33話 帰還
「もう行っちゃうのか。寂しくなるね」
「オリヴィアがいれば距離なんて関係ないようなものだろ」
「それはそうだけど……。それでも、寂しいものは寂しいじゃない?」
バッカスの対話の翌日、本教会に到着して四日目の夜、メイアスとブレムは本教会の上層階、その中央部に位置する中庭にはいた。
そこから少し離れたところで、オリヴィアと【人間】が何か言葉を交わしている。
オリヴィアが本教会で済ますべき用事は全て片付いたようで、ブレム達は無事、故郷の街に帰ることとなった。
最悪、本教会が自分を排除する動きに出るかもしれないと危惧していたブレムにとっては、無事に帰路につくことができて一安心だ。
短いようで長い3日半……いややっぱり短かったな、どうせ来たくなったら、オリヴィアにさえ頼めばいつでも来れるし、と、ブレムは特に感慨にふけることはなかった。
と、【人間】との会話を終わらせたのか、オリヴィアがこちらに近づいてきた。
「挨拶は済んだのか?」
「はい。とはいえ、明後日にはまたお会いしますが」
そこまで告げると、オリヴィアは両手を合わせる。
「——【転移門】」
オリヴィアが唱えた途端、ブレム達が立つ地面から無数の光が立ち昇る。
それは一瞬にして、高さ3メートルほどの大きな門を形どった。
門の奥に広がるのは静謐な、しかしどこか安心感を覚える風景だ。
かつてブレムとオリヴィアが初めて出会い、そして恋人になった場所——ブレムの故郷にある教会の内部だった。
懐かしい風景と言えるほどブレムはそこに通っていたわけでは全くないが、それでも愛着くらいはある。
「すごいね。即席の転移門か。ここをくぐれば君の故郷に移動できるんだよね」
転移門を見つめながら、メイアスが感嘆の声を漏らした。
「本教会にも転移の魔術式は設置されてただろ?」
「あれは近い距離しか移動できなくて、遠くの地点を結ぶのはまだ成功してないらしいよ」
「へえ……」
何度も実感していることだが、やはりオリヴィアは規格外らしい。
「バッカス先生が見当たりませんね。急用が入られたのでしょうか」
オリヴィアはそんな反応も気にせず、中庭をキョロキョロと見回していた。
中庭にはブレム達3人以外の人影はなく、あの巨躯の姿は見当たらない。
あんな真面目で人情に厚い人間なので、見送りに来ないとは考えられず、やはりオリヴィアの言う通り用事が入ったのだろうか。
それとも昨日のブレムとの会話で、まだ気持ちの整理がついてないのだろうか、とブレムは不安になる。
ちなみに、【人間】は既に中庭を立ち去っていた。
自分はよそ者であるとはいえ、別れの挨拶はあると思っていたので、少々驚いた。
本当に読めない人だよな、というのがこの数日を通しての、【人間】という人物へのブレムの率直な印象だ。
「良かった。いらっしゃいましたよ」
周囲を見渡していたオリヴィアが、中庭の出入り口の方に視線をやって顔を輝かせる。
ブレムがそちらを向くと、バッカスが壁の陰から姿を現したところだった。
「しばらくの別れ……ではないな。いつでも帰って来れるのだろう。だから見送りも我々だけで十分だということだろう」
「はい。明後日もこちらに顔を出します」
オリヴィアの方に歩みを進めたバッカスは、オリヴィアに声をかける。
オリヴィアは恐るべきことに、この数週間で転移術式をある程度体得したらしい。
ある程度、というのはオリヴィアの基準の話で、ブレム達大多数の人間にとっては、神技なことに変わりはないが。
というわけで、オリヴィアはブレムの故郷の街から、遠く離れたこの本教会まで自在に行き来して使命を果たすことができるらしい。
「ならば良かった。だが自由に来れるとはいえ、無茶はしないように」
「もちろんです、バッカス先生」
その言葉を聞くと、バッカスはほんの少しだけ表情を柔らかくする。
そして、バッカスはブレムの方を向いた。
「君も達者にな、ブレム君」
「はい。バッカスさんもあまり無茶はしないで下さいね。オリヴィアより不安ですよ」
昨日の出来事を思い出しながらブレムが放った言葉は、バッカスにとっては図星を突く指摘だったらしい。
「……耳が痛いな。善処しよう」
「そこは断言して欲しいですね」
ブレムとバッカスは互いに笑いを漏らす。
「邪魔でなければ、俺もちょくちょくここに来ようと思います。ここは故郷よりも魔術式が発展しているので、今度はそれについて学びを深められたらと」
「邪魔などとんでもない。是非また来てくれ。研究室の者達も、外の人間との交流はいい刺激になるだろう」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そして、ブレムは軽く会釈をした後、踵を返してオリヴィアの元に戻る。
「じゃあね、ブレム君。また殺ろう」
「また言ってんのか。てか昨日は、もう飽きたって言ってただろ」
「うん。さっきのは冗談。君をこれ以上殺るのはもういいかな。ただ追いかけ回すだけになっちゃうし」
「逆によく1時間も楽しめたよな」
「はは。まあ、君も僕の暇つぶしに付き合ってくれてありがとうね」
メイアスの軽口は軽くあしらって、ブレムはオリヴィアの隣に立つ。
「では、戻りましょうか」
「ああ。よろしく頼む……で良いのか?」
オリヴィアは微笑むと、握ったブレムの手を引きながら、門の境目を踏み越える。
ブレムも続くと、一瞬にして空気が一変し、どこか埃っぽいものに変わる。
「じゃあねー」
門の向こうで手を振るメイアスと、無表情というには口角が上がった顔でこちらを見つめるバッカスに、ブレムとオリヴィアも手を振った。
「——【閉門】」
そしてオリヴィアが呟くと同時に。
門の扉がゆっくりと閉まった。
そして、門を構成していた光の粒子も、一瞬にしてバラバラに散っていった。
次回は火曜の22:00に更新します




