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暇潰市 次話街 おむにバス  作者: 誘唄
「単話2」
24/281

勇者は邪教の企みを阻止するか

ゲームなどでは頻繁に召喚されている(気がする)邪神。

その召喚された時の様子を、ふと思いついたので書いてみました。


本項のタグ:「邪教の齎す悲劇」「勇者」「邪神」「邪教」「シリアスは早退します」

 蝋燭の煤と埃とカビの混ざった臭いに慣れた鼻が、焚き染められた香の匂いを感じとる。

 大扉を開いた瞬間にそれは更に強くなった。祭壇へと続く赤黒い絨毯や垂れ下った聖布に染み付いた匂いと、祭壇の火から昇る煙。

 邪教信者たちが好む香木の甘さが強い匂い。そこに座り込んで背を向けたローブ姿の人物が手を振るうたびに、祭壇の火が音を立てて煙を濃くする。

 呪言を呟いているその背中は隙だらけで、矢を放つなり魔術を撃ち込むなりすれば簡単に不意打ちが出来そうに見える。

 仲間のシーフの放つ矢でも、魔術師の放つ魔術でもいい。勇者の体捌きと剣技であれば、その隙をついて肉薄して一撃を入れることができるだろう。その一撃で邪教神官の息の根を止めることも。

 しかし、国教である光の女神の信徒である大神官が同行し、彼女たちの行動を逐一記録している。

 もし確実性を選んで不意打ちをしたならば、『勇者は邪教神官を背後から襲うように仲間に指示を出して問答無用に斬りかかりました』などと神前に報告するのは明白。

 その姿を思い描いたのか、一行は目配せをかわして小さく首を横に振った。



『女神の信徒にふさわしき廉潔を持ち邪教の地から生じる災禍を阻止すること』



 そんな一文を勇者たちに突きつけて付き纏うようになった大神官だけが穏やかな笑みでうなずいている。

 それを見て思わず漏れた舌打ちに、邪教神官の肩が僅かに揺れた。






 邪教信者たちを退け、教団施設の奥にある祭壇へと勇者が辿り着いた今となっても、邪教神官は逃げ出していない。

 儀式を中断することを拒んだためであろう。

 だがその甲斐あって、捧げられた供物からは血液とともに魔力が溢れ、祭壇に描かれた魔術陣へと呑み込まれている。

 赤く輝きを揺らめかせる度に燐光が浮かび上がって、中空に集まり立体的な魔術陣を描いていく。

 そして、その中心部に浮かぶ赤黒い塊。

 それは既に実体を持ち始めた邪神の肉体そのものであった。






 邪教の狙いも教義も勇者が知る術はなかった。

 大いなる悲劇を齎すという、光の女神の宣告を受けたのも国王であり、その勅命以上の情報はない。邪教神官が召喚儀式を行おうとしていることさえ、この教団へと辿り着いた時に初めて知ったほどである。

 国教に背く邪教信者は尋問もされず処断されるため、その組織図でさえも充分な調査がされていない。

 それでもこの場へと辿り着いたのは、勇者が導かれているためだろう。

 彼女はただ、なんとなく行きたい場所へと突き進んできただけである。仲間である魔術師の幻術や盗賊の調合した麻痺毒などの活躍もあり、無血とはいかないまでも死者を出さずにここへと至った。勇者の監視役でもある大神官は記録を行いながら追従しただけで、何も役にたっていない。

 振り返って勇者一行を睨みつける邪教神官に対し、教義を説くことも告発することもせず、ただ勇者の行動を速記し続けているだけだ。

 今にも実体を得ようとしている邪神にさえ気を払わず、ただ勇者だけを目で追う姿は重度のストーカーに近い。



「ふははははっ! 遅かったな国教の犬ども! 既に我らが神はお応えになられたぞ!」



 目的を遂げた邪教神官の興奮した声が響き渡る。

 魔術陣の向こう側から勇者たちを見つめているのは、まだ若い男だった。

 勇者たちと同じくらいの年齢でありながら、邪教へと身をやつしたことに躊躇いの色はない。

 むしろ国教を盲信していることを嘲笑う様子すらあった。ストーカーと化した大神官を見れば確かに反論の余地はないが。

 そんな邪教信者に対する行動に、盗賊も魔術師も迷いがない。

 投げつけたナイフを呼び水に、雷光迸る魔術を放つ。

 しかしナイフは邪教神官が慌てて翻したローブに絡まり落とされる。魔術は向きを違えて魔術陣へと呑み込まれ、更なる燐光を舞散らした。

 それを見た勇者が剣を抜く。

 近接戦闘だけを見れば、勇者は一軍の将に匹敵する実力者である。

 その勇者が身構えるだけで、邪教神官の背筋が粟立つ。投げナイフさえ避けられない彼に勇者の体捌きは凌げない。その一撃は容易く彼の肉体から魂を切り離し、神の下へと旅立たせるだろう。

 彼の信奉する神ではない、光の女神の下へと。

 だが、それでも彼は嘲笑った。



「それだけの力があるのに、国教教育の弊害だろうな。だが、最早我が願いは成就した。あとは神に委ねるのみ」



 そう言言って見上げた先。

 燐光が集まり描いた魔術陣は光る繭のようになり、その中は最早見えなくなっていた。




『……ンンウウ……』




 そこから僅かに、声のような音が漏れて光る繭にヒビが走る。

 それを見た勇者の行動は素早かった。

 獣よりも速く走り、鳥のように舞い上がり。

 その繭の中心部へと突き立てようと剣を構えて飛びかかる。



「見よ! 我が神の生誕を!」



 邪教神官の叫びに呼応したように繭が砕け散る。

 そしてその中心部に浮かぶものがあげた産声が響き渡った。

 貫く筈だった剣がその産声の主を外れ、勇者の身体が不自然な捻りによって一瞬逆さまになる。

 勢いそのままに壁へと向かう身体が蹴足によって聖布へと絡み、引きちぎりながら落下した勇者の姿を捉えていたのは大神官だけだった。




 勇者が再び床に足をつけた時には、中空に浮かんでいたものはそこにはいなかった。

 しかし、その存在を主張するような声が響き続けているのを誰もが耳にしており、その姿を見つけようとして視線を彷徨わせる。

 その中で金属の打ち付ける音が響いた。

 勇者が持っていたはずの剣が、床に落ちて弾んだ音である。




 盾が固定してある左腕を抱き寄せる構えは、勇者のいつもの戦闘スタイルではない。

 しかも風呂ですら手放さなかった剣を落としたまま、それを拾い上げるそぶりもない。

 先ほどの産声が、その姿を笑うようなものへと変わっても。

 勇者の目にかつてないほどの迷いが浮かんでいるのを見て、仲間たちはその視線を辿った。



 その先にいるのは、邪教神官が召喚した存在。

 その姿を見た誰もが、自らの思考が停止するのを感じた。

 邪教神官と目のあった勇者は、まるで魅入られたようにゆっくりとした足取りで彼の元へと歩み寄っていく。

 盗賊も魔術師もそれをただ呆然と眺め、響く笑い声に包まれて動けない。

 ただ大神官だけが速記し続けている。

 儀式を執り行った邪教神官には、近づいてきた勇者を警戒する様子もない。

 そうして勇者は戸惑いに満ちた声音で、しかし極力優しく語るようにして邪教神官へと声をかけた。





「えっと…………げ、元気な男の子です?」





 勇者の左腕に抱かれて、あどけなく笑っている人間の赤ちゃん。

 迷いながらも抱き寄せた腕から落とさないように気を払い、勇者が場違いなようで適切にも思える言葉とともに邪教神官へとその赤ちゃんを差し出した。



 文字通り生まれたばかりの存在の声は止むこともない。二人の間で受け渡される様子を見守っている、一同の視線が邪教神官へとゆっくりと向かう。



「あ、えっ……あ、ありがとうございます? いや、なんか思っていたのと違うな……」



 困惑しながらも優しく抱き寄せ、笑い声を上げる赤ちゃんにつられて苦笑する邪教神官。

 その笑顔に、勇者一同は良い親になるだろうと安堵して、その教団を後にしたのだった。





 こうして『大いなる悲劇を齎すという光の女神』の宣告は回避された。

 勇者が訪れなければ国教信者たちの襲撃によって邪教徒たちは投獄され、強制回教に処されたことだろう。

 その暴威は多くの人命を損ねる。赤ちゃんの命も女神の御許に旅立たせるという名目で赤ちゃんの命も潰えた筈だ。

 そうした事実が積み重なれば数多の邪教が警戒心や敵愾心を募らせ、国教打倒という宗教戦争への引金になる。そうなれば国土全域に死者が溢れるだろう。

 それこそが光の女神が齎す大いなる悲劇であり、その宣告を基に勅命が下されたことは少なくない。

 それらの悲劇を未然に防ぐために派遣される者を、この国では勇者と呼ぶ。




「……一番の邪教ってさぁ……」




 そんな勇者が漏らしかけた呟きは、大神官が速記する音によって飲み込まれた。




 そして勇者は、新たな勅命を受けて旅立つのである。













四コマ漫画だったら召喚されたところまででまとめるのかなぁ、とか思いながら書いてみました。

背景というか立ち位置というか、そういうのを考えるのは筆者のくせのようです。(必要ではないときが多い)

皆さんが邪神を召喚するときは、暖かいお湯と清潔なタオルなどの準備を整えてから行うようお願いいたします。

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