名探偵 vs 社会風刺
「つまり犯人は、この発火トリックを使って……」
関係者が集まった大広間にて。
小柄な少女が、緊張した面持ちで皆を見渡した。大丈夫。推理に自信はある。しかし、皆の視線が一斉に自分に集まっている状況と言うのは、いつまで経っても慣れそうになかった。油断すると膝がガクガクと震えそうになる。
「発火トリックですって?」
「えぇ、その通りです」
少女探偵・嵯峨峰岬岐が、小さく頷いた。名探偵だったおじいちゃんから譲り受けた、灰色のキャスケット帽。少しサイズが大きめの探偵柄カーディガン。帽子の下からちょこんと飛び出たポニーテールを翻し、新米探偵は……誰にも気付かれないように、ごくりと唾を飲み込んで……大勢のいる方へと向き直った。
「このトリックを使えば、アリバイのある時間帯にも犯行は可能です。つまり犯人は……!」
「待って!」
岬岐が右腕を振り被り、人差し指を犯人に向けようとしたその瞬間。関係者の1人が、何かに気がついたようにハッと顔を上げた。
「今のって……【社会風刺】じゃない?」
「……へっ?」
突然水を差された格好になった岬岐は、思わず前につんのめりそうになった。関係者がざわざわと騒ぎ出した。
「『発火トリック』……つまり、昨今の、何かと炎上しがちな現代社会を風刺しているのね?」
「ど、どういうことですか?」
岬岐は訳が分からずポカンと口を開けた。
「なるほど。そういうことだったのか!」
「だから、どういうことなんですか??」
「ただの推理ショーだと思っていたら、事件そのものを時事ネタに絡め、世相を皮肉っていたのか!」
「言っている意味が良く分かりません……」
「上手いな! 上手いことを言うな、探偵さん!」
「さすが探偵だ! ただの推理ショーじゃなかったんだな!」
「ただの推理ですけど……」
岬岐が困惑していると、関係者たちは「私は分かってますよ」と言った顔でうんうんと頷いた。
「みんな、落ち着けよ。これだけの人を集めておいて、探偵が何の捻りもない、雑学も先見性もない、ただの推理ショーをするわけがないじゃないか。探偵たるもの、類稀なる洞察力と、幅広い見識、皆を納得させる論理構成、あっと驚く伏線回収、超意外な真犯人、全てを見通す第三の眼、黒き翼、二枚舌……」
「化け物じゃないですか!」
岬岐が顔を真っ赤にして怒った。
「別に私、【社会風刺】なんてしてません! ただ普通に、推理してるだけです!」
「じゃ、何か?」
今度は関係者たちが困惑する番だった。
「我々が集められたのは……その鋭い舌鋒で現代社会の闇を一刀両断するためではない?」
「当たり前でしょう! 皆さん、探偵に何を期待してるんですか」
「そんな! 社会風刺も、衒学的な余談もない、ただの推理だなんて!」
「せっかくの推理ショーなのに、反戦や、世界平和のメッセージを込めてないの?」
「いや、あの……」
何と説明して良いものか。
「別に、世界平和を願ってないわけじゃないですけど……殺人事件の推理で、無理やり世界平和への願いをねじ込まれても、聞いてる方も困るでしょう?」
「そんなことないわ。作者と言うのは、無意識に自分の思想を作品に捩じ込むものなのよ。唐突に政治についてキャラに喋らせたり……」
「そうなんですか? ……って」
いけない。このままではどんどん変な方向へ行ってしまう。何とか話を推理に戻さなくては。岬岐は再び右腕を振り上げた。
「ですから犯人は貴女です、女将さん!」
「うっ……!」
人差し指を向けられた女将は、一瞬、息が詰まったように顔を歪めた。皆が驚いて眼を見開いた。
「うそぉ!?」
「すごい……本当にただの推理だ……!」
「バカな……何の捻りも、皮肉もない……」
「犯人に驚いてくださいよ!」
岬岐が思わず叫んだ。ただの推理で何が悪いのか。
「何ていうか……皆さんちょっと、深読みし過ぎじゃないですか!? 殺人事件の推理に、無理やり別のメッセージを見出そうとしているような」
「今の……もしかして名言ですか?」
「は??」
「探偵たるもの、最後に名言を残すものなので……どれくらい推敲したんですか?」
「推敲なんてしてません……もう黙って!」
すると関係者は、
「ごめ×××××さ×、××な××り××か××××××。××××××ちは、探××××××を××××××に……」
「そ○○、私も○○わ、○○ん○○○○。○○っ○○、○○○○○○り」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「すごい……! 相手を黙らせることによって、何かと言論統制的な現代を【社会風刺】している!」
「そんなわけないでしょう! もう、どうすれば良いの……」
ダメだ。今は何を言っても言わなくても、風刺に取られてしまう。岬岐は途方に暮れた。ガックリと肩を落とす彼女に、そっと手を差し伸べるものがいた。
「良いのよ、小さな探偵さん」
犯人の女将だった。
「私には貴女の推理、真っ直ぐ届いたわ。嗚呼、私が犯人なんだ……って。確かに今どき、自分の言動をあらぬ方向に曲解されたり、変な解釈をされて誤解を生むことも多いかも知れないけど……」
「女将さん……」
「やっぱり、最後に大切なのは気持ちよ。難しい漢字を使ったり、自慢げに知識をひけらかすことじゃないの。大切なのは、貴女がどんな心を込めたか。だから、ね? 何を言っても無駄だなんて思わないで。貴女が心を込めた言葉なら、きっと誰かの心に届いてますからね。心と心を通じ合わせる。それが世界平和への、第一歩なのだから……」
「女将さん……!」
「お前が世界平和を訴えるのか」
「しかし……人を殺しておいて、世界平和とか言われても、何だか響かないな」
「最後だけ良い話にしようとしても……人、死んでるしな」
「嫌な、事件だったね……」
こうして事件は幕を閉じた。
夕日に向かって走り去るパトカーを、岬岐はぼんやりと眺めていた。犯人は逮捕された。推理は見事的中したのに、何だか素直に喜べない。すると、何処からかふらっと茂吉叔父さんがやってきて、彼女の肩にそっと手を乗せた。
「叔父さん……」
「そう落ち込むな! さっきの推理、そう悪くなかったぞ!」
「…………」
「ただの推理で良いじゃないか! 変に色を出すことないよ。そりゃ叔父さんだってねぇ、もっとズンズンバラリと社会に鋭く斬り込むような、あるいは誰も気づかなかった新たな角度からの見解とか、そう言う【社会風刺】を心がけてるんだけどねぇ。警察に行くと、叔父さんの発言は、ただのセクシャル=ハラスメントだって言われるんだよ。ハッハッハッハッハ!」
「叔父さん……叔父さんはちゃんと、罪を償ってください」
「ハッハッハッハッハ……!」
こうして叔父さんは再逮捕された。岬岐は去り行くパトカーを一瞥して、さっさと切り替えると、次の事件へと向かうのだった。