだ。自治区の集まりだったのにな……」
「自治区の連盟であっても、人が集まれば国となります。我々は宇宙から新たな国家を樹立すべきです」
「アイツの考えそうな事だな。アマンダも同じ考えなんだな」
イーサンは父であり、B.o.D.の盟主ネイサン・アークライトを思い浮かべた。
彼はE.G.が樹立される前から宇宙民の独立を提唱していた。
E.G.との戦争ですら、望んでいたように見える。
それはアークライト家に関わる人々も同じだった。
そんな状況をイーサンは快く思ってはいなかった。
周囲の人々が、危険な思想に汚染されているような居心地の悪さを感じていたのだ。
「ネイサン様は関係ありません。ブラック・ダンデライオンに住む宇宙の民は皆同じ考えです」
「なら、俺は宇宙の民ではないのかな……」
「イーサンにはアークライト家の一員としての自覚がないのですか?」
「あるから悩んでいる。前にも言ったが、アークライト家は開拓者であって支配者ではない」
「皆が望んでもですか?」
「そうだよ。故郷の<セイヨウ>が発展したのはアークライト家の統治のお陰というのは、ただの幻想だ」
「私は……いえ、私達が願っているのはアークライト家の統治ではありません」
「また俺の為って言うのか?」
イーサンはうんざりした。
皆が期待してくれるのは嬉しい。
だが、皆の期待しているイーサンの姿は、本来のイーサン自身とかけ離れているからだ。
「そうです。何度でも言います。私達第一艦隊はイーサンの理想の為に戦っているのです」
「そこまで俺を持ち上げる理由があるのか?」
「ありますよ。過酷な宇宙での生活では希望が必要です。皆を導けるのはイーサンだけです」
「重てぇな……俺には務まらないと思うけどな」
「イーサンなら大丈夫です。だから、指令通り本国に帰還しましょう」
「ロサンゼルス基地の強固な守りを破って敵の司令官機を撃墜した功績を称えるって言われてもね。肝心のスナイパー小隊は帰ってこなかったのにな……」
先の戦闘で敵の司令官であるロイド中将が戦死した事は知っている。
だが、手配したスナイパー小隊は音信不通のままであり、撃墜に至った経緯を知らない。
実際に撃墜した証拠はなく、E.G.の公共放送で知っただけでは、撃墜したという実感はない。
「実行したのは部下でも、指揮をしたのはイーサンです。功績が認められれば、本国でのイーサンの発言力が上がります」
「本国ってのは改める気はないんだな……分かった。帰還するよ」
「分かってもらえて良かった。宇宙への帰還の手配を致します」
「いや、直ぐには帰らねぇよ」
「どういう事です! 帰還するって言いましたよね?」
「言った、言った。でも直ぐに帰るとは言ってない。折角地球に降りたんだから少しは遊びに行ってもいいだろ?」
「本当に少しですよ。のんびりしていたら、強制的に送り返しますからね!」
「分かった、分かった。帰還の準備を進めておいてくれ」
アマンダには悪いと思うが、イーサンは直ぐに帰還する気はない。
ただ、観光をしたいのではない。
イーサンが地球に残りたい理由は、地球の民の生活を調べる為だ。
食料難で苦しむ宇宙の生活と何が違うのか、知っておくべきだと考えていたのだ。




