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顔が怖すぎて患者が逃げる治癒士、それでも今日も癒しに行く  作者: おっさんず


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第4話 怖い顔の治癒士、噂になる

王都では噂が早い。


 治癒所に通い始めて五日目の朝、グランが開口一番こう言った。


 「お前さんの噂が広まってるぞ」


 「……噂」


 「貧民街に怖い顔の治癒士がいる、ってな。腕はいいが顔が怖すぎて近寄れない、とも言われてる」


 俺は少し考えた。


 「……悪い噂ですか」


 「腕がいい、は悪い噂じゃなかろう」


 「……顔が怖すぎて近寄れない、は?」


 「……事実だろう」


 俺は何も言えなかった。グランが珍しく少し笑った。


 「まあいい。今日は患者が多いぞ。怖いもの見たさで来る連中も混じってるだろうが、来たからには治してやれ」


 「……わかりました」


 俺は上着の継ぎ当てを確認して、治癒所の扉を開けた。


 入口の前に、いつもの三倍ほどの人間が並んでいた。


 俺が顔を出した瞬間、前列の数人がのけぞった。後列まで波及した。列がS字に歪んだ。

 「……順番に、どうぞ」


 しばらく沈黙があって、それでも最前列の男が「お、お願いします……」と一歩踏み出した。

 今日も始まった。



◆ ◆ ◆


 午前中だけで十二人を診た。


 その中には明らかに怖いもの見たさで来た人間が数人混じっていた。怪我も病気もないのに「あの、腰が……なんとなく……」と言いながら入ってきて、俺の顔を見た瞬間に全力で逃げた男が二人。


 「怖い顔の治癒士を見てきた」という土産話を持ち帰りたかったのだろう。


 (……まあ、いい)


 来た理由はどうでもいい。怪我や病気があれば治す。なければそれでいい。


 昼前、小さな女の子が母親に連れられてやってきた。六歳くらいだ。熱が続いているらしい。母親が俺を見て身構えたが、娘の手をしっかり握って「お願いします」と頭を下げた。


 俺は女の子の前にしゃがんだ。


 女の子が俺の顔をじっと見た。怖がっていない。ただ、観察している。


 「……熱が出てるんだって?」


 「うん」


 「……手を出してくれるか」


 女の子が小さな手を差し出した。俺が光を当てると、女の子が「あったかい」と言った。


 「……もう少ししたら熱が下がる。今日は安静にしてくれ」


 「うん。……おにいちゃん、目がこわい」


 「……そうだ」


 「でもてがあったかいからゆるす」


 母親が「こら」と言った。俺は何も言わなかった。


 (……ゆるす、か)


 子供の語彙は、たまに核心をついてくる。



◆ ◆ ◆


 昼飯をグランと食べながら、俺は聞いた。


 「グランさんは、なぜここで治癒士を続けているんですか」


 グランは汁物をすすりながら、少し間を置いた。


 「儂が最初に治癒士になった時、師匠にこう言われた。『腕のいい治癒士は金持ちの病を治す。本当に必要な治癒士は、誰にも相手にされない病を治す』とな」


 「……それで、ここに?」


 「最初は神殿付きだった。金になった。楽だった。でも、ある日貧民街で行き倒れた子供を見た。治せる怪我だった。金がないというだけで、誰も治さなかった」


 グランは椀を置いた。


 「それから三十年、ここにいる。儂の師匠が正しかったかどうかはわからんが、後悔はしていない」


 俺はしばらく黙っていた。


 前の世界でも、似たようなことがあった。深夜のオフィスで倒れた同僚を、誰も気にしなかった。俺だけが救急車を呼んだ。それだけのことだったが、なぜか俺には当然のことに思えた。


 「……俺も、似たようなものかもしれません」


 「ほう」


 「前の……遠い場所でも、誰かが困っていたら放っておけなかった。顔が怖くて誰にも感謝されなかったけど、それでも」


 「……それでも、やめなかった?」


 「……やめる理由がなかったので」


 グランはしばらく俺を見ていた。それから静かに頷いた。


 「……お前さんは、ここに向いてる」


 俺は何も言わなかった。


 でも、その言葉は、前の世界では一度も言われたことのない言葉だった。



◆ ◆ ◆


 午後、患者が一段落した時間に、治癒所の前の小さなベンチに腰を下ろした。


 夕日が石畳を染めている。露店の商人が荷をまとめ始めている。子供たちが路地を走り抜けていく。


 王都の日常だ。


 俺はその景色を眺めながら、不思議な感覚を覚えた。


 居心地が悪くない。


 逃げられる。怖がられる。それは変わらない。でも、グランがいる。毎日来てくれる患者がいる。「てがあったかいからゆるす」と言ってくれる子供がいる。


 前の世界では、職場に居場所がなかった。家にも居場所がなかった。街を歩いても、顔のせいで人が避けた。


 ここでも避けられる。でも、なぜかここの方が、息ができる気がした。


 「……おい、治癒士」


 声がした。振り返ると、治癒所の患者待ちらしい若い男が立っていた。腕に包帯を巻いている。


 「まだ診てもらえるか? 怖くて入れなかったんだが……」


 「……どうぞ」


 男は恐る恐る近づいてきて、俺の隣に座った。包帯の下を見せてくれた。化膿しかけた切り傷だ。


 「……少し染みるが、我慢してくれ」


 「わ、わかった……っ、あ、意外と、痛くない……」


 「……化膿が進む前に来てよかった」


 「そうか……。あの、その、ありがとう」


 「……どういたしまして」


 男が去った後、俺はまた景色を眺めた。


 夕日がもう少し傾いていた。


 (……悪くない場所だ)


 そう思えた。それだけで、今日は十分だった。




 今日の患者は十七人。逃げられたのは五人。怖いもの見たさで来て逃げたのが二人。


 トータルで見れば、治せた人数は増えている。


 神殿に戻る道、俺は噂のことを考えた。「怖い顔の治癒士」という噂が王都に広まっている。悪い噂ではないらしい。


 前の世界で俺の噂が広まったことなど、一度もなかった。


 (……顔が怖い、は広まらなくていい。腕がいい、は広まってもいい)


 そう思いながら歩いていると、前から人が来て、俺の顔を見て路地に飛び込んだ。


 ……まあ、噂が広まるのは、もう少し先の話でいい。


 俺は静かに神殿への道を歩き続けた。


噂になりました。

「てがあったかいからゆるす」と言われました。

子供の言葉は、たまに核心をつきます。

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