第5話 怖い顔の治癒士、勇者と話す
その日の午後、治癒所に見慣れない人間が来た。
鎧は着ていないが、体つきがいい。腰に剣を下げている。顔は整っていて、どこか自信に満ちた立ち姿だ。
カインだった。
治癒所の入口で少し躊躇した後、中に入ってきた。俺を見つけると、一瞬だけ表情が固まった。それからすぐに、いつもの爽やかな顔に戻った。
「……よう、カルディン」
「……カイン」
しばらく沈黙があった。患者の対応をしていたグランが、俺たちを一瞥してから奥に引っ込んだ。気を使ってくれたのだろう。
「怪我か病気か?」
「違う」カインは首を振った。「ちょっと話しに来ただけだ」
「……そうか」
俺は椅子を一つ引いた。カインが座った。俺も向かいに座った。
窓から午後の光が差し込んでいた。
◆ ◆ ◆
「ここで働いてるのか」カインが治癒所の中を見回しながら言った。
「……そうだ」
「神殿からの派遣じゃないのか?」
「……名目上はそうだ。でも神殿は俺をここに置いておきたいらしい」
カインが少し眉をひそめた。
「それって、要は厄介払いじゃないか」
「……そうだ」
「……怒らないのか」
俺は少し考えた。
「……慣れてる」
カインが何か言いかけて、止めた。代わりに「そうか」とだけ言った。
しばらく沈黙が続いた。外で子供が走り回っている声がした。
「お前、前の世界でも……ずっとそんな感じだったのか」
「……大体そうだ。顔のせいで損をすることが多かった」
「……それで、怒らないのか」
「怒っても顔は変わらない」
カインが口をつぐんだ。
俺はカインを見た。爽やかな顔だ。整った目鼻立ち。この顔なら、前の世界でも今の世界でも、きっとうまくやっていける。
「カインは、うまくやっているか」
「……まあな」カインは少し視線を外した。「勇者って呼ばれてる。毎日訓練して、依頼をこなして、貴族に挨拶して……」
「……嫌なのか」
「嫌じゃない。ただ」
カインは少し黙った。
「なんか、お前のことが気になってた。広場で見た時、人が一斉に逃げてただろ。それでお前、全然気にしてなさそうで」
「……気にしても仕方ない」
「そういうとこだよ」カインが苦笑した。「俺だったら気にするぞ、絶対」
「……カインは顔がいいから、逃げられない」
「……それ、羨ましいのか?」
「……少しは」
カインが少し驚いた顔をした。それから、今度は本当に小さく笑った。
「正直なんだな、お前」
「……隠す理由がない」
◆ ◆ ◆
しばらく話した後、カインが「何か困ってることはないか」と聞いた。
勇者として、同じ召喚者として、気にかけているのだろう。素直にそう言えないのが、カインらしかった。
俺は少し考えた。
「……糸が切れた」
「え?」
「上着の継ぎ当てに使っていた糸が切れた。黒い糸を買いに行こうと思っていたが、まだ行けていない」
カインが俺の上着を見た。継ぎ当てが三か所。縫い目が粗い。
「……それだけか?」
「……今のところは」
カインはしばらく俺の上着を見ていた。何か言いたそうな顔をしていた。でも結局、「そうか」とだけ言って立ち上がった。
「また来る」
「……どうぞ」
カインが治癒所を出た。入口のところで一度振り返った。
「カルディン、お前……ちゃんと飯食ってるか」
「……食べている」
「本当か?」
「……グランさんが昼飯を作ってくれる」
「……そうか」
カインはもう一度「また来る」と言って、今度こそ出ていった。
しばらくして、グランが奥から出てきた。
「知り合いか?」
「……同じ場所から来た人間です」
「ふむ」グランは俺の顔を見た。「いい顔してたな、あの若者」
「……そうです」
「お前さんとは大違いだ」
「……そうです」
グランがまた珍しく笑った。俺は何も言わなかった。
◆ ◆ ◆
翌朝、治癒所に着くと、入口の前に小さな包みが置いてあった。
布に包まれた、黒い糸の束だ。
俺はしばらくそれを見た。
書き置きはなかった。でも、わかった。
(……カイン)
俺は糸を拾い上げた。思ったより量がある。これだけあれば、上着があと十着は繕える。
「何だそれは」グランが後ろから声をかけた。
「……糸です」
「誰かに貰ったのか」
「……多分そうです」
グランはふん、と鼻を鳴らした。
「友人か?」
俺は少し考えた。
「……どうでしょう。よくわかりません」
「わからないなら、そうなんだろう」
「……そうですか」
「人間関係ってのは、わからないうちに出来上がるもんだ」
グランはそれだけ言って、治癒所の扉を開けた。
「さあ、今日も患者が来るぞ。ぼさっとするな」
「……はい」
俺は糸を上着のポケットに入れた。
今日も治しに行く。
◆
今日の患者は十九人。逃げられたのは四人。
治せた人数が、また増えた。
夜、物置部屋で黒い糸を使って上着の継ぎ当てを直した。昨日より縫い目が少し丁寧になった気がする。
カインのことを考えた。
見下しているのか、心配しているのか、俺にはよくわからない。でも糸を届けてくれた。それは事実だ。
前の世界で、こういう人間がいたら、もう少し違う人生だったかもしれない。
(……まあ、今がある)
俺は針を置いて、直した上着を眺めた。
継ぎ当てが三か所。縫い目は相変わらず粗い。でも今日は、少しだけ丁寧だ。
それでいい。
少しずつで、いい。
カインが来ました。糸を貰いました。
友人かどうかはよくわかりません。
でも糸は本物なので、使います。




