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【RE江戸書籍化】異世界から帰ったら江戸なのである【1~4巻発売中】  作者: 左高例
第四章『別れる道や、続く夏からの章』
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81話『友達居ない侍と聖夜の弘法大師』



「あれ? 九郎、なに作ってんだ?」

 

 お八から声を掛けられて九郎は目を細めながら作業をしていた顔を上げた。

 手元には針と糸、木綿布があって縫い物をしていたようだ。


「うむ、近頃寒くなったからのう。足袋を作っておったのだ」

「買う金ぐらい石姉から貰ってるんじゃねえの?」

「なぜ石燕の小遣い前提なのだ。稼いでおる。稼いでおるのだぞ己れは」


 微妙に嫌そうな顔をして云う九郎である。

 お房が九郎の前の席に座ったお八に、温かい茶を出しながら云う。


「九郎ったら、足袋は小器用に作れるのよ。ほら、あたいもタマも九郎の作ったの履いてるの」

「へえ」


 お八が目を向けるが、綻びも見えない単純だがしっかりとした造りの足袋であった。

 職人芸とまではいかないが、普通の男で自作できるのは珍しい。

 小鉤こはぜと云う留め具の造りが洋服のボタンのようになっているのは少し妙ではあったが。


「昔に旅をしようと思った時にな、友達の旅慣れた坊さんに色々話を聞いたのだ。それで、靴下に履くものはいざというときに自作できた方が便利だと作り方を教わってのう」

「そうなのか?」

「旅先で破れたり濡れたりしたときに代わりが無いと、寒けりゃ凍傷にもなるし靴ずれで足を痛める。まあ、その坊さんは見上げるような巨漢で足に合う靴下が中々売っておらなんだから自作するようになったらしいが」


 もっとも、彼の友人であるオークの神父は靴下だけでなく大体の縫い物や細工物が出来るやたら器用な男だったのだが。

 太い指先に小さな針を持ってちくちくとやっていた姿を思い出して少し顔を綻ばせた。


「で、久しぶりに己れもやってみようと材料を集めて作り出したのだ。ハチ子もいるかえ?」

「おっ? くれるの? いるいる」


 九郎は底を縫い合わせた糸を千切って纏め、できた足袋をお八に渡した。


「爺が作った素人仕事だからのう、部屋履きぐらいにしといた方が良いかもしれん」

「その割にゃお房とタマ公は店で履いてるけど」

「別にいいのよあたいは。破れたら九郎にすぐ縫ってもらうもの」

「フサ子が働かせてくる」

「かはは、ま、あたしは破れたら自分で縫い直すことにするぜ」


 九郎が恨みがましそうな目で云うので、お八は肩を竦めた。

 お八が貰ったばかりの足袋に手を突っ込みながら、


「おおこりゃあったけえ。最近は夜も冷えるからな。布団蹴飛ばしちまうから、寝るときにつけとこうかな」

「ふふふ、それは止めたほうがいいよはっちゃん!」

「うわ、石姉」

 

 入り口に寄りかかりながら手を組んでそのようなことを言ってきたのは、黒い喪服がいつ見ても不吉な眼鏡の女絵師、鳥山石燕であった。

 相変わらず無意味に不敵な笑みを見せながら彼女は告げてくる。


「夜に足袋を履いて眠ると親の死に目に会えなくなる、と言い伝えがあってね」

「はー、そりゃなんでだぜ?」

「その答えを探るべく私達は南沙に飛んだ!」

「どこだよ!?」

 

 ともあれ石燕は店に入ってきてお八の隣に座ると、熱燗をタマが持って差し出した。

 彼女はぐいと酒を昼間から呑んで酒臭い息を吐いた。

 そして、目をぱちぱちと開閉して云う。


「ええと、なんの話題だったかね」

「不安になる物忘れの勢いだぜ!?」

「足袋の話題だ、足袋の」

「冗談だよ。まったく、私を誰だと思っているのかね。本気でそんなに鳥並に忘れるわけないではないか」


 心外だとばかりに彼女は口をとがらせるので、九郎とお八は微妙そうな顔を見合わせた。

 

「さて、別に難しい話題ではないよ。足袋は外行きに履くもので[旅]にも音が通じるね? それで寝ているときまで旅をしているとなれば、先人を追い越してしまうと考えられたのだろうね」

「つまり……?」

「親の死に目に会えないというか……親より先立つようになってしまうと云う言い伝えだね」

「げ。そりゃ困るぜ」


 お八が苦々しく呻いた。早死したくは無い。

 迷信のようだが、この時代ではおまじないや風習は信じている者の方が多いのである。

 知らなかったら意味はないのだが、石燕は指ぬき手甲をアピールしつつ云う。


「単純な理屈であるが、知ってしまえば効果が出てしまう。ふふふ、君たちは私に呪を掛けられたのだよ」

「子供に不吉な呪いを掛けるな」

「それより!」


 石燕は九郎のジト目を振り払うように主張した。


「今日は十二月二十四日。この日に、子供が枕元に足袋を置いておけば良いことがあるらしい! 朝起きたら福的な物が入っているという!」

「む、確かそれは……」


 九郎がそのような風習──クリスマスにあるサンタクロースのプレゼント──があったことを思い出しつつ、


(この時代にもうあったっけか)


 と、首を傾げた。

 石燕は九郎の反応に頷きながら告げた。


「そう、夜中に弘法大師がやってきて足袋に福を置いていくのだ! よく知っているね九郎くん!」

「いや何か己れが知ってたのと違う」

「っていうかなんで弘法大師が足袋なんだぜ?」


 石燕はやってきた蒲鉾の田楽串を摘んで齧りながら応える。


「そもそも、足袋と云うのは弘法大師が唐から伝えた物なのだよ」

「ほう、初耳だ」

「なにせ今考えた嘘だからね!」

「……」

「……」

 

 なんで自分達はこの万年酔っぱらいから話を聞こうと思ったのか。

 九郎とお八は猛烈に後悔しだした。

 石燕はけらけら笑いながら絡んでくる。


「しかしあれだね! なんか適当なものでも[弘法大師が伝えた]とか云うとそれっぽく聞こえないかね? うどんとか温泉とか。九郎くんも嘘雑学語るときは弘法大師か、阿蘭陀や葡萄牙ぽるとがるから伝わったとか云うといいよ!」

「なぜ嘘をついてまで雑学を言わねばならぬのだ」

「こう、地元の振興を頼まれたときとか」

「本当にありそうだのう」

 

 げんなりとしつつ頬杖をついて九郎は干菓子を齧った。

 

「だが弘法大師が福を齎しに訪れるという伝承も実在してね? それと足袋を履いてはならない風習が合わさり、そのようなことになったのではないか……と、考えているのだよ」

「ふうん。親の死に目にってのはあんまり信じてないけど、ただで福が来るのなら今晩ぐらいはやってみようかしら。だって福が来るもの。タマ、二人でやれば二倍くるのよ」

「お房ちゃんが食いついたタマ……」


 と、話し合っていると店の別の席に座っていた男が立ち上がって声高らかに主張した。


「話は聞かせてもらった!」

「利悟」

「その風習を流行らせれば、福を与えに来た弘法大師の仮装をして子供が履いた足袋を合法的に手に入れることが出来るのでは!?」

「美樹本」


 呼ばれて心底嫌そうな顔をした同席の美樹本同心が、利悟にお縄をかけて鉄の十手で殴り不法侵入と窃盗の未遂で連行していくのであった。

 

「あやつ、今年の年末も牢屋か……」


 風物詩のようなものだろうか。しみじみと九郎はスト2で負けたベガのように顔をボコボコにされた利悟を見送った。 

 入れ違いに、ひょろりとした侍が店に入ってきた。


「やは、九郎氏」

「む、お主は……」

それがしに最近会ってないからって忘れてない?」


 風邪を引いて気だるげとでも云った雰囲気で現れた、痩身の侍は九郎の知り合いである山田浅右衛門であった。

 仕首切り役人をしていて、罪人の斬首を代行し死体を貰い受け、腑分けして様々に役立てるという江戸でも彼のみが公的に行っている仕事である。

 また、それ以外にも黄表紙や洒落本、絵物語なども行っている。九郎が何度か助言したこともあった。


「げっ、ちょっとあたし、年末で実家が忙しいから手伝い行ってくるぜ」

「む、むう。九郎くんに助屋の相談かね? 少し席を外そう」

「ありゃ」


 座敷に座っていた二人はそそくさと離れていく。

 どうもこの百人と云わずに斬首を行っている浅右衛門と云う男、どうも石燕が苦手とする臭いを持っているのであった。

 穢れの臭いとでも云うべきか。

 百鬼妖怪魑魅魍魎とはまた違った、無数の怨念が呪詛となって取り憑いている気配がするのである。

 浅右衛門本人は一切気にしていないが、石燕からすれば全身を餓鬼に囓られながらもへらへらしているように感じられて、酷く不気味に映る。

 そんな説明をしたものだから、怖がりのお八も怯えてしまうようになったのだ。


「まあいいや。九郎氏、実は相談ってこんなことなんだ」

「こんな、とは?」

「某、友達が居なくって、さ」

「……お、おう」


 彼は蕎麦を注文しつつにへらと軽薄に笑いながら告げる。

 友達が居ない。

 そう、首切り役人をしていて死体を売り捌く彼は友人らしい友人が居ないのであった。

 顧客ならば大名や吉原の店主、薬種商の大店など様々に繋がりはあるのだが個人的交友は無かった。行きつけの道場もあるが、そこでは先生として扱われるしやはり一歩距離を置かれる立場だ。

 彼に友達が居ないから常連なら食わぬ蕎麦を注文してしまうあたり、九郎はもの悲しくなった。


「いい年して友達も居なくて年末の大掃除なんかしてたら寂しくなって、さ。っていうか、某の家は物が置いてないから半刻で掃除終わっちゃった」

「ああ、なんか厄祓いに家具を売り払ったとか云っておったな。あれから買い揃えて無かったのか」

「無ければ無いでなんとなく生活できて」


 九郎は想像して寒くなった。

 浅右衛門は痩せて無精髭なども生やし、浪人風で正確な年齢はわからぬが三十は超えているし五十にはまだ遠い程度だろう。

 そんな年の男が一人、家具の無いがらんとした部屋で年末を過ごしているのだ。

 貧しくて狭い家に独身男性が住み酒を食らってだらしなく過ごしているならまだしも、浅右衛門は屋敷住まいである。年に百両以上稼げる男が友達が居なくて出てきたのだ。


「……フサ子、酒を持ってきてやれ」

「もう準備してるの」

「お主は良い女だのう……」


 不味い……いや、普通よりやや下程度の蕎麦を啜る浅右衛門に、九郎は酒を注いでやった。

 旨いとも不味いとも云わないのが、また微妙に切ない。


「それで、どこか某の友達になってくれそうな……人というか、こう、寄り合いみたいなの無いかな」

「版元のところはどうなのだ?」

「某の残虐な作品は版元の人でも好き嫌いが激しくて……某が連載を勝ち取った[二十一アサえもん]なんてこれ止めさせないと自分が連載やめるぞって他の作家さんから云われるぐらいで」

「何が二十一なのだ……」


 呻きながら九郎はどうしたものかと浅右衛門を見やった。

 彼をどこかのグループに所属させてそこから交友関係を広げなくてはならないようなのだが……。


「同心らはどうだ? 仕事上の付き合いもあるだろう」

「ああー……無理無理。だって某が触った場所に塩撒いてるの見たもの以前。酷くない?」

「穢れ系として認知されすぎておるなあ」


 このようなへらへらとした調子で罪人の首を切り落とすのを何十回も見せられれば、噂のみ聞く者以上にまともには見られないだろう。

 

「影兵衛などとは気が合いそうだが……」

「[切り裂き]同心? 人殺しが友達はちょっと……某、斬る生き物は死罪の相手だけって決めてるぐらいだから」

「そういえばそうである」


 逆に思い直す。 

 普通に友人のような妙な付き合いをしている影兵衛だが、その性質は人殺しである。

 主に殺すのは悪党だが、中には死罪にならぬ者でも現場の判断で容赦無く斬り殺すときがある。

 普通に考えれば影兵衛の方こそ、友人として忌避されるのだが……彼は手下も同僚の友人も道場で慕う後輩も嫁と子までいるのである。

 この寂しい人生の浅右衛門とどうして差がついたのだろうか。


(コミュ力の差か……)


 余計悲しくなってきた。  

 だが見捨てる気にもなれない。何故かは知らないが。


「あと己れが紹介できるのは子供に勉学を教えるとか……」

「うう、子供かあ。この前、紙芝居してたら親に変なこと教えるなって怒られたけど大丈夫かなあ」

「ふうむ……」


 確かに、と九郎は天爵堂の私塾で講師でもさせようかと思ったけれど思い直した。

 浅右衛門が解説するならば、刀の話や死体の腑分け、処理、販売などになるだろう。

 

(あそこの子供に死体を切り分けて処理する方法など教えたらまずい気がする……)


 浅右衛門は無精髭を撫でながら云う。

 

「医術も多少は教えられるけど……手足を切り取っても死なせないようにする治療とか」

「よし、絶対に教えるな」


 天爵堂のところは駄目だ。

 かと云って晃之介のところにやるにも、怯えているお八に悪い気はするし、お七にもあまり物騒なことは学ばせたくない。

 さてどうしたものかと思っていると、入り口から声をかけながら入ってくる巨漢が居た。


「嫉妬の心は父心ぉおおお……なぁんか知らねえけど十二月二十四日になるとムラムラと嫉妬心湧いてきちゃったりするぅ甚八丸ですどうぞよろしく」

「嫁持ちだろお主……しかも結構美人の」


 筋骨隆々で無駄にこの寒いのに褌で現れたのは、千駄ヶ谷の地主、根津甚八丸だ。

 

「というかなぜ褌……」

「家で春画に色つけてゴロゴロしたり、一発芸股間から冬茄子そして犬に食われるの練習してたらうちの奴らが大掃除するってんでぇ、俺様も手伝おうかと思ったら任命された仕事は[裸うろつき]だった。なんだこりゃあ……」

「邪魔だったんだろうな……というか、この季節に茄子が出来るのか?」


 甚八丸は駕籠に何本か乗った茄子をタマに渡しながら応える。


「肥えが腐ると熱が出てな、その熱を利用して土を温めてやりゃ夏の野菜が作れたり、他より先に春野菜が収穫できたりして結構売れるわけよこれが」

「ほう、考えておるのだな」

「酔っ払って肥桶まき散らしながら遊んでたら蒸し暑くなったことから思いついた。いやーこれ思いつかなったら嫁に殺害されてたぜい、かなり確実に」


 などと言いながら彼は無駄に逞しい体でポーズをつけながら依頼する。


「で、今晩は毎年恒例の不忍池で忘年会やるから、また鍋を今の内に頼んでおこうかと思ってな」

「ああ、そういえば去年おでんを出したな。あれでいいかえ」

「おーう。どうせショボくれた落伍者の慰め合いだからなるたけ豪華にしてやってくれい」


 十二月二十四日は、甚八丸が顔役になり江戸中に暮らす普段は忍んでいる忍者達が集まり、会合を開く日なのである。別段集まらないといけないわけでもないが、暇な者がぞろぞろとやってくる。

 去年はたまたま、緑のむじな亭にて忘年会に持ち込む鍋の注文があって九郎がおでんを作り持っていったのだった。

 九郎は呆れたように云う。


「しかし忍者と云うのは誰も彼も、ぱっとせん暮らしをしているのか」

「忍者じゃねえぇい。ただの身分を問わない仮面忘年会だ」

「そうしておくか……うむ?」


 九郎は相談者だった浅右衛門に向き直り、甚八丸に尋ねた。


「それって一般参加も出来るのか?」



 

 *****





 その晩のことである……。


 不忍池ほとりにある小屋は、甚八丸が買い取り知り合いに貸している形で管理していた。

 と云っても元あった料理店を再開出来る者も居ないので、漬物と茶を出すだけの簡単な茶店を昼間はしている。

 そこは十二月二十四日の夜になると顔を黒頭巾、覆面、面頬で隠した様々な不審者が集って各々の日頃の報告や雑談を行っていた。


「今年も温泉行けなかったね……」

「いっそ江戸に温泉沸いてくれないかな……そうすれば近場で大江戸温泉物語できるのに……」


 などと今ひとつな一年を振り返り沈んでいる者。


「だからさあ、退魔師の俺は依頼を受けて富士の地下風洞に魔物退治に出かけた。しかしそこは、鬼娘や蜘蛛女、濡れ女なんかの女妖怪が集まる迷宮だった! 彼女達は当然退魔師の力を吸い取ろうと襲ってくるわけだ」

「でもそれ性的に襲われないで普通に食われるんじゃないの?」

「そこはほら……体にお経を描いてるから齧れないんだよ! しかし一箇所だけ書き忘れて……!」

「あー駄目駄目。助平過ぎます」


 と、妄想を語る者。


「年末の新刊情報見た?」

「ああ、高女や女入道など巨女限定合同誌とかまさかなーと思ってたんだけど来てるねこれ」

「でもあれ子興ちゃん以外掲載[予定]だったんだけど騙されてないかな」 

   

 雑談をする者。


「四人組でちょっと助平事件起こしつつの冒険だったら、男主人公、女幼馴染、女忍者、鬼女だって! 距離感の近い幼馴染とふと意識してどきどき、付き従う普段しっかりものの女忍者が何か失敗して落ち込んで慰める! 一人異形を足して事件が起きたり主人公の成長にしたりするわけ!」

「いいや、男主人公、親友少女、お姫様、ドジっ娘の組み合わせだろ! 中の良い男と親友少女を見守る二人と見せかけつつ、発生する三角関係! なんとかしようとするドジ娘だけどドジだから上手くできなくてむしろ主人公に目を掛けられ他二人から恨まれる! この駆け引きだ!」

「どうでもいいけどさあ、腹黒い女の子がちょっと攻められたらでれでれし出すのってどうかと思うよ僕ぁ」

「女の子二人の淫靡な関係に男を入れてガチな方とくっつかせるのは……」

「あー駄目駄目。駄目だけど……詳しく聞こうか」


 趣味嗜好の話をする者。


「そこで俺はお見合いの席で、相手の女性が厠に立ったからすかさず云ってやったんだ。『僕が君の厠さ』」

「で、どうなったの?」

「親戚一同から飲尿野郎って呼ばれるようになった」

「なんで自分からお見合いの席捨てるの? 馬鹿なの?」

「蛤女房っているじゃん。味噌汁にお小水入れて美味しい妖怪。相手がそれだったら嬉しいかなーって思ってさ……」

「お前馬鹿だよ……だが嫌いな馬鹿じゃないぜ」


 などと集まった黒ずくめの男達がわいわいと盛り上がっているのである。

 江戸の世に忍び、平素は表の仕事を持ちながらもまだ裏に身を起き様々な情報を集めて鍛錬も行う者共なのだが。

 ここで会話される内容は九割九分、どうでもいい馬鹿話である。

 そうしていると入り口の戸が叩かれて全員の視線が向いた。

 代表の一人が外に呼びかける。


「犬娘も歩けば」

「素敵な出会い」


「鬼娘の目にも」

「乾杯」


「猿娘も」

「恋に落ちる」


 合言葉を言い終わると、がらりと戸が開けられた。

 巨漢に褌、覆面の甚八丸が湯気を立てる鍋を持って入ってきた。


「っていうか頭領。この合言葉意味あるんですかね……」

「大体参加者って声で覚えてるし……」


 顔を向け合うが、ふと甚八丸に続いて中に入ってくる者に気付いた。

 着流しに帯刀しているが顔は黒頭巾で隠している。侍の身分な忍者もこの集まりでは数名いるが、見ない相手であった。

 九郎に言われて忍者サークルに参加するように勧められた浅右衛門である。

 甚八丸が囲炉裏におでんの入った鍋を移しながら適当な声で云う。


「あーこいつは新入りだ。仲良くやれよお前ら」

「はーい」


 まあ、甚八丸の連れてきた相手ならば大丈夫だろうと皆は思って、ややそわそわした男を手招きして呼ぶ。


「それじゃなにか適当にお題で語り合おうか! 何がいいかなー?」

「ここは幅広くも様々な条件が考えられる、お嬢様かお姫様との恋愛でいこう! 新入り君、何かあるかな?」


 話を振られた浅右衛門だが、普段作家業もしているだけあって考えながら応える。


「えと、そだね。落ちぶれたお姫様と一緒にお家再興の手伝いをする某。前はお姫様の家来だったけど没落する前に離れて、商売で成功を収めるんだ。それで身よりも無くなったけど気位だけは高いままでどこにも行く宛の無いお姫様を助ける」

「ほうほう、俄然興味が湧いてきたよ」


 新入りの語りだす設定に皆が聞き入る。


「お姫様は生来のわがままを言いつつも、某に衣食住を助けられるわお家をどうにかしようと資金援助やら、親戚への声掛けまでやってくれる某に徐々に不安になる。なんでこんなに優しくするのだろう。元に戻った時の身分が欲しいのか。でもそれが目当てだとなんか嫌だな、と」

「だが違うんだよね!?」

「そう。某はお姫様が好きだから手伝うんですよと云ってあげるけど素直になれないお姫様。でもそれからお姫様自身も協力的になり、二人は様々な苦労をお互いにしながらも助けあって、元の家を再興できたかどうかはともあれ結婚を誓う」

「いいねいいね!」

「王道だな~」


 浅右衛門は頷きながら結末を応えた。


「そこで死にたい」

「……」

「……」

「えっ」


 浅右衛門は覆面の内側で安らかな笑みを浮かべながら云う。


「こうできるだけ、無残にお姫様の目の前で死んで一生拭えない心の傷を負って欲しい」

「か、階級高ぇー……」

「ちょっと待てよ!」

「女の子が不幸すぎる!」

「いや待て、俺は気持ちはよく分かるぞ。善行の果てに死んだ俺は仏様に認められて輪廻の輪を別世界に移される! そこで女貴族として転生した俺は……」

「お前いつ話しても女体化かぶせて来るよな」

「はいはい次! 次は幸せな結末の話でお願いします!」


 などと新入りの浅右衛門を話題の中心にして、彼の話す妄想話に周りの忍者が一喜一憂する。

 たっぷりと入ったおでんに、人数を九郎が聞いて用意し追加で持たせた具材をおでん汁で煮込みながら忍者の夜は更けていくのであった。

 浅右衛門の話しは悲劇も多いがそれはそれで皆がそれに対して幸せな二次創作をお出しするというように、嫌がられるのではなく議論の種になる。

 一段落ついて浅右衛門が酒とこんにゃくを味わいながらひと目で判る甚八丸に尋ねる。


「やは、結構楽しいものだね。顔を隠して好きなことを言い合うってのは」

「なんだったらお花の読売を取るんだなぁ。時々の不定期会合の情報も載ってるから」

「そうしよっか。某みたいな首切り役人が来てもいいなら」

「馬鹿野郎! 俺達は皆が皆、聖人君子なわけがねえだろ! よぉしお前ら! 今年やらかしちまった悪行話大会始め!」


 甚八丸の声に挙手しながら、駄目エピソードが次々に披露された。


「将軍が植えてた桜の木を堤ごと川に落っことした」

「芋のつるが旨いって聞いて療養所で作られてた薩摩芋のつるを切って持ち去った」

「薬研堀で買った助平になる薬を一月分の収入で買って長屋の井戸に入れたけど何も起きなかった」

「夜中に橋の上から立ち小便してたら下を船で通った旗本に直撃した」

「火盗改が盗賊を惨殺した現場検証したら何故か腕だけ一本多く出てきたけど怖かったから報告しなかった」

「桶に塩入れて運んでたら転んで小川にぶちまけてそこの生き物居なくなった」


 などと次々に暴露される情報に、皆笑ったり「駄目だろ」とツッコミを入れたりしながら場は盛り上がるのであった。


 浅右衛門も、たまにはこういうのもいいと年末に楽しい忘年会に参加できて、九郎にありがたく思うのだったという……。




 ******



 

 さて、その夜別の場所では……。


 九郎と石燕が息を潜めながら、タマの部屋に忍び込んでいた。

 彼の枕元には九郎手作りの足袋が置かれている。

 ひそひそと九郎に囁きかける。


「よし、夜のうちに子供たちに福を入れておくよ九郎くん」

「弘法大師だろうがサンタだろうが、やることは同じか」


 と、予め彼女が呼びかけた三人に対して足袋にプレゼントを突っ込もうとする九郎と石燕である。

 安らかに眠っているタマの足袋に二人はそれぞれ選んだ物を片方ずつ入れる。


「ふふふ、タマくんには春画が一番だろう」

「己れは筆と墨壺と半紙を……勉強するように」

「朝起きたらがっかりする贈り物度が異常に高くないかね九郎くんそれ」


 ジト目で見つつ、続けて二人は一階の寝床へ向かった。

 戦争が終わり打ち捨てられた人型兵器のように静かに横たわっている六科の隣で寝ているお房の足袋に二人は詰める。


「房には……小判!」

「これ。子供にやるでない」

「しかし一番喜びそうだが……わかったわかった。こっちのお菓子詰め合わせにしておこう」

「己れからは……漢字書き取り帳を」

「九郎くん! さっきからなんだねその選択は!」

「弘法大師ならこういうの入れるであろう」


 甘やかそうとする石燕と、やたらがっかりな九郎の意見が対立するのであった。

 そして二人は藍屋へ向かい、お八の部屋にも入り込んだ。

 ちゃんと彼女も足袋を置いており、蹴飛ばした布団を九郎が直してやる。


「ハチ子には弘法大師にちなんで──うどんを」

「奇遇だね。私もうどんを」


 枕元に置いた両方の足袋に、うどんの乾麺をつめ込まれたお八が翌朝酷く微妙な表情をするのであった……。





 *****





 夢の中で。

 九郎はその日、意識的に扉を押すような気持ちで眠ると、ヨグの部屋の扉が開かれた。

 本が積まれた巨大な空間でヨグは大きな画面でゲームをしながら、九郎を少しだけ振り返って声を上げる。


「あれー? くーちゃん珍しいね。ちょっと待ってて、今ネット対戦してるから」

「引き篭もりにネットを与えては引き篭もりが加速するだけだのう」

「いいじゃん暇だし。何もやること強制されないしねー……あ、クソ負けた。味方にファンメール送ってやる」


 かちかちとコントローラーを動かしてロボ対戦ゲームをやっているヨグに近づく九郎。

 ヨグの隣にしゃがむので彼女は寄りかかるように頭を寄せて見上げつつ聞いた。


「それでなんか用事? 百回記念でこれまでのイベントを鑑賞するとか?」

「何がだ」

「くふふー」


 意味深な笑いをこぼすヨグに、九郎はため息をついて懐に入れた足袋を取り出した。

 彼女はきょとんとする。


「それは?」

「外の世界では十二月も後半でな。確かお主誕生日だっただろう。魔王城に居た時はイモ子がご馳走を用意するぐらいで何もせんかったが」


 ペナルカンドでも一年は十二ヶ月になっている。月は三十日で固定なので微妙に地球とは異なるが。

 不意に言われたヨグは思わず声を漏らす。


「……えっ」

「で、誕生日の祝いに靴下をやる。ここで見かけたらいつも裸足だったからのう」

 

 ヨグは目を見開いて、九郎からそれを受け取った。

 足袋の形をした二股に別れた靴下である。九郎自作の物だ。

 ヨグは、相変わらず魔王ともなんとも思わぬ保護者めいた目つきで見ている九郎を見返した。

 

(彼は覚えていたのか、自分の誕生日のことを。正確とまでは行かなくても、このぐらいの時期だった程度には)


 それでわざわざ靴下を作って持ってきたという。

 足が冷えないようにと、気まで使って。

 彼はちゃんと見ているし、覚えてもいる。

 そう意識するとヨグは首をガクガクを震わせ出した。


「あばばばばば」

「いやどうした」

「図に乗るな! 我はかなりチョロいんだぞ! こんな程度で、むううう……」


 イモータルにのみ祝われていた昔を思い出して。

 その代わりに九郎が祝ってくれている今に嬉しくなりつつ。 

 ヨグは、


「……ありがと」


 そう云って、うつむいた。

 九郎は微笑みながら、ヨグの肩を叩く。


「イモ子もどこかで修理されていて、そのうち戻るのだろう」

「ああ……勿論だよ」

「その時はまた、イリシアがおらぬのは寂しいが、三人で祝おうかのう」

「……そうだね! 楽しい方がいいさ! だからいつか!」


 ヨグは珍しく、邪気の無い笑顔を見せて云う。


「また皆で笑って一緒に祝おうか──我が友よ」

「ああ、そうだな」


 いつ交わした約束だったか、覚えていないが。

 ヨグに同意して、握った拳を軽くぶつけるのであった……。





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