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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
夏のホラー2020
38/281

田舎の駅のホームにて

夏のホラーイベントが今年もあるのこと。

今年(2020年)のテーマは【駅】だそうです。

……そういえば、去年のホラーのタグをつけたままになっていたような……(あとで忘れないうちに直しておこう)


本項のタグ:「夏のホラー2020」「わりとよく見る光景」「田舎ではよくあること」「都会でもよくあること」

 山奥にある田舎で過ごす余暇というのに惹かれて、溜まっていた有給休暇を使って泊まりに行くことにした。

 ゆっくりすることが目的なので、車ではなく電車を乗り継いで向かっている。

 通勤電車の骨が軋むような混雑とは無縁のレトロな単線は、電車というよりも列車という印象を受ける。

 古い邦画に出てくるような、絵本に描かれているようなベージュの車体。その内側には青い色の座席が向かい合って並んでいるが、乗客は自分しかいない。

 ほとんどかわり映えしない木々に埋もれた山の斜面だけが続く景色を、二輌しかない列車はのんびりと走っている。

 携帯小説なら一話読む間もなく次の駅が来る都会とは違い、三話読んでも車内アナウンスさえ流れない。聞こえるのは鳥や蝉の声くらい。

 読んでいるのは有名な恋愛小説だ。実際にある避暑地を舞台にして描かれたラブロマンス。今の時期はもう予約も取れなくなった舞台を諦めて、穴場の避暑地を選んだけれど、万一同じような出来事が起こってくれればなんていう期待も少しだけしている。

 この列車に乗り合わせるような出会いもあるかも。そんな期待は外れてしまったけれど、近年の避暑地には国内よりも海外利用者が多いらしいから、まだチャンスは残っていると思う。

 まぁ、ラブロマンスがなくても温泉と料理と酒は確実にあるので、それでも充分。

 自宅にこもってドラマの一気見をして過ごす休暇も考えたけれど、たまには旅行もいい。


 車内アナウンスが流れて、次の駅名が伝えられる。目的の駅だ。窓の外から聞こえる蝉の声もだいぶ大きくなり、随分と山奥に来たのだと実感が湧く。

 携帯を確認して、宿の迎えが来ているだろう時間なのを確認する。

 ちょっとマナー違反ではあるけれど、他に乗客もいないので宿に電話して、もうすぐ駅に着くことを告げる。すでに駅で迎えが待っているらしい。

 よく聞く「スタッフ一同お待ちしております」をちょっとアレンジしたのだろう。「里のもの一同、お待ちしております」という挨拶を受けて電話を切る。

 田舎のためか宿の方針なのか、変な言い回しだ。でももてなされている感じがして悪くない。

 ゆっくりと列車は速度を落として、勢いが残って滑り出した荷物を引き寄せる。


 駅に着いても車輌のドアは開かない。

 田舎の列車には自動ドアがなくて、手動で開けるのだと乗るときに駅員に教わった。

 電車のドアを自分で開けるというのは、都会では決して体験できないだろう。

 そんなささやかな非日常を再び体験して、目の前に焦げ茶色のホームが飛び込んできた。

 駅のホームが木製というのも、都会ではありえないことだと思いながら一歩踏み出そうとして。

 ホームの一部、改札口はコンクリートだと気づいた瞬間。



 全身に、鳥肌がたった。

 蝉だ。



 焦げ茶色をした駅のホームに見えるほど、蝉の群れが一面を埋め尽くしている。

 そう理解して、動けなくなった。

 早く出発してほしいのに、車輌が動く気配はない。

 こんな中に降りろというのか。そう叫びたくなったが、声が出せない。

 ホームを埋め尽くす蝉が全部死んでいても嫌だが、生きていても嫌だ。きっと狂ったような大声で鳴いて飛び上がるんだ。

 早く閉めて。早く閉めて。早く。早く。お願いだから。

 そんな願いも虚しく、車輌は動かない。ドアも開いたままで、蝉の群れが車内に雪崩れ込んで来るかもしれない。

 そんな恐ろしさに吐き気を催しながら、ドアが開いているから車輌が動かないのだと思い至った。


 でも。


 動きに反応して飛び上がるかもしれない。

 ドアを閉じる音に反応するかも。

 一面の蝉から目を逸らすこともできない。

 そうして動けないまま。



 蝉の鳴き声だけが、延々と鳴り響き続けている。





「蝉爆弾をマップ兵器にした場合、こんな感じかな」という話でした。

爆弾は爆発するまでが一番怖いと思う。


「へっ。こんなもん、どこが怖ぇんだ」という強気なアナタには、もれなく蝉爆弾プレゼント。到着時期はそのへんの蝉にご確認ください。


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