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「シャロンの喫茶店」シリーズ お嬢様のドールハウス  作者: Toru


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第一章 お屋敷メイドのミア

カラン…

「あ、いらっしゃいませ」


ここは東京の路地裏にある喫茶店「樹」

今日も沢山のお客様が訪れています。

午前中はお年寄りや主婦層が中心に、午後は学生さんが多くなります。

そして夜はお仕事帰りの方がメインです。

でも、中にはちょっと変わった方もお見えになります。


「こんばんは」

「あら!ミアさん、お久しぶりですね!」

ミアさんは、近くのお屋敷に勤めるメイドさんです。

彼女が着ているメイド服は、シャロンが着ている制服としてのメイド服とは全く違っていて、無駄な装飾を省いた、お仕事をするための服だと言うことがよく分かります。


「ミアさん、今日は何にしましょうか?」

「……今日のおすすめをお願い致します。」

「はい、承知しました!」

ミアが「樹」に来るのは大抵閉店間際でした。


ミアが初めて「樹」に来た時は、それこそシャロンが閉店準備をしている時でした。

『あの、お仕事中に申し訳ございません!』

お嬢様が高熱で倒れた夜、ミアはどうしても“甘いもの”を食べさせたくて、灯りのついた喫茶店を見つけ声を掛けたのでした。

『…あら!それは大変ですね!』

事情を聞いたシャロンは、急いで一旦閉めた厨房を開けると、特別にスイーツを用意しました。

『これは?』

『タルト・タタンといいます、リンゴを使ったタルトですよ』

その時のタルトの香りを、お嬢様は「お庭の花みたい」と喜んでいました。

それ以来、ミアは時々「樹」に来るようになったのでした。


「お待たせしました!

本日のおすすめの「樹」特製タルト・タタンです!」

そして、今日もスイーツを一つ買って行くのです。

「…ありがとうございます。」

そう一言お礼を言うと、ミアはケーキを持って、お屋敷に帰って行きました。


そのお屋敷は、「樹」から少し歩いた山の手にある古い洋館で、東京では珍しく、まるで小さなお城の様でした。


資産家だった屋敷のご主人は、先々代が残してくれたこの辺り一帯の土地とこの屋敷で、奥様とお嬢様、そして沢山の使用人達と暮らしておりましたが、株に手を出し事業に失敗してしまったとかで、沢山の土地を数十年の月日をかけて切り売りしたため、今ではこの屋敷だけとなり、使用人もミア1人となってしまったのでした。


ミアは、お嬢様の身の回りのお世話をするためのメイドとして働いていました。

お嬢様は生まれつき身体が弱く、お屋敷から外に出た事がありません。

そんなお嬢様の数少ない愉しみが、スイーツを食べる事でした。

ミアはそんなお嬢様のために、ケーキを買っていたのでした。


「ミア、今日はどんなスイーツを買って来たの?」

「はい、お嬢様」


ミアは、お嬢様のベッドの上にテーブルを出し、今日買って来たタルト・タタンと、カップを置くと、アールグレイを淹れたティーポットからカップに紅茶を注ぎました。

挿絵(By みてみん)

室内にアールグレイの香りが立ち込めます。

「ミア、私は全部は食べ切れないから、半分に切ってあなたも一緒に食べましょう?」


お嬢様はいつもそう言ってくださるのですが、ミアは

「いいえお嬢様、私は使用人ですので…」と、いつも断るのでした。


「…そう、仕方ないわね。」


残念そうに言うと

「この子が一緒に食べてくれたら良いのに」とお嬢様はいつも抱いているお手製のお人形に向って笑ってそう言うのでした。


この人形は、お嬢様が子供の頃、最初に作った子でした。


とてもよく出来ているねと、両親から褒められ、彼女はとても嬉しかった。

病弱でいつも心配ばかりかけている、そんな自分が作った人形で、両親が笑ってくれるのが堪らなく嬉しかったのです。


それからお嬢様は、体調が良い時に人形や、その子達に似合う服などを作る様になりました。

『…お嬢様、何をなさっているのですか?』

『な、何でもないわ(汗)』

慌ててスケッチブックを閉じるお嬢様。

お嬢様は、新しく人形を作る為に、ミアの動きを観察し、こっそりスケッチしていたのでした。

もちろんミアは気づいていましたが、あえて何も言いません。


そうやって作られた人形達は、今ではお屋敷の至る所に飾られるまでになったのでした。


「…この子は、かなり草臥れてしまいましたね」

「そうね、でもこの子は私のお気に入りなの」

お嬢様にとって、最初に作ったこの子は特別でした。

もう随分と前に作ったので、あちこちに補修した跡があります。

手作りの小さなボタンは、ちょっと歪で所々が欠けてしまっています。

それでもお嬢様は、

「あなたが動けなくなっても、私がずっと直してあげるからね」

と、この子が何処かほつれたりする度に一針一針、直してあげていたのでした。


「知ってる?私がこの子を作った理由?」

「…いいえ、存じません。」

「そうよね〜」

最初の人形を作った理由、それは

実は「ミアが初めて笑ってくれた日」なのでした。


「…教えて頂けないんですか?」

「ええ、ナイショよ(笑)」

この子の話をする時のお嬢様は、とても楽しそうに話すのでした。


………

……


やっと夏の暑さが和らいできた頃

「樹」に訃報が届きました。


「…そう、お嬢様がお亡くなりに…」

「…はい」

ミアがお嬢様が亡くなった事をシャロンに知らせに来てくれたのでした。

「旦那様が、お嬢様を愉しませてくれたスイーツを作って下さったパティシエさんにお礼がしたいと…」

「いえ、お礼なんて…でも、ご葬儀には参列しますね」


「旦那様にそう伝えます」と、ミアは深々と頭を下げ「樹」を後にしました。


その日の晩、

シャロンは夢を見ました。

夢の中でシャロンは古い洋館の廊下を歩いています。

ふと気がつくと、扉の隙間から小さな人形たちがこちらを見ていました。

その中に、ミアそっくりの人形がいて、シャロンの前にトコトコと歩いてきます。

そしてシャロンに向かって小さく会釈するのでした。

目が覚めると、部屋になぜか良い香りが残っています。

「この香り…アールグレイ?」



葬儀の日

シャロンは葬儀に出席するためにお屋敷へと向かいます。


「本当にお城みたい…」

シャロンが驚くのも無理はありませんでした。

山の手は、いわゆる高級住宅地で、立派な邸宅が建ち並んでいます。


その中でも、ミアが勤める洋風建築のお屋敷は、古いとはいえとても立派です。

黒い鉄製の柵で囲まれているお屋敷は、今まで柵の外からしか見たことがありませんでした。


英国風の門を抜けると庭園があり花がいっぱい咲いています。

中庭を抜けた先に小さな教会風の建物がありその中に祭壇が作られていました。


祭壇にはお嬢様が眠る棺が置かれ、弔問客は手渡された白薔薇を棺の中に供えて、お嬢様と最後のお別れをしています。


シャロンも白薔薇を棺の中に供えます。


「ミアさんよりずっと年下に見える……」

初めて見るお嬢様は、まるで白薔薇に囲まれた眠り姫のようでした。


「はじめてお目にかかりますね、お嬢様…」

と、シャロンはご挨拶をします、そしてご冥福をお祈りしたのでした。


「…でも、あんなに長く働いているミアさんが、まだ子供のようなお嬢様にお仕えしていたのかしら?」

シャロンはちょっと不思議でした。

そのうえ、沢山の弔問客達はとても静かで、何処か浮世離れしているような…そんな気がしてならなかった。


「シャロンさん」

最後のお別れを済ませたところで、ミアがシャロンに声を掛けました。


「ミアさん…なんて言ったら良いか」

「いえ、良いんです、ありがとう御座いました。これで私の役目も終わりました。」

と寂しそうに笑った。


「…どこかに行かれるんですか?」


何となく、そんな気がしてシャロンがミアに聞きました。


「はい…ここからだと遠いので、もうシャロンさんとは会えなくなると思います。」

「そうなの…さみしくなるわね」


シャロンはミアとの別れを惜しみました。


弔問客の列はまだ長く、シャロンは旦那様と奥様に会うことはできませんでしたが、ミアが伝えておいてくれると言っていたので、シャロンは帰る事にしました。

別れ際、ミアは封筒をシャロンに手渡しました。


「樹」に戻ったシャロンが封筒を開けると、そこには短い手紙と、ちょっと歪で所々欠けたボタンが入ってました。

手紙には、

「シャロンさんのスイーツが、お嬢様の世界を広げてくれました。本当にありがとうございました。」と、書かれていました。




それからしばらくして

シャロンはあのお屋敷が、お嬢様の遺言で人形たちを展示した記念館になると喫茶店の常連さんから聞きました。

なんでもあのお嬢様は海外では有名な人形作家だったそうです。


「そういえば、あのお屋敷に行ったのよね、シャロンさん?」

翔子がシャロンに聞きます。


「ええ、お嬢様のご葬儀に伺ったわ」

「じゃあ、沢山の人形があったんでしょ?この前、海外のオークションですごい値段がついてたよ!」

リサは、ちょっと興奮気味にそう言います。


「うーん…」

「どうしたんです?」

と、翔子は不思議がった。

シャロンは、あのお屋敷で飾られている人形なんて、一つもなかったのに…と考え込んでいたのでした。




今日は人形作家記念館のオープンする日

シャロンは、どうしても気になって記念館に行ってみました。


「では皆様、こちらへお願いします!」


メイド姿の案内役が展示コースを説明を交えながら来館者達と一緒に廻っていきます。


あの葬儀の時とは違って、沢山の人形達が展示されています。

でもそれは、まるで沢山の弔問客でいっぱいだったあの時と似ているような…シャロンにはそんな気がしました。


記念館の中庭にある、小さな教会には人形作家の写真が飾られていました。


「え?…この人がお嬢様?」


写真には、ベッドの上で人形を作っている高齢の品の良いご婦人が写っています。

あの時見た、棺の中のまるで眠り姫のような、うら若き女性ではありませんでした。

そして写真には、人形が一緒に写っています。


「写真に写っている人形は、作家が最初に作った作品ですよ。」と、案内役はそう説明してくれました。


「…ミアさん」

写真の人形のボタンは少し歪で所々欠けています。

シャロンは、その人形がミアそっくりに見えました。


「あの…この人形は展示されているんですか?」

「いえ、残念ですが…初期の作品は殆ど残ってません。」

「海外のコレクターの元に渡ったとか?」

「ええと…」


案内役はちょっと言い淀んでいたが


「実は…初期の作品は行方不明なんです。」

「行方不明?」

「はい、まだ個人で活動されていた頃ですので、ちゃんとした記録が残ってないんです…」

「そうですか…」




「館内ツアーはこれで終了になります。

ご利用ありがとう御座いました〜」

記念館の出口付近で、シャロンはふと視線を感じました。

振り返ると、案内役のメイドが立っています。

「⁉」

その顔立ちはミアに似ているが、どこか人形のように整いすぎています。

メイド服のボタンが、ちょっと歪で所々欠けたあのボタンに似ている…

「あ…」

シャロンは声をかけようとしますが…

メイドは静かに微笑み、人混みに紛れた瞬間に、まるで最初からいなかったかのように姿が見えなくなりました。


不意に漂う紅茶の香り…これはアールグレイ?


「会いに来てくれたのよね?ミアさん…」

シャロンはそう思いながら、喫茶店「樹」へと帰ったのでした。





喫茶店「樹」においでの際は、ある人形作家記念館にまで足を延ばしてみるのもお勧めです。

館内を案内してくれるメイドさんが、素敵な人形達を紹介してくれます。

運が良ければ、貴重な初期の作品に会えるかもしれません。



お嬢様のドールハウス 第一章 お屋敷メイドのミア 完








数日後…


カランッ

「ママー、こっちこっち!」

勢いよくカウベルを鳴らしながら

小さな女の子がドアを開けました。


「…美亜、待って頂戴」


喫茶店「樹」に、ある母娘がシャロンをたずねてきました。


「私、高嶋房江と申します。」

「はじめまして、「樹」の店主のシャロンです。」

「突然押しかけて来てしまって、ごめんなさいね」

「いえ、いいんですよ…でも何故私を訪ねていらしたのですか?」

「…これを」


と房江さんは、1通の手紙を差し出しました。

宛名は宮田絹枝様と書かれている。


「宮田絹枝は私の祖母です。

この手紙は、先日祖母に宛てに届いたものです。」

「…読んでもよろしいのですか?」

「はい、ぜひ」

「分かりました」


シャロンは房江さんから手紙を受け取り、読み始めました。


「…これ、ミアさんが書いた手紙だわ!」


手紙には、お嬢様が高熱を出した時にシャロンが店を開けてくれた事や、スイーツがお嬢様の愉しみだった事、葬儀にシャロンが来てくれた事等が書かれていて、とても感謝していると記されていました。


「私、この手紙を書いて下さった方に、一言お礼を言いたくて、捜しておりました。」

「そうなんですね」


房江さんは、手紙を書いてくれた方にお礼を言いたいと人形作家記念館に行ったけれど、

スタッフや関係者の中に、手紙を出した人はいないと言われ、手紙に書かれていた喫茶店「樹」を探して来てくれたのだ。


「…この方、ミアさんと仰るのですか?」

「はい、でもご葬儀の後何処か遠くに行くのでもう会えないと仰っていました。」

「あぁ…そうでしたか」

「ええ…でもどうしてミアさんが房江さんのおばあさまに手紙を書いたのかしら…」

「祖母は、若い頃あのお屋敷で使用人をしていたと聞いています。」

「おばあさまが?」

「ええ…使用人になった時はまだ十歳で、仲間内でも一番下だったそうです。」


時代を考えると、昭和の始め頃だろうか…


「周りの使用人達からは『宮!みや!』とよく叱られて、名前もろくに呼んでもらえなかったそうです。」

「あの…おばあさまは」

「はい、この娘が生まれてからすぐに亡くなって…10年になります。」

「まあ、そうでしたか。」


隣にちょこんと座っている女の子を、房江さんは愛しそうに頭を撫でた。

娘さんは、何処となく、あの日見た眠り姫のお嬢様に似ている気がした。


「はじめまして、私はシャロンと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」


シャロンは小さなレディに失礼の無い様、礼儀正しく挨拶をしました。

女の子はちょっとびっくりしていましたが

「美亜と申します。」と丁寧に挨拶を返してくれました。


「この子の名前は祖母が名付けたんです。大切な人からもらった愛称だったと…」

「『宮』が『ミア』に…きっとお嬢様は絹枝さんをそう呼んでいたのでしょうね…」


「祖母はきっと大変感謝していると思います。

シャロンさん、本当にありがとうございました。」


そうお礼を言って、房江さんと美亜ちゃんは帰って行きました。


「………」

二人を見送ったシャロンの手には、日記が握られていた。

『祖母の遺品から出てきた、その頃の日記です。

…内容がちょっと…娘の前では話す事ができないので…シャロンさん、後で読んでみてください。』

と、それは房江さんに内緒で手渡された宮田絹枝さんの日記だった…                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

今まで書いていた、「シャロンの喫茶店」から派生したお話しを別シリーズ化しました。

今作は、喫茶店に訪れたメイドのミアと、彼女が勤める古いお屋敷を舞台にした、昭和初期から現在に至るまでの物語です。

第一章は現在の「日常の風景(喫茶店)」から始まり、「幻想的な謎(人形の正体)」を経て、「人の温もり(名前の由来)」に着地します。

シャロンという観察者の視点で、一緒に不思議な世界へ迷い込み、最後にパズルが解ける。そんな風に感じて貰えたら嬉しいです。

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