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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
夏のホラー2020
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避難口

夏のホラーイベントということで、ホラーネタです。

今年(2020年)のテーマは【駅】とのこと。

ということで、「駅のホームって何があったっけ?」と考えてみました。


本項のタグ:「夏のホラー2020」「ホームで仕事する際の注意点」「転落物」

 壊れた傘。看板。洗濯物など、暴風による飛来物は多い。

 路線区域によっては立木が倒れてくることさえある。

 そんな大物は別として、回収できるものを拾いながら線路脇を歩いて行く。

 台風が多いこの時期は毎日何度も繰り返されることもありそれなりの労働となるが、転落物の破片を探すときよりは余程気楽な業務と言える。

 日にもよるが、だいたい4、5人のチームで確認作業を行う。駅区間を歩くこともあり、そうした場合はついた駅でそれぞれに仕事に入ることが多い。

 その駅の仕事に入る者。運転席に向かう者。窓口業務に向かう者と様々だが、駅のホームに立つ者には一つだけルールがある。



 大抵の駅で安全のために設けられている避難口。

 駅のホームから転落した際に、車輌を避けるために避難するための場所だ。

 ホームからそこを見ることは難しいが、線路脇を歩いていると中の様子もよく見える。

 これからホームに立つ者は、そこの場所をちゃんと確認して、その上に立ってはいけない。それが唯一のルール。

 乗客はあまり知らないだろう。だが駅員にとっては常識的な非常識。



 単線のこの駅にはホーム下に4箇所の避難口がある。

 転落物の破片は、だいたいそこに転がりこむ。

 その名残なのだろう。見える者にはそこに名残が見えてしまう。

 転落物を見た職員は、そのほとんどが見えるようになっていくのだが、理由はわからない。

 ピントが合うためだとも、招かれるためだとも言われる。



 その避難口に目を向けて見れば、なるほど確かに招かれたらしい姿も見えた。

 まるで十五夜の団子のように、暗く狭い避難口の中に積み上げられた首。

 ひしゃげて歪んだ口からは、音にならない声が漏れている。

 目で追って見れば、『助けて』『出して』『帰りたい』などのようだ。

 しかしそのほとんどは荼毘に伏されているだろう。だから見えているものがなんなのか、職員たちもわからない。

 わからないから、近寄らない。



 少し歩き、2つ目の避難口に目を向ける。

 一つだけ置かれているのは真っ赤なビニール革の長財布。

 それを取り囲む壁一面に、無数の虫が蠢いている。

 時折隙間から見える肌色が腹なのか背中なのか、確かめる気にはなれない。

 長財布に手を伸ばすとどうなるのか、語り継がれているからだ。

 引きずり込まれて、長財布のように腹と背中を開かれて壁一面に貼り付けられた職員がいたらしい。本当かどうかはわからない。

 わからないから、近寄らない。



 また少し歩き、3つ目の避難口に目を向ける。

 床から伸びているいくつもの手が、天井を引っ掻いている。それは手招きをしているようにも見えた。

 ふと、線路に躓いて転びかけ、同僚に支えられた。無意識にそちらへと歩いていたらしい。

 躓いていなければ、そのまま招かれていたかもしれない。

 人を止めておきながら自らそちらへと歩き出した同僚の肩を掴んで、線路を越えようとするのを止める。チームを組む必要があるのは、こうした理由からだ。

 未だに手招きを続けている手から視線を外し、線路へと目を向ける。

 手は避難口からは出てこない。出てきたらどうなるのか、中に入ったらどうなるのか、わからない。

 わからないから、近寄らない。



 同僚と肩を組んでお互いを抑えながら、さらに歩いて4つ目の避難口に目を向ける。

 そこには何もない。

 古ぼけたコンクリと雑草と砂利が見えるだけの避難口が、隅々までよく見える。

 4つ目だけは普通に見える。

 ホームの庇と木立の陰になり、明かり一つ届いていないその場所は、とても鮮明に中が見える。

 ここだけは毎回見え方が変わる。

 小さな社があったり、子供が蹲っていたり、大きな口の中のようになっていたり、様々だ。

 何故そんな風になるのか、誰にもわからない。

 中に入ったらどうなるのかも。

 わからないから、近寄らない。



 さらに歩いて、ホーム端の階段を上がって点呼をとり、それぞれの仕事へと向かう。

 ホームに立っていた同僚から業務を引き継いで、乗客が携帯片手にホームへと並んでいくのを見ながら、お決まりのアナウンスを行う。


「白線の内側に下がってぇーお並びになってお待ち下さいぃー」


 そんなアナウンスに耳を貸すことなく、好き勝手に乗客たちはホームに立つ。当然、避難口の上にも。

 電車が来てドアが開き、降客と入れ替わる乗客たちは、気づいていない。

 電車と駅の隙間から、無数の手が手招きしていることなど、見えていないのだろう。

 見えていないから、わからない。

 だが、わからなくても、向こうからは近寄ってくるのだ。

 三番目の避難口の上にいた客の足が、手に掴まれたまま電車のドアに遮られて見えなくなった。

 単に挟まれて消えたのかもしれない。そうではないかもしれない。

 それがどちらなのかわかるのは明日。



 転落物を確認したときになるだろう。






「ホームの下の避難口も一応駅のホームってことでいいよな?」という若干変なところに着目して書いてみました。

「そんな場所あったっけ?」と疑問に思われた方は、機会があったら一度覗いてみてください。

当然のことですが、緊急時以外は入ろうとしてはダメですよ?



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