第51話 大隅教授との密談
翌日、俺は大隅教授の個室を訪ねた。
ドアにはプリントアウトされた『大隅』とだけ書かれた小さなネームプレートが貼られていた。
俺たちのより質素だと思いながら、ドアをノックする。
返事がない。
二回叩いたが、何の反応もなかった。
「大隅教授、いらっしゃらないんでしょうか?」
居るわけがないから、静かなんだろと思わず自分でつっこむ。
が、驚いたことに返事があった。
「誰だ?」
ドアの内側から声がしたのだ。
居留守かよ。
さすが偏屈で知られる大隅教授だけのことはある。
「武蔵です。少しお話を伺いたいのですが、お時間の方はよろしいでしょうか?」
ドアロックがカチャリと音を立てて外れ、中に不機嫌そうな顔の大隅教授の姿があった。
「君だったか。話は神在月くんより聞いた。何のようだね?」
「どうしたんですか?」
「連日、関係者からの叱責がひどくてな。辟易していたところだ」
「あの? 今は大丈夫なんでしょうか?」
「建設的な意見なら、歓迎だ。夢幻界へのダイヴを申請した。君がここに来たら、すぐに話をするつもりだった」
「わかりました。それじゃ準備してきます」
俺は睡眠観察室へ足を向けた。
いつものように使用許可を取ると、リンクアップする。
一時間後には、俺はカプリース号の視聴覚室で、大隅教授と向かい合っていた。
「大隅教授、実はうかがいたいことがあるのですが?」
「何だね?」
「夢幻界への調査はいつになるのですか?」
俺の問いに大隅教授は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「もう調査はない。我々の活動は休止状態に追い込まれている。追ってANHD解散の指示が下されるだろう」
「それで本当によろしいんですか?」
俺の問いに大隅教授は真剣な表情になり、やっと俺の方を向いた。
「そんな訳があるまい。ワシのことを全く信用しようともしない馬鹿どもが」
「なら、今からでも遅くありません。出動の許可を」
「調査は失敗した。もう後任は来ない。いまさら何が出来るかね?」
「しかし、モニタリングしていた教授なら分かるはずです。特務部隊は確実に敵を追いつめています。あと少し、あと少しなんです」
俺の言葉も大隅教授を焚きつけるものではなかった。
「このままでよろしいのですか? このまま、ANHDが解散したら、俺たちは何のために今まで働かされてきたんですか。教授も責任を取らされますよ?」
「君はなかなか説得がうまいな。この歳でこれならば、将来立派な講演が出来るぞ」
大隅教授が興味なさそうに言った。
しかし、その抑揚は何でここで終わりなんだ、という無念さを帯びていた。
教授は明らかに上層部に不満を持っている。
なんとかそれを刺激すれば。
「これで終わったら、またオカルト学者とかマッドサイエンティストなんて呼ばれてしまいますよ。いいんですね?」
俺は決めゼリフとばかりに念を押した。
「君もそう思っているのかね?」
「俺は夢幻界があることを知ってます。教授の言っていることがウソだとは思いません」
「そうか」
「都リーダーも言っていました。ANHDがあるのは大隅教授のお力添えあったからだ、と」
「夢幻界の存在がナイトメアハザードを引き起こしたのは事実なのだ。それなのに世間はだれもそれを信じようとしない。だが、それは確かにそこに存在して、影響を及ぼし続けている。かつて、心理学者ユングが提唱した普遍的無意識(UUC)の領域は、夢物語ではない。それは今もって生命体の活動とともに拡大を続けている。あたかも、この宇宙が広がり続けるのと同様に、いや、夢幻界の拡張と精神が、全宇宙の進化の過程とも密接に関係しているにもかかわらず・・・・・・」
俺には学術的な難しい話は分からないが、自らの人生をかけてやって来た成果を一度の失敗で台無しにされたら、無念だという気持ちは痛いほどわかる。
俺も失敗ばかりしてきたし、それは他人から見ても俺の人生は挫折の連続だと思う。
しかし、他人が自分の惨めなところだけ見て、自分を評価しないという理不尽さには、心底同情するし、協力したいと思う。
大隅教授は一通り自分の意見を言うと、黙りこくった。
俺には半分も理解できなかったが……。
大隅教授からすると、ANHDの活動の否定は自らの研究の否定と同じだ、ということはわかった。
俺はずっと気になっていたが、聞くのをためらわれた質問をたずねた。
「都リーダーはもう生き返らないのですか?」
大隅教授は手を組んだ。
かつての姿を思い起こすかのように。
「都君は生きているが死んでいる状態だ。目覚めないで眠ったままなのだ。その後どうなるのか今の地点では分かっていない」
「今まで起きた人は隊員の中にはいなかったのですか?」
「残念ながら、夢幻界で致命傷を負わされた人で、目覚た者はまだ誰もいない。もちろん、出雲愛のような例外がないわけではない。だが、ナイトメアハザードでの昏睡状態と夢幻界の死は明らかに違う」
「脳死状態になるってことでしょうか?」
「いや、脳死なら脳波に異常が出る。しかし、夢幻界の死は脳波は正常だ。心臓は動いているし、呼吸もしている。ただ、目覚めることはないということだ。あえて言うなら魂の死、『魂死』とでもいうべき状態なのかもしれない。人は肉体と精神と魂の三つで出来ているという。そのうちの魂が行き場を失った状態、もう元の肉体に帰ることが出来ず、切り離されたままになる。それが夢幻界の死ということなのだろう」
ということは、都リーダーの魂もどこかをさまよっているのだろうか?
それでもまだ希望はある。
都リーダーは死んではいない。
今の話の通りなら、きっと今でも俺たちを見守っているはずだ。
俺はそう信じる。
そう考えると俺の心は決まった。
俺一人だけでも都リーダーの意志を継ぐ。
都リーダーの守りたかったこの世界を守る。
今となってはそれが俺ができるたった一つのことだ、と。
「大隅教授、ご協力いただけませんか? 一回だけでいいんです。これで終わりなら、悔いが残ってやり切れません。俺は都リーダーの無念を晴らしたいんです」
大隅教授は無言で何事かを考え込んでいた。
が、ついにその顔を上げた。
「連続しての活動時間は三日間、つまり七十二時間が限界だ。それ以上を過ぎると、やはり魂が夢幻界から戻ってこれなくなる。我々の活動できる時間は、ナイトメアハザードの犠牲者の電源が落とされる七月末の三日間のみだ。それが最後のダイヴになる」
「そ、それじゃあ……」
「最後の三日間の確保、それをワシが何とかしよう。君たちはそのチャンスを生かしてほしい」
「・・・大隅教授、ありがとう・・・ございます・・・」
俺はたどたどしくそう言った。
「ワシとてこのまま終わりでペテン師扱いされるのは、納得がいかん。あの高慢ちきな連中の鼻をあかしてやりたいからな」
大隅教授はそう言うとニヤリと笑った。
ついに七月の二十八日になった。
あと残り四日後でナイトメアハザードの犠牲者の電源が強制的に落とされる。
もちろん今回の決定には反対意見が多く寄せられた。
数多くの人権団体、海外からの活動家、ジャーナリストからの批判が相次いだ。
マスコミの大半は政権の暴走だと連日報じ、ゴシップ週刊誌が虐殺だと書き立てた。
しかし、政府は今後すぐに起こると思われる夏の電気不足による大停電を防ぐためにどうしてもしなければならないと主張した。
きしくも隣国の央華帝国では、日本批判の発表が連日出され、狂った政権による暴走は世界における脅威であると批判していた。
一部の週刊紙は今回の電源停止によるナイトメアハザード犠牲者切り捨てを皮切りに、反対論者の暴動が起きるだろうと書き立てていた。
ANHDにもこれらの情報が入ってきていた。
どちらかと言えばANHDの方がこうした情報を正確に分析して決断しなければならない組織であるから、より細かい内情が分かる立場にあった。
そんなおり、大隅教授から今回のことについて発表があると通達が入った。
午前十時ちょうどにANHD隊員すべてが講堂に集められた。
ついに来るべき時が来たか。
大隅教授はどういう決断をするのだろうか?




