落ちこぼれエンチャンターとデバフの真髄(9)
デバフの神様
落ちこぼれエンチャンターとデバフの真髄(9)
20階層ボス。
グリフォン。上半身が猛禽類、下半身が獅子のアイツ。
彼にとって可哀想なことは、ここが迷宮である事だ。その翼を活かす環境が半減所の話ではないからだ。大空は味方しない。ドーム型のボス部屋はこのモンスターにとって鳥籠も同じハズである。
「って事で、俺の出番だな」
「「「何をする(の)!?」」」
「ありとあらゆるデバフを投げて、放置だ。襲ってくるようなら迎え撃つ」
「「「えぐっ」」」
しばらくしてグリフォンはキラキラと消えていった。ドロップ品は羽根一枚。
「ケチ」
「「「いやいやいや」」」
あっさり勝利した挙句、悪態をつくエンチャンターにドン引きの勇者御一行である。
21階層に足を踏み入れた。
溶岩だらけの熱き岩盤。
鉄の剣のグリップがただれそうである。剥き出しの鉄は危険だ。火傷で酷いことになりそうである。
「熱いな」
先頭の女戦士が右腕で額の汗を拭った。
途端に溶岩のスライムがポコポコと地面から現れる。その数10体。
マーリが範囲の水魔法を放つ。蒸気がモクモクと上がった。石より柔らかいが、当然スライムよりも硬いそれは、水魔法によってドンドン小さくなっていく。女戦士が盾から両手剣に持ち替えつつ回転斬りを炸裂させた。打ち漏らしを勇者が片手剣で払う。
無駄の無い戦闘を終え、頷きあった。強くなっている実感が、彼らをまた高揚させる。勇者パーティーの本来の力が目覚め始めていた。
勇気とは諦めないこと。
勇気とは意志の強さ。
勇気とは目的を見失わないこと。
迷宮は勇者を鍛える生きた訓練場だ。時には撤退する勇気がいる。逃げる勇気だ。
それは決して諦めでは無い。
目的を見失っていない限り前進である。
そうして対策を、そうして思考を、そうして準備を、そうして手段を、そうして挑戦を繰り返す。やり遂げた時、こうして勇者は先へ進むのだ。
迫り来る脅威と戦うために。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
グリフォンの羽根が高値で売れた。ドロップ品の持ち込みでギルドの買取カウンターがひと騒ぎ、パーティーはギルドマスターの部屋へ通される。
「おう、頑張ってるらしいじゃないか」
ギルドマスターは鷹揚に手を上げた。なんの後ろめたさもない落ちこぼれエンチャンターはつかつかとソファーへ座り込む。足を組んでギルドマスターを見据えた。
「何用だよ」
ご挨拶である。
「ハッハッハ、そう慌てんなよ。お前らも壁際で突っ立ってないでこっち来い」
勇者達はおずおずとソファーの下へやって来た。この部屋は彼らにとって再出発の部屋で、苦い思い出がいっぱいに詰まった場所である。さりとて大恩あるギルドマスターの招きを断る選択肢を彼らは持たない。
「お前らのパーティーな、Cランクに昇格だ。おめでとさん」
「は? このパーティーは試験期間中じゃねぇのかよ。なんだよ昇格って」
崖っぷちの勇者アキラスのパーティーは30階層到達証明がなければ、存続不可の条件が課せられている。存続を許されているのは、迷宮に挑む期間だけだった。諦めればお終いの首の皮一枚繋がっただけの脱落者パーティー。
それがまだ迷宮攻略途中のまさかの昇格である。驚きを禁じ得ない事態だった。
「まぁそうなんだけどよ。元々Bランクの冒険者だし、Dランクのままじゃ、入りにくいだろう?」
迷宮に入るのには基本は条件がない。ただ暗黙の了解で、低ランクの冒険者が深部へ行くことはオススメされないのだ。命あっての物種というわけである。冒険者の他のパーティーから注意を受けたり、嫌がらせを受けることもあるのだ。そのため、ランクには横槍を防ぐ意味もある。
「あの、ギルドマスター」
勇者が発言の許可を求めるべく右手を少し上げた。彼は頷きを返すだけで勇者の言葉の先を待つ。
「僕たちに機会をくれて、ありがとうございます」
しっかりと頭を下げた。慌てて他の三人も勇者に倣う。頭を上げた勇者の目をしっかり見つめたギルドマスターはニヤリと笑った。
「いい顔するようになったな」
「っ!?」
そこには成長を喜ぶ親のような優しい眼差しがあった。かつて部屋から追い出された時のような冷たい視線ではなく、確かな温かさが。横目で見ていたエンチャンターも偉そうに頷いている。
しっかりと握りしめた拳を見て、すぐに両目を閉じた勇者の眼から一雫の涙が落ちて、地面で弾けた。
「どうだ? 訳ありエンチャンターは強ぇだろ?」
「誰が訳ありだ、コノヤロー」
悪戯っぽく親指を黒髪に向けたギルドマスターはニカッと笑顔で勇者達を見る。彼らは首が取れるんじゃないかと思うほど、首を縦に振った。
「そんなわけだ、迷宮30階層、頑張れよ」
いつものようにシッシと手を振って退室を促されて面談は終了した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「昇格ですか……」
「まだ信じられないね……」
「崖っぷちが終わったわけじゃないから、気を緩めないで行こう」
「そうだね」
いつものテーブルにいつものメンバーで囲む。ランク昇格ボーナスを貰い、打ち上げだ。しかし彼らは浮かれていなかった。むしろ本当にいいのかと、半信半疑である。
良い事があれば悪い事も生じる。
しんみりしているそこへガラの悪い連中が近づいて来た。
「おうおう、Cランク昇格だってぇ? どんな裏技使ったんだ?」
「秘訣があんのか? はっ、教えてくれよぉ、なぁ?」
冒険者の酔っ払いが絡んで来たのである。アキラスのパーティーが問題を起こしてはいけない崖っぷちである事を分かった上で、近づいて来るあたり、なかなかの者たちだ。
「いいか? 絶対相手にするなよ?」
小声でリヴァイスが呟く。彼らは静かに頷きを返す。
「なぁにコソコソ言ってんだぁ、落ちこぼれエンチャンター」
その言葉を聞いた勇者が立ち上がった。
「アキラス、よせ!!」
すぐに袖を掴んで座らせる黒髪。勇者は悔しそうに座り直す。僧侶はスッと席を外して酒場のカウンターへ向かった。上手くすり抜けに成功したようだった。安堵のため息を吐くエンチャンター。
「なんだぁ、文句あるなら聞いてやるぜぇ? 勇者様よォ」
「落ちパが偉そうに昇格なんかしてんじゃねぇよ」
言葉の暴力に俯く勇者達、彼らは本気で怒っていた。自分達に向けられた侮蔑にでは無く、エンチャンターに向けられた言葉に。与えられた新パーティーメンバーは基本的に偉そうな態度を崩さないが、優しかった。
自分たちに生きる術を教えてくれた教師。
大切な事を隠さずに教えてくれる友。
背中を預けられる信頼すべき仲間。
時に厳しく、時に温かい。
彼らにとって落ちこぼれエンチャンターはもはやそんな存在だ。身内を馬鹿にされて怒らない人間はただのクズだ。勇者達は激情に燃えていた。
酔っ払いたちはなおも執拗に絡んできては彼らに心無い言葉を浴びせていく。勇者達の怒りが爆発するそのほんの少し前に彼女はテーブルに帰って来た。大量の貝をお皿に乗せて。呆れ返る勇者達。この状況で何やっとんねん。コホン、彼女はストンと椅子に座った。
そして酔っ払いたちが唖然とする中、食べ始める。ファランカはあろうことか、貝を勇者達にも勧めた。目はギラついていた。顔には"貝を食べられるなんて幸せ"なんて書いてはいなかった。しかし、彼らは気づいた。
「「「(アレか)」」」
と。
四人が一斉に腹痛で俯いたのを完全に呆れたエンチャンターはスキルを唱えた。もちろんこっそり。
「【デバフドレイン】」
完全に悪い顔を覚えた勇者一行はこの日。
大人の階段を一段昇った。
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