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外伝『IF/現代編・下:異世界から帰った男達の話』

登場するキャラ浅薙アサギについては同作者別作品「イカれた小鳥と壊れた世界」より同じ世界観のキャラです

江戸なのであるでは今回だけのゲスト登場

 [無貌の魔剣士は日常と非日常の狭間に苦悩する]



 9月中旬。


 非日常に巻き込まれて、日本から異世界に転移してしまった主人公は。

 そこで様々な活躍をしたり女の子といい感じになったりしつつ帰る方法を見つけて。

 ヒロインを連れて帰還して。

 そこでお話はハッピーエンド。


 そうだな。お話ならばそれでいいが、それが自分の身に起こった場合。 

 ハッピーなエンドには程遠いということだけは体験している。

 敢えてオレの状況を云うならばこうだ。


 [異世界から帰ったらテロリストなのである]


 オレの名は浅薙あさなぎアサギ。

 異世界ペナルカンドで十三年もの間冒険者をしていて、ついこの前ようやく日本に帰れたと思ったら全国手配メジャーデビューしてしまった容疑者だ。

 罪状は──何か日増しに増えていくのだが、とにかくこの世界に戻ってきたときに異世界帰りの装備だった銃や剣を持っているという、法治国家日本では通用しないものだったので警官に囲まれ。

 捕まるのも嫌だったので逃亡したら話が大きくなり、結果集まりに集まった警察を力技で突破したのがいけなかった。

 具体的にはパトカーとか壊したし橋も破壊した。数十人は警官を病院送りにしただろう。申し訳ないが、まあ労災は多分降りると思う。 

 現代日本は武装する無法者に厳しいものがある。

 自業自得であると自覚はしているものの。


 悪いことをしたいと思ってオレは法を破り官憲を殴り倒しているわけではない。

 なぜならばオレの行為には一切、オレが得をするわけではないからだ。 

 金が手に入るわけでもなければ体制を転覆させてやりたいと思っているわけでもない。

 ただ、捕まれば家族に迷惑が掛かるしオレもブタ箱に年単位で入れられるのは嫌だから、警官に迷惑をかけつつも逃げ続ける。

 自分を善良と思っている人間ならば自首しろというのかもしれないが、生きていて他人を傷つけない人間など居ないものだ。異世界暮らしで十三年。多少の外道違法行動には慣れている。つまり、開き直れる。

 自発的に騒ぎを起こすつもりは無く──オレはただ、十数年ぶりに帰ってきた日本で平穏無事に暮らせればよかった。

 

 オレは大都会東京で、警官を何十人もなぎ倒して数千人の追跡を受けたものの正体は知られていない。 

 勿論手配書が掛かり、特徴などもテレビでテロリストとして報道されている。携帯電話のカメラで写真を撮られたりもした。

 だがオレの装備している[超外装ヴァンキッシュ]と云う魔法のマントは、異世界でも便利だったが機械文明の発展した現代では更に性能を発揮できる。具体的には、電磁的迷彩を自動的に纏うことによって、デジタル式のカメラからオレの姿を隠すことができるのだ。

 携帯で撮った写真や監視カメラで撮った映像からも、オレの姿は消えている。

 フィルムカメラになると恐らく映るのだろうが、この時代町中でフィルムカメラを取り回す者など居ない。 

 次に目視だが、顔面に[無貌の仮面]というのっぺらぼうのようなマスクを装備することで、このマスクに込められた魔力により目撃者は酷くオレに対する印象は薄くなってしまう。

 それにより付けられたあだ名が[顔無し]だ。 

 一般に知られているテロリストの特徴は、顔が無いように見えるのと、全身黒尽くめな服ということと、武装しているの3つだけ。

 一方でオレの社会的地位は、長年行方不明だったけれど最近実家に帰ってきた三十路男性(高校生)。

 ……接点は無いな。多分。

 そんなこんなで、異世界に転移して以来休校していた高校に復学して通う善良な都民として、表の生活を送っていればやがてテロリストの噂も消えるだろう。

 

 そう思っていたのだが。


 ある日、オレは上野公園に一人で訪れていた。服装は白きナイトの如きジャケットコートだ。ヴァンキッシュを変形させれば色も形もある程度自由な着衣に偽装できる。

 散歩ではない。第一駐車場に居るとある人物に用があった。

 彼の車は毎日違うが、そのトランクに寄りかかって客と商売をしている[受付場所]がここだ。

 目的の車両──ジープだったのがそれらしいが、それへ近づきオレは無貌の仮面を被った。

 口髭が生えていてやや鷲鼻をしている、どことなく眼力があるが親しみやすい顔つきの外人がこちらを向いた。


 彼は俗にいう[上野公園のイラン人]。

 

 本名や経歴は一切不明。この受付場所以外で出会った者の噂すら流れない。

 あらゆる道具や金を洗浄ロンダリングして下取りや販売をしてくれる、闇社会の人間だ。


「よお兄弟。今日は何を卸してくれるんだ?」


 流暢な日本語で、手配中のテロリストであるオレの来店を歓迎するように両手を広げた。

 無邪気というか馴染んでいる仕草である。日本は存外に在日イラン人が多い国でもあるからだろうか。イランというか、中東の民族が初めて日本に来たのは飛鳥時代だというから歴史のある付き合いなのかもしれないが。 

 どちらにせよ、お互いに警察沙汰は御免だという立場にあるが故に、問題なく取り引きが成立する。

 危険な臭いのする酒場で彼の噂を聞いてからオレは利用するようになった。まあ、危険な臭いのする酒場だったのに、隣のクラスの男子が深夜帯でバイトしてたりする変な店だったが。


「────こいつを──換金できるか──」


 オレは手元にリボルバーピストルを魔法のように出現させた。

 コートの内側にあるマジックポーチ──アイテムを大量に保管できるポシェット──から取り出しただけだが。

 イラン人は口笛を吹く。


「ニューナンブ。旧式のポリ公の銃だな」

「何丁か───ある」

 

 くるくると指で回してイラン人に放り投げる。

 彼が受け取る間にもう二丁、拳銃を取り出した。

 

「M37エアーウェイト。これもアメリカから輸入した警察用の拳銃だ。あいつらから奪ったのか?」

「──無力化するには────武装解除させるのが手っ取り早い───」


 駐車場の監視カメラからは死角になっているそこで、トランクを開けて後部座席を倒したジープの車内に並べる。

 イラン人は手慣れた様子でシリンダーを取り出して装弾をチェック。ハンマーを起こして空打ちを一発し、銃口を吹いてみる仕草を見せた。

 胡散臭い映画の登場人物みたいなやつだ。

 そしてもう一つ、長物の狙撃銃をも取り出して車の中に放り込んだ。


「M1500! こいつはたまげた。兄弟、特殊強襲部隊(SAT)もぶっ倒して装備奪っちまったわけだ。反社会的だねえ」

「自分で処理するにも───足が付きそうでな───」

「賢明だ。今頃、奪われたポリ共は大目玉の顔真っ青。で、世間で公表するわけにもいかねえから、俺があっちこっちを経由させた裏口からこっそり警察に高値で売り戻してやるわけ。ま、他にも色々買い手はあってな。安心しろ。足跡一つ残さねえよ」


 警察から奪った銃をイラン人に売りつける男。

 オレ。

 なんかこう、警官を殴り倒すよりアウトなことをしている気がしないでもない。勿論、カネ目当てで警察を襲っているわけではない。ただ手に入れてしまったものはそこらにポイ捨てしたらいけないだろうなあと思っての行動だ。

 しかしともあれこのイラン人は役に立つ。例えばオレが異世界から持ち込んだ、旧紙幣の日本銀行券札束や貴金属のインゴットなども洗浄してくれる。無論、多少買い叩かれているのだろうが少なくとも安全に。

 三十歳で高校生やってるオレとしては進路の不安もヤバイので、金が必要だった。

 このままでは知り合いの女子に唆されてパチプロの道を歩みかねない。「アサギくんはとても鳥取向きだと思います」って褒められたけど絶対それ褒め言葉じゃない。

 

「それにしても──この厳戒態勢のときによく車に銃を積めるな───」

「厳戒ったってどこかのテロリストさんのお陰でな。ま、細工がしてあるのよ。ほら、ナンバープレート。在日駐留軍人用のナンバーになってるだろ? 他所の国の軍車両を検閲してきたりはしない」

「───偽装だな」

「正解。よくわかったな。[オクトナンバー]って機器でな、タコの表皮みたく質感までリアルに、自在のナンバーへと変えられる電子装置だ」

 

 イラン人が指を鳴らすと、すぐ近くの後部ナンバーが一瞬ぐねりと動いて別の番号を示す。

 触れるほど近づかない限りは本物のナンバーと変わらなく見える、云わば高性能の液晶画面のようなものがナンバーの代わりに貼ってあるのだろう。

 それから電波が出ているのを、ヴァンキッシュで感知していたからオレは気づいたが。

 

「武器の買い取りは大歓迎だぜ。これからは武器の時代が来る」

「───? どういう───ことだ」

「これはまだオフレコなんだがな」


 イラン人は顔を歪めて笑みを作りながら告げる。


「ここ暫くの厳戒態勢、あんただけが原因じゃないんだ。都内で何箇所も、正体不明の猛獣が暴れて被害が出ている。警察も手をこまねいて、巡回を増やしているのさ。森も野山もねえ大都会に突然現れるモンスターにな」

「なに───?」


 初耳だった。モンスター、と言われてぱっと思いつくのはダンジョンに出没する魔物だ。

 それが東京に? ……いや、まさか。

 イラン人は楽しげに続けた。


「そのうち、警察だけじゃ無理だってことで自衛の武装を一般人も始めるだろう。止められねえよなあ、警察だけじゃいつどこに現れるかわからねえ相手に対処不能だ。そんな状況で武器を取り上げようにも、糾弾されるだけだ。テロリスト一人挙げれねえわけだし。

 で、その状態になったときに保管してた武器が高値で売れるようになる。ゾンビパニック時のガンショップだな。秩序は破壊されて渾沌の世界が訪れる。ウェルカムトゥ世紀末──ってか?」

「────」


 人のことは言えないのだが、危険なイラン人だ。しかしオレにはこいつを詮索する理由は無い。こいつがオレを詮索しないように。 

 平和だったオレの故郷、日本という世界に焦がれてどうにか異世界から帰ってきたのだが。

 急速にその平和は非日常に取って代わられていくような──そして、その一番非日常的な正体不明のテロリストが東京に居る、というファクターをオレ自身が担当してしまっているのがなんとも言えない。

 まあいい。

 手に入れたヤバイブツの処分は終わり、相応の金は得た。

 後はこの金もパチンコか何かにつぎ込めば罪悪感も玉と共に消える。近頃懐かしい作品のパチンコ化が増えているのは嬉しいが、全然あたらないのが問題だ。森崎君をゴールキーパーから外せ。

 などと考えていると。


「───悲鳴?」

「……銃声も聞こえるな。おいおい、もしかして出たんじゃねえの? 噂のモンスターが」


 噴水池の方で騒動が起こっているようだ。ヴァンキッシュの機能で多機能レーダーを使うと、警察が無線で応援を呼んでいるのをキャッチした。

 この東京で警官が発砲までして止めようとする相手はオレか──或いはその怪物か。

 

「じゃ、俺は騒動が起こると面倒だからもう行くわ」


 イラン人は腰掛けていたトランクから降りて、運転席の方へ向かう。

 面倒事は御免なのはオレもそうだが──。

 その怪物とやらが気になったので、仮面の変装を解いて騒動の渦中へとオレは走って向かった。


 噴水広場を遠巻きに人が取り囲んでいる。数名の警官がただちに離れるようにと物見客を誘導しているが、興奮した群衆は安全だと思っているのか離れない。

 鎌首をもたげて噴水の中から周囲を睥睨しているのは全長二十メートル、体の太さが電信柱程もある巨大ウツボだ。おまけに、頭が枝分かれして九本もある。

 危惧していたことだが──こいつはペナルカンドに居る生物、[ヒドラウツボ]だ。巨体と頭部の再生能力で頭を分裂させる特性がある。

 どういうわけだから不明だが、東京に異世界の魔物が現出している。

 非常に危険だ。

 巨体のせいで銃弾が効かなかったが、銃を構えたままの警官が牽制するように立っていた。


「すっげマジ……バケモンか」

「作り物じゃないよねあれ……」

「餌なげよーぜ! 餌!」

「はぁー……女性声優が全員巨乳にならないかな」

「ちょっと待てよ! 俺の好きな貧乳声優ディスってるの!?」


 スマホを構えて呑気に写真を撮っている連中に舌打ちがしたくなる。全然関係ない話題で気にせずベンチに座って痛い会話をしている覆面カラーギャング共にもだ。

 ヒドラウツボは水棲生物だが、皮膚呼吸によってある程度陸上でも活動できる。

 いつ襲い掛かってくるとも限らない超巨大ヘビが目の前にいるのと同じだというのに、水に浸かっているから大丈夫だと何の根拠も無く思い込んで逃げずに撮影をしていた。

 ともあれ、このままウツボが大人しくしていてくれれば警官の応援が駆けつけてくる。バズーカとか装備してれば多分勝てるだろう。警視庁ってバズーカを支給してたか?

 

「……おい! 噴水から出てくるぞ!」

  

 悲鳴が上がり、群衆が身を引く。だがまだ背中を向けて走りだす者は少数だ。どれだけ平和ボケしているんだ、日本人! オレをテロリスト扱いするのはマッハだった癖に!

 水音を立てて地面を這いずり出したヒドラウツボ。こうなれば止められない。重さ十トンを超える巨大生物を個人がどうにかできるわけはない。

 

「やむを得ん───」


 近くの物陰に隠れて再び仮面を被る。体に纏った外装を黒色に変化。顔無しとして活動するときはなるべく同じような格好でないと、普段の生活でカモフラージュしている意味が無い。

 飛行。ヴァンキッシュから噴出されるエネルギーで一旦上空に舞い上がり、ポーチから武装を取り出した。 

 オレは日常に戻るために日本に帰ってきた。

 だというのに、あんな非日常な魔物が蔓延って良い訳がない。

 呪いの散弾を吐き出す魔銃ベヨネッタ。

 巨人殺しの魔剣ネフィリムドゥーム。

 どちらもペナルカンドの帝都ダンジョンで手に入れた、レアな武器だ。


「───ここで潰させて貰う」


 上空から一直線に接近しつつ魔銃をヒドラウツボの頭に向けて三連バースト。恐慌作用フィアー・エフェクトのある銃声が響き、人々は恐怖という冷水をぶっ掛けられたかのように、興奮から冷めて逃げ出し始める。

 ヒドラウツボの頭を3つ潰した。地面に降り立つ瞬間に魔剣で切り裂くと首が一本切り裂かれる。

 歯を擦りならして叫び声のような音を出し、ヒドラウツボが俺に襲い掛かってくる。太い体をしならせて一気に捕まえて、締め付けようとした。

 野生動物同士の戦いならまだしも、オレには近づくだけ逆効果だ。


「フ───」


 取り囲もうとしたヒドラウツボの滑った肌を魔剣で軽く切り裂くと、切断力が伝播して体の大部分がヒラキにされたように真っ二つに割かれた。山と変わらぬ巨大な堕天巨人ネフィリムを殺した魔剣の魔力だ。そこらの魔物ではひとたまりもない。

 悶えるヒドラウツボの頭に銃を叩き込みながら手当たり次第斬撃を入れる。十数秒と掛からずに巨大な化け物は断末魔を上げた。

 そして──消えていく。

 ダンジョンの魔物のように。しかし、魔鉱は残らない。ただ消滅していく光の粒子だけが見えた。

 

「だが────この魔物はいったい───」


 どうして東京にダンジョンで見るような魔物が?

 疑問は尽きないが、それよりも。

 居合わせた警官が応援を呼んだ機動隊が、上野公園に突入してきて周囲を埋めた。


『そこのテロリスト動くな! 動いたな! 撃て!』

「鬼か───!」


 もはや一応確認だけで発砲される存在となったオレ。公園内だというのに躊躇いのない銃弾が周囲のコンクリートをチュンチュンと音を鳴らして削った。

 ヴァンキッシュの精神加速で銃弾を避けたり叩き落としたりしつつ逃亡を開始する。

 くっ……警察に構うなどやりたくないというのに! オレは犯罪者になりたいわけではないんだ!


「オレに───構うな!」


 機動車両をポーチから取り出したハンマーで粉々に叩き壊し、別の車両も銃で破壊。

 飛びかかってきた警察を掴んで別の一団へぶん投げる。

 駆けつけた警察の機動力を削いでから空を飛んで逃亡を開始した。ヘリが出てくる前には身を隠さなくては。


 しかし異世界の魔物か───何故現れたのか、相談してみなくてはならない。 

 同じく、日本から異世界に迷い込んで帰ってきた少女に。

 そして凄まじく邪悪な気配を感じるのだが、事情に詳しそうなその母親に。

 オレの部屋から繋がるワープゲートで彼女らが居る鳥取へと向かうことにした。


 

 結論だけ述べれば魔物出現に歯止めは掛けられず──鳥取県内でも多く魔物が出現し、討伐されているようだ──倒し続ければいずれ出現数が減るということだけ聞かされた。

 魔物に関しては誰のせいでもなく、多くの関係者がバラバラに存在するので責任の追求は出来ないのだそうだ。

 少しだけホッとした──オレが異世界から帰ってきたせいで魔物が現れるようになったのならば、さすがに夢見が悪い。

 

「よかったです。わたしもネット上の情報操作で『例のテロリストが出てから魔物が出るようになったけど関連性は一切無いよ!本当だよ!自作自演で退治したりなんかしてないよ!ちなみに私はイルミナティ』って書き込みまくってアサギくんを援護します。容赦なく活動してください。そしてテレビで勝手に増やされた罪状を見ながらビールを飲んで笑うアサギくんハードボイルド」

「────やめて──それ絶対逆に怪しい───あと何そのイメージ──」

「では『ちなみに私の夫の年収は1500万円です』」

「───それ発言小町限定の必要情報だから────」


 例の異世界で出会って同じく日本に帰れた女子高生と、疲れる会話をさせられたのだが。

 とりあえずオレに出来ることは、目に付いた魔物を退治するぐらいだ。

 全ての魔物を退治してやる、とまでは言わないし無理だとは思うが。

 しかし退治するとなるとやはり例のテロリストモードになるわけで。


 いつか警察もオレを無害だとわかって放免してくれないだろうか……。





 *********





 [生まれ変わった老家族は日常を求める]

  


 9月末日、日曜日。


 

 非日常に巻き込まれて、日本から異世界に転移してしまった主人公は。

 そこで様々な活躍をしたり女の子といい感じになったりしつつ帰る方法を見つけて。

 ヒロインを連れて帰還して。

 そこでお話はハッピーエンド。


 なんて話は、よく聞くようで実際どの作品だと言われたら中々思いつかないことだ。

 己れの場合は異世界で結局戻れずに死んでしまったものの、その記憶を持ってまた同じような人生を送ることになった。

 その前世を思い出したのはつい最近、異世界に残してきた家族の二人がやってきたからだったが。

 過程はともあれ結果は似たようなものなのか?


 [異世界からループして生まれ変わったのである]


 みたいな……まあ、前世での少年時代はあんまり覚えていないのだが。

 己れの名前は座九朗ざ・くろう。変な苗字だから大抵名前を呼び捨てか、すわり九朗とか呼ばれる。

 異世界ペナルカンドで……確か三十前後のときに転移して、九十半ばぐらいまでだらだら生き続けて老衰死した男の生まれ変わりだ。

 男、なんて言い方だが前世でも己れはクロウであり今世でも九朗なので、輪廻がループしてるんじゃないかと不安になるが。


 ある日突然やってきた前世の家族、クルアハとイリシア。血が繋がっているわけではないが、関係は家族としか言いようが無い。

 二人共、人間化とでも云うのか存在の形を変えたらしい。

 告死妖精から人間へと。

 魔女から人間へと。

 魔法を使う能力は残っているが、己れもそれでよかったとは思う。二人が望んだことだから。


 問題は。

 この異世界の中でものどかランキング一位な妖精の里暮らしだった二人を現代社会でどうやって生活させていくか、ということだ。

 ある日、違う世界からやってきた女の子が空から降ってきて墜落死、とはよく聞く話な気もするが。

 魔法で対面では誤魔化せるとはいえ、身分証明も無ければ常識も違う、身内贔屓ながら容姿の整った外国人少女だ。悪い奴なら狙う。

 それに彼女らは当然のことだが金を持っていない。ホームレスになりかけていたぐらいだ。涙が出てきそう。

 となると働かないと行けないのだが現代社会に馴染ませるためにも高校には通わせたいというか、入学手続きは既に終わらせているみたいであるし。

 己れが養えれば一番なのだが、同じく高校生な己れに突然家族二人扶養する収入を得ろと言われても難しい。

 バイトの貯金が五十万ぐらいあるが、当面の生活費にしかならない。

 己れの部屋住まいにさせているがさすがに狭いから二人の住居も必要だ。

 そんなわけで彼女らが家にやってきて三日目。初日は夕飯食って寝て、二日目は生活用品を買い出しに潰れて今日が三日目だ。ちなみに日曜日で、二人が転校生として登校するのは明日からになる。


「ふう……ロリペド警官も多少は元気を出してくれるといいのだがな」

「というか九朗が来たら急にぎゅーんって元気になってましたよあれ。なんですか愛ですか」

「……お姉ちゃん意地パワー」

「お姉ちゃん意地パワー!?」


 そんなものあるのか。クルアハの発言に、己れとイリシアは思わず聞き返した。


 昨日、土曜登校だった小学生を見守る為に出ていた己れの親戚で姉貴分だった菅山供子だが、突然例の──テレビなどでも[魔物]と呼ばれるようになった怪生物と戦って負傷をした。

 小学生を守るために熊のような怪獣と取っ組み合いをした、と目撃者の証言がある。

 人間は熊には勝てない。彼女は武道の有段者だが、それでも当然ながら勝ち目のない戦いを行って子供を逃がしたらしい。

 子供が好きだから。

 単純な理由で命を掛けれる彼女は危ういが、行動は尊い命を守った。

 その結果として、彼女は左肋骨全損、右腕切断、右目損失、肝臓一部損壊、左足大腿骨骨折。酷く無残な怪我を負った。死ぬまであと一秒というところまで追い詰めらた。そのときに突然現れた噂のテロリスト──[顔無し]が魔物を撃破して供子は一命を取り留めることになった。 

 すぐにテロリスト自身も警官に追われて逃げ出したが。

 病院に運ばれた彼女を、たまたまその病院にやってきていた天才的な医者が居たらしく食い千切られて断面がぐちゃぐちゃだった腕を削って繋げる手術に成功。リハビリ次第で動かせるそうだ。

 心配したものの、昨日の今日で様体を見に行ったら己れと弟に反応して起きてきやがった。頑丈だ。

 とはいえ大怪我だし、欠損した右目は戻らないのだから本人としてもショックは強いだろうが……暫くは様子を見に行こう。


 病院から家に帰る途中でバイト情報誌[自由の為の労働]を取ってきた。

 食事を終えて即眠くなった益太を寝かしつけ──外人さんがホームステイしてるのでテンションが高くてすぐ疲れて寝る──再び己れの部屋で会議を始める。

 二人の着替えや生活用品を並べるメタルラックなども買ったのでより手狭だ。


「仕事を探すわけだが、二人はどんなことが出来たっけ?」

「……家事全般、お菓子作り」

「隕石落とし」

「イリシアは女子力を鍛えろ」


 隕石落としが必要な職場ってなんだ。ジオン軍か何かか。

 じっと眺めて、近場で学校に通いながらでも働ける案件を探す。


「あ、これなんかどうですかお姉ちゃん。制服を着てマジックミラーの内側で折り紙を折るだけの仕事」

「……簡単」

「それ如何わしいバイトの抜け穴だから」

「……柔道インストラクター女性限定素人歓迎」

「インストラクターなのに素人でいいんですか?」

「それも如何わしいバイトだから」


 この二人は常識がズレているので気をつけて欲しい。


「というかイリシア。お前は前世とかの記憶を含めればかなり年上というか、経験豊富じゃないのか?」


 元魔女イリシアは、脈々と魂の輪廻で続いていた魔女という存在の最終形である。

 それまでの何度も生まれて死んだ人生すべての経験を引き継いでいるという話だった気がするが。


「他の魂に干渉されると鬱陶しいので前世までは封印しました」

「そうか……」


 あっさりとそれまでの魔女世は切り捨ててしまったようだ。

 いい思い出が無かったんだろうな。


「ただバイトをやるにしても、高校に通って少しぐらい経過してからがいい。多少は普通の高校生とコミュニケーションを取って常識を学んでからだな」

「……頑張る」


 むふーと息を吐いて頷く。こう、小動物みたいだな。


「お姉ちゃん、さっきのコンビニで『お箸はどうされますか?』って聞かれただけで固まってましたものね」

「……だって。どうって、なにが?って」


 眉が困ったようにハの字になった。ずっと昔はレア表情だったのに今はこんなに自然に……涙が出そうだ。

 しかし基本的にクルアハは無口で、今は少し喋るようになったがあまり対人経験は無いからそこら辺も問題だ。

 バイトなど接客の多い仕事はどうだろうか。かなり不安だ。


「イリシアもコンビニの店内でアイスを食いだすな。迷惑外人か」

「馬鹿な、妖精の里にあれば一日で商品を狩り尽くされますよあんな店」

「妖精基準になっておる……」


 自由奔放な性格で妖精と同じ暮らしをしていたものでさっぱり矯正されてないイリシアも危険だ。

 食品関係の仕事場だと容赦なくつまみ食いしそうだ。

 

「ふう……やれやれ──っと今日は己れがバイトの日だった」

「九朗がですか?」

「……なんの仕事?」

「喫茶店と飲み屋を合体させたような変な店でな。深夜まで営業してるもので、その深夜シフトについている」


 喫茶店メニューをそこそこの値段で酒のつまみにしたい層とかに受けている。

 ナポリタン300円とか、バタートースト200円とか、コーヒー系のカクテルとか。

 後は違法くさい謎の添加物入りアルコールとか。あと微妙にガラの悪いというか、危険な感じの客層が深夜は集まる。事件は一切起きないが、警察官は入店拒否という張り紙がある潔い怪しさ。

 姉貴分に関与されなさそうな場所を選んだ結果がこれだよ。


「へー」

「……どんなところだろう」


 興味ありげにこっちを見てくるが、己れは笑いながら手を振る。


「あんまり高校生が夜に通う場所じゃないからな。それに、明日から学校だから二人は先に休んでいてくれ」

「ちぇっ。まあそうですね」

「……待っとく」

「帰ってくるのは深夜だぞ」


 じっとこちらを見てくるクルアハに云うが、彼女は頷いて、


「……ずっと待ってた。だから、待てる」


 そう云った。

 


 そんなこんなで違法酒場っぽいバイト先でウェイターをやっている。

 高校生が深夜バイトだがその辺りは己れが個人事業主として登録しているあたりでどうにかなっているようだ。


「きょ、今日は、あんまり、お客、来ないね……」


 己れの雇い主が、先ほど出て行った客で店内の客がゼロになったので吃音気味の声でそう云う。

 いつもは深夜でも常時客席が半分は埋まっているのだが、今日の客入りは渋い。

 店主の名は晴井杭はれい・くい。去年大学を卒業してから即この喫茶店を始めた変な男だ。

 昔からの付き合いがある幼馴染というやつだが、とにかく気が弱くて人と喋るのが苦手だ。見た目はメガネ系ホストみたいなモテるタイプの男なのだが、どうも性格に難がある。

 確か実家はヤバイ系の上層部だそうで、あまり深くは関わっていない。


「テロリストに魔物だからな、夜にほっつき歩く人も居ないんじゃないか、店長」


 魔物は例の供子が襲われた怪物で、既にネットやテレビでも噂は事実として取り上げられている。

 倒すとテレビゲームに出てくるモンスターのように消えてしまうのでそう呼ばれている。警察などの公式発表では違うのだろうが、覚えていなかった。

 

「ま、魔物は家に居ればともかく、テ、テロリストは怖い、ね。ま、まだ捕まってないんでしょ」

「ふうむ、確かに警察にとっては散々な相手だが……」


 一応、姉貴分の命の恩人でもある。

 ただ彼女的には、以前テロリストを囲んだときにスイカをぶん投げられて全身スイカまみれにされたとかでかなり憤慨していたが。

 

「う、う、噂によると、テロリストは、秘密結社の一員なんだって。フリーメイソンとか、イルミナティとか」

「相変わらず陰謀っぽいのが好きだな。己れの親父の助手にでもなればよかったのに。世界中の胡散臭い地域に行くぞ」

「が、外国とか……怖くて……無理ぃ」


 想像したのかぶるぶると震えだす。

 もしこの男が女子中学生とかそういう少女ならばまだあれなのだが、23歳になる男なわけで鬱陶しいことこの上ない。

 などと話していると、カランカランと店のベルが鳴って来客を教えた。


「いらっしゃい。お、浅薙兄」

「───邪魔する」


 入ってきたのは見知った男だった。白いコートにトゲトゲのワックスで固めたような髪の毛、どこか難しげな表情をした女子にそれなりに人気のある顔立ち。

 とても親しいわけではないが接点が無いわけでもない、そんな学校の知り合いだ。

 浅薙アサギ。三十になって復学したうちの学校でも変わり者の生徒。今月の始め頃から通うようになり、教師と元同級生だったり校内で堂々とラノベを読んでいたりと色々個性的な男だ。

 隣のクラスだが彼の所属する映画研究部には己れも幽霊部員として名を貸している。あと結構金持ちで映画やアニメ好きらしく、時々DVDを借りる。そんな関係だ。

 ちなみに彼は休学していたせいで、年の離れた実の妹とクラスメイトになっている。時の流れは残酷だ。だから浅薙兄、と己れは呼ぶ。

 窓際で一番奥の席に座り、メニューも見ずに告げた。


「夜モーニングと───ウイスキーをロックで」

「堂々と酒を頼むなあこの高校生……店長、夜モーとウイスキーロック」

「は、はい」


 夜モーニングとはつまり朝やるモーニングセットにコーヒーの代わり、酒が付いているものだ。

 ゆで卵とサラダとトーストで酒をやるのが好き、という人向け。

 案外、トーストに塩を振るとつまみになるらしい。今時トーストに塩て。おっさんかこいつは。おっさんだった。

 運ぶと早速味塩をバッバッバとバターが塗られたトーストに振りかけている。減塩なんて言葉が無かったおっさん世代はよくやる儀式だが、若者として暮らしていた己れのこれまでの知識が異様に見せていた。如何に前世の記憶が一部あるからといって、己れはあくまで十七歳の高校生だ。

 

「ああ、そうだ。この前借りたDVD、明日持ってくるよ。[未来世紀ボボブラジル]。面白かったけどオチは同じなんだなあれ」

「わかった────いや」

 

 頷いて、彼は店のテレビを見ながら云う。


「───明日は休校かもしれない───ニュースに合わせて見ろ」

「うん?」


 言われてテレビのリモコンを操作する。すると、緊急速報が流れていた。

 最近危なそうな現場に回されることが多くなった女子アナが、夜の街を背景にして間延びした声を出していた。


『はい~こちら現場の山田アナウンサーです~台東区、鳥越神社前に居ます~。ここには先程、謎の巨大蜘蛛が出現していました。画像出ますかー?』


 一旦テレビの画像が、誰かが携帯端末で撮影した写真に変わる。

 そこでは人家に手足が生えたような巨大な蜘蛛が立ち上がっている、怪獣映画のようなものが映っていた。


『これに警察が緊急出動、包囲を成功したところで蜘蛛は消滅した模様ですが現場にはバスケットボール程の大きさの蜘蛛が無数に散らばって動いています。これは人に噛みつく恐れもあり、現在警察が処理を続けて──あら』

『うわああ!』


 カメラのレンズに張り付くように蜘蛛の腹が見えた。続けて、腹が真横にずれて蜘蛛は光になり消えていく。

 視界の戻ったカメラには、刀を抜いている笑顔のアナウンサーの姿があった。

 

『というわけで現場には近づかないでください。また、蜘蛛が消滅するときにテロリスト[顔無し]を見た、との情報もありますので次々に警察が駆けつけています。周辺住民は落ち着いて、建物の中から出ないようにしてください~』


 鳥越というと、己れの高校のすぐ近くだ。そんな近所でもこういう騒動が起こっているとは。


「──見ての通り───人を襲う危険な子蜘蛛が大発生───そしてテロリストの目撃情報───学校を開くかどうかは怪しいな───」

「確かに……」


 これでは明日の転校初日は延期か。

 ため息をついてテレビを見ていると、アサギがなにやら「チ───ミスったな──」とか「マッドワールドがあれば───」などと呟いていた。

 だがまあ、噂だと彼は学校でもぶつぶつ呟いているタイプなので気にしないで大丈夫だろう。

 それにしても巨大蜘蛛か。一体なんなのだろうか。


「浅薙兄も、気をつけたほうがいいぞ。テロリストに魔物。どっちも危ないだろう」

「フ───問題ない」


 問題ないはずは無いんだが。


「それにしても顔無しか……あったら一言お礼でもしとかないとな」

「───礼?」

「ああ。己れの姉貴分が警官やってるんだが、昨日魔物に殺されかけたところを助けてもらったらしくてな」

「───ただ通りすがりに魔物を攻撃しただけで───助けたつもりはないかもしれんぞ───」

「ま、それでも。伝えとかないといけないなって」


 すると彼は薄く笑い、ゆで卵にも塩をバッバッバッバと振りながら云う。


「フ───そうだな──きっと伝わるさ」

「塩分過剰摂取じゃないか?」




 翌日。案の定学校は休校となった。

 ぽっかりと予定の空いた日にバイトを再び検討してて、コンビニに出かけていたイリシアが張り紙を持って来て得意満面だった。


「これですよこれ。この世界にもあるんですね賞金首。魔女の頃よく掛けられてました」


 彼女が出した張り紙には顔のない似顔絵が描かれている。


『器物損壊罪、公務執行妨害、危険物所持違反、騒乱罪など

 特徴

・黒尽くめで背中にマントを羽織っている。

・刀剣、銃などで武装している。

・のっぺらぼうのようなマスクを被っている。

 見つけた方は安全を確認して通報してください。

 逮捕に繋がる情報などもを頂いた方には報奨金400万円。

                          おい! 顔無し!』


 手配書だった。それも指名されていない上に、特徴がいかに犯人像を掴めていないかわかるぐらいの。


「おい顔無して。あだ名だろ」

「いえそんなことではなく、とっ捕まえたら400万円です。バイトどころじゃないですよ。大儲けじゃないですか」

「危ないだろ、これ」


 顰めっ面で手配書を見ながら、テレビなどで嫌でも目にするテロリストの超能力的なパワーを思い出す。

 空を飛んだりパトカーを殴り飛ばしたり地面を切ったり橋を吹き飛ばしたり絶対包囲から逃げたり。

 魔物の存在より超常的だ。

 だがイリシアは自慢気に自分の腕を叩いて。

 

「わたしを誰だと思っているんですか? 多少魔力が落ちたとはいえ元最終魔女ですよ。そんじょそこらの悪党には負けません」

「でもなあ……」

「……相手の実力も不明」

「平気平気。魔界学園の転校生でもなければ大丈夫ですよ」

「それには負けるのか……」

「さて、早速魔力で探してみますか──探知符」


 ……なんというか余裕ぶっているが、どうも心配だ。

 なにせ己れはイリシアが戦っているところなど見たことはない。

 十五で魔女に目覚めたが、その後即座に妖精の里に引きこもりっぱなしであっただろう。

 更にいえば戦いの経験であるそれ以前の魔女世を封印までしている。

 大丈夫か?


「はて? 探知できませんね……どうやらなんらかの手段で魔力的な探知をキャンセルしているみたいです」

「……やっぱり、どうも相手の強さが未知数」

 

 クルアハも乗り気ではない。

 だが流しっぱなしにしていたテレビからテロリスト緊急速報が流れた。


『現在機動隊とヘリによる、荒川区汐入公園の封鎖が行われています。内部には危険生物と、テロリストが発見されています。周囲の方々はすぐに警察の誘導に従い離れてください』


「見つけた」


 にまり、と笑って窓から飛び出すイリシアを呼び戻そうと叫んだのだが、彼女は一直線に向かっていった。


「クルアハ! 己れ達も行くぞ! あいつを止める!」

「……わかった」






 *******

 


 


 [伝説の天狗は非日常に生きている]



 9月末日、月曜日。 

 

 非日常に巻き込まれて、日本から異世界に転移してしまった主人公は。

 そこで様々な活躍をしたり女の子といい感じになったりしつつ帰る方法を見つけて。

 ヒロインを連れて帰還して。

 そこでお話はハッピーエンド。

  

 それは合っている。確かに、そういうことがあった。

 己れの長い長い人生は一言には語れず、百物語でも足らないぐらいだが──まあ概ね、幸せではあった。

 だけれど幸せなら終わるってわけじゃなさそうだ。

 終わりまで一緒に居たい、というのは何人かから聞いた言葉だったがな。


 [異世界から帰ったら江戸だったのである]


 いつからか始まっていた己れの物語は既に過去形だ。

 だからこれから己れの行動は、誰かの物語の傍流でひっそりと進むだけのことだな。

 己れの名はクロウ。色んな奴に色んな呼び名で呼ばれたが、今は響きだけ残っている。

 江戸時代から生き残った気ままな老いぼれだ。


 現在、東京及び鳥取にてペナルカンドの魔物が出現を始めている。 

 その理由について己れ達はヨグと観光がてら探しにきたのだが。


「結論からいうと、こっちに魔物が現れ始めたのはペナルカンドと地球世界との間に、魔力的浸透圧が発生しているんだね」


 ヨグがホテルの部屋でどこからともなくボードを取り出して解説を始めた。

 数日東京をぶらついて遊びまわりながら、ジェネレーションギャップに驚いていたのだがしっかりと調査は進んでいたらしい。

 ボードに大きな丸を二つ描いて彼女は続けた。


「世界は卵のようなものだと考えてみて。普通、卵の殻にあたる世界幕って防壁があるから他の世界と卵の中身は混ざらないんだ」

「ふむふむ」

「ペナルカンドは少し特殊で、一方通行で殻の外から内には入れるようになっている。地球世界の卵で、時々すぐに塞がる小さな穴でもあいたかのように漏れだした中身をペナルカンドは吸収してきた。

 地球だけじゃなく他の世界からも色々と吸い込んでるからペナルカンドは底に溜まったヘドロみたいにカオスで濃度の濃い世界なんだ」

「異常世界ペナルカンド、とか呼んでいたのう」

「そうだね。で、ある日ペナルカンドで凄い衝撃が起きた。どがしゃーん!」


 ヨグは卵の殻に罅を幾つも描きこむ。それは、地球の方を向いている側に広がっていた。

 

「その衝撃は次元震となって隣の世界、地球にも影響を及ぼしますがしゃーん!」


 続けて地球のペナルカンドに向いている側にも罅を入れる。

 

「こうしてお互いの隣り合う世界幕には傷が付きましたが、これですぐにどうにかなる、というわけじゃありませんでした。そのうち塞がります。しかし」


 卵同士の間を行き交う管のようなものを幾つも書き入れる。


「罅の入ったところに追加で小さな穴を開ける動きがありました。この穴も、普通なら放っておけば塞がるような穴だったけれど……生憎と罅が入っていたので、罅は広がりお互いの世界幕は更に損傷。とうとう一部では最後の薄皮まで隣接しちゃいました。

 だけどこの薄皮は世界を世界たらしめるものなので早々壊れることはない。もう安心──だと思ったら、薄皮に隣接する世界の魔力差で、ペナルカンドの一部魔力がこっちに流れ込み出した。

 濃いペナルカンドの塩分が薄い地球の水に溶けるように。その塩分の結晶みたいなのが魔物だろうね」


 まもの、と平仮名で書いた上に兎のような猫のような物体の絵をつける。

 

「最後に穴が空いた鳥取と東京で集中発生しているけど、罅が広がって多分世界中に拡散するんじゃないかな? ほら、一部地域だけなら不幸だけど世界規模なら諦めもつくから大丈夫!」

「そういうものかのう……というか、穴って己れやお主がやってきた方法じゃないよな」


 自分のせいでそうなったのではないかと訝しげに聞いてみるが、彼女はメガネを正して否定した。


「失敬な。我がわざわざ特殊な技法まで編み出したんだからこっちは別件だよ! 他の連中さ他の」

「なんだ、それなら……」

「まあ最初に、ペナルカンドと地球の卵に罅をぶち込んだのはいーちゃん──懐かしいから覚えてる? 魔女イリシアちゃんだけど」

「あいつかよ」


 本当に懐かしいな。いや、この世界にも似たような存在が居るし魂の転生者は居るのだろうが。

 

「いーちゃんが魔王城ぶっ壊し三人組に向かってぶっ放した、マッドワールドの開放が周辺世界にまで影響を及ぼしたんだね。あれは世界幕にダイレクト傷をつけるから」

「ふーむ。まあ昔のことだ。仕方あるまい」

「そうそう」


 今更死人の罪がどうとか言い出す奴はおるまい。イリシアとて、やりたくてやったわけではないのだから。

 

「で、この魔物出現は止まるのか?」

「うーん、浸透圧の問題だからね。ある程度の時間経過や、魔物を倒すことで世界に魔物を構成していた魔力を還元していけばそのうち出現はゆるやかになるんじゃない?」

「ふむ」


 少しばかり考えて、やるべきことを己れは提案した。


「じゃあ魔物倒しをやるか。金は貰えんだろうが、どうせヨグから養ってもらえばどうでもいいわけで」

「迷いのないヒモ宣言!」

「結婚しようヨグ。己れ主夫やるから。家事はイモ子に任せるが」

「ヒモという呼び名から逃れる為にそんな手段を!?」

「ちっ。仕方ない。お主が駄目ならカナブンと結婚するわい」

「しろよっ!? 勝手に!」


 魔物退治。それは己れに残された仕事のように思えた。随分と昔に、己れを残して死んだイリシアが関係しているというのならば。

 ここまで生きてきたのも、それを精算するためだったのかもしれない。

 どうせやることは無いのだ。目標にしても構わんだろう。

 遊ぶのも酒を飲むのも好きだが、それだけで何百年も生きるには退屈すぎる。

 文句を云うヨグを無視してテレビを付けた。魔物の速報でもやっていないだろうか。アカくて丸いマスコットキャラが主役のアニメが放送されてる。ダーえもんだったか? 汚いロシア語で一通り叫んだ後で『残念ながら君は資本主義のブタに成り果てた』と宣言して少年を収容所送りにしていた。

 

「──クロウ様。魔王様。都内に特殊カメラ設置完了致しました」

「おう、お疲れさん」

「電子的妨害措置に備えて道力式千里眼、妖力式目目連も設置。音声もそれぞれ対応したものを用意致しました。これで都内のほぼ全てを見ることが可能だと報告致します」

「よっしゃ! それじゃあ早速!」


 ヨグがプロジェクター用の白い幕を天井から下げた。いつの間に設置してたんだ。


「立川シネマシティでやってる怒りのデスロードをタダ見しよう!」

「そこは見に行けよ」

「ぐあああ! しまった! 9月11日で上映終了してる!」

「ざまあ」


 あざ笑いながらイモ子に頼んだ。


「都内で魔物が出てないか調べてくれぬか」

「了解致しました。検索致します───クロウ様」

「うん? どうした」

「イモータルはクロウ様がヒモでも気に致しません」

「慰めんでいいから」

  

 憮然と告げる。昔は良かった。直接ヒモとは言わない奥ゆかしさがあった。

 己れを出した時代劇や漫画本でゲスとかヒモとかそんな扱いを受けているのを見ると、むしろ己れじゃなくて友人らに悪い気がする。

 まったく。倒れた女の懐から財布を取って金を払ったりとか、女に嘘をついて出させた金で賭博や遊郭に遊びに出かけるなど、そんな不誠実なことはしなかったと思うぞ。確か。


「モニターに投影致します」


 イモ子の言葉で忌々しい思いを打ち切り、映画用に張った幕に映る映像を見る。

 隅田川の近くか? 公園になっているがはて、何公園だったか。


「荒川区の汐入公園にて、魔物が戦闘中だと判断致します」

「相手は?」


 画面が拡大される。

 魔物、というのは川から次々に這い上がってくる武装したイルカ人間の中隊と、イルカクイーンのようだ。

 ビームライフルをメイン装備にしたあの魔物はかなり危険な部類に入る。クイーンは鼻先から出す超音波で指揮をしつつ、イルカ人間の闘争心を上昇させる。

 ダンジョンに潜っていた頃に戦った覚えがあった。


「……強いな、こいつ。誰だ?」

 

 それと戦っているのは一人だ。若干映像の乱れはあるが、黒いマントを靡かせてビームを避けながらショットガンのような銃を乱射して近づいていっている。

 ビームは光速ではないものの、普通の銃弾とそう変わらない速度で飛んで来るのだが正確に避けたり、或いは手に持った巨大な剣で反射して逆に倒していくようだ。

 

[赤騎士斧剣ロートレイターアクスト]、第二黙示騎士の武器じゃん。こんな危なっかしい呪いの武器使うなんて正気かよこの勇者様……黙示騎士の適正があるのかな。下手な奴が持つと狂戦士化するんだけど」


 ぶつぶつと云うヨグ。己れの第四黙示装備と同系列の武器か。


「ペナルカンドの帝都魔王城地下ダンジョンに挑んでいた冒険者の一人、[黒衣の魔剣士]浅薙アサギだと判断致します。クロウ様が潜っていた時期よりかなり後の時代だと説明致しますが」

「ふむ。己れ以外にも日本人が迷い込んで来ていたのか。大変だったろうになあ。しかし帰れて良かったというべきか」

「……どうやら魔剣マッドワールドは所持していないようだと確認致しました」

「前はこいつが持ってたんだけどねー地球人補正で装備できたから」


 しかしこやつも、己の故郷にダンジョンの魔物が現れるようになって戦っておるのだろうか。

 強い若者だ。

 身のこなしは達人ではないが、強い精神を感じる動きをしていた。


「この場は己れが出向かずとも、こやつだけでどうにかなりそうだな」

「戦力分析的に肯定致します。それに、当該エリアは警官隊に包囲致されております」

「包囲? もしかしてこやつは、警察に依頼されて魔物退治をしておるのか」

「いえ。浅薙アサギはテロリストとして手配致されているので」

「哀れすぎる……」


 テレビといえば買ってきたDVDなどを見るばかりに使っていたからニュースをあまり確認していなかったので知らなかったが。

 異世界帰りで魔物と戦っているのにテロリスト扱いか……

 こいつも江戸時代にでもくれば天狗か仙人扱いで誤魔化せたのに。

 今の時代は武器をぶん回すことに随分と厳しくなっている。己れも魔物退治をするなら、何かカモフラージュを考えねばならんかもしれん。

 と、イルカクイーンを不意打ちで倒して他のイルカ人間を掃討した様子だった、そのときに。

 画面外から巨大で透明な氷の檻が出現して、アサギを閉じ込めた。

 

「なんだ!?」

「音声上げて~カメラ引いて~」

「了解致しました」


 すると──空中に露骨に浮いて、札を手にしている文字の入ったドレス姿の──何より、青髪の少女が映った。

 こっちの世界のイリシアだ。


『はじめまして賞金首さん。見逃して欲しければ400万円を渡してください』


 別世界でも初対面なのにとんでもない要求をする女だな、こいつ。


『───アイス、いや貴様───まさか魔女か───?』


 彼はペナルカンドでの魔女伝説を知っているのだろうか。 

 アサギの言葉に、びくりと一瞬身動ぎしたイリシアは表情を暗くした。


『どこの世界に来ても、過去はこびりついてくるものですね。わたしを魔女と呼んだことを後悔させてあげます』

『フ────勝手に喧嘩を売ってきて居丈高な相手は───いつ見ても滑稽で哀れだ』


 その挑発が引き金になったのだろう。次々にイリシアから魔法が放たれる!

 地面を焼きつくす広範囲レーザー光線、隅田川を凍らせる寒波、追尾する雷の鞭。

 だが、


「手加減をしておるな。よかった、少なくとも被害は公園内ぐらいになりそうだ……」

「我とかとお仲間だったいーちゃんより微妙に弱体化してる上に、手加減が下手くそなんだね。一応、周りに大被害は出さないように気をつけているみたいだけど……それでも並の魔法使いよりはエグ強いよあれ」


 だがアサギの方も負けていない。いかなる術を使っているのか、神速の反応で攻撃全てを切り飛ばすか避けながら縦横無尽に空を飛び回り、射撃や飛ぶ斬撃を打ち込んでいる。

 こうなればイリシアものんびり空を浮いて魔法を打ち込む場合ではなく、身体強化を施したようで地面を走りながらあちこちに魔術文字を記して対空砲撃を行っていた。

 光弾が百、千を越えて空に打ち上がっても魔剣士は慌てることなく安全な防御、回避を行う。光速のレーザーはときに斧剣による反射能力で逆にイリシアを攻撃した。


「どうも戦い慣れて居らぬように見えるな、イリシアは」

「そういう世界線からやってきたんだろうね。イモータル、この戦いどう見る?」


 ヨグから聞かれて、彼女は率直に告げる。


「こちらのイリシアが町ごと潰すつもりで広範囲破壊魔法の使用を躊躇っている限り────確実に魔剣士が勝つと分析致します」

「だろうな。見ろ、相手の動きが早いからといって雷とか使っているぞイリシア。駄目だ。雷は攻撃の役に立たん。己れは詳しいんだ」

「長年の不信を感じる言葉だなあ」

「さてと、ならば止めに行くか」


 イリシアが負けるのも、己れと同じく異世界帰りが捕まるのもあまり望ましくはないからのう。

 生きているということは望むままに行動できるということだ。

 だから行こうか。


「了解致しました。クロウ様、転移致しますので掴まり致してください」

「うむ……己れ、これが終わったら結婚するんだ」

「死亡フラグ!? っていうかカナブンと!?」


 ヨグからツッコミが入る。心地よい。

 生きているからこそこうして冗談も言える。

 


 


 

 *******

 


 

 


 [そして三者は重なる]





 アサギは振りかかる暴威を打ち払い続けていた。

 首筋から神経索に直接接続されているヴァンキッシュは正常に動き、彼を非人間的な速度で思考させ続ける。

 青髪の氷魔法使い。

 その連想からアサギは異世界で出会った──あまり関わりたくない相手ではあったが──アイスという女魔法使いを連想した。苦々しく魔女と呼んだのは彼女にこっそりつけていたあだ名だ。

 アサギはペナルカンドの魔女伝説について詳しくは知らない。最終魔女イリシアについても、聞いたことがあるような気がする、といった程度の認識だ。今この場にいるイリシアとは別人ではあるものの。

 だから魔女呼ばわりが逆鱗に触れた理由はわからない。

 わからないが、手加減して撃退できる相手ではなさそうなのは確かだった。

 

 彼の仮想対魔法使いで認識したのは氷の魔法使いアイスだったが、イリシアは八属性の魔法使いだ。その多様さは脅威であり、どれも一流以上の能力を持つ。

 

(───だが、それだけだ)


 足りない。

 イリシアには闘争心が足りない。経験が足りない。勘が足りない。博打が足りない。余裕が足りない。思い切りが足りない。

 彼女が捨て去った魔女としての記憶と一緒に、封印してしまったからだ。魔法だって、長年研究してきたのは攻撃的なものではなかった。

 それは無論、平和な社会で生きるうえでは封印して然るべき要素だったが。

 十三年間ペナルカンドのダンジョンで死に続けるような生活を続けていたアサギの、野獣のような生存本能からすれば話にならなかった。

 超高性能な砲台。

 形容するならばそんなところだ。

 

「貴様が何者で────どういう能力を持っているかは知らんが───」


 魔剣ネフィリムドゥームと反射の斧剣ロートレイターアクストを両手に持って、一気に勝負を決めるべく弾幕の間隙を縫い接近していく。


「───倒させてもらう──」


 無貌の仮面で表情を隠しているからイリシアから見れば余計に不気味で余裕に見えた。

 彼女は軽く引きつった表情をする。軽くいなされてしまった。長年の妖精郷暮らしで平和ボケし、戦いの勘は絶望的に鈍化していたようだ。

 それでも出力を上げれば捉えられる自信はあったし、相手が超防御力を発揮するならば突破する火力も持っている。

 しかしそれを行わせない攻めの緩急を使う経験がアサギにはあった。

 近づいてくるアサギにイリシアは近接用の術符を発動させる。


「[剣魂符]──上位発動!」


 それは精神力の巨大な刃を八本生み出して、相手を包み込むように切り裂く攻撃であった。

 射程は十メートル。一瞬の交差が決着となる。

 イリシアの表情が引き締まった。

 アサギも剣に対応すべく武器を構える。認識思考が加速される空間でも、まったく同時に多方向から来る攻撃は厄介だ。

 そして──。

 

 介入はほぼ同時だった。

 イリシアの目の前に、警官隊を突破するために透明化し、強化符で走ってきた九朗が現れて彼女を正面から抱きとめた。

 光剣は瞬時に、九朗の背中に乗っていたクルアハが魔術文字に介入して散らす。

 唖然と彼女は二人に視線をやって、不意に目から涙をこぼした。


「九朗……お姉ちゃん……」

「突っ走り過ぎだ、馬鹿者」

「……おやつ抜き」


 また、地上の彼女へ向かって急降下していたアサギの目の前に転移でクロウが現れて、彼の持つ二つの武器を受け止めて空中で押しとどめる。

 ロートレイターアクストには同じく黙示武器のブラスレイターゼンゼを。

 ネフィリムドゥームには彼の愛刀である[時間の止まった刀]を使って受けた。

 時間の止まった刀とは、江戸でクロウの友人だった男から貰った形見である。剣技を極めた彼の剣術はついに時間すら切り裂いて、結果として刀の時間が停止してしまったという曰くものだ。

 一切破損も劣化もしないその刀は、消えない思い出のように彼がずっと所持していた。


「────何者だ」

「なに、ただのお節介だ」


 疫病風装をフードまで深く被り、青白い衣に包まれた何者か、としか見えない姿でクロウは云う。

 姿をこの時代の自分やイリシア、クルアハの前に出すつもりはなかった。


「双方、お引き取りを。私の主人の望み故にと要求致します」


 無骨な火砲で出来た鋼鉄の背部ユニット[コルタ・モルタハの翼]を展開させて左右に向けながらイモータルは告げる。

 彼女の姿に驚いたのがアサギだ。


「イモータル・トリプルシックス────!? 貴様、何故ここに───!」

「……面識があるのか」

「ダンジョンで少々と説明致します」

 

 クロウから離れて警戒の目線を向ける。

 地上の三人も、新たに現れた正体不明のどす黒い鎌をもった青白い死神と空飛ぶ武装メイドに対応をあぐねている。

 クロウは咳払いをしてアサギに云う。


「己れも今後、魔物を見かけたら退治をしようと思っていてな。同業者に挨拶だ。死神か何かと間違えられんようにな」

「────」

「そう警戒するな。己れはただの──そうさな、江戸時代から生き延びている天狗の一匹だよ」


 そして彼は顔を隠したまま、下に居る三人へ声音を変えて云う。


「そこの。人生、時には避けられん戦いはあるがな。自分から首を突っ込むでないぞ」

「……怒られてる」

「あとヤクザには関わるなよ──それじゃあな。行こう、イモ子」

「了解致しました」


 クロウは再びイモータルに捕まると、彼女の空間転移装置[無限光路]でその場から掻き消えるのであった。

 それを見てアサギは武器を収め、一瞥もせずにその場から離れていく。

 あまりに死神とメイドに警戒していたもので、地上でイリシアを止めたのが九朗とは気づかずに。


「はあ、疲れたな。ううう、強化符をまた使ってしまった」

「……今度は改良版だから大丈夫」

「その……二人共、勝手に戦いに来てごめんなさいです」

「いい。ただ、危ない賞金首を狙うのはもう止めにしよう。なあ」

「はい」


 そして三人も、隠形符で姿を消して家に戻ることにした……。





 ********





 9月末日、火曜日。



 ファンタジーが現実として報道されるというとんでもない事態に東京都民は「もうマジわかんないっすね」などとコメントをしていつも通りの日常を維持しようと、学生は学校に行くし会社員は会社に行く。

 それでも噂と映像は広がり、七十年代のオカルトブームが再び起こったかのような常識が疑われる事件として扱われた。


 東京都内に現れる魔物。(鳥取県内にも出ているのだが、そちらはあまり騒がられていない)

 正体不明で、銃と剣を使うテロリスト。

 空飛ぶメイドと青白い死神。

 テロリストと戦う魔法少女。


 あの戦いは遠巻きにしていた警官や報道陣に、ヴァンキッシュによる電磁妨害ノイズが入り個人特定が出来ないぐらいの解像度だが撮影されていた。

 ライトノベルのプロットにしたら笑われそうな要素の数々が現実になっている。

 なお一部ではそのうちのどれかが九郎天狗なのでは、と妖怪マニアはつい最近九郎天狗の権利者がネットを取り締まるという事件に絡めて掲示板などで考察していたりした。

 

 東京は凄まじくカオスになっている。

 

 そんな中でも学生は学生として高校に通っていた。

 鳥越高校普通科二年二組の教室では転校生が紹介されていた。


(やれやれ。お姉ちゃんとは別の学級ですか。九朗とも違うし……残念ですね)


「はじめまして。アメリカから来たイリシア・クロワです」

 

 さすがに苗字が[クロウ]というのは変だということで、クルアハとイリシアはそれぞれ少し変えたクロワという苗字に九朗の提案でされていた。

 教室では、真っ青な髪色をした人形かアニメキャラのような転校生に感嘆の声が上がる。

 

「隣にクラスにはお姉ちゃんも転入してきているのでどうぞよろしくお願いします。ちなみに髪の毛は地毛です。アメリカ人なので」


 困ったときはアメリカアピール。九朗からアドバイスされていた。

 教師がイリシアの生徒受けが上々なことを確認して告げる。


「はい、それじゃあイリシアさんの席は──アサギくんの隣でいいわねー。アサギくん年上なんだからしっかりサポートしてあげるように」

「────アンタと同じ年齢だが」

「しゃばああああ!!」

「ああっ先生がまたキレた!」

「アサギさんは余計なこと云うなよ!」


 教師と同年齢で同じ学校に通っていたアサギは度々頼まれごとをするのだが、その都度相手を弄るのであった。

 しかし。

 それにしても、とアサギは隣の席に座る青髪を見て微妙そうな表情をした。


「よろしくです。わからないことがあったら聞いても?」

「───ああ」


 昨日戦った魔女じゃねーかとツッコミを入れたくなった。

 何が目的なんだこいつは、と疑いも持った。

 しかしアサギの方は、無貌の仮面によってバレていないので余計なことは聞き出せない。

 気が重くなる感じを味わいながら、無性に鳥取にいる女友達の作るチャーハンが食べたくなった……。




 九朗は云う。


「よし、頑張って生活するぞ!」


 

 アサギは云う。


「日常を取り戻す為に───オレは戦う」



 クロウは云う。


「さてと。まずは軽く化け物退治だな」




 三者三様、異なる目的でカオスたる東京は異世界帰りの男達が物語を紡いでいくのであった……。





次から江戸編に戻ります

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