自室が人外出現ポイント
「兎狩りは首尾よくいったか?」
「ただいま。うん、完璧だよ」
ふよふよ浮かぶ人外様が、そのままふわっと私の前に来た。
何気ない日常? うん、これが私にとっての何気ない日常だと言い切っておけば、それが事実になるだろう。あー超何気なーい。
帰宅の挨拶をし、見て見て、と飛行兎の魔核を見せつける。ほら、褒めるチャンスだよ。
思惑通り、ヨシヨシと頭を撫でられながら「流石はわたしの愛し子」と褒めていただいた。まるで取って来いに成功した犬のようである、というのは考えるべきでは無い。この世には考えない方が良い事が山とあるのだ。
ラキラが私の部屋に居るのには訳がある。と言っても大した理由では無い。
ちょっと監禁フラグをへし折ったらこうなった、それだけの事だ。
******
ここ1年弱、私が森に行く頻度はかなり減っていた。
オルリア先生のイベント対策に時間を取られ、陣の試行なども、行き帰りに時間のかかる森では無く図書館で行っていたからだ。爆発しちゃうような術は作って無かったから、図書館での試行で事足りたんだよね。
規格外人外様とはいえ、全てを知っている訳では無い。魔法は何でも使えるみたいだけど、魔術というのは人の理の中で生み出されたものであるらしく、彼が知るのはその一部に過ぎないようだ。
……だって魔術、一本描く線変えるだけで違う術になったり発動しなかったりするからね。そんなの全部把握するなんて土台無理な話だ。人外は全知全能とかじゃ無い。
そして彼が知っている魔術、それは私にとっては火力過多で、正直微妙なのだ。過去に属性ミックスについて教えてもらえた事は超感謝してるけど。
例えば、たき火程度の威力の火の陣が知りたいと聞いた場合、教えてもらえるのは街ごと燃やし尽くすレベルの陣。キャンプファイヤーどころか街ファイヤー。
私、捕まるっていうか、逃げなきゃいけなくなるっていうか、放火魔じゃ無いしそういうの要らない……。
だからこそ、先生のイベント対策に必要な陣の改良も自力で行ったのだ。あんまり人外ペディアさんに頼り過ぎるのもよろしく無いし。知識をアテにして付き合ってるみたいで、彼を友人だと思っている私としてはそれは非常に心外なのである。
当のラキラはもっと頼れと押せ押せで来るけど、受け入れたら負けなような気がしてる。自分で考えるのをやめたらそこで何もかもが停滞してしまう、そんな感じ。まぁ真正のピンチともなれば恥も外聞も無く縋る可能性は否めませんけどね。私のプライドは取り外し可能だから。
そんな感じで滅多に森に行かなくなった、イコール、ラキラと会う機会も減っていたのだが。
私はこの人外を甘く見過ぎていたのだ。
彼は―――想像以上に寂しがりだった。
先生の件が落着した後も、兄様と姉様の子が産まれたぞ祝いじゃわっしょい! と盛り上がったり、シュラウトスさんに任せた後処理についてちょくちょく話し合ったり、モルモットになったりと、そこそこ忙しく過ごしていた。
練兵場での訓練を減らすのは嫌だったし、かといってお店に出る回数を減らすのは論外。そうなると必然的に削れるのは森に行く事ぐらいで、結果、ラキラの寂しんぼメーターが降り切れてしまったようなのだ。
モルモットが終わった数日後、ほぼひと月ぶりに森を訪れた私を待っていたのは、「もう其方を帰さぬ」などと不穏な事を宣いながらぎゅうぎゅう抱き締めてくる麗しの人外様だった。
ほうほう、それは当然拒否一択だわ。急に何を言うんだ。人外様による監禁フラグなんて建てて無いってのに。
「帰さないとか言われても困るんだけど」
「そうか。だが帰さぬ」
「いや、『だが帰さぬ』じゃ無くってね。日暮れ前には帰るよ?」
「帰しはせぬ。其方と逢えぬ日々の何と長い事か。其方は永久にわたしと居れば良い」
ふむ、どうやら話が通じていないようだ。
ストーカーまがいな存在は周りに居るけども、ガチで監禁しようとする輩が出るとは思わなかった。しかも相手はストーカーのスの字の気配も無かった人外様とか、とんだ大穴ですな。万馬券きた。
これはガツンと言わなきゃダメか。ラキラは大事な友達だけど、監禁とか絶対に無理。だって私には帰りを待っていてくれる家族が居るんだもの。私の一番はいつだって家族。これはもうこの世の摂理と言っても過言じゃ無い。
「あのねラキラ。大好きな家族と引き離すって言うんなら、例え相手がラキラだろうと私、―――殺す気で抵抗するよ」
私は自分に込められるだけの殺気を込め、ラキラを睨み付けた。抱き締められたままだからかなり無理な態勢だけど、しょうがない。
ラキラは精霊よりも上位である高位な人外。人間なんて比にならない存在である事は承知している。……何となく、だけども。少しぐらい人外について調べてみるべきだったかな。実際そこに居るんだからそれで良いじゃん、と大雑把に流していた私のミスか。
人外って何かスゲー、程度にしか把握してないけど、たかが人間、それも私レベルじゃ相手になんてならないだろうってのは分かってる。美形チート様にどう対抗しろと? まず顔面偏差値からして勝ち目無いし。
それでも、抵抗するに決まってる。今世で得た大切な家族を、私は自分から手放したりなんてしない。死ぬ気だとかそんなやけっぱちじゃなく、アグレッシブに殺す気でいく。死んだら家族と会えなくなっちゃうし。
不可能だとしても、そうしないと家族の所に帰れないというのなら成し遂げてみせる。伝われ、この殺意。
「其れは甘美な誘いであるな」
「正気?!」
ちょ、殺意がどっか行ったじゃん! やめてよ変なボケ入れてくるの! 今、ガチなシーンじゃ無かったの?!
「わたしに死は遠い。無為に揺蕩うにはわたしの生は余りに長い。其方との逢瀬にどれほど心慰められるか、其方には分からぬであろう」
「ラキラ……人外友達とかいないの?」
まさかのボッチ?
「精霊共は一様にわたしに傅く。傅く者共に親しみを覚えるなど不可能であろう。同格の存在が居らぬでも無いが、関わる事はせぬ」
「何で?」
「些細な諍いで世界が壊れる可能性が有る故」
人外の存在そのものが物騒で驚きだよ。ちょっとした喧嘩で世界壊しちゃうかもって事でしょ? はた迷惑な存在だなぁ。チート過ぎるのも善し悪しって事か。そしてまさかのボッチ確定、と。
「人と関わり無聊を慰める事も有ったが……島をひとつ沈めたのを最後に、其れも控えていた。二百と余年ばかり前の事ではあるが」
わぁ、余計な情報が耳に飛び込んで来たぁ。人と関わって島を沈めましたよって、なるほど分からん。間をすっ飛ばし過ぎだと思うの。まぁ特に興味も無いけど。
「後悔してるの?」
「まるでしておらぬ。欲に駆られ、わたしを使役しようなどと目論んだ塵を国ごと沈めたところで、何の感慨も湧かぬ」
え、国? ちっちゃい無人島的な島とかじゃ無くて、国沈めちゃったの? それって関係無い人たちにはただのとばっちりだよね? あーあ、成仏しておくんなまし。いや、二百年以上前ならもう成仏してるか。じゃあ良いや。
「それで、寂しいからずっと傍に居ろって? 私の都合は?」
「元より考えていたのだ。人の生はわたしにとって瞬きの間。余りに儚くわたしの手をすり抜ける。ならば、其方にわたしと同じだけの時を与えれば良いのではないのか、と」
おうふ、マジで話が噛み合わない。そんなこと聞いて無いし。やばい、寂しさが脳に回ってしまっているようだ。私の都合の部分、丸無視だよ。これ返答に失敗したら詰むんじゃなかろうか。
そんなの要らない、という言い方はダメだよな。それを与えられてしまっているラキラ相手にその言い方は失礼だ。長く生き、一人を寂しいと思っているらしき彼にそんなこと言えない。
でも何とか言い包めないと私の人生が急転してしまうピンチ!
「ラキラ、とりあえず、座って落ち着かない? いい加減苦しいんだけど」
しかし差し当たってのピンチはこっちだ。ぎゅうぎゅう抱き締め過ぎだよ。潰れる。中身出る。
私の座るという提案が受け入れられたのか、これは微妙なところだ。
人外様は浮いている。椅子に腰かけるような姿勢でふわふわと。
そして私は、そんな彼の膝の上、横向きに座らされている。こ、この年でお膝抱っことか……まぁ未だに団長にはマジ抱っこされるから、今更か。落ち着くの部分がスルーされてる気もするけど、さっきまでとは違い苦しくは無いから良しとしよう。
さて、頑張って言葉でのコミュニケーションを取りましょうかね。肉体言語での語り合いは最終手段だ。ルナ王子とはそればっかだけども。
「ラキラが普段居る“人外の領域”って、どんなとこ?」
彼は常にこの世界を漂っている訳では無い、と以前に聞いた事がある。人外には人外の領域があるそうな。ファンタジーだ。
「そうさな……其方に分かり易いよう言うと、此の世界と重なり合う別の世界、といったところか」
分かり易く言ってくれてありがとう。でも分かんないや。SF的な感じ、じゃ無いか。並行世界とは違うんだよね?
首を傾げる私に、ラキラがゆるりと左手を挙げ、その手の平を私の右手の平と重ねた。
「例えばわたしの手がわたしの居る領域だとしよう。其方の手はこの世界。こうしてふたつ、ぴたりと合わさっているような感じだと言えば分かるか?」
「はい先生、質問です」
「……何だ?」
ふわりと顔を綻ばせ、私のデコにチュッとする美形人外。
……年々、スキンシップが過剰になってきてるんだよね。しかしまぁ、人外(精霊含む)には色欲の類は無いらしいので、これは完全に犬猫を愛でるのと同じ行為のようですありがとうございます。
そうだね、ペットを愛玩するときって、撫でたり抱っこしたりチュッチュしたりするもんね。私はラキラにとって完全に愛玩動物なんだね……。もうその扱いにも慣れたけど。
「どうやってこっちの世界に来るの? どっかに穴が開いてるとか?」
ファンタジー上の妖精とかって、割とそんな感じの設定じゃない?
「何処からでも、思うだけで来られる。行き来など小指を動かすより容易い事よ」
謝って、全世界の妖精さんに謝って。チートも大概にしろよ、もう。
「人外の領域にはラキラ以外は居ないの?」
「いや、精霊共も居るが。先に言った通り、あれらはわたしを敬い傅く。わたしを畏れ多い者と認識して、な。人もまた同様であるが故、其方と出会えたのはわたしには最大の幸運であった」
私もね、友達が増えたって意味で、ラキラと出会えたのは幸運だと思ってるよ。でも今は若干、不運も感じてる。ボッチ人外様のペット愛が重い。監禁は勘弁、監禁は勘弁。
「私がラキラを畏れたり敬ったりしたら、ラキラは私を嫌いになる?」
「……そのような振りをしてみせ謀ろうとて、わたしは見抜くぞ?」
「しないってば。ただの確認だよ」
嘘ですけどね。ちょっとアリかなと思って聞きましたけどね。
ラキラの笑みが冷やっとしたものに変わったから、即座に誤魔化した。私の危機回避能力、グッジョブ! 危ねぇ、詰むとこだった。
「其方がわたしを畏れたら、か。……如何考えようと、其方にはそのような繊細さは皆無、という結論に至るな」
私の事をよくご存じですね。
いやいや、繊細さもあるよ? 意外とある方よ? でも友達を畏れたり崇めたりは出来無いよね。尊敬とかはあるだろうけど、友達って思っちゃってる以上、真っ先にくるのは親しみなのだ。傅くとか無理難題。
「うーん、……私が来なくてそんなに寂しかった?」
「昨日は来なかった、もう日も暮れるというに本日も姿を見せぬ、ならば明日は来るのか、明後日ならば逢えるのか……此のひと月は其ればかり考えていた」
こりゃ重症だ。ペットへの依存がヘビー級。何か他に趣味持とうよ? ……とか言っても無駄なんだろうなぁ。前世にだってペットが生き甲斐って人は少なからず居たし。
私もね、あー最近ラキラと会って無いな、とは思ってたんだよ。
でもラキラにとって人の生が瞬きの間だってのは聞いた事があったし、ひと月程度会えなくても大した事じゃ無いよね、次に会ったら盛大に拗ねられるかもしれないけど、程度の認識だったんだよね。まさかここまでボッチを拗らせているとは思いもしなかった。
「本当にごめん。このひと月は結構忙しくて……」
森に来なかった間の出来事を、とりあえずダイジェストでお伝えしてみる。
しかし言葉を重ねるほどに言い訳じみてるっていうか……これアレだな、仕事が忙しくて会えないって彼女に弁解してる男の気分だな。貴重な体験だ。
先生や兄様の救助についてや後始末について、そこ繋がりで先日のモルモットについてをざっくり話し終えると、なぜか麗しの人外様から表情が消えていた。
え、無? 無なの? 何そのボスばりの無表情。少しばかりひんやりとした空気を感じるし。どっか気に障るとこあった?
「ラキラ? どうかした?」
「やはり……やはり其方に守護の印を与えておくべきであった。其方の窮地に何も出来ぬとは……其の上あの羽虫に実験体として扱われるなど……!」
説明しよう。ラキラの言う羽虫とはボスの事である。彼はずっとそう呼んでいたのだ。あのボスが虫扱い……! と面白くて止めなかった私の性格の悪さよ。
っていうか、守護って何だったっけ? 何か重いからお断りしたって記憶はあるんだけど……具体的な内容が脳内に残って無いな。一回聞いただけだし。
「……シーデ、わたしの愛し子よ。其方の屈辱はわたしが晴らそう。あの羽虫の四肢を裂き臓物を獣に喰わせ、」
「はい待った待ったそういうの要らなーい! 違うよ私の話聞いてた?!」
艶やかに微笑む人外様から、隠しきれないドス黒い気配が。
えーっと、私、精霊の上位ってからには高位の存在って善性のものだとばっかり思ってたんだけど、ひょっとして違ったりする? 一気に全身の毛穴が開くような寒気を感じたんですけど? それこそ動物だったら毛を逆立ててシャーシャー言うか、腰砕けでキュンキュン鳴くかの二択じゃないかな。
現に森から鳥とか虫とかが一斉に飛び去って行ったよ。良いよね、あんたら飛んで逃げれて。私はお膝抱っこの上に腰に腕が巻き付いてるから逃げられないんだよ。くそ。
いやいや、逃げたいとか考えてる場合じゃ無いな。ボスの死亡フラグを何とかせねば。恩を仇で返す真似だけは避けたい。私は非道寄りなだけであって、外道では無いんだ。
「モルモットの件は私から提案した対価だから、ラキラが怒るのは筋違い。私はボスに感謝してるんだよ。ボスの働きが無かったら大切な人たちを守れなかったんだから」
「其処が先ず不快であるのだ。守護の印さえ纏わせておけば、わたしが其方の助けとなれた。咄嗟に頼るのがわたしでは無くあの羽虫であるとは……此れほどの無念もあるまい」
「だったらボスに腹を立てるのは余計に違うでしょ。昔、守護は要らないって断っちゃったのは私なんだから。怒るんなら私に対してじゃないの、それ。―――ところで、守護ってどんなものだったっけ」
「………………よもや……忘れた、と?」
酷い衝撃を受けたかのように、呆然と固まるラキラ。
美形はどんな顔をしても美形であるという不条理を、私はまたひとつ知った。
微妙に泣きそうな顔のラキラが、過去にもしてくれたという説明を再度してくれた。何か昔より簡潔にしてくれたみたいだけど。
あ、ドス黒い気配はもう消えたよ。よっぽど私の発言が衝撃的だったみたいで……狙っての事では無いけど、結果オーライ。
曰く、守護の印を付けられると私がどこに居てもラキラを呼び出せる & 呼び出したラキラが私を守ってくれる & 精霊程度は私に手を出せなくなる、など。
あー、それそれ、そんな感じだった……かな。き、聞いてたら何となく思い出した、よ? だからその泣きそうな顔はやめてほしいかなーなんて。
……いやもうマジすまん。多分私、お断りした途端に興味を失ったんだろうね。大事なこと以外はトコロテン方式で押し出されてゆくんだよ。こう、にゅるっと。
「本当にごめんよ。えぇっとそれで、ラキラが安心出来るって言うなら、今からでもその守護の印っての付けとく?」
正直、魔力の無い私が精霊に出会う確率なんて低いと思うし、人外呼び出し権も別に必要無いし、一方的に守られるのはどうかと思う。
前に言われた時もそう思ってお断りした(ような気がする)けど、印を付けられたからって呼び出さなきゃいけない訳でも無いから、私がラキラの守護をアテにして乱用するような真似をしなきゃ良いだけの話だ。つまりは私の自制心の問題。
だったら、印を付ける事によってラキラの心に平穏が訪れるって言うなら、受け入れても良いんじゃないだろうか。デメリットも無さそうだし。
「わたしの守護をそのように軽く扱われたのも初めてだ……」
「え、今の対応もダメ?」
「いや……わたしを特別視せぬ其方のそのあしらいが好ましい。……のだが、余りにも軽く扱われた故、戸惑っただけの事」
「ごめんね、これ性格だから……」
治らないっていうか、特に治す気は無いんだ。
「構わぬ。先も言った通り、其方のそういった面が好ましい。―――しかし、其方に守護の印を付けるつもりはもう無い」
「あ、そうなの?」
「此れからは永劫、わたしの傍らに在るのだ。印など必要無いであろう」
あーーーっ、その話まだ続いてたんだ?! もうとっくに流れ流れて終わったと思ってた!
私の頭に頬を擦り寄せ一人満足している人外の、その触れるのも憚られるような見事な白銀の髪をわしっと掴み、ぐいっと引っ張る。ちょっと、話があるから顔貸して。
「如何した?」
「だから、『どうした』じゃ無くって。日暮れ前に帰るってば」
「帰さぬ」
「その無意味な押し問答はもういいから。―――私はね、この世界に大事な人たちが居るの。大事な人たちと一緒に、同じ時間で、同じように歳を重ねて生きていきたいの。ラキラの事も大事だけど、他にも大事な人はたくさん居る。だから、ラキラだけの傍にずっと居るのは無理。家族と引き離されるなんて耐えられない」
人外もどきにされて監禁されるのは御免被る! というのを遠回しに伝える、私のこの口車。はっ、天職はもしや詐欺師なのでは? いや、なんないけども。
「わたしより、他の者を選ると?」
「ラキラ、私の自己中っぷりを舐めないで。どっちを選ぶとかじゃない。私は何ひとつとして手放さない。好きな人たち全部と生きていく。もちろん、その中にはラキラも居るよ。それじゃダメ?」
思いよ伝われ、と、鮮血のように赤い瞳をじっと見つめる。
逸らしたら負けだ。これは戦いなんだ。真っ向から対立する意見を互いに主張した場合、迎合出来無いんなら戦うしかない。迎合 = 監禁受け入れだから勝つしかないんだよ。負けてたまるか。
「……其方が、来ぬ間。わたしは不安であった。二度と其方と逢えぬのではないか、と」
しばしの沈黙の後、目を合わせたまま、ぽつりとラキラが零した。その声は小さく、今にも溶けて消えてしまいそうなもので。
「うん、それはごめん」
「何の便りも無く……わたしの知らぬ所で、其方が何者かにその命を散らされてはいないかと、其ればかり考えて」
人外様にお便りする方法が分からなさ過ぎてツッコミたいけど堪えるとして。
そんなに心配かけてたんだ。ごめんね、ありがとう、大好き。
でもどうして皆、私が何かと戦っている設定を前提に話すの? 私、そんなにバトルジャンキーみたいかな? 確かに狩りとかするけど、自分の力量ぐらい弁えてるからね? 団長並みの強者に挑んだりとかはしてないよ? まぁそんな人、その辺にほいほい転がって無いけど。
ちょっとこれ私のイメージどうなってんの? という疑問は横に置き、哀切さの滲む目をするラキラの頬を宥めるように撫で、別の疑問点を口にした。
「あのさ、水を差すようで悪いんだけど、会いに来ようとは思わなかったの?」
高位の人外様にそっちから会いに来いとか、無礼かなとは思うけど。来ないなら突撃しちゃえって発想になんないもんかな? 私はそっち派なんだよな。
「それは……思った。彼方の領域に身を置いたまま、幾度か其方の住む街を覗いてもみた、が……」
「が?」
「……人が多過ぎて気持ちが悪くなった」
完全に引きこもりの言い分ですねありがとうございます。
この人外、意外とポンコツじゃないかなぁ……。
「ち、違う。其方を慈しむ気持ちが足りぬ訳では決して無い。精霊共を遣わせてもみたが、あれらも人の多い場所は苦手としておるのだ。何より、其方は人非ざる者を以てしても見つけ辛い。其方の魂には色が無い故」
ポンコツかもなぁ、という不審の眼差しを注いでいたら、何を勘違いしたのか焦ったように言い訳を始めた。魂とか言い始めたよ……。マジであるんだね。スピリチュアルな世界へようこそ。
「本来ならば、魂にはそれぞれに色が有る。各々の魔力の特性が魂の色へと反映される、そういうものであるが……」
「んーと、私に魔力が無いから、魂にも色が付いて無いって事?」
「然り。色の無い其方をあの無数の人の群れの中から探すは、河原で透明な石を探すに等しい行為。幾ら其方の魂にわたしの名が刻まれているとはいえ、早々見つけ得るものでも無い」
待て、今何か聞こえた。
「サラッと重要事項が暴露されてびっくりしてんだけど、私の魂にラキラの名前が刻まれてるってどういう意味?」
「人非ざる者と名を交わすは、そういう事であるが?」
「『あるが?』じゃねーよ。腹立つわぁ美形の小首傾げ……。普通そういうの交わす前に言わない? 詐欺じゃん?」
「何ぞ不都合があったか? 精霊やわたしのような存在にしか分からぬ、と言うより、人には魂など分からぬであろう? 其方に見せてやる事も出来ぬ故、言うほどの事でも無いと思ったまでであるが」
「……そう言われればそうか」
言われた今ですら自分の魂がどうなってるかなんて分かんないし、不調も無いから気にするほどの事でも無いか。ちょっと詐欺られた感は残るけど。
「其の説明で納得する其方の雑さが愛おしい」
「褒めとディスりを一体化させるのやめてくれる? まぁ自発的に会いに来るのが難しそうってのは分かったよ。つまり、ラキラの愛が足りなくて私を見つけられないって事だね?」
「な、何……?!」
「あーあ、そっかぁ。ラキラは愛の不足を私のせいって事にして私に無理を強いるのかぁ。ガッカリだなあ」
声を大にして、尚且つ溜息を吐いてみせる。
ふふ、微妙に詐欺られた悔しさ(心が狭い)を乗せ、ラキラのメンタルを刺激する作戦に打って出た訳よ。監禁回避のためなら、友人のハートをぐさぐさ刺すのも厭わないぜ。私の口車を食らえ!
「はぁ……自分の都合押し付けて私を人外の領域に連れ去ろうとかさぁ、もう普通に嫌いになる案け」
「愛し子よ、わたしが間違っていた。もう其方を連れてゆこう等とは考えぬ。其方の意思を尊重すると此処で誓おう。だから如何か、わたしを厭うという前言は撤回しておくれ」
く、口車を回すまでも無かった! すんげえチョロい! 口車、途中でぶった切ってギブアップされたよ。え、何、殺すよって言っても割と流し気味だった癖に、嫌うよって言うとギブなの? うー、ペット愛が重いよー。
「愛し子、わたしのシーデよ。誠にわたしを厭うと、」
「あー、うん大丈夫、嫌わないよ。大好き大好き。私を監禁しないラキラが好き」
監禁回避の達成感とかどこにも無い。ただただ、ペットへの愛の重さに引いている。これさぁ、仮に私が死んだら、ラキラ、ペットロスになっちゃわない? 今から心配なんだけど。死ぬまでには何か対策を考えなきゃなぁ。
嫌わないとの言葉に安堵したのか、それはもう美麗に微笑みながら私のデコやら瞼やらにチュッチュしているラキラをよそに、自分の死後に思いを馳せ、憂慮から溜息を吐いた。
「さて、じゃあさっさと私に守護の印とやらを付けちゃってよ」
しばらくして、頭を撫でる程度の状態に落ち着いたラキラにそう提案する。
私、今までペットを飼った事は無かったけど、今後飼う機会があったとしても、チュッチュしまくるのはやめようって決めたよ。少々ウザい。飼い主の気持ちより先にペット側の気持ちを理解してしまった。
その申し出に対し、彼はそっと窺うように私の顔を覗き込んだ。
「……良いのか? 嫌なのでは無かったのか?」
「良いよ。そうすればラキラも安心出来るでしょ?」
何という友愛にあふれた言葉なんでしょう。
だってまたこういう事があったら、そのたびに宥めるの面倒じゃん? という本音を一分の隙も無く覆い隠した素晴らしい言葉選びですね。さすがはシーデさん、やはり詐欺師が向いているのでは?
なんて意味の無いナレーションを頭の中で流しながら、言葉を重ねていく。
「今回みたいに長期間来ない事が今後無いとも言えないからさ。印付けとけば、私からラキラを呼べるようになるんだよね? どうやって呼んだら良いの?」
「其方が何処に在ろうが、その口でわたしの名を呼びさえすればわたしへと届く。……そうさな、可能ならば、周囲に人の居らぬ所で呼ぶがよい」
はいはい、引きこもりさんは人の多い所はお嫌いですもんね。
「図らずも殲滅してしまう可能性が有る故」
ひ、引きこもりさんの殺意が高いよー!
「絶対人が居ないとこじゃないとダメだね」
「敵の前であれば丁度良いであろう? 愛し子を傷付けようとする者など、わたしが全て屠ってやるぞ?」
「だからどうして私が常に戦ってるって前提なの?」
全部屠るって言うなら、敵味方入り乱れてる時も確実に呼べないよね。味方まで殺られちゃう。……人外呼び出し権、意外と使い道は無さそうだな。いや、こんな恐ろしい殲滅兵器に頼るなって事だな。自分で殺ってこその殲滅です。
「まぁ私の部屋とかでなら呼べるかな。結界張れば家族が急に入って来る事も無いし」
「其方の小屋か。其れは見てみたいものだ」
「小屋じゃねーよ部屋だよ。犬扱いが過ぎるわ」
こちとら人間なんだよ。
もう良いからさっさと付けてくれ、と催促し、付けられました守護の印。
とは言え、目に見える変化は無いので実感はゼロだけど。
「まったく何も変わって無い気がする」
「其方には分からぬであろうが、魂を包むよう印を施した。此れで其方が何処に在ろうと見つけ出す事が可能になった。喜ばしい事だ」
また魂に装飾が施されたのか。しかも印で包まれてるって、どういう状態なんだろう。私の魂、デコられた?
……。
……待って違う、『見つけ出す事が可能』って何? あれそれ聞いてませんけど? すんごい綺麗に笑ってるけど、言ってること酷いからね? 遠隔視ストーカー宣言ですか?
「堂々と遠隔からの覗き宣言とか……いくら私がストーカー慣れしてるからってそれは無い。引く。だいぶ引く。トイレと風呂は遠慮して欲しい。最悪トイレだけは死守したい。うわぁ、ドン引きが止まらないよぉ……」
「速やかに誤解を解こう。わたしの話を」
「あ、すみません、ちょっと降ろしてもらえませんか? 何かちょっと無理って言うか……見られるのも観察されるのも慣れたものだと思っていたんですけど、さすがにトイレを覗かれる可能性を考えると嫌悪感が……人としての尊厳の問題と言いますか……」
「覗かぬ! ただ其方の居場所が分かるだけだ! わたしは覗きなどせぬ!!!」
膝抱っこから逃れようと蠢く私の耳に、絶叫が突き刺さった。キーンてする。
またしても泣きそうな顔になったラキラの説明を要約すると、私に付けた印は言うなればGPSのような役割も果たすらしく。勝手に覗き見るような悪趣味な真似はせぬ! と半泣きで怒られた。
ああ、確かに覗くとは言って無かったな、と思い返す。見つけ出せるって言ってただけだ。やだ勘違い☆
……とはならないよ。
何で毎度情報が後出しなの。先に言ってよ。またしても軽い詐欺に引っかかった気分だよ。
いや、原因は分かってる。ラキラにとっては説明するまでも無い事だからだ。本人はそれが普通の事だと思ってるから、わざわざ言うまでも無いって認識なんだろう。人と人外の常識の差異から生まれた悲しいすれ違いだ。この分だと他にも言われて無い事があるかもなぁ。無自覚の詐欺怖い。
まぁ何がダメかって、一度やらかされているのに、特に疑うこと無く、詳しく話を聞きもせず軽く受け入れた私の脳ミソの軽さが一番ダメなんだよね。年を経るごとにポンコツぶりが悪化している。のびのび生き過ぎた……。
常識や価値観の異なる相手との友情は難しい、と学べただけで良しとするか。学んだだけじゃなく生かさなきゃ意味が無いんだけど……私の脳には今後の働きを期待しましょう。誰かを嵌めるとか、そういう場面以外でももっと働いてくれなきゃ困りますよ? マジで。
******
そんな風にして、私は人外からの守護の印というものをゲットした。
活用の機会は無いだろうと予想していたけれど、私の小屋(部屋だっつーの)を見たいと言う人外様の要望を聞き入れ、数日後に自室内への呼び出しを実行。
名前を口にした途端、ふわっとその場に出現したラキラはそれはもう嬉しそうにしていて、まぁ喜んでくれるんならこうやって呼ぶのもありか、と納得。忙しい時にわざわざ森まで行く手間が省けるという打算は、もちろん表に出さなかった。
呼び出しても特にこれといってする事も無く、ただ数分程度おしゃべりをして、満足した人外様は帰ってゆかれた。
そして私は衝撃を受けたのだ。
ラキラの帰った後の自室が、ほんのりフローラルな香りだった事に!
私の部屋から女子っぽい香りがする! と感動して、それ以来、許可を得てちょくちょく部屋に呼び出すようになった。花の香りがするチート人外を、お部屋用芳香剤のノリで招く私。罰当たりとか、きっと気のせい。
彼は呼び出されるのが嬉しいようだし、私も自室が良き香りで嬉しい。両者の利益が一致する素晴らしい関係である。
そうする内に、部屋に出現しても大丈夫なタイミングを把握したのか、自発的にやって来るようになった。帰宅した瞬間とかなら着替えにかち合う事も無いと理解した模様。なかなか学習能力があるな。
そういった訳で、本日も人外様は私の帰宅と同時に出現なされたという事だ。他に趣味の無い引きこもり人外は、今日も絶好調で暇だったんだな……。
「其の魔核さえあれば、あの羽虫への借りは返せるのだな?」
ちょっと回想に耽っていたら、ひょいっと持ち上げられ、膝の上に乗せられた。これを定位置にされると……今は良くても婆になったら絵面がやばいぞ。
「そうそう。ちゃんと多めに返すから、文句も言えないと思うよ」
「そのように手間を掛けずとも、あの羽虫を消してしまえば返す必要も無いというに。其方は義理堅いな。もしくは其方をわたしに似た存在に作り変えさえすれば、己が弱点等と考えずに済むようになるぞ?」
「いや、今のところ人間やめる気は無いんで。あと、貰うだけ貰ってじゃあ死ねってのは人として腐ってると思う」
ボスが私にくれたペンダントを見て、開口一番「あの羽虫を消すか」と言ったラキラの笑顔は忘れられない。どうもボスとラキラの相性は最悪らしく……私をモルモットにと狙うボスに対し、飼い主的対抗心が湧き上がるらしいのだ。対抗心というか、モロ殺意。
二人は久しく会って無いはずなのに、会えない時間が愛育てる、とはならなかったようだ。育っても驚きだけど。
挙句、ラキラは未だに私を人外もどきにするチャンスを狙っている節がある。
お断りはしているけれど、いずれ魔王を叩き潰す事を考えると、人間やめた方が手っ取り早いんだろうか? という考えが過ったのも事実。やめたくは無いけど、可能性のひとつとして考慮しておくべきなのかもしれない。
しかし学んだばかりである“人と人外の常識は違う”という点を思い出し、それは本当に簡単に出来る事なのかと尋ねたのは、我ながらナイスだった。
「人知を超える程度の痛みに三日三晩耐え抜けば良いだけだ」
それ絶対発狂するやつじゃないですかやだー。
「わたしが傍らで励まし続ける故、其方ならば耐え得ると信じている」
「発狂レベルの痛みを励まし程度で乗り越えられると思うなよ」
ああ、ついつい常識外れの人外様へのツッコミは言葉が悪くなってしまう。注意しなくては。団長が知ったら悲しむ or お説教だ。
「私そんな打たれ強く無いよ……。平凡な人間として、普通に痛いのは嫌だよ」
「痛みを厭う者は、自身に八倍もの身体強化をかけ走り回った末、木の根に躓き恐ろしいほどの勢いで転倒し血みどろになるような事はせぬと思うが……」
いやぁ、あれは死ぬかと思ったよね。てか死んだと思ったよね。その節は救命していただき誠にありがとうございました。心から感謝と反省をしております。
その恩もあって、多少面倒だろうと突き放せないんだよな。ま、それが無くても友達だしね。
しかし、それはそれ、これはこれなのだ。
「あれは修行だから良いの。得るものはあったし」
八倍の身体強化、マジやべーって学んだよ。人生は勉強の連続だ。今世の私、体を張って学んでゆくスタイルを確立しつつある。……命は大事にしよう、うん。
「まぁ痛いのは嫌だけど、いつか自分で対処出来無い敵と対峙するような事があったら、その時は……人外にしてくれって頼んじゃうかもしれない」
発狂せずにいられる自信は無いけども。でも魔王を倒すのにそれしか方法が無いようだったら、そうするしかないよな。三日三晩かかるんなら早めに言わなきゃなあ。ご利用は計画的に。
「そういう場合にこそ、わたしの力に期待すれば良いのではないか? 其の為に其方に守護を付けたのだぞ?」
「あー、うん、そうなんだけどさ……」
いや、魔王退治って、単身で行く訳じゃ無いから。味方まで殲滅されたら困るのよ。サイラス師匠だって、一応ルナ王子だってメンバーのはずだし。他はまぁ、知り合っても無いからどうでも良いけど。
……なんて情報は、今はまだ言えないんだよねぇ。
「ラキラの力に頼りきりなのも情けないし、ね」
誤魔化すように曖昧に笑うと、なぜかラキラが沈痛な面持ちになった。
「誠に其方の澱みは深いな……其の小さき体に何を抱えておるのか……」
「あ゛? 誰が小さいって?」
周りにマッチョが多いから相対的に小さく見えるだけなんだよ、私は。家族の中ではそれなりだよ。既に母さんとも並ぶ身長だよ。
ラキラは筋肉とは無縁なスラリとした身体だけど、身長はありやがるし。私だって標準的な身長は保っているんだ……まだ伸びてるし……頑張れよ牛乳ー!!
「其方の地雷が謎であるな。引っ掛かるべきは其処では無いように思うが……やはり矛盾には気付かぬのか……」
「矛盾?? 私にとって身長は最重要事項に分類されてるんだよ。―――さて、そろそろ夕飯作んなきゃだから台所行くけど、ラキラはどうする?」
「ふむ、其方の家族は未だ帰宅しておらぬな。わたしも共に行こう。そして味見をしよう」
「はいはい、じゃあ行くよ」
お部屋用芳香剤である人外様は、たまに味見係にも転向出来るポテンシャルを秘めていた。言う事こそ物騒だけど、こうしていると至って平和なんだよなぁ。こんなに呑気な彼が殲滅兵器だとはとても思えない。
この時の私こそが呑気であったと、そう気付くのはまだ先の事。
気にするべき言葉を何の気なしに流していたと、そう理解するのは、まだ先。
ここで気付いたからといって、未来は何も変わらなかった。それだけが救いだと一人嗤う事になるのは、ここから2年ほど後の話。
たまにシリアスさんがチラチラと生存を主張してきますが、どう足掻いてもシリアス(笑)にしかならないので気楽にお読みいただけると助かります。
シリアスさんに期待しちゃいけない(震える声)




