アジノ屋ふたたび ――未来への味――
丘の上の屋台
村の北側、小高い丘のてっぺん。
風がよく通るその場所に、ひとつの屋台が立っている。
《アジノ屋》
暖簾はもう擦り切れて少し色褪せている。
けれど、そこから立ちのぼる湯気は、いつだって新しい。
「いらっしゃい! 今日は何の弁当を食べたい?」
フライパンを振るいながら笑う男―味男。
その隣で、柔らかく穏やかに弁当を並べるのは、かつて勇者と呼ばれた女性。
今は味加と呼ばれる、ひとりの妻であり、母だ。
そして、その二人の間で、忙しく動き回る小さな影がひとつ。 「お父さん! お弁当に料理、盛りつけしていい?」
黒髪を揺らし、満面の笑みで弁当を掲げる少女。
味男と味加の娘――甘味。
元気で、よく食べて、よく笑う子だ。
「お父さん!お弁当のおかず足りないよ!」 「すまねえ!今作る!そっちの弁当の盛りつけたのむ!」「お父さん!お鍋の火付けっぱなしだよ!」「すまん!」
そう言いながら、娘に弱い味男である。
味加はくすりと笑った。
「うちの子は、魔王を倒した味男さんよりも強いみたいね。」
小さな屋台に、今日も炊きたての湯気が立つ。
それだけで、ここは幸せだった。
●~屋台にくる客たち
「味男殿ー!! 特製アジフライ弁当一つ! いや三つ!!」 「ラファ、椅子壊すなよ!」 「おっと!」
笑いながら、ラファは木の椅子にどかっと座る。
お前、前と変わらずよく食うぜ!」「戦わなくなった分、腹が余計に減るんだよ。」
相変わらずの騒がしさだ。 続いてサリが風をまとって店に滑り込んでくる。
「今日のおすすめは~?」
「味加特製《ふわだし卵焼き弁当》だ」 「きたぁあああああ!!」サリが踊る。
ガブは手を組んで静かに待ちながらも、 視線は既に卵焼きに吸い寄せられている。
甘味は、そんな仲間たちの弁当を小さな手でみんなに運ぶ。
「はい!どうぞ。 あたたかい内に食べてね!」 「ありがとう、かんみちゃん」 「えへへ!」
彼らはかつて、魔王を倒すために命を賭した勇者パーティー。
今は――ただの、良い常連客だ。
その日の午後。
屋台に小さな影が近づく。
痩せていて、服は擦り切れ、靴は片方だけ。
甘味はすぐ駆け寄る。
「大丈夫! お腹空いてるの?」
少年は言葉が出ない。
味加はしゃがみ込んで目を合わせる。
「大丈夫。話さなくていいのよ」
少年の目から、涙がこぼれた。
「おなか……すい…た……」
「うん、食べよ。」
それ以上、説明も理由もいらなかった。
味男は火をつけ、卵を割る。
それは英雄の剣よりも、何よりも迷いがなかった。
じゅっ、と温かな音。
弁当に盛られる、ふっくらした白米、卵焼き卵や柔らかい煮物、ふわふわのハンバーグ。
「ほい。《ホカホカ笑顔弁当》だ」
少年は震えながら食べる。
噛む。
息が戻る。
涙があふれる。
「……あったかい……」
甘味は隣に座り、にっこり笑った。
「でしょ? お弁当はね、“えがおの魔法”なんだよ」
それは、誰に教えられたわけでもない言葉だった。
きっと、この異世界に来て、自然に覚えたもの。
●丘の上で
食べ終えた少年は、拳を握った。
「ぼく……ここで……はたらきたい……!」
味男と味加は、笑って頷く。
「なら、料理の仕込みから教えてやる!」 「うん!!」
甘味は少年の手を掴んで言う。
「一緒にがんばろうね! 私はね、ここに来る人達にお弁当を食べて、笑顔になって欲しい!」
「おう!その通りだ!」と味男はすかさず笑顔で豪快に笑った。
笑い声が広がる。
屋台は、またひとつ命を迎えた。
●夕暮れ
火を落とし、風が暖簾を揺らす。
「なあ、味加」 「うん?」 「俺たち、生きてるな」
味加はそっと味男の肩に頭を預ける。
「うん。ちゃんと、ここで。」
甘味と少年は、丘を駆け回って遊んでいる。
もう、この世界に魔王はいない。
ただ、美味しい世界があるだけだ。
> 食べるということは、生きるということ。
生きるということは、誰かと温もりを分け合うこと。
だから今日も、アジノ屋は湯気を立てる。
「さあ――今日も明日もお腹いっぱい、生きよう。」
おかわり!
本日のお品書き 《ホカホカ笑顔弁当》食べると心から笑顔になり元気になる




