102話『九郎現代過去話/中学生とヤクザとストーカー』
雨次の褌を、小唄が意図的に盗難しては返していた事実が判明したらしい。
厄介な場に出くわした。九郎はそう思わずに居られなかった。
ここは千駄ヶ谷にある天爵堂の屋敷。久しぶりに将棋でもうちに来たのだが、しかめっ面で老人から「向こうをどうにかしてくれ」と言われて、向かったのだが。
部屋には困惑した表情の雨次。正座をさせられて項垂れている小唄。手を腰に当てて侮蔑めいた表情で見下ろしている茨とお遊。
小唄の首には『私が褌盗人です』と書かれた札が下げられている。
「……うわあ」
「九郎先生助けてくれ……」
「まさか犯人側から助けを求められるとは」
嘆きの声を上げたのは小唄であった。
多分最も嘆きたかったのは雨次なのだろうが。
「わたしと茨ちゃんがねー、雨次の褌が度々失くなってはネズちゃんが見つけてくるってんで思いっきり疑って現行犯で捕まえんだー」
「……」
頷いて茨も腕に力こぶを作る。
「聞いてくれ誤解なんだ。私はただ雨次の褌を洗濯しようとしていただけで」
具合の悪い言い訳をしている小唄である。
残念極まりない。恋する乙女というかもう残念な乙女である。恋は有害になった時点で犯罪になるのだ。
雨次が心底、刺激しないように優しく言う。
「なあ、小唄──もしかしてその、疲れているのか? 心とかが」
「ううう」
「君もまだ子供なのに、村の大人達から子供のまとめ役を任されたり、大人の仕事を手伝ったりして大変なんだもんな……だから少し、ええと、頭おかしくなっても不思議じゃあない」
「違うんだ! 確かに雨次の褌を顔に巻きつけていたところを捕まえられたけど、アレは妖怪のしわざだったんだ!」
「うわあ」
露骨に顔をしかめる九郎である。
かなり道を踏み外して変態へと向かっている。どういうことだろうか。親の顔が見てみたい。
(いや、親から考えると納得か。鳶が鳶を生んだというか)
父親である甚八丸はついこの前も、「すげえ商売を思いついた!」と街に繰り出して道端に座り込み[どうぞ頭に胸を当ててください。幸せになります]と看板を掲げていた。
あそこで相撲部屋の一団が通りかかったのが彼の不幸だろう。縁起付けとばかりに男乳を大量に押し付けられて舌を噛み自害を図った。まあ、生きていたが。
しかし父親と比べると、まだ小唄は何分子供なので分別の付かないことをするのも、仕方ないのかもしれない。
間違いを犯さない子供は居ない。
その精神で九郎は困難だったが、なんとか庇ってやろうとは思った。
「まあ、皆もそう責めてやるな。若い頃にかかる、はしかのようなものだ。確かに気分はいまいち良くなかろうが、大人になれば笑い話になるようなものだよ」
「九郎先生……」
「えー。ここでネズちゃんに終生変態女の刺青とかしないの?」
「鬼か。まあ、小唄も叱られて反省せぬ女では……反省せぬわけでは…………」
九郎は頷いて、正座している彼女を指さした。
「反省しろよ」
「してますよ!」
「そうかえ。まあ、とにかく。子供の頃というのは理屈のわからぬ行為をする者が居るのだ。己れも随分昔、お主らぐらいの頃に縦笛を盗まれたことがあってな」
「縦笛を? なんで?」
雨次が首を傾げている。
「盗んだ縦笛を舐めるそうだ」
「うわ。妖怪みたい」
「だろう。だから、妖怪に憑かれたようなものだ。小唄も反省しておるから、許してやれ」
九郎がそう諭すと、お遊が興味を引かれたように九郎の袖を掴んで尋ねた。
「ねえねえ、その盗まれた時ってどうなったの?」
「ん? ……あれは確か……」
九郎はだいぶ霞がかった記憶を手繰り寄せて、思い出そうとした……。
*******
授業終了のチャイムが鳴り響き、教室の倦怠とした空気に包まれた生徒らの顔は、さっと喜びの色が灯った。
東京、台東区にある公立中学校。その校舎二階の角部屋にある音楽室であった。
チャイムの音を聞いて、実技ではなく板書をしていた音楽教師は思い出したかのように(チャイムで時刻はわかるのだろうが)腕時計を一度ちらりと見た。
眼鏡をかけた若い新任の女教師はぐるりと見回し、休み時間が削られ続けていることへの不満を顔に出している生徒に苦笑しながら呼びかける。
「はい、それじゃ今日の授業はこれまで。バンプは『オーイェー』でピロウズは『オウイェイ』だからしっかり覚えておくように。テストに出ますよ」
何故邦楽バンドの歌詞に無いシャウトの違いがテストに出るのか、九郎は意味がわからなかったが一応ノートに書いておいた。その区別も個人的な感想な気もしたが。
「黒板はええと、じゃあ縦笛を忘れた九郎くんが消しておくように」
「げっ」
日直でもないのに指名されて九郎は嫌そうな声を漏らした。彼が顔をしかめている間に、他の生徒は起立、礼として授業を終える号令をして、音楽の教科書や縦笛を持って音楽室から出て行く。
九郎、中学の一年生の秋頃であった。
特に何の変哲もない学校に通い、授業を受ける。歳相応に変わらない日を過ごしていた。
強いていうならば、学校から許可を得て生活費を稼ぐためにアルバイトを始めていたぐらいだ。就業時間や業種の制限などはあるが、中学生からでも一応働くことが可能である。
家が貧乏なのだ。まあ、ぎりぎり生きてはいける程度だが吹けば飛ぶような状況は子供心に危なっかしく思えた上に、ちょうど弟が生まれて母親はそれに構わねばならずにパートにも出られないので代わりに九郎が働いているのである。
時々纏まった金を送ってくる父親も居るには居るが、まあ当てにはならない。
「まったく。笛は忘れたんじゃなくて、失くしたんだよなあ」
愚痴を言いながら九郎は教卓に教科書と筆箱を置いて、黒板消しを手に取る。
確かに教室に置きっぱなしにしていたはずの縦笛が、今日になって消えていることに気づいたのは授業の前であった。あとで探さねば、買い直すなど馬鹿らしい。
考えていると、
「あ、あ、の……く、九郎……くん……わ、わたしも……てつだ……」
息絶えそうな途絶え具合で話しかけてきたのは、小柄な女子であった。
日本人形のように長い黒髪とカチューシャが特徴で、前髪で目元を隠していていつも俯いている上に、瓶底並に分厚い眼鏡で隠しているのでどうも顔の印象が薄い。言葉がどもり気味なのは、普段会話をしないからだろう。
図書室の根暗な住人を煮詰めて眼鏡をかけさせた、とでもいった風な雰囲気の女子に、九郎は黒板を消しながら返事をする。
「別にいいって。これぐらいなら己れ一人でさっさとできるからさ」
「そ……そう、だよ、ね。ご、めん、ね……?」
「あーえーと。そーだこっちの黒板消し汚れてるからちょっと粉落としてきてくれ」
「う、うん!」
すげなく断ったら何故か涙目になったので、九郎が慌てて仕事を与えた。
そんなに急がなくても良いというのに、三つある黒板消しのうち、二つを手に慌てて窓へ走って向かう少女。もつれるような足取りで見た目通り体を動かすのは得意ではないというのに。
教室に僅かに残った生徒が、いつものことかと九郎を見る。
その野暮ったい長毛種の犬めいたクラスメイトの名を、晴井玖音という。
彼女の学校生活での友人は、九郎一人。
虐められているというか、避けられている生徒だ。本人の陰気な、それこそ図書館の片隅に居るのが似合う容姿と、全く休み時間の使い方はそれな性格から、あまり他人と絡まない。
体育の授業などで三人組だろうが四人組だろうが二人組だろうが、号令で作らせると一人余る。
そんな生徒であった。
手早く、それこそ手助けはいらないだろうに九郎が数秒で黒板を消し終えて、のろのろと黒板消しを窓の外に出して叩いている玖音を見ている。
ちなみに九郎は、バイトをしているから部活をしておらず、付き合いこそ悪いが評判は悪くないので友人が多い。そんな多くの友人のうちの一人でしか無いのだが──。
九郎にのみ、消極風積極的に絡む彼女と、そうしている間は他の友人も寄ってこないので自然と彼女係にさせられていた。
黒板消しを非力に叩く音がして、
「ふぁ……えくしっ!? うやあああ!?」
「ちょっ!? 晴井!?」
チョークの粉を吸い込んでくしゃみをした拍子で、玖音が窓から落ちた。
アホかとも思うが、事故発生だ。学校側はあの凄まじい音がなる割に吸引力はさほどではない、正式名称を九郎は知らないあのマシンを導入しろと脳内で訴えながら慌てて窓に駆け寄った。
いくら素早くとも重力加速には勝てない。窓の下で見えるのは首の骨が開放骨折した玖音か。
(そうなれば色々やばい!)
嫌な想像をしながら窓から身を乗り出すと、
「た、助かっ、た……ひっ、こわ、い」
窓のすぐ下にある、恐らくは落下防止用の出っ張りに落ちて座り込んでいる玖音であった。
「はあー……」
「九郎、くん、たすけ、てー……」
「先生呼んでくるから黒板消し叩いとけ」
「え? う、うん……」
殆ど震えるように小刻みに、彼女は青い顔で座ったまま黒板消しを擦り合わせて、うっすらと白い煙を出していた。
大柄とは言いづらい九郎の体格では彼女を引っ張り上げるのは困難だ。玖音が協力的に動けばともかく、怯えて縮こまった人間一人を持ち上げる腕力はない。なので大人を呼ぶ他はなかった。
結局それも自分の役目だ。他の生徒は遠巻きに見ているだけで積極的に助けようとはしない。玖音を避けているからだ。
晴井玖音。彼女は学校の生徒や教師、誰でも知っていることなのだが──ヤクザ組長の娘なのである。
そしてその組長で玖音の父親は、九郎のバイト先の社長でもある。
******
家が貧乏なことを恨んだことはないが、嘆くことはしょっちゅうだ。
父親は海外で主に活動するフリーのカメラマン。母親は病弱で内職を少しばかりしている程度。
それでも贅沢はできないが、ギリギリ食に困らない程度には生活はできていた。遊ぶ道具など要らない。ボールを持っている友人とサッカーなりバスケットボールなりをして健全に九郎少年は過ごしていた。
弟が生まれるまでは。
とりあえず中学生ながら、ぎりぎりの生活にもう一人加わるのは色々まずいと思ったのだろう。
親と教師と役場の職員を説き伏せて、中学生でアルバイトを始めた。
業務は清掃。その中でも一番高い時給で雇ってくれる、おしぼり屋のビルへと働きに出た。
そこはヤクザビルであったが、金が貰えるのならば構うまい。そう思って九郎は働き出した。
ヤクザは、不幸だがそれを跳ね除けようと働く九郎に親切だった。労働時間は学校終了時から三時間程度だったが、時給は1500円もくれて、差し入れもよく渡した。
バイト先で組長の娘、玖音と会うことは殆ど無い。彼女は習い事に行っている。だが、九郎はよくその友達のいないクラスメイトの父親から、学校でも気に掛けるようにと頼まれていた。
玖音は大人しくていつも一人で自分から積極的に絡まない少女であった。
虐められているわけではない。小学校で彼女を虐めた生徒は二日で転校していったのを見て、恐るべきヤクザがバックに付いている噂は深く浸透している。
ともあれ、そんな引っ込み思案の少女に。
面倒見が良くてクラスでもそこそこの人気者であった九郎が時折話しかけてくるようになったもので。
依存くまではすぐであったようだ。
「九郎ー、サッカー行かねーの?」
「ああ、ちょっと用事だ」
昼休み。
九郎は同級生男子の誘いを断り、縦笛を探すことにした。
探す、と云っても心当たりは教室か音楽室、それに落し物の預けられている事務室ぐらいしか無いのだが。
「買い直すのもなあ。ウナギが買えるぐらい高いわけで」
「そう、だね……九郎、くん。ウナギ、美味しいもんね、今度、食べようね……今度……今夜!」
「……」
独り言のつもりだったのだが。
背後から返答があった。
玖音がぴったりと付いてきているようだった。
振り返らずにただ圧力を感じながら九郎は言う。
「……あー、晴井さんよ。図書室に行かなくていいのか?」
「う、ん、九郎くん、の、お手伝い、しないと……」
「そうか……」
自分の背後に居ることでなんの手伝いになるのだろう。
そう思わなくもなかったが、邪険にも出来ない。
そもそも彼女が役に立ったところを見たことはないのだったが。
「じゃあ、事務室に行くか……」
「う、ん」
ひとまず連れていくのであった。
九郎は玖音のことを、苦手か好意的かで言えば苦手な部類である。
引っ込み思案の女子の個性を寛容に受け入れるには、この中学生で生活費を稼がねばならない少年には余裕がなく。
逆に利用して金をせびろうと思うほどには世間に擦れても居なかった。
活動的な九郎と、内向的な玖音は咬み合わないのだが。
妙に絡んでくるのも微妙な気持ちにさせられる一因である。
「九郎、くん。渡した、小説、読んだ?」
「ああ、あの海外のやつか……[トワイライト]だったか」
そして時折、彼女は九郎に海外小説を薦めてくる。
正直に云えば映画はともかく小説はあまり読まない九郎なのであったが。映画といっても主に地上波でテレビ放送しているものを見ているのだけれども。
「そう! 人付き合いが苦手な主人公の女の子は色んな男の子から声をかけられるんだけど一番惹かれたのはなぜか自分を敵視してくる不思議な雰囲気の美青年でその正体はヴァンパイアなんだけど心が読める彼が唯一読めないのが主人公の少女でそのうちにお互いは惹かれ合うの!」
「お前恋愛小説の話になると早口になるのな……」
九郎が気味悪げに言う。読んでないが概要はわかった。
「スティーブン・キングの映画[死霊の牙]みたいな内容だな。確かあれも意外な人物が狼男で」
「違うよ!? そんなエンジン付きの車いすで車道を爆走するような内容じゃないよ!? あとDVDのパッケージで狼男をネタバレしてるよね!」
「詳しいなあ、さすが晴井さんは物知りだ」
適当に流したが、褒められて嬉しそうに「えへ、へ」と笑った。笑ったというが分厚いメガネと俯き顔のせいで口元がにやついただけにしか見えないが。
言い合いながら事務室にたどり着く。
ここでは学校の落し物を預かるようになっている。中には何年前から保管しているのか不明な牛乳パック(中身入り)とかがあるが、ともあれ。
「すみませーん、落し物見せてもらってもいいですかー」
「ああ、いいよ。持ってくときはここに名前書いてね」
九郎の呼びかけに事務員が振り向く。
そんな簡単な他人を呼ぶ行動にすら、廊下の壁に隠れて息を潜める玖音はどうかと思いながらも。
落し物ボックスには割りと見つかりやすく縦笛が入っていた。
印として⑨とマークが付いている。九郎のものだ。
「これ誰が持ってきたかわかります?」
「んん? いや、いつの間にか事務室の受付に置かれていたものだね。とりあえず落し物はここに置くって生徒は珍しくないけど」
「そうですか。とりあえず、己れのっぽいので持っていきます」
記帳して縦笛を回収する。
ともあれこれで探しものは見つかったわけだが──。
「く、九郎、くん!」
「なんだ」
「その、笛の、吹くところ……ついた、唾液とか、DNA鑑定とか、して、犯人、さがそ?」
「なんで……?」
「シャブッてるかもしれない、し……!!」
何を心配しているのか、えらく真剣な様子で玖音はそう提案してきた。
更に続ける。
「シャブ塗ってるかもしれない、し……!!」
「いや己れの知り合いでシャブを取り扱うのはお前のオヤジ関係しか知らんけど」
「ゆるせ、ない、よ、ね! 九郎、くんの笛! 盗んで……!」
聞いてないようで、彼女はえらく普段とは様子が違うぐらい攻撃的に言う。
「見つけて、お風呂に沈めないと……!」
本人のコミュ力の低さと実家の影響か。
興奮した玖音はとにかく物騒な発言を繰り返す。それを聞くのも九郎しか居ないのであるが、つまりは気苦労をするのも彼だけなのだ。
(というか風呂に沈めるってなんだよ。ホラーか)
意味は分からないが、仮想敵を痛めつけている妄想が現実を侵食して、首を絞めるような動作をしている玖音をひとまず止めた。
「なんか知らんが怖いからやめろ」
「でも……!」
「大体縦笛を舐めるなんて漫画みたいな変態、見たことが無いぞ。己れのをわざわざ狙う理由もわからんし」
「そ、それは、確かに、見せつけながら舐めてたら変態丸出しだけど……」
「だろう。だから沈めるとかは無しだ。東京湾よりはマシだけどな、風呂」
「そう、だね……お風呂行きはやめて、イメージビデオ撮影、ぐらいで、許してあげようね……」
「なんだイメージビデオて」
玖音はぼそぼそと言葉の尻をすぼめて、九郎の反論に口を閉ざした。
元から議論が得意な性格ではないのだから、他人から否定的な意見を言われただけで自分の意見は引っ込めてしまうのだ。
しかし。
(九郎くん相手に淀んだドブ川のような恋愛感情を持っている女子が居ないとは限らない、よね)
要注意が必要だと玖音は胸中で考えた。
彼女は女子の友達も居ないので、誰それの好きな男子がどうとか言う噂話にも疎いのだが。
男女ともに気兼ねなく接して、多少貧乏性があるが性格も悪くなく、そして何より働いている為か他の男子より大人びている(女子中学生には重要な項目である)九郎は恐らく隠れ人気がある。
実際、玖音と接するようになってからは彼女も窺うような他の女子の視線を感じた気がしていた。
(許せない、よね! 私の九郎くんに!)
九郎は少々他人の悪意に鈍感すぎる。
彼を守れるのは自分しか居ない。ふんすと拳を握って決意するのを、訝しげに彼は見ていた。
「まあ、確かに所在がわからなくなった笛だからな。一応洗っておくか」
「待っ、て、九郎、くん」
「うん?」
たとえ洗ったとしても。
どこぞの陰湿で根暗でまともに人と会話が出来ない上にさっぱり思いも伝える勇気も無い駄女子が、梅雨時期の蛞蝓めいた舌でべろんべろんと舐め回した笛の先を、九郎が再び口につけるのはどうしても避けたい。
それを見てほくそ笑む犯人の姿を想像するだけで架空請求を破産するまで送りつけたくなる。
彼女はポケットから布に包まれた小さな部品を取り出した。
「ここに、綺麗な、縦笛の頭があるから、これと交換、しよ」
「……なんで?」
突然登場する、自称綺麗な縦笛の頭!
異様に準備が良かった。
もちろん、こんなこともあろうかと取り外しておいた玖音の縦笛の部品だ。
「大丈、夫だから、ね、これと、変えておけば、犯人が吹き口を、シャブッた上にシャブ塗ってても、大丈夫!」
「凄まじくいらない心配だと思うんだが」
「もしかしたら、吹き口をもっと、アレしてるかもしれない、よ! 私でも、やばい方法思いつく、から!」
「やばいて何が」
「……九郎、くん。えっち、だね」
「何がだ!?」
理不尽なエロ認定に思わず前髪で隠れた玖音の額を小突いた。
それでも彼女は嬉しそうに「うへへ」と口元を笑みにして妙な想像をしているようだ。怖い。
しかしながら。
玖音が説明するもので、やはり九郎も嫌な連想を思い浮かべてしまっている。
見たこともない謎の人物が縦笛に汚らわしい細工をした可能性と。
玖音から渡される縦笛の頭の清潔性。
まだ顔見知りから直接渡されているだけ、後者の方が信じられそうな気がしたので、仕方なく縦笛の頭を受け取るのであった。
洗って使うが。石鹸で入念に。
「それ、じゃあ、こっちのは私が、処分しておく、ね」
もともと九郎の縦笛の頭であった部品を受け取って、玖音は持ち帰るのであった。
その後自宅で、父親の部下などに頼んで笛に付着した唾液などからDNA情報を採取しようとしたが、乾燥してDNAが壊れていた為か設備があくまで民間の域だった為か、成功はしなかったようだ。
結局その笛の頭と、自分の笛の残りパーツは廃棄して新しいものを購入する。
彼女の家は金持ちなのである。
******
縦笛を舐められる程度ならば殆ど気にしないぐらいなのだが。
九郎のストーカー被害は拡大していった。
まず怪文書が届いた。
『私は貴方の恋人。
私は貴方の花。
私だけは貴方を苦しめない。
貴方は私のシャングリラ。
貴方は私のユートピア。
貴方は私のアルカディア。
貴方は私のラストエリクサー……
I LOVE YOU……
恋する者より』
「意味不明すぎて逆に怖いな」
「九郎、言っちゃなんだが全然羨ましくないなお前」
「己れもそう思う。なんだこれ。最近流行りのバンドの歌詞か。どこにオーイェーって挟むんだ」
「やめてくれる? オレの好きなバンドで例えるの」
とりあえずこういう時に相談するのはヤクザの娘──ではなく、普通に他の友人であった。
中学生なりのえげつなさで解決を試みる九郎とクラスメイトの男子。
「黒板に貼り付けて音読してやれば恥ずかしくって反応が出るんじゃないか?」
「いや、別のクラスのやつだったらダメだろ……よし、全部の教室を見張りながら、給食の時に校内放送で流してあぶり出すか」
「各方面に被害が波及しそうなんだが……普通に恥ずかしい文だから」
「とりあえずわかることは、犯人はドラクエじゃなくてFF派だな……」
さすがに気持ちが悪いので冷やかす男子もおらずに。
全校生徒に晒すという行為は非人道的すぎるということで実行には移されなかった。
一方でその怪文書を玖音が引き取って、新聞の写植を切り貼りして作られていたので使われている文字の種類から新聞社を特定し、全校生徒の家庭で誰がその新聞を取っているかまではリストアップしたのだが、それ以上はわからなかった。
また、次に九郎のタオルが盗まれた。
体育のあと、教室で汗を拭おうとしたが持ってきていたタオルが無くなっていたのである。
クラスの皆は出ていたので、明らかな盗難である。
「あ、あの、く、九郎、くん、私の、タオ──」
困ったような顔をしている九郎に、おずおずと玖音が話しかけてきたのだが──。
「ん? くーくんタオル失くしたの? 仕方ないなあ、アタシがもう一枚くれてあげるよ」
声はか細いし二メートルは離れていたので、気付かれないまま他の女子からタオルを受け取っていた。
「おっ悪いな」
「いいのいいの。アタシんところ、土建屋だから無駄にタオルとか多くて配ってるぐらいなんだから」
「そうかー……良ければ何枚かくれないか。弟がまだ小さくて、ちょっと入り用なんだ」
「おーけー。そういうことなら今度家から持ってくる♪」
九郎に笑いかけるのは、クラスでも活発な方の女子であった。ショートカットに蓮っ葉な態度で男女共に友人が多く、玖音とは正反対である。
まあ、取り巻きというか彼女の友達の女子がやや離れたところから、
「九郎くんに渡すタイミング無いかなーと思って毎日余分に持ってきていたタオルがようやく活躍を……!」
「頑張ってねちーちゃん……!」
などと応援されている乙女なのだが。
とりあえず、クラスの流れには一切乗れない玖音はこそこそと自分の席に戻る以外できることはなかった。
ストレスにより、後でこっそりトイレの中で吐瀉しつつ、頭の中で九郎のストーカーに関して、クラスメイト以外という条件を足すのであった。
そして九郎と二人になってまた犯人探しへの提案をする。
「九郎、くん、いいことを、思いついた、よ!」
「……なんだ?」
「持ち物、に、全部、発信機をつけて、私が見張っておくから……ね!」
「ね! じゃねえよ。発想がもうストーカーと同じだからなそれ」
「あと、こ、これ……DVD」
「……なんの?」
「私、の、イメージビデオ……撮影所、借りて、撮ってきたから……九郎、くんに、だけ」
「なんで!?」
無理やり円盤を渡されたものの、自宅にDVD再生機器の無い九郎は。
マニアックな知り合いに売りつけて金にして、晩飯に母親とウナギを食べた。
******
その日、九郎がアルバイト先の事務所に行ったら珍しくお偉いさんが揃っていた。
ヤクザ。
とは言うが、暴対法により凄まじい勢いでヤクザや暴力団、総会屋が取り締まられる昨今、九郎の働く会社の社長──玖音の父親なども、現在の肩書は表向きのシノギ──フロント企業の社長や役員などである。
また元々あったヤクザ組織が分裂というか、系列会社に組員を分けて隠れたので本社である[おしぼり屋]以外にも様々な会社をそれぞれのヤクザがシノギにしていて、かなり儲かっているところもある。
九郎が事務所の受付で軽く挨拶をして更衣室で掃除着に着替える。撥水性の高い上下の服に帽子、マスクとゴム手袋にゴム長。中学生がやるには本格的な格好で、それにプラスしてヤクザ事務所と言うことを考えると[特殊な清掃]を彷彿とさせるが、今はまだそこまでやらされては居ない。もしくは慣らすためにその格好なのだろう。
窓を専用のワイパーで拭いて、タイルの床と絨毯とそれぞれ別の機械式フロアモップを使って掃除していく。至って普通の清掃だ。ただ、ドアノブは特に綺麗に指紋が残らないように磨くことを注意されているが。
会社には休憩室がある。
休憩室というか、見た目はちょっとしたスナックだ。高級そうな酒瓶は並んでいるし、ソファーテーブルにはいつでもおつまみが置かれているし、カラオケもある。系列会社のホステスを呼んでくることもある。
ヤクザとなればそこらの飲み屋では出入り禁止を食らうことも多く、宅飲みが増えるのだ。
そこで、複数人の中年男性がドンペリとシースーを飲み食いしながら顔を赤らめて出来上がっていた。
「おう! 坊主か! 仕事熱心だな! ちょっとこっち来ておいちゃんの膝に座れ!」
その中の一人、禿げ上がった頭を真っ赤にした男が、肥えた体を揺らしながら九郎を呼んだ。
系列会社で肉料理のチェーン店を展開している金持ちの社長である。見ての通り、資本主義の豚みたいなヤクザだ。
なお会社の名前は[シャブ谷園]。しゃぶしゃぶを主に出している店だ。
[シャブ漬けの素]という特製のタレも販売していて人気である。
[MK(マッポ断り)レストラン:シャブシャブダイニング]というチェーン店を数十店舗展開していた。
※実在の会社、商品とは一切関係はありません。
「嫌ですよ仕事なんですから」
ヤクザからの要求にははっきりとした態度で断ろう。
という標語でもないが、何度も酔っぱらいに絡まれればこうもなる。九郎は面倒そうにそう云った。
しかし男は指を一本立てて、
「一万円あげる」
「三十秒だけなら」
体を売る九郎である。資本主義の豚を見る目で集まった社長らが睨んだ。
その内の一人。
初老に入りつつある髪の毛に白いものが混じっている壮年の男が静かに告げた。
「おいシャブ男。うちの九郎に手ェ出すなよホモ野郎」
「んだよ、こちとら子供居ねえから父性を持て余してるだけだっての。変な想像やめてくれる?」
「ホモだから子供出来ねえんだろうに……」
やれやれとばかりに首を降るのが、集まった社長達の中でもボス格である、玖音の父親だ。
名を、晴井荼毘人という。
年がかなり玖音と離れているが、それだけ娘のことを溺愛している父親であった。
それでいて娘が引っ込み思案なのも苦慮しており、同級生の九郎を雇ったのもその辺りをどうにかならないかという考えからだったのだが。
近頃は娘との会話の八割に九郎が出てくるのを諦めたような感じになっていたりする。
「ところで九郎、最近ストーカーに悩まされてるみたいだな」
「ええ、もうなんか酷くて」
「縦笛盗まれた、とかは娘から聞いたが」
荼毘人が聞いて来て、他のヤクザ幹部達も酒の肴とばかりに注目してくるので九郎はため息をついて言う。
「ここ何日か……自宅の周りで顔を隠した女が放尿してるのを数度見つけて」
「ぶははははは!!」
「こわっ!? ひでえなそりゃ! 犬のマーキングか!」
「通報したんだけど、警察も立ち小便みたいなものだろうってことで本腰を入れてくれないみたいで……」
げんなりとした様子の九郎である。
明け方にゴミを出しに行こうと玄関を開けるとすぐ横で見つけたり、夜に家に帰るとアパートの周りの電信柱に引っ掛けているのを見つけたり。
薄暗いしはっきりとは見ていないので、若い女としかわかっていない。
捕まえるにしても、そんな正体不明な輩の相手はしたくないだろう。
ひと通り笑ったヤクザ達だったが、荼毘人が告げる。
「よし、ストーカーなんて非合法な奴はこちらも対策を考えなくてはな。幸い、専門家が揃っている」
彼の視線を向けられると、何人か自信のあるヤクザが頷いたので荼毘人が改めて紹介をする。
「シャブの専門家、シャブ男!」
「シノギの匂いがしてきやがったぜ!」
「ビデオの専門家、ビデ男!」
「なあに撮影しちまえばこっちのものよ!」
「産業廃棄物処理の専門家! ゴミ男!」
「海が好きか山が好きか選ばせる優しさを忘れないで欲しい」
三人を挙げて、荼毘人は言う。
「さあ九郎! 誰に助けを頼むんだ!」
「頼まねえよ!」
とりあえずヤバイ空気しか感じない人選だったので拒否をした。なお変なアダ名は、仲間内でのみ使われる役割分担を表している。
確実に青少年が付き合うべき人種ではないのが、バイト先の問題である。
「まあまあ、皆さんも落ち着いて。平和的に解決しましょうよ」
立ち上がってそう告げてきたのは、針金のように痩せて手足の長い黒スーツの男であった。
彼は九郎の側に近づいて、しゃがみながら言う。
「つまりはストーカーなんてのは、被害者をナメてるからできる行為なわけです。自分は安全だし相手は何も出来ない。だから一方的な攻撃ができる」
「とてつもなく嫌な反撃が準備されかけていたけど、今」
「バックに強力な組織が居るってのも、まあ脅しにはいいんだけどそれよりは直接的に九郎くんが、思ってるより怖い相手だと思わせればいいんですよ。はいこれ」
そう云って彼は九郎の手に黒いL字の無骨な道具を渡してきた。
九郎でも誰でも知っている。銃だ。
「モデルガンですよ。でも銃を持ち出す相手には手が出せなくなります。なにせ相手は銃を持っていないから! 銃による社会の安全を!」
「あー……チャカ男、全米ライフル協会に入ってるからなー」
「まあ、脅しにはいいんじゃないか。九郎、こういう事件は放っておくと余計に悪くなるからな」
荼毘人が言い聞かせる。
「うちの娘も気に病んでいてな……毎晩九郎をアストラルサイドとやらから守護する為のタリスマンを作成するのだと夜遅くまで魔術の本を読み耽り」
「怖いから止めさせてくださいよそれ」
黒い塊をひとまず懐に入れながら、九郎はアストラルサイドとやらが薄ら寒くなる気分を感じて身震いした。
銃はともかく。
この年頃の少年はモデルガンが好きなのは、九郎もそうであるようだった。
その夜。
八時前に九郎の仕事は終えて家に帰る。
暇している社員が残っていれば、九郎を車で送って行くこともあるがその日は何やら忙しかったようなので、バスを利用した。
そうして自宅のアパートが見えてきたぐらいで。
不審な女が一人。やはり、九郎が帰ってくるのを見計らって、変態的ストーカー行為を見せつけているようだ。
(勘弁しろよ)
酷い気分になりながら九郎は相手が逃げ出すか逃げ出さないかの、ぎりぎりの境界で立ち止まった。
見るが、やはり顔を隠した女という以外の情報は手に入らない。背丈は自分と同じか、少し高いぐらいだろう。少なくとも玖音ではない。
目が合い、互いに存在を認識している。
水音がした。相手のスカートから何か勢いよく放射されている。いや、何かってまあ尿なのだろうが。
本気で九郎は嫌になりつつ、懐に手を入れて文明が生み出した暴力兵器を取り出した。
震える指が引き金に触れながら、告げる。
「動くな。手を上げろ」
───そして、夜の住宅街に銃声が響いた。
翌日。
世間は休みであった為に、昼間のヤクザ事務所にて。
大型モニターでテレビが放送されていて、それをヤクザ幹部らが見ながらゲラゲラ笑っていた。
『静かな住宅街に銃声』と題打たれたニュース番組には、近所の住人は──として九郎が映っている。
『夜に急にパーンって、びっくりしました。犯人は早く捕まって欲しいですね。最近、ここらで不審な人物が出てまして。警察にも通報してたんですが……』
発砲事件として扱われていた。
「ウヒャヒャ! 九郎! 九郎がすっとぼけてコメントしてるぞ! 撃ったのこいつなのに!」
「しれっとストーカーに罪をなすりつけてやがる! ハハハハハ! 全国放送おめでとう九郎!」
「うるせー!!」
爆笑しているヤクザ達に、九郎は手元のチャカを証拠隠滅しながら叫んだ。
「本物じゃん! マジのチャカじゃんこれ! 危うく殺人犯になりかけた!」
「いやー間違って渡したみたいで。正直申し訳ない。フェザータッチ仕様にしてたから引き金も超軽いし。あ、銃口を削るときはもっと全体的にね」
拳銃の銃口に、ダイヤモンド粉入りサンドペーパーを棒に巻いて中に突っ込んで削ることで線条痕を隠しているのだ。
テレビでは報道が続く。
『現場に残された、犯人と思われる人物の体液からは覚せい剤の反応があり、警察は捜査を進めています』
「超ヤベエ! 九郎の近所はヤク中で拳銃持ったストーカーが居ることになってる!」
「警察もここまで大事になれば本格的に捜査するだろう……はあ」
荼毘人がため息をつくが、その隣で胸を張ってふんすと鼻息荒く、手柄を誇っている玖音が居た。
「私、も、頑張った、よ? 九郎、くん」
「ああ……まさか現場に残された尿にシャブを溶かして混ぜるとはな……」
そう。玖音も独自に九郎のストーカーを探ろうとしていたのだが、いざ見つけても彼女の度胸では何も出来ずに見守っていた。
しかしストーカーが発砲で逃げたあとで、残された尿にシャブを叩き込んだのである。
調べた警察もびっくりするような濃度で覚せい剤反応があったので事件のレベルは引き上げられた。もちろん、体内で濾過されて残留する覚せい剤とは色々と検査結果が異なるのだが、まさか事を荒立てる為にシャブを混ぜる第三者が居るとは思いもしない。
「えへへ、九郎、くんの、役に立った、ね」
「役に立ったというか、二人してヤバイことに足を突っ込んだ気が……」
二人して。
という単語に反応して、玖音はまた「にぃー」と笑う。
「じゃあ、二人だけの、秘密、だね?」
──とにかく、九郎はこの玖音という同級生が苦手なのであった。
それから十年ぐらいの間、彼女との微妙な関係は続く。
泥沼のような玖音に取り込まれず、しかし突き放して仕事に支障を出すわけにも行かず。
決して九郎から玖音へは、好意的な想いを抱かれることはなかったのであったが。
******
──と、このような八十年程前に起こった、小さな事件の顛末を江戸の世に居る九郎がはっきりと思い出せたわけではないが。
雨次達に玖音のことを聞かれて、九郎はこう応えた。
「当時、友人だった娘と共に捜査をしたのだがな」
「へーそれって幼馴染ってやつ?」
「幼馴染か! 幼馴染はいいよな九郎先生!」
お遊と小唄からそう言われて。
粘着質な玖音の記憶が若干蘇り、嫌そうな顔をした。
「……いや、幼馴染とかそういうのはあれだな。良くないな。大事なのは性格だ。雨次も気をつけろよ」
「しゃー!」
「ふばー!!」
「何故威嚇音を出すのだお主ら。ともあれ、結局見つかった犯人は確か、よく思い出したら子供じゃなくて音楽の教師でな」
雨次らは、九郎が琴や三味線を習っている図を想像しようとして──似合わないので微妙そうな顔をした。
「思えば銃に関して己れをチクらなかったのは助かったというべきか……教師生命は終わったが」
「大人に笛とか舐められてたのか……」
「あちこちに放尿するあたり、まるで狐憑きみたいだ」
雨次が実在する妖怪の憑依現象を引き合いに出してそう称した。
「うむ。まさにな。そのような人間の異常行動が、妖怪として語り継がれることもあるのだろうよ」
「ところで九郎先生、その幼馴染の女性とは……?」
「ああ、確か二十四か、五ぐらいの時だったか。あやつは花屋をやっててのう」
「へーお花屋かー」
開店祝いにも呼ばれた。玖音は大学を卒業して暫くし、花屋を始めたのである。
その大学も在学中は、飲み会で持ち帰られそうになる度に九郎を呼びつけるわ、学食が一人では怖いと云って九郎を呼ぶわ、学祭に馴染めずに九郎を呼ぶわで大学に通っていない九郎としてはとても迷惑をしていた。
当時は仕事で白スーツを着ていたので大学に通うホストか何かと思われて、げんなりしながら店の名刺を配っていた。ノルマである。
やはり彼女もそれではいけないと思い──九郎の好みが自立した女性だということに気づいたのだろう──もう大丈夫だとしきりに主張して店を開いたのだが。
「そこそこ黒字ではあったのだが、裏では外国からヤバイ系の植物や薬や銃を密輸していることがバレて捕まり、十年ぐらい牢に入れられることになってから会ってないなあ。その後己れも遠くに行ったし」
「ひどい」
「店に変なポピーが並んでるとは思っていたんだが……」
果たしてそれが、父親の組織に関わっていて尻尾きりを食らったのか。あるいは玖音が自らのコネで密輸をしていたのか。
九郎に知らされることはなかったのだが。
どちらにせよ、その数年後にはガサ入れで彼女の父親も逮捕されることになり、九郎も火の粉から逃げるようにカニ漁船に乗ったのである。
「お主らも、ヤクザとの付き合いは控えた方がいいぞ」
「普通付き合いませんけど……」
「というか知り合いで一番ヤクザっぽいのが」
「九郎だなー」
「……」
「うむ……軽くショック」
片手で額を押さえて、子供達の目線から逃れようとする九郎であった……。