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第9話 見慣れない姿


 大通りは教会の下層階よりも人の往来が増えて、通り全体に活気が満ちていた。


 通りの両脇には露店や店が並び、焼きたてのパンや果物の香りが風に混じって流れてくる。

 その中を迷いなく進むオリヴィアに手を引かれ、ブレムは歩く。


「ここです」

「服屋……?」


 オリヴィアが立ち止まったのは、落ち着いた外観の衣料店の前だった。

 大きなガラス窓の向こうには、整然と衣服が並んでいる。


「はい。今日はここに来たかったんです」


 そう言って嬉しそうに微笑むオリヴィアに対して、ブレムは首を傾げる。


「オリヴィアが着る服を俺が見繕えばいいのか?」

「……違いますよ?ブレム様の服を、私が選びたいのです」

「いや今回の滞在で着る服は持ってきたし……」

「ええ、存じています。ですがせっかくの機会ですし、少し違うものも見てみたいと思いまして」

「違うものって?」

「……普段のブレム様、同じような服ばかりではないですか」

「あー……」

 

 確かに、ブレムが持つ衣服は大抵が動きやすさ重視のものばかりで、現にこの滞在で持ってきた衣服も全部同じような色合いである。


「私も、ブレム様のいろんなお姿を拝見したいんです」

「……そういうことなら仕方ないか。俺が普段着にできるようなのを選んでくれよ」

「もちろんです」

 

 ブレムはそのまま、オリヴィアに手を引かれて店の中に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。お二人でお探しですか?」


 入口近くにいた店員が、穏やかな笑みを浮かべて声をかけてくる。


「はい。彼に似合うものを少し見たくて」

 

 オリヴィアは迷いなくそう答える。


「かしこまりました。お客様自身のお洋服も何かお買い上げになりますか?」

「いえ、私は……」


 店員の問いかけに遠慮しようとするオリヴィアに対して、ブレムは口を挟む。


「オリヴィアにも俺が選びます」


 オリヴィアは一瞬だけ目を丸くすると、ブレムに戸惑ったような視線を向ける。

 

「……聞いていませんよ?」

「今思いついたんだよ……俺もオリヴィアに何か選びたいからさ」

「――そう、ですか」

 

 一瞬だけ視線を逸らしたオリヴィアは、すぐに表情を整えると、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「では、勝負をしませんか?」

「勝負?」

「互いに、相手に似合うと思う衣服を選んで、最終的にどちらの選んだ衣服が似合っているかを店員の方に判断してもらうのです」

「……それ、俺がだいぶ有利じゃないか?」


 つまり、ブレムがオリヴィアに服を見立て、オリヴィアがブレムに服を選ぶ。

 その結果、より相手に似合っていると店員が判断した方を勝者とする――ということらしい。


「なぜですか?」

「だってオリヴィアと俺じゃ、元々の素材が違いすぎるだろ」


 ブレム自身は、自分の容姿を平凡だと認識している。

 顔立ちも良いわけでも悪いわけでもなく、身長も平均か少し下回るくらい。

 だからこそ、下手な服装では見劣りするだろう。


 それに対して、オリヴィアは全てが完璧と言っていい。

 顔立ちは作り物のように精緻で、少なくともブレムは、これまで彼女ほど整った容姿の者を見たことがなかった。

 また、日頃はゆったりとした修道服に隠れているが、体の起伏もはっきりとしていて、スタイルも均整が取れている。

 正直、何を着せても似合ってしまう気しかしなかった。


「そこまで差はありませんよ?ブレム様はかっこいいですし」

「……そんなふうに言うのはオリヴィアだけだろ」

「本心ですよ?」


 首を傾げてこちらを見つめてくるオリヴィアから、ブレムは視線を逸らす。


「では、早速服を選んで試着しましょうか。

 それと、後で少し判定役をお願いしてもよろしいですか?」

「勿論です。ゆっくりご覧になってください」


 にこやかに笑う店員に一礼したオリヴィアは、ブレムの手を握ったまま店の奥へと進む。


「勝負なのに一緒に選ぶのかよ」

「まずは候補を見るだけです。一緒の方が分かりやすいでしょう?」


 楽しげに微笑んだオリヴィアは、並んだ服の中から一着を手に取った。


「これはどうでしょうか?」

「……なんというか、随分と前衛的だな」


 オリヴィアが手に取った服は、頭を覆うためらしい布が背に付き、全体もゆったりとしていて、少なくともブレムには見慣れない形だった。

 

「そちらは近年広まった衣服ですね。『パーカー』と呼ばれていまして、動きやすさから若い方を中心に人気があります」


 横から店員が補足する。


「へえ……」

「考案したのは【灰の神】レヴァンだとも言われております」

「……レヴァン?」


 たしか、人類側の連合軍を単独で壊滅させ、最終的にバッカスさんに撃退された魔族だったよな――とブレムは記憶を辿る。


「レヴァンって魔族だよな。何で魔族の文化が普通に入ってきてるんだ?」

「人類と魔族は、表向きは国交を結んでいますから。交易自体は続いていますし、意外と身近なものもあるんですよ」

「……知らなかった」

「魔族の住む大陸は、ブレム様が住んでいた街からかなり遠いですからね」


 オリヴィアはそう言って、手にしていた服をもう一度眺める。


「ですが、これは少し好みが分かれそうですね」

「少なくとも俺は着こなせる気がしない」

「では別のものにしましょう」


 オリヴィアは素直に服を戻すと、ブレムの手を離し、隣の棚へ移動した。


 その様子を見ながら、ブレムも何か選ばなければと思い、近くに掛かっていた服へ手を伸ばす。


 深く考えず一着を取り上げたところで、ふと視線を感じた。


「……ブレム様」


 振り向くと、別の服を手にしたオリヴィアが、わずかに目を丸くしてこちらを見ていた。


「私に、それを着てほしいのですか?」

「え?」


 ブレムは改めて手元を見る。


 それは肩口が大きく開き、布地も薄く、少なくとも普段のオリヴィアが選びそうにない軽装だった。

 これじゃあ、まるで俺がそういう趣味だと思われかねないじゃないか、とブレムは内心で慌てる。


「いや、違う。今のは適当に取っただけで――」


 慌てて戻そうとしたブレムの手を、オリヴィアがそっと止める。


「では、一応だけ試してみます。下は今着ているスカートでいいでしょうし」

「……いいのか?」

「勝負ですから。それに――」


 そこで言葉を止めると、オリヴィアははにかむように微笑みながら、ブレムを見つめた。


「ブレム様がどんな反応をするのか、興味があります」

「反応に困るだろ……」


 オリヴィアは少し笑うと、手に持っていた衣服を二、三着まとめてブレムに手渡す。


「私が選んだのはこれです」

「もう決めたのか?まだ他にもあるだろ」

「この服を目にした瞬間、主神の啓示が聞こえた気がしまして」

「大袈裟な……」

 

 渡された衣服は綺麗に折り畳まれていて、一目ではどんな形か分からない。

 試着の時に確認するしかなさそうだった。


 オリヴィアは店の奥にある試着室へ視線を向ける。

 仕切りの付いた簡素な造りで、左右に二つ並んでいた。

「……ああ」


 ブレムが頷くと、オリヴィアは当然のように隣の試着室の前へ立つ。

 

「同時に着替えて、出るタイミングも合わせましょう」

「同時?」

「その方が勝負らしいでしょう?」


 オリヴィアにそう楽しげに言われ、ブレムは返す言葉が見つからず、何も言うことができない。


「では、お先に失礼しますね」


 そう言って、試着室前で立ち尽くすブレムをよそに、オリヴィアは試着室に足を踏み入れると、カーテンをそっと閉めた。


 このまま立ち尽くしたまま過ごすわけにもいかず、ブレムも隣の試着室へ入る。


 仕切り一枚隔てた向こうから、衣服が擦れる音が聞こえてきて、嫌でもオリヴィアが隣で着替えていることを意識してしまう。


 そんな雑念を振り払うように、オリヴィアから受け取った衣服を広げると、それは普段の自分ならまず手に取らない、細身の上衣と、落ち着いた色合いの長ズボンだった。


 見た目こそ少し窮屈そうに見えたが、実際に袖を通してみると意外と動きやすい。


 肩回りも引っかからず、布地も軽かった。


「……思ったより悪くないな」


 小さく呟きながら襟元を整えたところで、隣から控えめな声が聞こえる。


「ブレム様、準備はできましたか?」

「一応?」

「それでは、せーので出ましょう」


 何故そこまで合わせる必要があるのかと思いつつも、ここまで来ると拒む理由も見つからないので、ブレムは諦めてオリヴィアの提案に従う。


「……せーの」


 オリヴィアの声に合わせて、ブレムはカーテンを開き、試着室の外に出た。


 ほぼ同時に、隣のカーテンも静かに開く。


「どうでしょうか」


 そう言って姿を見せたオリヴィアに、ブレムは言葉を失った。


 肩口がわずかに開いた軽装は、普段の修道服とはまるで印象が違う。

 露わになった鎖骨が目に入り、視線の置き場に困る。

 それでも全体は上品にまとまっていて、不思議と嫌な派手さはない。


「……ブレム様。凄い似合っています」

「え、俺?」

「まさかここまでブレム様の印象が変わるとは……」


 オリヴィアの見慣れない姿に見惚れていたブレムだったが、それはオリヴィアも同じであったようで、耳元をほんのり赤く染めている。


「……オリヴィアの方こそ、いつもと雰囲気が違って、凄く似合ってる」

「……ありがとうございます」


 互いに気恥ずかしさで、相手から視線を逸らしてしまう。


「お二人とも、とてもお似合いですよ」


 少し離れた場所で様子を見ていた店員が、穏やかな笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「ありがとうございます。ですが、ブレム様の方が似合っているでしょう?」

「いや、オリヴィアの方が似合っていると思いませんか?」


 ブレムとオリヴィアに同時に視線を向けられ、店員は苦笑を浮かべる。


「……これは判定が難しいですね。ですが、どちらもお互いによくお似合いです」

 

 店員の言葉に、オリヴィアは考えるように視線を落とすと、やがて柔らかく微笑んだ。


「……では、引き分けですね。ブレム様もそれで構いませんか?」

「俺は構わないけど……オリヴィアはそれでいいのかよ」

「楽しかったからいいんです……すいません、無茶なことをお願いしてしまって」

「いえいえ、私も良いものを見させてもらい、接客冥利に尽きるというものです。

 では、このままお会計へと進まれますか?」


 店員の言葉に小さく頷くオリヴィアに対して、店員はにこやかに微笑む。


「それでは、お買い上げになった衣服はそのまま着ていかれますか?」

「……この格好で歩くか?」

「はい。そうしましょう」

 

 即答だった。


 ブレムが何か言う前に、オリヴィアはどこか満足そうに微笑む。


「……その服のブレム様、もう少し見ていたいので」

 

 そう言って微笑むオリヴィアに、ブレムは何も返せなかった。


次回は明日の21:00に投稿します

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