表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対防衛アイドル戦線ピンク・チケット!!  作者: K@e:Dё
(1-0.5)+(1-0.5)=1章 / 誕生! 新たなるプリマドンナ!
13/51

第10話 / 極楽坂 / ばきばき! 辛い辛いが浮世の定め?

 アイドルに自動車で太刀打ちできるものではない。仮に一五〇キロで衝突したとしても指一本で受け止められる。それでも僕は進路を変えなかった。自暴自棄ではない。一つの可能性に期待していた。〝こうせい車〟は軍払い下げ品であるからして老朽品である。加速に従って車体がガタガタと揺れ始めていた。車でも死ぬのが怖くて震えるものなのか。


 衝突寸前、タケヤリちゃんの体が右に傾いたかと思うと、突風一陣吹き抜けて、彼女の姿は既に無く、彼女のそれまで立っていた床が陥没していた。床は床でもスチール合金製だ。〝大の大人が百人乗っても大丈ブイ!〟な強度を誇る。それに車の進路上から飛び退くだけでちょっとしたクレーターを穿つとは。戦略級アイドルは前線に投入されない関係からしてその身体能力が押し並べて低い傾向にある。彼女は違うらしい。僕は否が応でも額に浮かんだ冷や汗を手で拭った。彼女が床を踏みぬいた音が今更のように遅れて聴こえた。矢張り疾風はやい。


『一応』と、タケヤリちゃんの声が耳のインカムに届いた。


『言われた通り阻止しようとはしたわ』


 僕は胸を撫で下ろした。僕は小春日和さんの打算と良識に期待したのだ。謀反を起こしたのが僕らである以上、その責任の大部分は僕らに帰されるべきであり、小春日和さんとしては『私は少なくとも止めようとはしました』の情状酌量がこれで認められる。無理に止めようとして自分のアイドルを負傷させるような人ではないと読んだのは正解だった。正解だったからこそ撫でたばかりの胸が痛んだ。痛んでばかりもいられない。情報を流してくれたタケヤリちゃんに感謝しながら広場を走り抜ける。バック・ミラーを覗くとそのタケヤリちゃんが僕らを見送るように立っていた。両脇には、何処いずこに隠れていたのか、スタイリストとメイキャッパーが殺人マチ針と口紅型拳銃を手に付き従っていた。アイドルの護衛の役割を果たす彼らと常人との撃墜対被撃墜比率キルレシオは一対三〇にも登る。郡山さんも居るのだから後を任せても暴動が無秩序に拡大する不安はない。


「ジャーマネ」と、後部座席から呼ばれた。「付き合わせて悪いな」


「僕は君のマネージャーだ」と、言いながら、僕は助手席に積み込んであった彼女のスカジャンを投げ渡した。「着るんだ。君は興奮している。そこで発熱されると全員蒸し焼きだ」


 後部座席の有様は惨憺だった。数字上は八人、無理をすれば一〇人から一二人が搭乗可能な本車両だが、それにしても一六人は無理がある。寿司詰めとはこの事だろう。


「その子の怪我はどうなんだ」と、男の一人が訊き、


「弾丸は貫通してるし動脈も傷付いてないから死にゃしないよ」と、シノブちゃんが応じた。男達は露骨に安堵した。シノブちゃんはインスタントではあるがマネージャー教育を受けている。マネージャー教育には応急処置その他の講習も含まれた。督応援官に撃たれた子は、苦痛に喘いではいるが、シノブちゃんの胸の中で確かに息をしていた。息の弾み方からしてシノブちゃんの言も強ち嘘ではない。早めに専門医に診てもらうべきではあるだろう。


 ハンドルを切る。追跡はされるだろうか。されないかもしれない。それでも人が少なく、欲を言えば入り組んだ地形を走るべきだが、それはどの辺りか。


 基部都市はエレベーターを取り囲む性質的にどの層も円形だが――昔、モモが、『私はチーズちくわが好きなんですけど、エレベーターと基部都市って、チーズちくわですよね。美味しそう』と言っていた。チーズがエレベーターでちくわが都市だ。ちくわで人類生存圏を表すな。可愛いなあもう。はあ――、円の内側、エレベーターに近い側は人口密度が低くなりがちだった。エレベーターが二十六時中往ったり来たりしている反動が振動として(地震として)伝わってくるからであるし、又、その騒音が酷いからでもある。だから都市の工業地帯はその〝内側〟に集中した。工場のような頑丈な建物であれば微細な振動は気にならないし、元から騒音地帯であるのだから工場が放つ騒音も気にならない、一挙両得的な措置であるが、いや待て、本当にそれは一挙両得なのか。まあいい。僕は工業地帯へとタイヤを滑らせた。何かの間違いで、例えば神父が僕らを絶対に連れ戻せと小春日和さんに厳命したとしても、貴重な産業地帯ではバトルにはならない。小春日和さんであれば層側の自治権を盾に神父を説得してくれるだろう。


「よいしょ」と声がした。ブシドーが運転席と後部座席の間にある狭いスペースに座り込んでいた。彼女が近くに座り込むだけで空気が灼熱している。スカジャンに内蔵された冷却ファンがファンファンと鳴りながら駆動していた。


「転ぶなよ」と僕が注意すると、


「まともに優しくしてくれたのは初めてだな」


 何も言い返せなかった。ブシドーは鼻を鳴らしてから、


「子供たち」微笑んだ。「今から私は怖い人になっちゃうけど泣かないでね」


 子供達はポカンとしている。事態の急変に頭の処理速度が追い付いていないようだ。シノブちゃんが子供達を「おーよしよし」だの「いい子だからね」だのあやすようにしながら自分の傍に集めた。子供達はそれでようやくお友達が撃たれた事を思い出したようでわあわあと騒ぎ始めた。僕は閉口した。子供は苦手だ。運転席の窓がガタガタと揺れた。外との気温差温度で生まれるあの風だ。都市の内側に近付くと〝向日葵の園〟で感じた程ではないにしても風が強い。


「でだ」ブシドーは男達、乗ると形容するよりも積み重ねた状態で積載されていると形容した方が正しい一塊の男達に、低い声で言った。子供達が怯えるのが気配だけでも分かった。そりゃあそうだ。あんなにキラキラと輝いていたお姉ちゃんが今ではヤクザの棟梁だ。それでも、気を付けて聴かなければそれと分からないが、ブシドーの発音は上流階級に特有の容認発音 (高貴な者が使うべしとされている発音) だった。僕は急に彼女が気の毒になった。


「ここからでも助かりたいなら背後関係をゲロれ。じゃなけりゃ後で掴まってガキンチョ共々皆殺しだぞ。それは嫌だろ。だったらゲロるしかねえぞ。自分達で罪を認めるなら俺も何とかあの神父に口添えしてやる」


 男達は素早く顔を見合わせた。男達の代表格なのだろう、磔にされていたとき、ブシドーとシノブちゃんに何か話しかけていた男、最初にブシドーを殴った男が、


「〝失われたⅤの教会〟だ」


 車内がサッと暗くなった。車が工業地帯に入り、軒並みの過半が背の高い建物になったので、車内に射し込む人工灯の量が少なくなったからである。


「武器提供を受けた。計画の指導もして貰った。俺達の狙いは自治会長だが、アイドルも殺したいと言ったら、諸手を挙げて」


「狙いは」僕は口を挟んだ。「自治会長?」


「そうだ」男は酷く喋り辛そうにしていた。口の中が何カ所も切れているからだろう。逮捕されたときに督応援官や歌囀さんに過剰にボコられたからである。そう言えば歌囀さんは何処にいるのか。男は続ける。「俺達は難民だ。アンタらが広場で聴いていたようにな。元は〝スタッフ・オンリー〟に住んでいたが、あそこが陥落して、命からがら逃げだしてきた。俺は元野戦憲兵ケッテンフンデだ。お国と陛下の為に戦った。命を賭けてだ。〝スタッフ・オンリー〟の前には〝シー・ユー・レイター!〟にも居た。見ろ」


 男は服の袖を捲った。彼の両手はどちらも筋電義手に置換されていた。生活にも軍務にも支障はない。が、


「俺は二度と我が子の頭を撫でてやる感触も、抱き締めてやる感触も、味わえなくなった。俺には子供が全てだ。俺は自分の娘をアイドルにしなくていいように、それだけの為に、三〇年も国に奉仕したんだ。戦う事と仲間に死なれる事以外は何も知らない人生だ。分かるか?」


 不愉快で僕の胸は詰まった。気持ちは分かる。だがそれを現役のアイドルの前で言ってしまうのか。


 彼も言い放った後で自分の過ちに気が付いたようだ。バック・ミラーの中の彼の顔が見る間に歪む。ブシドーが煙草を咥えた。僕は片手でハンドルを保ち、片手で彼女の煙草に火を点けてやろうとしたが、ライターをそっと手で押し返された。彼女はライターだけを僕の手から抜き取った。気持ちだけは貰っておくと云う意識の表明らしい。


「優しくしてくれみたいな事を言った直後に掌を返して悪いが、すまん、今は優しくしないでくれ。それで、オッサン、話の続きは?」


「俺達を」男はその手で殺そうとしたブシドーをいざ目の前にすると気持ちが萎えてしまっているようだった。彼は投石から救って貰ってもいるのだ。石だって大きなものを大人が投げれば人位は簡単に殺せるのだから。「その俺達を首都の議員共フォルクス・ハレは見捨てた。表彰も褒章もない。俺達は〝スタッフ・オンリー〟の兵隊で、手当を出すのであれば〝スタッフ・オンリー〟が出すべきだと、そう言った。だが〝スタッフ・オンリー〟が何処にある。何処にあるんだ。言ってみろ。俺達の家も財産も娘が俺の誕生日にプレゼントしてくれた折り紙も通っていた酒場も俺の顔を覚えてくれて良くしてくれた兄ちゃんだってクソッタレの皇帝陛下のクソッタレな核のクソッタレな炎に焼かれたんだ。『アンタらが居るから〝スタッフ・オンリー〟は安泰だね』と言ってくれた住民達はどうだ。兵隊さんは何時もご苦労だからと頻繁に〝スタッフ・オンリー〟の名物を差し入れをしてくれた近所の爺様婆様は。こんな事になるなら、食い切れないからって、せっかく差し入れで貰ったあの塩漬けを捨てるんじゃなかった」


 可哀想だ、と、僕は思った。四〇代の彼らは人類が比較的平和を保っていた頃に生を受けている。当時の人類の文化は長閑で啓蒙的だった。人格形成期をその啓蒙主義的な文化の中で送った彼らの裡にはまともな倫理観が培われている。で、この末期戦環境時代、その倫理観は何の役にも立たない。なまじ倫理観がまともだからこそ、命が銃弾一発よりも安くなる事のあるこの時代、その規範に打ち拉がれているのだろう。だから見ろ。子供達を。五人の子供達はブシドーの事を恐れてはいるが、それは〝怒鳴る年長者が怖いから〟ではなくて、〝殺されるかもしれないから〟怖がっている。死が身近なものとして定番化している世代の反応だ。


 どちらがより人間らしいのだ。彼らを憐れむ僕と人情に生きる彼らと。それを〝世代の差〟で片付けていいのか?


「それが自治会長にどう繋がる?」と、ブシドーは冷静に言った。


「俺達には行き場がなかった。この一層以外にはな。途中までは鉄道で逃げたが、あの地獄の雪原を徒歩で二週間、何人もの仲間が凍り付いて死んだ。楽園だとは思っていなかった。それでも辿り着いたときにはこれでまだ死なずに済むと思った。ところがどうだ。俺達が敗北者だの、病気を運んで来ただのと、ここの住人は俺達を罵倒し、それだけじゃない、夜になると俺の家に押し入って娘を殺そうとした。俺は娘を守ろうと必死に戦った。それを、奴ら、仕掛けて来たのは自分たちの癖に野蛮打の人殺しだのと」


「病気を運んだ」僕は尋ねた。「本当に?」


「確かに娘は病気だった。そうだとも。あの子の体からは腐った柔らかいリンゴのようなニオイがした」


「君はそれが何の病気か分かっているのか?」


「ああ。分かるさ。だが、だからって、殺そうとする事はあるか。あると思うのか。俺は自治会長に泣き付いた。奴は言った。それならば手助けをしてやろうと。代わりにちょっとした働きをして貰うと。俺達は地下に送られた。知っているだろう。〝ピンク・チケット〟の真下には大規模な旧時代の遺跡がある。その盗掘を俺達は任された。国家の財産を傷付けるのは俺とても気が引けた。それでも娘の命には代えられない。自治会長はこうも約束をした。〝働けば自由になる〟と。層の居住権も貰えると。差別もされないと」


「嘘だった訳だ」と、ブシドーが尋ね、


「嘘だったさ」と、男は歯を食い縛った。


「確かに住民達は俺達を襲うのを止めた。が、店に行っても物は売って貰えず、薬も届かず、娘は衰弱してついには死んだ。巧い手だ。自治会長は層の内部に俺達難民と元からの住民の対立を作る事で政治基盤を安定させやがった。適当な所で間に入って自分の政治力をアピールするのに使いやがった。人気取りの為に俺達は何時までも飼い殺しの悪役さ。俺の娘はその〝巧い手〟の犠牲になった。そんな事のために生まれて来たんじゃないのに。幸せになる為に生まれた筈なのに」


「その子は?」と、僕は間髪入れずに訊き、


「拾った」と、男は少女に慈しむような目線を剥けながら答えた。「この子も難民の子だ。この年で娼婦からゆきさんをさせられていた。見ていられなかった。この子も食う為に盗掘の手伝いをさせられている。俺は許せなかった。何時か自治会長のあの嘘吐きを殺してやると誓った。アイツを自治会長に推したり俺の娘を殺そうとした奴らも同罪だ。チャンスを虎視眈々と待っていた。俺が生きている間にはチャンスは訪れないんじゃないかとも思っていたが、そこに、幸か不幸かアンタらが現れた。計画では、アンタらが現れるような場合には、自治会長もライブ会場に居る筈だったんだ。事前偵察が足りなかった。何もかも急だったからな。だが――」


「切り札がある」僕は言った。「工場に爆弾でも仕掛けてあるか?」


「そうだ。工場に誘爆すれば一層が丸ごと吹き飛ぶような奴だ」


「自治会長を殺せても君たちも死ぬ。君たちの子供も死ぬ。違うか」


「違わない。だがどうせ放っておいても遠くない内に死ぬんだ。ならば――」


 男の言葉がそこで止まったのは彼が言い淀んだからではない。ブシドーが彼の頬桁を張ったからだった。鈍い音がした。少女達が口々に「お父さんに乱暴しないで!」と叫んだ。暴れようとするのをしのぶちゃんがグッと抑えた。


「それなら」ブシドーは男の胸倉を掴みながら言った。


「一人で他界しろやコラ。娘を巻き込むな。子供は親の所有物じゃねえんだ。その人生をどうにかしていい権利がお前にあるのか?」


「人生だと!?」男は泣き叫んだ。他の男達も男泣きに泣いている。


「何処に〝人〟としての〝生〟がある! 毎夜、毎晩、変態のおやじどもに犯されていたこの子のどこに! 撃たれた子を見ろ! 梅毒が脳にも回っているんだぞ! 俺は――」


 男は呟くと囁くの中間の声で言った。「俺は自治会長を殺すんだ」


「自治会長を」ブシドーは男の胸倉を離した。「殺せればそれでいいんだな?」


「そうだ。今から選挙権を貰っても仕方ない」と、男が言うなり、


「分かった」と、ブシドーは口笛を吹くように煙草の煙を吹いた。


「それなら自治会長をぶっ殺そう」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ