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月の女神の後継者  作者: HARUKA


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異例の暑さの原因

グランティオへとナポリタンを運ぶ。


皿を持って歩けば、ケチャップの甘酸っぱい匂いがふわりと立ち昇る。ランチも落ち着いてきて、私のお腹が匂いにつられてくぅと小さくなった。

目の前でクスりと笑うグランティオに、恥ずかしく思いながらもおもてなしの顔をなんとか作ってテーブルに皿を置いた。


「おまたせしました。本日のランチセットのスパゲッティナポリタンです。お好みでこちらのチーズを削っておかけしますが、いかがですか?」


ハンドルを回すタイプのチーズグレーダーをくいっと上げて問う。

この世界にはチーズがあった。ハード系のチーズも豊富で、少しずつ購入してナポリタンに合うものを選んだ。


—確かプリマなんとかってチーズだったかなぁ…


種類が多すぎて名前は忘れてしまったけれど、たぶんエーレが覚えているだろう。


そんなことを考えていると、グランティオがニカっと笑って私を見る。


「嬢ちゃんおすすめの量をかけてくれや」


そう言って皿を私の方へ押し出す。


「私はいーっぱいチーズのかかったのが好きなので、雪山を彷彿とさせるほどにかけるわよ」


そう言って私はグルグルとハンドルを回す。季節外れの雪みたいに真っ赤なナポリタンの上に振りしきり、もはや麺が見えないほどになったところで、チーズの方が切れてしまった。


「残念、中のチーズが切れちゃったので今日のところはこのぐらいにしておくわ。追加したくなったら言ってね」


「お、おう……本当にえらい量をかけたな……」


「美味しいですよ」


グランティオはにっこりと笑う私に若干引き気味の顔をする。真っ白になったナポリタンをまじまじと眺めてフォークで突く彼に食べてみるよう促すと、いつも豪快に食べる彼が今日は少し控えめにフォークへ麺を巻き取った。

そして、ゆっくりと口へ運んでいく。


いぶかしげな顔で恐る恐るといったゆっくりとした動きで咀嚼する口は、次第に動きが早くなった。

パッと明るい表情がうかぶ。


「これは旨いな!! トマトの酸味と甘味がチーズのコクと合わさって……これは絶妙だな。これならピーマンの苦味も気にならずに食えるな」


そう言うと、グランティオはいつものように豪快にフォークを動かす。

苦手なのだろうピーマンは、玉ねぎと共に麺に紛れて巻き取られ、端に避けられることなく口に運ばれていく。瞬く間に皿のナポリタンは半分ほどがなくなった。


できたての熱々を急いで食べたからか、グランティオのおでこのあたりには大粒の汗が滲んでいた。

こめかみに少し白いものが混じり始めた潤色の髪が、水気を含んで束になる。

汗が落ちてきたのに気付いて一旦フォークを置くと、彼はおしぼりでおでこと首周りを拭き、冷たい水をまたぐいっと飲み干した。


気持ちのいい食べっぷりが何だか嬉しくて眺めていると、エーレがもう一つナポリタンを仕上げてカウンターに置いた。


「店も落ち着いてきましたし、アミィもお昼をどうぞ」

「ありがとう、エーレ」


皿を受け取ろうとカウンターに戻ると、焔がパイの上に飾り切りされたレモンの輪切りをのせている。みずみずしく濡れるレモンは陽を受けて光を鈍く跳ね返していた。

ザクロはエーレの入れた紅茶とともにトレイに乗せると、最後の客へと運んでいった。


私はザクロの後ろ姿を見送って自分の皿を手繰り寄せ、新しいチーズを補充したグラインダーを手に取る。

しっかりと降らせたチーズですっかり真っ白になったナポリタンをもって、グランティオの隣へともどった。


「ご一緒していいかしら、グランティオさん」


「あぁ、もちろんだ」


彼は椅子を少し引き、冗談ぶいて笑う。


「いいねぇ。嬢ちゃんみたいな若い別嬪さんといっしょにランチたぁ、幸せだね」


「もう……口が上手いんだから」


「事実しか言ってないじゃねえか」


カウンターに座っていると、時折帰る客が開けた扉から外の熱気と日差しが店内に流れ込んでくる。

緩く熱を帯びた風は、腕や首に絡みつくような気がした。


フォークで麺をくるくると巻くのに落とした視線で床を見ると、ついこの間まで曇り空の下で色濃く落ちていた天窓のステンドグラスからの光は、強くなった陽ざしのためか淡く床を染めていた。


「それにしても、四の節になった途端にピタリと雨が止んだわね。私、びっくりしちゃった。この国ではこれが普通のことなのかしら?」


「そうだな」


グランティオはナポリタンの最後の一口を運び、咀嚼しながら頷いた。


「だいたい三の節が終わると雨はぴたりと止む。全く降らないわけじゃないがな」


「そうなのね。突然暑くなってきて、あわてて対策を考えたのよ」


「この暑さには俺も驚いたな。すっきりと晴れるのは毎年のことだが、いきなりここまでの暑さを伴ってってのは……俺の人生では経験がないな。入ってくる異国の商人の話じゃ、こんだけ暑いのはこの国だけのようだな」


そう言って肩をすくめる。その仕草は軽いのに、どこか言葉が重い。


「門での荷物検めはこの暑さじゃ大変でしょう……?」


「まあな。しかしまあ、やっと雨ばかりの日が終わったからな。馬車に幌をつけてても濡れるもんは濡れるし、道も悪い。海も荒れるらしく、南の国では船の往来が減るんだろ?」


異国から海を渡ってきたことになっている私に同意を求められ、私は曖昧に笑った。


「そんなこって、必然的に四の節に入ると待ってましたとばかりに荷がいっきに増える。暑いだなんだと言ってられないぐらい連日大忙しだな。まー商人ってのはせっかちなのも多いもんで、ちょーっと書類と照らし合わせてる間に街の様子やらこっちの情報なんかをちーっとばかし混ぜ込んだ世間話のひとつもせにゃ、早くしろーまだなのかーってうるせーのなんの」


はぁ、と大きなため息をついて大げさに肩をすくめるグランティオは、こんな軽口をたたいているが、情報の取り扱いがうまく商人顔負けの交渉術も持っているのだと、バリーから以前教えてもらった。

もちろん荷物検めをするための幅広い商品知識もあるようで、自警団員にしとくにはもったいない奴だとヴェントルーザが言うほどだったことも思い出した。


「異国から入ってくる魔術具や魔導具の検めはすべて南門から入ってくるから、グランティオがほとんど担当してるってケルノマスト商会の人に聞いたわ。やっぱり、異国からの者はこちらでは珍しいものもあるのかしら?」


「あぁ、まぁな。この国はあまり魔導具の類が残ってねーし魔石も少ない。見たこともねえような魔石を使った魔術具が入ってくることもある。危険なものを街へ入れるわけにいかねぇしよ。その辺は特に慎重に検めるのさ」


「グランティオはあらゆるものに見識が深いってバリーが言ってたわ。やっぱり、勉強とかしたの?」


「勉強するにも資料がねぇもんが多いな。この仕事も三十年やってりゃ、特別興味があるわけじゃねぇが……やってるうちに自然と知識が増えちまった」


グランティオは空になった皿を名残惜しそうに少し眺めるとフォークを置き、天窓の光を見上げた。

降り注ぐ光をたどるように視線を滑らせてドアへと移す。


ドアにはいつものように淡い半月が浮かんでいた。半月の二の刻を過ぎたころだろうか。中央からやや左にそれている。

そのままグランティオの視線はゴブレットや店内を照らすフローライトの魔導具をぐるっと見渡して、喉の奥で小さく息を呑んだ。


「この店にも十分、驚かされてるけどな」


「え、なあに?」


小さくつぶやいた言葉が聞き取れずグランティオに聞き返すと、いや、なんでもないと苦笑いを浮かべた。


「しかしまぁ、この暑さで氷室の氷も減りが例年よりも早い。ギルドと神殿が共同で氷の追加依頼を冒険者に出してると聞いたが……それもそれこそ焼け石に水だろうよ。冷却効果のあるような魔導具の情報がないか入ってくる連中を探ってはいるが見つからねぇ。無事六の節を越せるといいんだがな」


少し伏せ気味に曇った顔をぶんぶんと振り、グランティオが記録魔石が中央に付いた懐中時計を取り出して、もうこんな時間かと立ち上がる。

私はカウンターの端に置いた決済の魔導具を操作して差し出した。


「今日も旨かった。ごちそーさん、また来る」


そう言って決済の魔導具にかちりと時計を当てると、中央の記録魔石が淡く光る。

またくるわと軽く手を振り、グランティオは軽やかに店を後にしていった。


「やはりこの暑さは異常なのだな」


背後から聞こえた声に肩が躍る。


「びっくりした……ザクロ、いきなり背後に立たないでよ」


声の方を軽くにらむと、ザクロが口に手を当てて鼻の頭をトントンと叩いていた。

いつも通りの無表情に少し険しい雰囲気をまとわせ、深く思考を巡らせているザクロに、驚きに沸いた熱がさっと引いていく。


店内を見ると、すでに客がいなくなっている。エーレと焔は片づけを終え、自分たちの食事の準備をしていた。

私は気を取り直して食べかけの皿に向き直る。ザクロは静かにグランティオのいた席に腰を下ろした。


「グランティオも、此度のような暑さは経験がないと言っていた」


「そう……みたいね」


相槌を打ちながら私はグランティオが最後に見せた曇った顔を思い出す。普段は軽口ばかりを叩く人が、あんな顔をみせるほどの暑さだ。


そのとき、焔がにこにこと私たちを見上げた。


「ほむ、なかまいっぱいうまれたでしょ。ヴェントルーザ様いるおかげでかぜがビューンってして、ぽかぽかだよ」


小さな手をブンブンと振って無邪気に話す焔に胸の奥がひやりとした。

つまり、焔が言うにはこの国でたくさん生まれた火の精霊の影響で例年にない暑さになっているらしい。


私が言葉を探して黙り込むと、焔がきょとんとした顔で私を見上げた。


「あったかいの、ダメなの?」

「焔は火の精霊だからあったかいのが心地いいよね。でもね、あんまり暑すぎると困っちゃうの」


エーレが顎に手を当て、静かに思案する。


「単一の精霊ばかりが増えたことで起きた属性の偏りが、気候に影響を及ぼしている可能性がありますね。均衡を保つためには……アクアやヴェントルーザ様にほかの属性の精霊を誕生させられないか聞いてみなければなりませんね」


火の精霊は大切に使い込まれた火の魔石が豊富にあったから実現したようなもの。

水や風の魔石はこの世界に来て聞いたことがないけれど……あるのかしら。


――カランッ


そんなことを考えていると扉ベルの音がした。

深く思考を巡らせていたザクロが、はっと顔を上げて開くドアへと近づいていく。


「失礼いたします、アメジスト様。ケルノマスト商会のサンクルヴォでございます。商会長よりご伝言でございます」


神官だけが着る水色の長衣を身にまとう稀有な商会員、サンクルヴォだ。

登録水晶で神官の素質を見出されながら、お金が大好きだとさわやかな笑顔で言い放つ稀有な人物。


アクアへの忠誠心と神への信仰心に偽りがないため、商会との細かなやり取りは彼が担当してくれている。


「いらっしゃい、サンクルヴォ。外は暑かったでしょう、冷たい水をどうぞ」


グラスに水を注いで渡す。

ありがとうございますと受け取ったサンクルヴォがぐっと一気に飲み干すと、私に向き直った。


「ケルノマスト商会バルメステリオより、アメジスト・ヘレド・ダイアナ様へ商会長室へのご招待申し上げます。ご注文いただいていた氷の中に長く埋まっていた鉱石のご用意ができました。本日お越しいただけるようお部屋を整えてお待ちしております。お時間はいつも通りサンクルヴォへお伝えください」


いっきに言い上げるとにこりと笑ってコップを渡してくれた。


「大変お待たせしていたお品物がご用意できました。すぐにでもご入用ではと、この後すぐにでもお越しいただけるようにご用意しております。いかがいたしましょうか」


一瞬、何の事だろうと首をかしげる。


「開店準備の時に頼んでいたやつではないのか」


それに気が付いたのか、ザクロが私に小さく問いかけた。

そういえば冷水のゴブレットのように、石に残った記憶から氷を出したり冷気を放つような魔導具を作れないかと思って、うっかり口にしていたような気がする。


……すっかり忘れてたわ……


「もしかしたら少しでも暑さを改善できるかもしれないわね。食事を終えたらすぐに行くと伝えてちょうだい」


「かしこまりました。それでは失礼いたします」


神官の礼をしてサンクルヴォは急ぎ足で商会へと戻っていった。

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