episode1
いつもと変わらない日だった。唯一違うことといえば類を見ない程吹雪だったことぐらいだろうか。ヴィリオスはいつもの通りスクロールを描いていた。
魔塔の最上階で珈琲を飲み、ペンをはしらす。インクと紙と珈琲の匂い。気持ちは凪いでいた。
視界の端に何かが映る。ちらりと視線を窓にやった。吹雪で真っ白の世界に目立つくらいの金色が動いている。
(魔物か?)
魔物だとしても問題ない。魔塔の結界に燃やされるだろう。ヴィリオスは視線を逸らした。
10枚目のスクロールを描き終わり、試しに破ってみようと手をかける。吹雪の中にまだ金色があった。魔物ではないようだ。だとしたら動物か。好奇心が湧く。
スクロールを置いて、転移した。
吹雪が周りに貼った結界に当たる。まだ止みそうにない。目の前の動く金色を見つめる。ボサボサの金色の毛から澄んだ紫色の瞳が覗く。
(なんだこれは。)
魔法で浮かせてみる。それはじたばたと暴れ始め、周りに付いていた雪が落ちる。痩せこけた白い手足が出てきた。ぷらんと手足を下げて紫色の瞳でヴィリオスを見つめる。風に吹かれて髪が舞った。とんがった耳が見える。
(こいつ、喪失者か。)
神と共に生まれ、神が還った後も生き続けている者達。閉鎖的な彼らが何故ここにいるのだろうか。
手を伸ばしてそれが着ているボロきれを掴む。そのまま転移した。
魔塔の食堂。魔法士は生活リズムがばらばらなので何時でも賑わっている。今はお昼時。1番人が多い時間。和やかな食堂に突如として魔塔主が現れた。
びっくりして食器を落とす者、噎せる者、気にせず食べ続ける者、三者三様だ。
ヴィリオスは魔法士達には目もくれず、食堂を歩く。突然場所が変わったそれは目を白黒させていた。
「ルード。」
大きくはないがよく通る声が響く。食堂の端で食事をしていた男がため息をついた。
「今度は何事ですか?魔塔主様?」
渋々ヴィリオスに近づいたルードはヴィリオスが手にしている子を見て、顔色を変える。
「ちょっと!何してるんですか!?ヴィリオス!」
丁寧な態度が崩れる。慌ててヴィリオスから子ども奪い取る。身体についた雪を払ってやってその場に下ろした。
子どもはきょろきょろと辺りを見回している。
「ヴィリオス、この子は?」
ルードはヴィリオスに聞く。
「知らん。」
「は?」
眉ひとつ動かさず、子どもには一瞥もくれない。
「喪失者の子どもだ。保護するのだろう?」
ルードは子どもの耳を見た。人間とは違い、尖った耳を持っている。
「なるほどエルフですか。この子はどうしたら…ってヴィリオス?!」
気ままな魔塔主はいつの間にか消えていた。ルードはため息をついてしゃがみ、子どもと目線を合わせる。
「お嬢さん、お名前は?」
「………レティシア。」
今まで一言も喋らなかった子どもが、消え入りそうな小さい声で呟いた。
レティシアが魔塔に来て数日経った。レティシアは順調に魔塔の魔法使い達を虜にしている。
基本的にレティシアの面倒はルードが見ていた。けれど、魔法使いでは無いとはいえ、ルードも魔塔所属の身。付きっきりで見る訳にはいかなかった。
ルードが仕事をしている間は、レティシアはほっとかれていた。
ヴィリオスがいつものようにスクロールを書いていると、小さな動く影が見えた。
魔塔主の部屋にはヴィリオス以外入れないはずなのに。
魔法で浮かせてみると、レティシアが数枚のスクロールを持って浮かんでいた。
「なぜ、お前がここに?」
きょとんとするレティシアの隣には浮遊する淡い光が居た。
「…精霊か。」
エルフと同じ喪失者である精霊。魔塔には沢山いるがいつの間にか仲良くなったようだ。確かに精霊ならば、魔塔の全ての場所に行くことが出来るだろう。
ヴィリオスはレティシアからスクロールを奪い取り、そのままルードの元へ転移させた。
演武場に居たルードは突然レティシアが現れて驚いたが、すぐに魔塔主がしたことであることを察して、レティシアに言う。
「君、もしかしてヴィリオスのところに行ったのか?あいつは君に何をするか分からないからやめなさい。」
レティシアは喋りも頷きもせずにただルードをじっと見ていた。
ヴィリオスがレティシアを部屋から追い出した翌日、何故かレティシアがまた部屋に来ていた。
先日と同じように浮遊する淡い光を連れている彼女は興味しんしんに部屋を眺めていた。
精霊が使う転移の力は転移魔法とは違う。対策するならば、魔塔から全ての精霊を追い出すことになる。
ヴィリオスは少し考えて、レティシアをまたルードのところに転移させた。
しかし、来る日も来る日もレティシアは精霊の力を使ってやってくる。
いつしか転移させるのも面倒になったヴィリオスはレティシアを放置するようになった。
レティシアは泣きも笑いもしない子どもだ。無闇に走り回ることもしない。
ただ、周りにあるものを興味ありげに見つめるだけだった。
ヴィリオスは時折視界に映るレティシアに意識を向けた。
彼女は特段目立った行動はしないが、よく観察していると、スクロールを眺めていることが多かった。
「興味があるのか?」
疑問のような独り言にレティシアはなんの反応も示さなかった。
翌日からレティシアはスクロールを見るのを辞めた。
ヴィリオスは当初は気にしていなかった。けれど視界の端で必死にスクロールを見るまいと、目を逸らすレティシアの様子にため息をつく。
「興味があるなら触っていいぞ。」
面倒くさそうにヴィリオスはそう言う。どうせ魔力も込められていない、ただ魔法陣が描かれただけのスクロールだ。
触らせても問題がないだろう。鬱陶しい動きを辞めてくれればそれで良かった。
レティシアは少し視線を彷徨わせた跡ヴィリオスを見た。ヴィリオスはもうレティシアから視線を逸らしていた。
彼が何も言わないのを確認すると、レティシアは躊躇いがちにスクロールにちょんと触れてみる。
何も起こらなかったが、レティシアは顔を輝かせて、魔法陣をなぞり始めた。
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