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第4話 波光きらめく先

               -Indus River

「インダス川が見えてきました」


 添乗員の言葉に車内がどよめいた。驚いた運転手が思わず急ブレーキをかける。昼食後のドライブでうとうとしていた目がたちどころに覚めた。何だって? 今、何と言った?


 路肩に臨時停車したバスからツアーメンバー一行が我先にと飛び出した。負けじと僕も後を追う。もちろん手にはカメラを握りしめながら。


 橋の上だった。朝方からの霧は未だ晴れず、辺りは夕方のように暗い。逆光なのだろう、遠くの山々がシルエットになっている。


 眼下にキラキラと輝くものが横たわっていた。薄雲のベールを貫いてきた太陽を反射し、プリズムのように七色に光る。それが何であるかに気づいた時、僕は無意識のうちに叫んでいた。感動が背骨を突き抜ける。言葉が出ない。感激のあまり、目の前の景色に見入られたまま動けない。


 インダス川は滔々と流れていた。幅はさほどない。水深も浅そうだ。しかし、そのサイズを遥かに上回る雄大さで、足元から前方に向かって連綿と水を運んでいる。


 横を見ると、他の人々も圧倒されたように身じろぎもせずただ眺めている。惚けたように口を開け、神を前にした仔羊のように立ちすくんでいる。やがて、誰かが小さな声で「綺麗……」と一言だけ呟いた。


 インダスは謎の文明だ。四大文明とされる他の三つ、すなわちメソポタミア、エジプト、中国と比べて、圧倒的にわからないことが多い。


 まず、民族が不明だ。整然とした都市が建設されていながら、どのような人々が暮らしていたのかが解明されていない。文字が見つかっているが、古今東西のどの言語とも類似点がなく、解読の手がかりすら掴めていない。


 社会体制も疑問だ。都市国家と呼べるほどの完成度を持ちながら、統治のヒエラルキーがまるで見えない。エジプトにしてもどこにしても、権力は王を頂点とする階層構造だった。しかし、これまでに発見された遺跡を調べる限り、インダスには特権階級らしき人々は存在しない。極端なほど全員が平等なのだ。あまりに「人間らしくない」ため、インダス宇宙人起源説まで語られる始末だ。


 しかし、最大の謎は滅亡の理由だろう。ある時代を境に住民が忽然と消えたのだ。外敵の侵入、砂漠化、地殻変動による河道の変更、洪水、塩害など様々な説がこれまで唱えられてきたが、いずれも決定打に欠け結論が出ていない。インドの神話「ヴェーダ」の記述を根拠に核戦争があったのだとする意見もある。実際、核爆発の高熱により生成されたという鉱物がモヘンジョダロで発見されている。


 それもこれも、みなこの川の流域で起こった。インダス川の氾濫がもたらした肥沃な土壌が、文明の礎となる農耕を誕生させたのだ。


「この場所はちょうどカブール川との合流地点です。左から流れて来る水は黒いでしょう。あれがカブール川。それに対してこちらの青い水がインダス川です。ふたつの川はしばらく混じり合うことのないまま流れて行きます」


 人類の歴史と同じだと思った。異なる文明が出会い、争い、相克を乗り越えながらやがて融合していく。時間はかかるかもしれないが、その先には新しく輝かしい未来が待っている。そうやって僕たちは歩んできたのだ。過去何千年も。そして、これからもきっと。

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