隣の芝生は青く、弁当は美味しい
短編が全体的にホラーに偏ってきたのを誤魔化すためのラブコメ3話目です。
一応、4話連作となっていて、奇数話と偶数話で視点が違います。
本項のタグ:「ラブコメ」「高校生」「3/4:木下花梨の主観」
教室で友人たちと弁当をつつきあいながら、他愛のない話題に花を咲かせる。
お互いにシェアするため弁当作りに手は抜けない。それでもナーちゃんの卵焼きは一際美味しくて、作り方のコツを教えてもらう。
「なるほどぉ……今度誠一に作ってあげよう」
その卵焼きを頬張りながら、誠一の喜ぶ顔を思い浮かべる。泣かせてしまったお詫びができるくらいには、私ももう幼くはない。
「マジかこいつ」
「悪魔だ悪魔。塩まけ塩」
なんだか扱いがひどい気がして友人たちを見ると、先輩方やさっきの山本くんみたいな顔で見返された。
「あのさぁ、須藤ってなんで嘘つきなん?」
フォークを突きつけられながら、聞かれる。その先に刺さっているウィンナーに食いついて、咀嚼しながら考える。誠一が毎日している告白などが嘘だと、どう説明すればわかってもらえるだろうか。ちょっと辛かったのでジャムサンドイッチに手を伸ばしたら横から取られた。
炭酸ピーチを飲んで、こちらに注目している友人たちを見回す。誰一人視線は逸らさないけれど、誰一人食事の手は止めない。
答えないと私の弁当まで食い尽くされそう。
「んーっとね。ずっと昔から約束があるの。結婚できる年になったらプロポーズするよ、っていう約束。でも全然プロポーズしてこないで、好きだとか付き合いたいとか、そんな言葉でごまかしてばっかりで、ずっと待ってるのにプロポーズしてくれないんだよ。ひどくない? ひどいよね?」
共感してくれたのか、みんなの手が止まった。最後のおにぎりを取って噛みつくとおかかの香ばしい匂いに包まれる。パミちゃんのおにぎりはお米も美味しい。
ゆっくり味わって、プチトマトを噛み潰してもみんなの手が止まっているのに気づいて、もう一度見回す。
なんだかかわいそうなものを見る目で見られた。
誠一がひどいとわかってくれたのだろう。良い友人たちに笑顔を返すと、何故か一斉に弁当へと手を伸ばし、こちらへと突きつけてきた。
ひじき入りミートボール、チーズサンド、マスカット、酢豚と。開こうとする口に次々と押し込まれてくる。味の喧嘩がひどい。
我慢して噛み砕いていると、パミちゃんがタブレット画面を突きつけてきた。
「結婚できる年齢ってわかっているよね?」
「じゅ……ろく……んぐ?」
高校に入ってからずっと待っている当然のことで、間違えようもない。口の中から溢れないように気をつけて答える。
何故かゴマ団子が更に押し込まれて、口の中の喧嘩が抗争へと変わった。
ちゃんと結婚手続きについて調べた。未成年だから親の同意書がいるとか、氏名変更の手続きとか。結婚系雑誌のサイトに詳しく書いてあったし、いつでも使えるように婚姻届はPDFを保存してある。
口の中の抗争を少しずつ飲み下しながら、タブレットでそのサイトを表示させて突きつけ返すと、みんなの目がそこに集まった。今のうちに涙が出そうな抗争を終わらせたい。
「あー……このサイト、手続きしか書いてないんだ」
「常識だ常識。書くか? わざわざ書くか?」
タブレットを持つ手が掴まれて、飲み物で流し込もうとした手も掴まれた。取り上げられたタブレットを目で追いながら、何故か疲れたような表情になっている友人たちから目を逸らす。
なんだか責められているのだけど、なんでだろう。
「あのなーモカー。須藤は男だから、16じゃ結婚できないって知ってるかー?」
開きかけた口に肉団子が押し込まれて、当然知っているという言葉は外に出せない。
「須藤くん、18になってからプロポーズするつもりでいるんじゃないかしら?」
そんな可能性は全く考えたこともなくて反論しようとした口に、ナスの西京漬がねじ込まれた。
「結婚を前提としたお付き合い、ってヤツ? ドラマか。結婚を前提って」
わかるわかると言いながら、かわるがわるにお弁当が口へと押し込まれる。ちょっと待って。もう抗争どころじゃなくて戦争になっているから、いったんちょっと止めて。
「つまり、結婚するための前段階として告白して正式なお付き合いを、と。須藤ってへんなとこ古風だね」
「ほかに取られないように、でしょうね。あれだけベタ惚れしているんですから」
「ガチ告白を毎日のようにしているのに。ガチ告白されたい」
混ざり合わない鯖の味噌煮と大豆の甘露煮とチョコチップクッキーとマスカットとゴマ団子と煮ダコとたけのこと激辛のししとうが加わった口の中の最終戦争が、味でも量でも弾けそうに辛い。それなのに紙パックのココアが口内へと流し込まれて、ひとまとめにされて押し留められる。
言葉にできない味の戦争を飲み込むことはできなくても、友人たちの言葉は飲み込めてしまった。
誠一は結婚の約束を忘れているわけでもごまかしているわけでもなくて、その時までちゃんと付き合おうとしているのだと。
そのためにちゃんと告白をして、受け入れられようとしているのだと。
つまり、嘘つきではなくって。
反論を出来ずに噛み砕くしかできない私に、友人たちが誠一の気持ちを噛み砕いてくる。頭の中ではこれまでの誠一の言葉と自分の対応が混沌として混ざり合い、口の中の戦争も一つの混沌へと変わっていく。
投げ出したいような混沌が友人の一言を受けて、一つになって胸の奥へと飲み込まれた。
文句も反論も形にならなくて、戦争跡となった口を開いても言葉は出てこない。
「それで、キスした感想は?」
あの時のように掴まれて両手の感触につられて、塞いだ口の感触が蘇る。
嘘の言葉を塞ぐ行動が、違う言葉に置き換えられて違う意味に染まっていく。
顔が熱くなって心臓が弾けそうになるのは、負けん気のせいではなくて。
火照っていく身体も、触れられた耳や首筋に走った痺れるような疼きも、溢れ出して堪えられない熱も。
約束が忘れられたと勝手に思い込んで、無理矢理押さえつけて見ないフリをしていた気持ちが激しく暴れまわっていただけだと。
今更になって自覚した自分の気持ちと、何度も何度も自分からキスをしたという事実がゆっくり染み渡って、身体中から熱が溢れ出す。
「茹でダコね」
叫びかけた口に煮タコが押し込まれて、逃げ出そうとした両手がしっかりと握られたまま。
走り出したい足は立ち上がることもできず、友人たちの笑顔に囲まれて熱がどんどん込み上げてくる。
少しでも視線から逃げようと伏せた顔にココアの紙パックが当たったが、顔から出た火を和らげるには全く足りない。
熱で茹で上がった頭では午後の授業のことなど全く思いかず、みんなの手が離れてもチャイムが鳴っても、空の弁当箱を置いたままの机に突っ伏していた。
口の中にタコを入れたままで。
作中では結婚できる年齢に性別で違いがありますが、現実では民法改正により2022年の4月から18歳に統一されるとか。(気になった方は調べてね)
現実世界をベースにした作品で、これをネタとして使えるのも今のうちなのかも?
皆様もネタを活かせる話が思いついたなら、書いてみるのはいかがでしょうか。
(そして小説書きの沼にハマろう……?)




