第12話 闇は去り
「ヴィクトリア。そこまでにしとけ。今ならお前を何もなかったことにして国に返してやる。これ以上何かするというのなら、俺が許さん。」
降り立ったシュラの第一声はそれだった。もう一歩でシルヴィアという最大の敵を亡き者にできそうだったヴィクトリアだが、シュラの提案に一瞬心が揺らぐ。
何事もなかったことに……。
だが、とヴィクトリアの中のもう一人が告げる。
「それは、元に戻るってだけで、シュラ様はどっちを選ぶと思う?」
シュラの背後にはへたり込むシルヴィアが見える。結局シュラは、シルヴィアを助けにきたことに変わりはない。
逡巡するヴィクトリアをよそに、シュラはシルヴィアを気にかける。ヴィクトリアに向かって決して油断することなく立っているが、後ろの気配を探っているのがありありとわかる。
「今ここで引き返しても、アタシはお姫様にはなれない!かくなる上は、シルヴィアを殺して、シュラ様も殺して、アタシも死ぬ!!」
ヴィクトリアはもはや感情のコントロールができなくなっていた。ヴィクトリアの発言に、シュラは少し驚いた様子だったが、
「へぇ?やってみろよ。」
とヴィクトリアの挑戦を受けた。
この時のシュラは、動悸で心臓は弾けそうだし、呼吸を整えるので精一杯くらいの実は立っているのもやっとの状態だった。
(竜殺し。ここまでキツいとはな。もしあの量を飲み干していたら、俺は今頃死んでいたかもしれん。)
ヴィクトリアはシュラを殺そうと思って混入していたわけではなかったらしい。誰かに嵌められた様子だったが、やったこととしては十分に卑怯な手口だし、許されることではない。
だが、シュラは己の体調の悪さを一ミリたりとも表に出すことはしなかった。それは矜持だった。己としての、王としての。毒を盛られていたから負けました、なんてただの言い訳だと思った。
ヴィクトリアはシュラに向き直る。シュラに勝てるとは思っていない。が、このまま引き下がることもできないでいた。
「こうなったら、全力で行かせてもらいます。アタシだって、一人の女としてのプライドってもんがあるんだから!!」
そう言うとヴィクトリアはシュラに向かって戦闘を開始した。シュラはその場から動かず、シルヴィアを庇いながらの戦闘だったが、それでも一歩も引けを取らなかった。どころか、やはりヴィクトリアでさえシュラの前ではヒヨッコなのだと思い知らされるに至った。
「どうした?その程度か。」
くそ、くそ。お姫様のピンチに現れる王子様、もとい王様がこんなに強いとは限るわけない!アタシはなんて運が悪いんだ。でもそんな王様に惚れてしまったアタシも悪いのかもしれない。
ヴィクトリアはそんな事を考えながら、それでもシュラに食い下がる事を止めはしなかった。何度拳を交えたことだろう。お互い流石に疲労の色が見える。
ヴィクトリアは最後の一撃、と捨て身でシュラに突っ込んだ。当然そんな見え見えの攻撃、シュラにはいとも簡単に受け流されて終わりなんだと思っていた。
シュラもヴィクトリアの限界が近い事を悟り、あと一撃耐えれば終わる、そう思っていた。突っ込んでくるヴィクトリアが見えて、態勢を低く取る。と、その時だった。
一瞬シュラの視界が揺らぎ、足の踏ん張りが効かなくなった。
(やべっ)
シュラがそう思った時には遅かった。ヴィクトリアの攻撃がまともにヒットしてしまっていたのだ。ヴィクトリアの最後の一撃は、シュラの腹に深々と傷を抉った。
「がっは…。」
流石にシュラも無事ではいられなかったその攻撃がまさか当たったことに、ヴィクトリアまでもが驚いた。
「え…。」
ヴィクトリアは言葉ではシュラを殺すと言いつつも、その覚悟が己にはなかった事に気付かされる。
頽れるシュラに駆け寄る資格もないまま、ただ茫然とその場に立ち尽くした。
「シュラ、シュラ!?」
後ろから声を掛けるのは言うまでもない、シルヴィアだ。
のろのろとではあるが、シュラの前に出てくると、その傷の深さを確認してしまい、過去の出来事を思い出してしまう。
(ああ、また私のせいで大切な人がいなくなる…!)
シルヴィアは恐怖と絶望のあまり、意識が途切れそうになる。でもそんな場合じゃない。こんな時私にできることは一つしかない。シルヴィアは迷わず隠せと言われてきた力を解放する。たとえ無駄だったとしても、今は一刻も早く傷を塞がなければ。
シルヴィアのその想いは強すぎた。シルヴィアも知らないうちに、シルヴィアの意識は遠のき、癒し続ける力だけがその場に残された。シルヴィアの力が暴走したのだ。
シュラは己の傷どころか毒さえも身体から抜けていくのを感じ、何かがおかしいとシルヴィアを伺う。見れば、シルヴィアの身体は宙に浮いており、緑の魔力だけを放出し続けていた。
「シルヴィア!」
声をかけてみるが反応はない。完全に意識は手放してしまっているようだ。次第にその光は強さを増していく。眩しくて近づくことが難しい。
シルヴィアのせめて手を掴もうと腕を伸ばす。と、その先から魔力の放出によって、草木が芽吹き、邪魔をする。
癒し、すぎている。強大すぎる癒しの力を放っているせいで、不必要に生命を生み出してしまっている。これは、完全に暴走している。このままではシルヴィアの身が持たない。
ヴィクトリアも魔力に当てられ、腕や髪に生える草木を取り払うことに気を取られている。
緑の光に包まれたシルヴィアは、シュラを癒すことができたとも知らずに、その魔力をありったけ放出しきるまで止まらない暴走機関と化していた。
シュラはそんなシルヴィアに懸命に腕を伸ばす。
(ここまできて、こんなことでお前を失ってたまるか!腕の一本くらいくれてやる!!)
腕が木々にほぼ変化しかかって、感覚がなくなりそうなところで、シルヴィアの指先に触れた気がした。シュラはその感覚を頼りに、なんとかシルヴィアの腕を引き寄せると、そのままその身体を乱暴に抱きしめる。
「シルヴィア、もういい、もういいんだ!戻ってこい!!!」
懸命に呼びかけるシュラの問いかけに答えるように、緑の光は一瞬にして収束した。
後には意識のないシルヴィアと、癒しの魔力によって復活したシュラ、そして怯えきったヴィクトリアが残された。黒衣の人物はとっくにいなかった。
「ヴィクトリア。」
ひっ。と小さく声を上げたヴィクトリアが、すごすごとシュラの前に首を垂れた。
「お前のしたことは許されることではない、お前は追放する。二度と俺たちの前にその面を見せるな。」
気を失ったままのシルヴィアを抱き上げ、シュラはそう告げると飛び立った。
「そんなあ。シュラ様に完全に嫌われた…。それにしても、あの緑の光何?怖かった…。」
残されたヴィクトリアはそう独り言を言った。
「お嬢さん、よかったらうちに来ないかい?」
それは去ったはずの黒衣の人物だった。
「な、あんたの言うとおりにしたのに、追放されたじゃない!冗談じゃないわ。」
ヴィクトリアは八つ当たりをする。
「そう、お嬢さんは追放された身。今後正当な手段じゃあの王様には近づけないってことになったねえ。だから、我々と同じ闇を歩くのさ。」
ヴィクトリアは黒衣の人物から、同じ黒衣を渡され、少しの間考えた。
「闇…。」
黒衣の人物は笑っているように見えた。
「そう、闇を歩くのも悪くないよ。特にお嬢さんの戦闘力があれば、我々は百人力だ。」
ヴィクトリアはその黒衣を受け取り、身に纏いながら、その人物に問いかけた。
あなたたちはなんなの、と。
「我々?そう、我々はね。」
答えは闇の中に溶けて消えた。




