第58話 和泉の世界・和合
「ありがとう、武蔵君、私のこと心配してくれて。でも、あなたまで死ぬことないよ。こんな奴のいいなりになるぐらいなら、私は死んだ方がましだと思うわ」
「和泉ぃーーー!」
和泉は何も言わず、矢尻を喉に突きつけた。
喉に切り込みが入り、血がじんわり出てきた。
「和泉いいいぃーーっ、もうやめろ!」
「愚かな女だ。我にかなわぬなら死を選ぶか」
「仲間のために死を選ぶこともあるのよ。ある人が命がけでそれを教えてくれた。私一人の犠牲でみんなが助かるなら・・・」
和泉はそう言うと手に力を込めた。
「私はよろこんでこの命を捧げるわ」
和泉はそう言うと俺に向かって笑った。
「よせえええぇーーーー!」
俺の絶叫と共に、和泉は手を喉に押し込んだ。
矢がへっこんでその分が喉に入り込んでいく。
「ダメエエーーーーーーッ!」
俺の横にいた子供の和泉が大声を上げた。
和泉は微笑むと自分で自分の喉をかっ切った。
「ちっ、この女の心、もう少しで折れそうだったものを・・・」
ガーベンは苦々しげに呟くと、俺に向かって言った。
「時は満ちた。我の前に来い。そこで決着をつけよう」
そう言うと、姿は消えていった。
「私のこと・・・、心配して・・・くれてありがとう・・・。ホントに・・・うれしかったよ・・・」
そう俺の耳元でささやくように言うと、和泉はいつものように自信に満ちた強気の笑顔を見せた。
「和泉・・・・・・」
俺は地面に倒れている和泉を抱えた。
「みずほ、後は頼むわよ」
そう言うと、子供の和泉を見た。
「そんな、行かないで」
子供の和泉は泣きじゃくりながら、和泉の手を取った。
「大丈夫よ・・・。これからはあなたが・・・私になるのよ・・・。いえ、私が一時的にあなたの代わりを・・・やっていただけなのよ・・・」
「でも、わたしなんか弱くて頼りなくて・・・・・・」
「大丈夫。みんなそうだから・・・」
そう言うと和泉は俺を見た。
「ゴメンね・・・。いろいろと・・・迷惑かけたわね。これからは・・・みずほの面倒見てくれるかな・・・」
「和泉・・・・・・」
俺の心配そうな顔を見て、和泉はいたずらっぽく笑った。
「大丈夫だって・・・、私死ぬ訳じゃない・・・。ただ、今の私とこっちのわたしが・・・一つになるだけ・・・、元々一つだったのに・・・分かれてたから。いつかは元に戻らなけりゃって思ってた・・・」
「和泉……、本当だな? また会えるんだよな?」
「うん……。ちょっと変わってるかも…しれないけどね。だから…、気にしないで。むしろ、私…ホッとしてるんだよ…。もう…演技しなくても…いい。本当の…自分になれるんだって…、踏ん切りがつけられたから…。ありがとう、武蔵君」
和泉は笑いながらそう言うと、こぼれる涙をぬぐった。
「でも、でも、わたし・・・」
子供の和泉が泣き顔で和泉の手を握った。
「これで・・・私の役目は終わり・・・。これからはいつも一緒よ・・・」
そう言うと、和泉の姿は次第にかすれていき、消えていった。
和泉が消えたとたんに、子供の和泉の体が光った。
「こ、これは?」
俺が見ている間に子供の和泉は大きくなっていき、やがて本当の和泉と同じ年格好になった。
「わ、私、変わっちゃった。大きくなってる」
「い、和泉なのか?」
「う、うん。あまり実感ないけど・・・」
おどおどしながら、新しい和泉は周りを見回した。
以前までの和泉とはちょっと違う。
少しおとなしくなったような、ピリピリ感が消えたというか。性格的に丸くなっている。
それでも表情や仕草は俺の見知っている和泉だった。
そのとたん、俺はいきなり息苦しくなった。
首が締まる。
俺はもんどりうって地面を転がった。
「どうしたの?」
和泉が俺の様子を見て血相を変えた。
「だ、誰かが俺の首を・・・」
俺が息も絶え絶えにそう言うと、景色がぼやけていった。
「武蔵君!」
必死に呼びかける和泉の姿が次第に消えていった。
俺はいきなり目覚めた。
その目に写ったのは、俺の首を絞めているガーベンだった。
ガーベンが和泉の背中から上半身を浮き出している。
その状態で目の前にいる俺の首に手をかけているのだった。
意識が薄れる。
このままでは・・・、ガーベンにくびり殺されてしまう。
俺は思いっきり、後ろに飛び退こうとした。
「武蔵ぃーーーっ!」
俺の目に剣を振りかざしてくる日向の姿が見えた。
日向は剣を大上段に振りかざした。
狙い違わず、日向の剣先はガーベンの両手を切り飛ばした。
「うおおおおぉーーーっ!」
ガーベンは悲鳴を上げながら、体を和泉から切り離そうとしていた。
俺は自分の首にそのまま残っているガーベンの両手を引き離して、そのまま投げ捨てた。
瞬時に腕は霧がすんで消え去った。
ガーベンは和泉の背中から完全に抜け出していた。
端から見ると蛹が羽化して、蝶が出てきたように見えた。
もっとも、綺麗な和泉から醜い化け物のガーベンが出てきたのは、毛虫から蝶と違って悪趣味な逆転だけど。
「日向! 俺が奴の気を引くから、一撃で片を付けてくれ」
俺の指示に日向が黙ってうなずく。
俺は「おりゃああーーーーー」と気合いのかけ声を上げると、生まれ落ちたばかりのガーベンに向かって行った。
ガーベンはすでに両手を復活させており、俺の気合いを込めたパンチをやすやすと手で払いのけた。
左手の鍵爪を俺につきだしてくる。
敢えて俺はよけずに攻撃を受けた。
左からの一撃は俺の脇腹を切り裂いた。
しかし、直撃ではない。
痛みを堪えながら、俺はガーベンの左手を脇で挟んだ。
ガーベンは俺の予想外の動きに、激しく動揺して体のバランスを崩した。
今がチャンスだ。
空を飛べる奴はピンチになれば、いつも飛んで距離を置く。
ウゴスで実習済みだ。
その手はもう通用しない。
俺はそのまま体をよじり、ガーベンを地面に押さえつけようとした。
抵抗するも、手が自由に動かせないこともあって、そのまま床に転がされた。
「今だぁっーー!」
俺の声に反応して、日向が剣を床に振り下ろした。
日向の剣はガーベンの脳天に深々と突き刺さっていた。
「うががああああああああああああ」
ガーベンの絶望の響き声が船内に響いた。
目を見開き、鍵爪を上へと振り上げた。
まるでその手で自らから離れようとしている魂を、つかみ取ろうとしているかのように。
その手は何もつかみ取ることはないまま、輪郭が薄れた。
赤い霧状になって、ガーベンの姿が煙となり吹き消されていった。
「うえ~。いきなり和泉さんの姿が輝いたかと思ったら、背中が割れてガーベンが出てきやがった。まるでホラー映画だぜ」
確かにそんな光景をまともに見たら、しばらく夢でうなされそうだ。
俺は大いに日向に同情した。
「武蔵さん、大丈夫ですか?」
神在月さんが心配そうに俺に声をかけてきた。
「な、なんとか、生きているみたいです」
俺は首をさすった。
幸い、すでに首の傷は癒えており、もう何の痕も残っていない。
「うぅーーん」
「和泉さん?」
神在月さんがうめき声を聞きつけ、床で倒れている和泉の元へ駆け寄った。
俺や日向も横隣にしゃがみ、和泉を見守る。
和泉はうっすらとその目を開け、周りを見回す。
「武蔵君、私・・・・・・」
和泉は目を伏せて俺を見ようとしなかった。
「大丈夫、終わったんだ」
「でも、私・・・・・・」
和泉は座り込んだ姿勢のまま、みんなから背を向けた。
「和泉さん、助かってよかったよ」
日向が笑顔で声をかけた。
「無事だったのね。よかった・・・」
安堵した神在月さんの声もする。
「ホントに? 怒っていないの?」
和泉は後ろを向いたままたずねた。
「ガーベンの分身に操られていたんだろ。和泉がたまたま狙われただけで、もし俺が襲われていたら、俺がそうなっていただろうし・・・…」
俺は頭をかきながら、言った。
和泉は何も言わなかった。
ただ、その背中が震えていた。
神在月さんは何も言わず、和泉の後ろからそっと肩を抱いた。




