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外伝『IF/江戸から異世界11:VS亡霊武者編』

 尽きることのない、換金可能な魔鉱を落とす魔物と、現出する秘宝。

 それらを求めて異世界ペナルカンド、帝都にある魔王城地下ダンジョンはまさに金鉱脈とでも云うべき資源となっていた。

 開拓員であるダンジョン開拓公社の契約社員こと、通称冒険者達は世界中から集まりダンジョンへと挑む。

 日夜どこかで紛争が発生していたり、盗賊の類や魔物と変わらぬ猛獣の被害を食い止めるために傭兵は数多く存在するのだが、食いっぱぐれないという目的でダンジョンへ来る傭兵上がりも多かった。

 特に。

 ここ最近、ダンジョン変革期と後に呼ばれる時期。

 ダンジョン内で行動不能か死体になった冒険者を入り口まで運ぶルンバシステムや、特定地点で地上まで一気に戻れる帰還ポイントなど、探索に優しい機能が追加されて、冒険者の数は急速に増えたとされている。


 ダンジョンの中は空間の縮尺や繋がりが異界化されて、亜空間などにも迷い込むようになっている為に広大だ。

 多い日は一日千人以上の冒険者が入っていくのだが、明確に同じパーティとして協力しあうように行動しなければ殆ど他のパーティとダンジョン内で出会うことはない。

 一日一組ぐらい見かけるかどうか、と云った程度だ。蟻の巣のように枝分かれして広がったダンジョンは、行き止まりが少なくそのまま進んでいける。

 だが、特定の地点に到達した時には他のパーティを見かけることが多くなる。

 そこはダンジョンキーパー、或いはユニークモンスターの出現場所であり、多く見かけるというのはつまり返り討ちにあって倒れているからだ。



 クリアエから帰ってきたクロウ達は再びダンジョンへ挑む日々を送っている。


 彼らが何日も時間を掛けてダンジョンに潜り、その場所に辿り着いた時、既に離れた通路にまで負傷者が十人以上這って逃げてきたのか、倒れていた。

 

「うわ、すげえやばそうな気配っすね」

「ううむ、戦ってる音が聞こえてくるのー」


 オルウェルとスフィが呻いて、先の部屋へ警戒の眼差しを向けた。

 負傷者の仲間の一人が、重傷者を優先して回復させていっているのでわざわざスフィが癒やすまでも無いだろうが、治癒がなければ死にそうな怪我人もいたし、まだ中で戦っているということはそれが増えているのだろう。

 

「おい、この先は何がおるのだ?」

 

 呼びかけるクロウの声に、禿頭で色黒の男が応える。

 頑丈そうな鉛色の鎧を身につけている辺り、前衛職の戦士だろう。彼は冒険者内でも有名なクロウパーティの姿を認めて、云う。


「ああ……お前らか。気をつけろよ、敵は聞いてたよりヤバイ……」

「いや、大丈夫かお主。頭に矢鴨みたく矢が刺さってるが」


 応えた男は、うずら卵を串に刺したように、頭蓋骨を真横に弓矢が貫通して左右から飛び出ていたが。

 

「あんまり意識させるな。俺も怖いんだから。ここで下手に抜いたらむしろ危ないから、戻って安全な場所で治療するためにそのままなんだ」

「……脳ってよくわからんところで頑丈だよな」

「ちょっとグロいですわね」

「時々頭がスイカみたいに潰されるイートゥエさんが云うことじゃないと思うけど……」


 酷い時など鎧で転んだ拍子に自分の頭を叩き潰すデュラハンに、オーク神父は鼻白んで云う。

 じゅるじゅると飛び散った血液まで再生するので地面が汚れたりはしないのだが、あの時血液にジュースとか混ぜたらどうなるのだろうか。

 ともあれ、矢頭の男は話を続けた。


「この先に居るのは[亡霊武者修行男]だ……!」

「亡霊武者修行男?」

 

 クロウは腕を組んで思い出そうと眉根を寄せて考えた。

 ダンジョンに出現する、これまで何人もの冒険者を撤退させた強力な魔物は手配書のように記録に残っている。以前に倒したメイド姉妹もそうだ。

 そしてその亡霊武者は、名前ぐらいなら見た記憶があるが……

 思い出すのを諦めて、記憶力のよいスフィに顔を向けた。


「亡霊武者修行男は、ダンジョン内に落ちていたと思しき強力な装備をしていて冒険者に襲ってくる、サムライ風の魔物じゃな。当然ながら討伐されたことはない強力なユニークモンスターじゃが、こちらが戦意を失って逃走した時に追撃はあまりしてこぬから目撃証言などはそこそこ多い」

「ダンジョン内を彷徨いているって聞いてましたけれど、今はこの先を封鎖してますのね」

「イートゥエは気をつけるのじゃよ。あやつの持っている武器は戦った冒険者に鑑定されているが、使ってくる弓矢の[御角弓]はアンデッド特攻属性を持っておるぞ」


 云いながら、スフィが手配書に書かれていた敵の特徴を先に説明する。



 亡霊武者修業男

 種族:半霊体。完全には霊ではないので、破魔や浄化を軽減してくる。そして生体でも無いので多くの状態異常を無効。

 複数の武器や格闘を使って近距離から遠距離まで攻撃する。

 魔法や呪い、範囲攻撃などは使わない物理攻撃型。

 武装

 御角弓──アンデッド特攻。

 名剣ホットスプリングス──剣製妖精作。温泉を吹き出すことができる剣。

 リバースエッジSS──平凡な鍛冶屋が奇跡的に作った逸品。凄まじい切れ味を持つ懐刀

 ロンギヌスレプリカ──神殺しの槍(模倣品)。神の加護による防御を無効化する。

 丸太──頑丈な丸太を棒として振り回す。吸血鬼に強い。

 


「強大な魔法などを使わん対人攻撃をしてくる敵なのじゃが、それが強すぎて倒せなかった魔物じゃな……ん? どうしたクロー」

「いや」


 神妙な顔をして考え込んでいる様子に、少し心配そうにスフィが見た。

 

(装備の種類がどこかで目にしたことがあるような……)


 だが、思い過ごしだろうとクロウは適当にはぐらかして、


「とにかく、危ない奴だが進まないといかんからのう」

「うん、そうだね」

「やむを得ないっすね」


 仲間と確認して、準備を整える。

 魔物を倒して魔鉱を稼ぐ生活ならばともかく、クロウの目的は最奥の宝物庫だ。足踏みをしている暇は無く、必ず遭遇する壁は乗り越えなくてはならない。

 そんなクロウ達の活躍を、冒険者らは危険なユニークモンスター討伐者として評価している。彼らの活躍でメイド姉妹から更に奥へ潜れるようになり、取れる魔鉱の質や財宝の価値も上がっているのだから。


「先に戦闘の様子を把握しませんこと? 部屋に入った瞬間に他の冒険者が放った魔法に巻き込まれでもしたら大変ですわ」

「そうじゃのう、悲鳴はさんざん聞こえとるが……まあ、こっちの安全優先じゃから」

 

 部屋の中で戦いは継続中であり、雰囲気からすると劣勢なのだろうが見ず知らずの相手を助ける為に無策で突っ込む程、クロウのパーティは青くない。

 傭兵経験もあるぐらいだ。助けられれば助けるが、無理なら見捨てる判断も取る。それが仲間内ならば別だろうが。

 イートゥエが杖を取り出して、魔法を詠唱して使う。


「光系術式[ミラーズ・クロッシング]」


 それは光の屈折を利用した覗き見魔法である。

 目的の地点までに複数の魔力鏡を設置して光を反射させ、足元に投写して映像を出すことができる。 

 部屋の中が投影される──。




 *****




 戦いはむしろ一目には亡霊武者の不利にも見える。

 部屋に残っている中で、直接斬り合っている前衛にリザードマンの重戦士とオーガ族の女戦士。頑強で柔軟な鱗皮を持つリザードマンと、筋肉の塊のようなオーガは人間よりも基礎能力が高く、戦士向きだ。

 槍で立体的な機動をしながら攻め立てるリザードマンと、オーガレディは棍棒のようなワンドで亡霊武者に殴りかかっていた。棍棒にうっすらと魔力光が見えるあたり、ああ見えて前衛魔法使いなのだろう。


「ちょこまかとッ!!」


 上から下への槍の叩きつけをリザードマンがするが、柳のように亡霊武者は揺れて避ける。

 地面すれすれで槍を寸止めして足払いに変更。しかし軽く一歩踏み出しただけで槍を踏みつけてそれを防ぎ、更に驚く間もない速度で間合いを詰めて丸太を横薙ぎに殴りつけた。

 瞬時に這うように体勢を変えるリザードマン。頭の上を丸太が唸りを上げて通過するのに、ぞっとする。

 亡霊武者の攻撃が避けられたと同時にオーガレディが亡霊武者を棍棒で殴りつけようとした。

 

「くたばれ」


 仏頂面のまま、体中傷だらけの彼女は斜め上から振り下ろした。

 迷わずに亡霊武者は薙ぎ払っている途中だった丸太から手を離して、左手で短剣リバースエッジを取り出した。先端がカギ状になった形で、薄刃に見えるが鋼鉄を何度も鍛えた超圧縮刃の武器だ。

 何度も打ち合っていたのだろう。オーガレディの使い古しであった頑丈なワンドが半ばから真っ二つに割れる。

 彼女はその破片になった柄を握ったまま、一歩踏み込んで拳をつきだした。

 人型種族ではトップクラスの膂力を持つのがオーガである。鉄よりも硬い骨と鉛のような皮膚から繰り出される徒手格闘は、下手な武器を持つより余程強いとされていた。

 間合いを僅かに外そうと、亡霊武者が半歩身を退こうとしたが──その足元に、地を張っているリザードマンの尻尾が絡みついて動きを封じていた。


「やれ!」


 別のパーティ同士だが即席でも協力しなければ打倒できない。

 サポートを確認するまでもなく、オーガレディは勢いをつけて拳を叩き込む。途中でリバースエッジに阻まれても、砲弾のような運動エネルギーは受け止めきれない──筈だった。

 だが、その岩を砕く鬼拳は、リバースエッジを放り捨てた亡霊武者の一回り小さい手で受け止められている。

 あまりに軽い感触に、オーガレディの方が逆に硬直した。


『六天流──邪須賀』


 亡霊武者の声が響く。同時にオーガレディの重量級な身体が、ゴーレム馬車にはねられたかの如く吹き飛んだ。

 相手の打撃に合わせて防御の力加減を行うことにより、互いの衝撃が相殺される防御法と、互いに立ち状態で正面から相対している状況で投げ飛ばす技だ。


『六天流──駒投げ』


 オーガレディが吹き飛ばされたのを見て慌ててリザードマンも槍を持って離れる。

 離れた二人に追撃をせずに、冷静に亡霊武者は落としていた丸太と短剣を回収して装備しなおしている。

 二人が離れたその隙を後衛が狙う。


「クソが! 弾代もただじゃねえってのに!」


 テンガロンハットを被った狼男のガンマンがリボルバー式拳銃を発砲しまくる。機神の国から盗んできた頑丈な拳銃であり、銃弾は自家製だ。

 銃弾は空気の壁を切り裂いて敵に迫るのだが、刀から吹き出した温泉の壁で絡み取られて勢いを殺される。それ以外でも丸太で受け止めたりと、亡霊の着物を掠めるまではするが全て対処されていた。

 それから離れた位置で背中に羽根の生えた鳥人種族の女弓使いが飛行して位置を撃つ度に変えながら弓矢を放ち、亡霊武者を狙っていた。


「全然当たらないよおおほおおお!」


 もはや涙目だったが。

 当初、四組のパーティで挑んだ戦闘で三人は弓使いが居たのだが残っているのは彼女だけだ。

 なにせこっちの撃った矢はまだ一本も当たっていないというのに、いつの間にか亡霊武者が撃った矢で後衛が沈んでいるという状況だ。

 軽くホラーであるのでカウンタースナイプを警戒して飛び回りながら撃っている──。


「え──?」

 

 衝撃。肩甲骨のあたりを殴られたような強い痛みと共に、バランスを崩した。

 背中から生えた羽根の根本──そこに深々と矢が突き刺さっていた。いつの間に? 放った瞬間は見えなかったし、飛来する音も気配も感じなかった。流れ矢のように、意識できないぐらいに当然とばかり当たっている。

 それを放つ相手は再び近接組二人の攻撃をいなしている最中であった。その最中に撃ったのか。 

 亡霊武者の呟く声は大きな音ではないのに、全員の耳に届く騒霊音だ。


『六天流──無音』

 

 一切の察知をされずに矢を放つ弓術。 

 意識と盲点の狭間を縫うように襲い来る一矢は、命中して始めて敵が気づくという。

 それ故に、弓矢を避けるほどに反応速度が早かろうが回避不可能となる透明の殺意だ。

 動き回っていたことと、白兵戦中に打たれたので狙いがずれて羽根を穿ったが、鳥女にはそれだけで十分であった。

 バランスを崩して地面に落下し、頭から落ちて腕で庇ったものの両腕骨折に頸部損傷。地面に倒れたまま動けなくなった。

 

「ちっ! 的がまた減りやがった!」


 それを心配するでもなく狼男のガンマンは悪態をつく。

 当初は十数人で袋叩きにする予定であったというのに、もう半数以上戦線を離脱している。彼とオーガレディのコンビも、引き際を見つけなくてはならないかもしれない。


(逆にここでぶっ倒せれば、相手の持ち物ネコババできんだけどな……)


 思いながらも、懐から取り出した林檎ぐらいの大きさをした塊を放り投げた。

 破片手榴弾である。まだ自分の相棒と、リザードマンが巻き込まれる位置で戦っているのだが。

 

「死ねやあああ!!」


 だが。

 爆発前に優先度を手榴弾に向けた亡霊武者が、ロンギヌスレプリカの穂先で手榴弾の内蔵された信管を、導火が到達する直前に断ち切った。

 そうなれば爆発も起きない。ロンギヌスレプリカを引き戻す動きで、リザードマンの槍と打ち合う。


「槍でおれと張り合おうってんなら──」


 自分の土俵に持ち込んだとリザードマンが思った瞬間に亡霊武者は躊躇なく槍を手放し、剣で斬りつける。

 悲鳴が上がった。 

 胸元を浅く斬られて血を吹き出しながらリザードマンは仰け反り、だが致命傷を逃れる。

 背後にいたオーガレディが尻尾を引っ張って間一髪剣の間合いから逃したのだ。 

 そして最も離れた場所で、隠れるようにしていた、野暮ったい眼鏡の男魔法使いが杖を掲げた。


「よし! やっと発動できる! 複合術式[シャークネード]!!」


 こっそりと目立たぬように、長い時間の掛かる上級大魔法の詠唱を完成させた彼が亡霊武者に向けて呪文を解き放った。

 風と水の複合属性であるその術は、局地的な竜巻を発生させてそれに水で出来たサメ型の魔法生命体を無数に舞わせるヤケクソのような大技である。

 当然ながら魔法発動範囲に居る全ての者が巻き込まれるわけで、


「くそがああああ!!」

「うああああサメ?に尻尾喰われたあああ!!」

「お腹すいた」


 などと、他の連中も襲われるのであった。

 その中で、冷静に亡霊武者は竜巻で宙に舞い上がりながらも襲い来るサメを武器で始末していっていた。


『これもまた修行……』


 どのような状況でも焦らずに、戦況を把握して己の得意な間合いに持ち込み敵を倒す。

 ドラゴンや大幽霊グレイトレイス、地獄の毒々モンスターや魔人のような見てわかる危険さや、大規模な破壊術を持っているわけではない。

 ただ対人戦闘を突き詰めて、それが故に油断も無く危険な魔物。修行を行うという念により現世に留まる妖怪の類。元いた世界から亡霊だけがこの世界にやってきた存在。

 手配モンスター[亡霊武者修業男]───その真の名を、録山綱蔵ろくやま・つなぞうと云った。




 ******

 

 



「部屋の中とんでもないことになってますわ……」

「ううむ、魔法発動させた術者まで巻き込まれておるのじゃよ」

「平原とかで戦争時に使う大規模破壊魔法だからなあ、あれ……」


 クロウパーティの皆が激戦を見ながらそう呟いている。

 亡霊武者と戦う者達も腕は悪くない。主に活躍が見えるのがリザードマンとオーガレディだが、そのどちらも冒険者の中では上位に入る白兵戦能力だろう。

 しかし攻めきれていない。しかもその間に後衛を順番で始末されていっているという徐々に不利になる状況であった。

 魔法使いも他に居たのだが、中級魔法を幾ら打ち込んでも回避され、逆に反撃を受けて戦闘不能に陥るのを見ていた為に隠れて自分が使える最大火力を投入したのだろうが──これで倒せるわけではなさそうであった。

 クロウは頷いて告げる。


「よし、ここで敵が水浸しの竜巻に巻き込まれておるうちに、己れが激ヤバな毒とか病気とか部屋に叩き込んで始末するか」

「発想がエグすぎるっすよ!?」

「部屋の中でまだ生きてる人が居るんだよ!?」

「それに半分幽霊じゃから、あんまり病気は効果なさそうじゃなー」

「ちっ……」


 舌打ちをしながら悩ましげに画面を見ているクロウ。

 微妙に装備の種類に覚えがあると思ったら。

 どう見ても敵は六天流使いであった。

 

「己れは嫌だぞ……まともな方法でフル装備したあの流派と戦うとか」

「あら? クロちゃん知ってますの?」

「同じ流派の奴と戦ったことはある。素手同士の戦いならまだしも……それでも勝ったり負けたりだというのに、武器全装備状態とかなあ……」


 彼が江戸で、六天流伝承者の録山晃之介と戦う際は、大抵鍛錬の一環であり、晃之介の使う武器は木剣か素手のどちらかであった。

 それが今やダンジョンの魔法剣まで装備している亡霊が居るのだ。

 勝てる保証は一切なかった。


「だが……先には進まねばならぬ」


 クロウは大きく溜め息をついて、仲間達を見回した。

 勝てぬ相手が居るからといって諦めるわけにはいかない。どうしてもこのダンジョンを攻略しなければならないのだ。

 仲間を死線に付き合わせるのは気後れするが……。


「そうじゃな、クロー。困難でも私らが力を合わせればなんとかできる。お主一人では無理でも、皆がおる」

「戦う前から諦めることは騎士として出来ませんわ!」

「まあ、いざとなったら僕の奇跡でみんな逃げれるようにね」

「と、とりあえずわたしはスフィたんを持って逃げ回っとくっす……」


 全員が、頷いて拳を握り覚悟を決めているようであった。

 クロウは顔をほころばせながら、


(頼もしい奴らだ……)


 そう思って、腰の術符フォルダから一枚の符を取り出した。


「よし、ならば気合を入れて───壁に穴を掘って、あの部屋を迂回し先に進もう」


「めっちゃ逃げてるー!?」


 皆の声がハモってツッコミが入る。

 とにかくリスクは避けたいクロウであった。

 



 ******


 

  

 

 シャークネードのドサクサで、部屋で倒れている者達をリザードマンとオーガレディの二人が運び出し、とりあえず亡霊武者の部屋からは全員が退去した。

 近くを通ったダンジョンルンバに復帰不能な者を載せて入り口まで運ばせて、それ以外は一旦部屋の近くにある通路で休憩している。

 ずぶ濡れになった狼男のガンマンが、銃を分解整備しながら愚痴る。

 

「クソが。ろくな目に合わねえ。あの部屋に毒ガスとか叩きこめよ、いっそのこと」

「発想がクローと同じレベルじゃのー」


 濡れた犬の匂いがするチンピラなのであまり近づかずに、スフィが彼の言葉にそんな感想を漏らした。

 ともあれ部屋迂回計画は、動ける魔法使いも手伝って順調に進んでいる。

 部屋はかなり広めであったので少しばかり手間は掛かるが、戦わずに進めるならそれに越したことはない。

 間取りも遠隔視魔法で把握していたから単純に、


 GOAL!

 →↑

↑□□□

↑□□□

 ←

  ↑


 と云った風に回り込もうとした。□六個は繋がってる大部屋だと思おう。

 部屋の内壁沿いに穴を掘っていった方が間違いは少ない。

 ただ部屋の中に居る亡霊武者は、壁に沿って聞こえる工事音に首を傾げていたのだが。

 まさか自分の部屋をスルーしようとされているとは、中ボスも思わないだろう。

 そうして反対側にある通路ゴールに出た、と思って壁を掘り抜いた。


「よし!」


 砂朽符で掘っていたクロウがひょいと顔を出してみると───。

 そこはだだっ広い、水やら竜巻やらで荒れた部屋であり、じっと鬼火を浮かせた亡霊武者がクロウを見ていた。

 

「……間違えました」


 そう告げてまた顔を引っ込ませる。

 穴を急いで塞いで慌てて仲間と会議をした。


「どうなっておるのだ。何故か部屋に繋がっていたぞ。場所からすると具体的にはこの辺り」




 GOAL!

 →↑

↑□□□

↑□□□

 ← ↑

   ココ


 

「もしかして空間が歪んでるんじゃあ……」


 スコップで埋めた壁をぺしぺしと固めながらオーク神父がそう告げる。

 ダンジョン内では時折繋がりがおかしく移動することがある。部屋の引き戸を開けて先に進んだというのに、次の部屋から見ると入った場所が階段になっていたりと。

 クロウは、


「魔王ならやりそうなことだ。一応もう一度、確かめてみるか」


 そう告げて掘削計画を変更。



 GOAL!

  ↑←

 □□□↑

 □□□↑

   →


 と、今度は反対側から目指したのだが──。

 やはり、最後に穴を掘り抜いた時には。


「……どうも」


 亡霊武者と目が合った。


『入門希望者か……? ならば修行だ……』

「いや、己れはただの冷やかしで。おお、そうだ。おむすびとかどうですかのう」


 昼食用に持ち込んだ、笹めいた葉っぱで包んだ握り飯を置いてそそくさと顔を引っ込ませ、穴を塞いだ。

 やはり訝しげな亡霊武者だが、残された握り飯をかじる。


『これは旨し……』


 壁に耳をつけてその声を聞きながら、クロウは顔を顰めた。


「やはり毒は効かぬか。フグ毒をたんまりと盛り込んでやったのだが」

「さらりとえげつないよねクロウくん」

 

 とりあえず穴掘りグループは作戦を練り直そうと、入り口近くの通路に戻っていった。

 結果がどうなるかと待っていた他の冒険者達も交えて話し合う。


「つまり、恐らくはどう掘って行こうとここから先の階層に行くにはこの部屋に繋がるようになっているわけだな。ゲーム脳の魔王が考えそうなことだ」

「どうしてもアレを倒さないといけないのか……」

「弱点が無いからなあ……」

「まったくだ。ドラゴンの方がマシだのう」


 クロウが肩を竦めながらさらりと云うのに、他の冒険者の顔が引き攣る。勿論一般冒険者からしたらドラゴンは強大な全滅覚悟系の魔物なのだが、クロウに限ってはこのダンジョンに出現する魔物ならば、巨大なドラゴンとて魔剣マッドワールドで斬りつければ一撃で消滅させられるからだ。

 しかし今度の相手は人間サイズの達人である。

 はっきり云ってクロウは、あの相手が晃之介と同等の技量と推察してそれに剣を当てる自信はなかった。

  

「生身の晃之介ならば、下痢にさせたり女を人質に取ったりと方法は取れるのだがのう……」

「妙にクロー、今度の相手には容赦無い発想が浮かぶのじゃな……」


 下手に相手の実力を把握しているので外道戦法でも取らねば勝てないと判断しているのである。

 六天流の使い手である亡霊武者の危険度で最も危惧されるのが、相手は知恵が回り、経験豊富な戦士であるということだ。

 暴れる獣ではない。冷静に敵対するパーティの戦力を把握して、更に離れた位置に居る後衛を的確に射殺してくる。

 

(スフィなどが射たれでもしたらたまらん……)

 

 いや、確実に狙ってくるだろう。しかも六天流の弓術[無音]は特殊な射法で、気をつけていたりスフィが音波防壁を張ったりしていても当たる可能性がある。

 強力な能力を持つ相手の隙をついて倒すことに関してはクロウは心得があるが。

 そこまで強力ではない(ただし対人では十分な)能力を持ち驕らない相手となると、恐らく誰でも相性が悪い。それこそ、大火力を連発できるような規格外ならばともかく。

 お通夜めいた雰囲気で、亡霊武者に負けた冒険者達も対策を話し合う。

 その中で一人。

 狼男のガンマン、ルルフと云う男が濡れた犬の臭いを出しながら適当な提案を出していた。

 この男、とにかく品性は無いゴロツキのような冒険者であり世間の評判は良くない。犬の臭いがするとか云われている。


「毒ガスが駄目ならあれだ。部屋に可燃性ガスとか充満させて爆殺しようぜ」

「どこからそんなガスを調達するっすか?」

「知らね」

「無計画だなあ……」


 可燃性ガスもこの帝都での普及率はガスランタンがあるぐらいのもので、大規模な精製工場などは無い。

 だが。

 クロウがその言葉を聞いて、腕を組みながらしばし目を瞑って考えた。


(毒……可燃性ガス……)


 その組み合わせで、思いつくものがあった。


「よし、それで行こう」

「クロー?」

「とりあえず己れが一人、部屋に行ってドカンと爆破してくる。ただ爆発物の量とかは詳しくなくてな、もしかしたらこっちにまで爆風がくるかもしれんから、他の皆は魔法とかで防御していてくれ」


 そう話を纏めた。

 全員は通路の曲がり角があるところまで移動して離れる。そしてクロウは一人で亡霊武者の部屋へ向かう。

 だがその前に、スフィから袖を引っ張られて確認される。


「本当に、大丈夫かのー?」

「任せろ。それにこの疫病風装ならば、何度か回避できることは実践済みだ」


 晃之介が相手でも、特性を理解されるまでは風に舞う自動回避の衣を捕まえることはできなかったのである。

 まあ、それを読まれたら幾つかの技を当てられるようになられたのであるけれども。

 スフィを安心させるようにして、クロウは部屋に入った。

 部屋の中のどこかに排水口もあるのだろうが、水溜りがあちこちに残り、砕かれた石畳がめくれ上がって、天井には亀裂の入った激戦の跡が残る部屋だ。

 正面から、間を離してクロウと亡霊武者は向かい合う。


「六天流道場に挑戦を願う」


 口に出すのは相手の気を引き、急に攻撃されない為だ。

 云いながらクロウは手元にブラスレイターゼンゼを呼び出して構える。


『名を……伺おう……』

「クロウだ」

『六天流継承者──録山綱蔵』

「行くぞ」


 病毒の鎌に意識を集中させて、漆黒の刃先端から目的の毒物を抽出し、ごぼりと大量に吹き出して周囲にばら撒いた。



「ブラスレイターゼンゼ──[九頭竜毒火ヒドラジン]」


 

 ──通路に居た冒険者達が最初に見たのは真っ白い光であった。

 次に青い衣を着たクロウが途轍もない速度で飛行というより爆発にふっ飛ばされた勢いで戻ってきた。

 その次に来るのは熱と煙と毒だ。いずれも人間を容易く死に至らしめる禍々しい奔流である。

 最初に反応したのはスフィであった。

 彼女は振動爆砕オメガスピーカーを構えて衝撃波に対抗するように叫んだ。


「ロォォォォォ─────!!」


 煙、爆風、毒のいずれも大気中の空気を伝播して到達する。

 だがそれらを正面から叩き潰す別の爆圧的な空気振動をぶつければ、このダンジョンの通路ではこちらに一切の到達を遮ることができる。

 スフィのオメガスピーカーから発せられる神聖な音波は壁となり、クロウより後に訪れる一切の暴威を弾いた。

 焦げながらクロウは地面に叩きつけられるように墜落した。


「やり過ぎた……爆発させる量が多かったか……」

「っていうか何を撒いたの!? なんか壁とか溶けてるんだけど!」

「うむ……特定のキノコなんかに含まれる、めちゃくちゃ爆発しやすい毒でな。宇宙ロケットとかの燃料に使われておる奴」

「絶対こんな閉所で使っていいやつじゃないっすよそれ」

「ちなみに食えるキノコだがな、スフィよ間違っても食うなよ」

「食うか!」


 仲間内で軽い反省会を開きつつ、クロウはひとまずそこらに散らばった毒成分を鎌に吸収させて収めた。

 下手にまき散らしたままでは先に進めなくなる。強力は強力だが、使い勝手は最悪な上に手加減不能な爆発だ。二度と使うまいと思ったりする。少なくとも、人が見ている前ではブラスレイターゼンゼすら使わないようにしているけれども。


「燃焼温度は約3000度。さすがに六天流もただでは済まぬだろうが……警戒を怠るなよ」


 普通ならば死んだと判断するところだが。

 クロウは馬鹿にされようが、敢えてそう告げて煙で充満した通路の先をじっと見た。 

 空気の乱れを、感じた。


「来る」


 云うが早いか、煙の中から追撃の亡霊武者が飛び出してきた。

 部屋が爆発した瞬間に名剣ホットスプリングで湯の膜を作り出し、丸太を盾にしてロンギヌスレプリカで怪我を軽減させたのだ。ロンギヌスの槍は使い手である盲目の隊長が、聖なる血で視力を回復したように癒やしの力を持っている。

 しかしその肌や着物はボロボロであり顔も焼けただれている。御角弓は弦が真っ先に焼き切れ、剣は砕け丸太は炭になり、槍は力を使い果たして塩の塊になった。その手に持っているのは鋼鉄の短剣だけである。


「武装幻裳・アシッドっす!」


 亡霊武者の出現に反応できたのはクロウの言葉を素直に聞いていたオルウェルであった。

 彼女が咄嗟に出したのは半生体であるドレスから放出できる強酸を高圧で飛ばす武装だ。

 高熱と毒に晒されていた亡霊武者のリバースエッジSSは、更に強酸をぶっかけられて急速に酸化し刀身が朽ち果て崩れた。

 だがそれでも。

 六天流には格闘術がある。体重を載せた貫手の一撃がクロウに叩き込まれる。

 彼は自動回避を使わなかった。下手に自分が避ければこの狭い中、スフィあたりに被害がいかないとも限らない。

 代わりに受け止めることにした。

 故に当たる直前に、


(魔術文字[存在]発動……!)


 魔女の生まれ変わりである[彼女]を見つけて。

 開放されて自在に使うことが可能になった胸の術式を発動させた。

 すると、クロウの身体が僅かに光り、一瞬で青年の姿へと変身する。不老の魔術文字を使いこなすクロウは、老いることも若返ることもある程度自在にできるのである。

 身体が大きくなれば体重も増えて込められる力が増す。急に大きくなったことで間がずれた相手の貫手を腕で払い、拳を突き出した。

 

『六天流──縛捨』


 行動をキャンセルしてでのバックステップで相手も拳を躱す。そして相対し直した。 

 亡霊武者はもう体中朽ちかけており、今にも消滅しそうだ。幾らなんでも至近距離からロケット燃料の爆風を食らったのは、防御していても堪えたようだ。

 だが、闘志は萎えていない。

 クロウは左半身に構えて、軽く左手を突き出して右手を背後に隠すようにして捻り、力を込めた。

 亡霊武者の焼け爛れた目が光を灯す。


『その構えは──六山派の……』

「行くぞ」

 

 踏み出したのはクロウだ。相手が動揺している隙を狙わなくては、一瞬で負ける。

 使うのは、とある事情で覚える事となった体術。牽制の左拳から、本命の右拳へ繋げる。ただし右拳の打ち出す方法は九通りに存在して、相手の牽制を受けた時の対応によって最適にして不可避の一撃を放つ技だ。

 

「六山派掌術──」

『六天流──』


 間合いに入る。亡霊武者が行うのは、大地の重さを身に纏い、相手の攻撃ごと吹き飛ばす下から突き上げるショルダータックル。


『──砕月不退』

「九紋龍──」


 クロウの牽制の左拳ごと、体が上に跳ね飛ばされるようだった。

 だが彼の攻撃は続く。


「──八十雷やそいかづち


 いつの間にか右拳に握られていた電撃符から放電の光を放ちながら、上から叩きつけたクロウの拳が亡霊武者の首筋を殴り潰した。

 六山派掌術・九紋龍。対応の八番目である。十分な威力を持ってぶつけた拳は、亡霊武者を地面に縫い付ける。

 身体の限界が訪れたのだろう。

 亡霊武者が動かなくなり、魔力光を発して魔鉱へと還ろうとしている。

 だが、その目はまだ悔いを残した怨嗟を感じる光を灯し、どうにかクロウを見上げた。

 そんな亡霊武者──晃之介の父の霊に、クロウは告げた。


「──なあ、お主の息子は、この技を破って己れに勝ったぞ」


 そう、教えると。

 すっと彼の目から恨みつらみが消えて、透明感のあるものになった。


『それは……よかった……』  


 自分では極められなかった六天流を。

 後継にした息子は更に高めているのだと死後に知れて。

 異世界に迷い込んだ亡霊武者修業男は、成仏するように消えていく。

 クロウはそれを、時間切れで元の少年の姿に戻り見送っていた。

 



 ******





 その後、負傷者も多いしキリも良かったのでクロウパーティが(有料で)護衛をして他のメンバーと共にダンジョン入り口へ帰ることにした。

 入り口の酒場で報告と換金を行ったら、すぐさまユニークモンスターでありダンジョンキーパーの一体であった亡霊武者修業男を撃破したという話は広まり、酒場内がお祭騒ぎになった。

 これで新たなルートから深層へ向かえるのである。冒険者が最近盛り上がっているのも、こうしてダンジョン深部へのルート開拓が行われる事により、浅い階層でちまちまと稼ぐことではなく、深層を目指す者が増えていることもある。

 無論、クロウ以前にもダンジョンキーパーを打倒して深層へのルート開拓を行っている冒険者も居るのだが、そういうルートはかなり上級者向けであったり、隠密特化で進まないと行けなかったりと難しい上にこの前のダンジョン構造変化で消えてしまった。

 まだ見果てぬ危険があるが、潜った情報だけでも売れる状況となったので、宴会が始まった酒場から抜けて亡霊武者の部屋から先を目指して早速出発する冒険者も現れた。

 

「とにかく、お疲れさまだのう。また一歩前進できた」


 乾杯の音頭を取って、冷えた暗黒小麦ビールを呑んだ。口当たりが強いが、疲れによく効く気がする。


「そうですわね。どれだけ先があるのか分からないですけれど……」


 これから何人のダンジョンキーパーを倒すのかはまったくの不明なので、イートゥエの危惧も頷ける。

 レオナール羊の腸で作られた太い悪魔ソーセージをビールのアテに齧りながら、オーク神父が云う。


「大丈夫さ。旅神の格言にもこういうのがある。『前進したということは、前に進んだということだ──』」

「普通! めっちゃ普通っすね!」


 ぼりぼりとソーセージの皮が弾ける小気味いい音を口の中で鳴らしながら他にも使えそうな格言を思い出す。脂肪のぶりっとした塊と弾力のある挽き肉があつあつで、チーズ入りマスタードにつけて食べるとビールが一気に進む味だ。


「『目的地に辿り着くには、目的地へ行かなくてはならない──』とか」

「どうしようもなく真理じゃのー」


 旅神の旅の途中で読んでいると心温まる格言集絶賛発売中である。多少知能指数を下げてから読むのが良いとされている。

 スフィは呆れながらも手元のインテリジェンス豆とニャルラトマトの煮込みをパイ皮で包んで揚げた料理を食べる。酸味と塩気が疲れた体に心地よく、パイ生地に含まれるバターと砂糖が良い味を包んでいる。

 

「それにしてもクロちゃん、今日の敵にはやけに警戒してましたのね。確かに強そうでしたけれど」


 ストローで詩蜜チューハイを呑みながらイートゥエがそう尋ねた。

 まだメイド姉妹相手でも正面から戦って、苦戦はしたが勝ったというのに今度は即座に爆殺を狙ったクロウの行動がかなり必死だったからだ。


「まともな方法では絶対に戦いたくない相手だからのう。素手でギリギリ、箸の一本でも持っていればヤバい。その点、最後に襲いかかってきた時にあやつの短剣を壊した働きは見事だったぞ、オル子」


 オルウェルのジョッキにマンタ酒を注いでやる。

 これは都市クリアエで売り出されていた、友人のシフトが作った模造ソーマ酒である。色々味とか劣るが、そこそこにイケるので酒場の店主に頼んで輸入してもらっている。


「冷静に考えると袖から強酸が出るウーマンってなんか酷い気がするっす……」


 そこはかとなく落ち込んで、マンタ酒を呑んだ。焦がし麦のような香ばしさに、乳飲料のまろやかさと甘みがある酒だ。蓄電鹿のジビエカレー煮込みの辛さを和らげて相性が良い。


「そういえばクロウさん、大人の姿になれるんすね! びっくりしたっす!」

「ああ、コツがあってのう。ただ気合を抜くとこの姿に戻るのだが」

「ずっと変身はできませんの?」

「やればできん事はないが……」


 魔女イリシアの転生体を見つけ、魂と接触し術式を活性化させたことでクロウが自分で調整できるようにしてあるのだ。

 今のところは不老のままだが、その気になれば人間と同様に老いて死ぬこともできるようになっているし、身体の基本形を青年にすることもできる。


「この姿にも慣れているからのう。スフィはどう思う?」


 話を振られて、彼女は勢い込めて主張した。


「どっちもいいけど、子供形態のほうが私と並んだ時に違和感が無いからこっちがいいんじゃよ!」

「はあ」

「大人のクロウくんと並ぶと、どう見てもお兄さん通り越してお父さんレベルの体格差だよね……」

「私がせくしーだいなまいつに成長したらクローも大人になればいいと思う」

 

 などと和やかに宴会をしている。

 また一週間ぐらい休んで準備をしてからダンジョンに改めて潜るので、暫くは稼いだ金で豪遊ができる。

 換金した分け前を見ると、やはり特にオルウェルの目が輝いた。とても休みの時間だけでは使い切れない額で、友人に自慢ができる。

 イートゥエも前に住んでいたアパートで撤去されたマニアックなグッズを、全部は無理だが金があれば再入手ができるのだし、オーク神父も旅用品というのはグレードの天井が高いので良品を買い揃えられる。

 クロウの分は江戸でもそうなのだが、何故か同居している女が管理をして小遣いを渡される方式になっている。そうしていれば相手の機嫌が良くなるという謎の循環もあるので、クロウもある程度納得はしていた。どう見ても細長いアレだが、彼が稼いだお金だ。

 しかしながら順調にダンジョンで稼いで開拓していっているクロウパーティはさすがにかなり有名になり、開拓公社からも一目置かれている冒険者である。

 

 そうしていると。

 酒場の入り口にスーツ姿の男達が数名入ってきた。先頭を歩く者はマントを身につけていて、帝都の正騎士だとわかる。

 彼らは受付でダンジョン出発登録をしている冒険者を押しのけて、管理者に書類を見せた。その書類に、受付の男は顔をしかめる。


「おい、なんだよ。マスター、出発していいのか?」


 割り込みをされたような形になった冒険者のリーダーは不快そうにスーツ男を見ながらそう確認をしたが。

 受付の男は頭頂部まで禿げ上がった頭を掻きながら、告げる。


「いや、駄目になった。ダンジョンに入ることはできない」

「はあ? なんで」


 その言葉は酒場中にも聞こえて、ダンジョンに入れないという内容に静まり返って注目が集まる。

 すると、スーツ姿の騎士が向き直り、よく通る声を上げた。


「現在、帝都は非常事態宣言により特別法が制定された! 隣国から宣戦布告を受けて大規模な戦争が始まるので、その間はダンジョンへは入れない!

 隣国[神聖女王国]の目的はダンジョン資源の独占にあるので、警戒の為にダンジョンは封鎖することになった。現在入っている者も、再入場はできない。

 また諸君ら冒険者は開拓公社の社員──即ち準公務員の立場にあり、入社契約内容に戦争発生時の協力も仕事に含まれていると書いてあっただろう。通知が行われ戦地に配置されることもあるので準備をしておくように。

 配置転換は希望をある程度受け入れるが、徴兵拒否や逃亡などは冒険者資格の剥奪と再習得の制限があるのでよく考えて行動することを願う」


 帝都は正規兵の数が少ない。理由は幾つかある。一つは予算の都合。もう一つは帝王の個人武勇。それに一人が軍に匹敵する召喚士を国所属にしているという点などがある。

 他に兵力を補う為の方法が、戦時下になるとダンジョン開拓で集まった冒険者を起用することだった。もともと傭兵上がりのような連中が多いし、日常的に命のやりとりをしているそこらの兵士より覚悟が決まっている集団なのだ。

 まだ静まり返っている酒場に、もう一度大きく息を吸い込んで騎士は宣言した。


「戦争が始まる! 俺らは戦う! 終わらせないとダンジョンに入れねえ! だからさっさと敵国を倒すぞ! いいな諸君!」


 その明確な言葉に。

 唾を呑む者や、気合の声を上げてビールを一気飲みする者、不満の声を隣国の代表、[神聖女王セイントビッチ]と揶揄して罵る者など様々だが。

 怯えたり、竦んだりする者は居なかった。

 魔物と戦う日常を送る、戦士が集うのが冒険者なのである。


「また、面倒なことになったのう」


 クロウが溜め息をついた。早く終わらせねばならないことはわかっている。戦争が何年も長引けば、それだけタイムリミットが近づくのだ。


 こうしてダンジョン攻略は一旦凍結され。


 クロウは一兵士として、戦争に巻き込まれることになったのである……。




 

 ※このルートだとイリシア転生体を見つけています

 

 ペナルカンド編よく出る人紹介


 ルルフ

種族:狼人

クラス:ガンマン

   ゴロツキな性格をしている冒険者。

   基本的に悪党だが運が悪いので事件に巻き込まれるタイプ。

   ダンジョン探索なら食いっぱぐれないと聞いて一攫千金を狙いつつ挑む。

   住居兼戦車を所有している戦車乗り


 オルガン

種族:オーガ

クラス:魔法使い

   ルルフの相棒なのんびり屋のオーガレディ。

   ぼんやりしていてルルフの後をついて回っている。

   燃費が悪く悪食で食費が掛かる。要求するのは食費だけな相棒だからと雇ったルルフだが食費が高い。

   魔法は殆ど初級で戦闘用よりは生活用。白兵戦スペックは高い。戦車では索敵担当

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