第45話 水着姿の和泉
これじゃらちが明かない。
俺は状況を打破するため、話を切り出した。
「それじゃあ、発想を変えよう。泥まみれになった経験はないか?」
「私、泥で服を汚したことがないから、イメージが浮かばないのよ」
ええっ、泥で汚した経験がない??
「泥まみれになったことなんかなかったし、ましてやそんな汚いのちょっと予想できないから。意識し始めたらイメージができなくて」
よくよく考えれば泥んこになったことなんて小学生以来ぐらいだし、日常生活ではまずない。
和泉が涙目で俺を見た。
いつもとは全然違う姿に、俺は正直驚いた。
言葉をかけることをためらっていると、横を向いている和泉の方からしゃべってきた。
「私は行けないから。ほっといて」
「・・・和泉さんがいないと戦力ダウンだろ・・・。早く手伝ってくれないかな?」
日向がそう言うと、怒りと羞恥心で真っ赤な顔になった和泉がこっちを正面から見た。
「分かっているわよ! でも、どうしたらいいのよ?」
ちょっと逆ギレ気味に聞かれた俺も、どう返事したらいいか困る。
和泉にしても本気で困っているようで、いつもの自信にあふれた表情は見る影もなく泣きべそになっている。
これはこれでなかなか見られないよなと思いつつ、さすがにつっこんだらマジで半殺しにされそうだ。
「何か泥以外にも汚れた経験はないかな?」
「ないわよ。それに泥で汚れると、どれだけ汚れたかなんて細かく意識できないのよ。シミだけでも大変なのに、服全体なんて」
相当重傷だ。
嫌悪感でイメージできないだけでなく、泥の汚れ具合が想像力に及んでいないのだ。
「私、袴しか着てないでしょ。どうしてか分かる?」
そう言えば、和泉はいつも袴姿だった。
なぜだか不思議だったが、聞く機会がなかったし、聞く勇気もなかったが。
「袴姿以外に想像が追いつかないの。きれいな服を着ようと思っても、細かく想像できない。いつもめちゃくちゃになる。だから、普段から着ている服しか想像が及ばないのよ」
和泉は早口でそうまくし立てると、ハアァーとため息をついた。
「戦いの邪魔になるから服装のことは頭に入れないようにしてた。どうせファッションなんかこの世界で気にする必要なんかなかったし。でも、せっかくだから綺麗なアクセサリーでもつけたいと思っても、それすら意識してもできないぐらい追いつかないの」
俺は和泉が戦闘で秀でていたから、内心にぜんぜん気付かなかった。
和泉は和泉で戦うだけで精一杯だったのだ。
「私だって、みんなの手伝いしたいし、戦いに加わりたいよ。でも、どうしたらいいの?」
俺は和泉の困り果てた真剣な表情を見ながら、本気で何とかしてやりたいと思った。
単に戦力という意味だけでなく、和泉のコンプレックスを消し去りたいという意味でも。
「なあ、何かどろんこでイメージできるものはあるか?」
「そんなこと言われても・・・・・・」
「何でもいい。泥がついたスポーツとか、ゲームとか」
俺の言葉に頭をひねっている。
「泥じゃなくて砂でもいいのかな?」
和泉は上目遣いでおどおど見た。
「スポーツだったら、ほら、砂の上で寝ころんでから、走って旗を取るのがあったけど」
「ああ、そう言えばあったな」
なんて言ったっけな?
旗は英語でフラッグだから・・・、確かビーチフラッグだったか。
「でも、あれじゃ違うし」
「それでOKだ。あの競技に参加しているイメージを広げて」
「うん」
「なら、選手になって砂がついた姿を想像して」
和泉は懸命に砂まみれになったイメージを考えている。
「・・・海に行って、砂がついて・・・、ちょっと痛くてじゃらじゃらしてて・・・気持ち悪くて・・・」
和泉はイメージを具体化させるために、ぶつぶつと小声でつぶやいている。
「何とかできた」
「じゃあ次は砂がびっしり付いているのを。ちょっとじゃ取れないようにこびり付けた姿で」
「・・・うん、分かった」
和泉はなんか必死で考えている。
やがて、まとまったのか俺に顔を向けた。
「砂でいっぱいの姿はできた」
「上等だ。なら、後はそれを泥にして」
「そ、それはちょっと」
和泉は眉間にしわを寄せた。
「大丈夫、袴姿だからうまくいかないだけだ。水着とかだったら問題ないだろ」
「そ、そうか」
和泉ははっと閃いたように、表情が明るくなった。
「ちょっと待って」
そう言うなり、船内に消えた。
「お、おい」
俺が呼び止める間もなく、和泉は隠れてしまった。
しばらくして和泉が顔だけ扉から姿を見せた。
「こ、これでいいかな」
真っ赤っ赤な顔で聞いてくる。
「ああ、とりあえず出てこいよ」
俺の声にじりじりと姿を見せる。
和泉はビキニ姿で右手で両胸を覆い、左手で下を隠していた。
迂闊だった。
俺はイメージを助けるために、水着を例にしたのだから、和泉がこの恰好になるのは予想できたはずだった。
むしろ下心なく真剣に考えたため、逆に想像できなかったというか。
しかし、こうして実際に和泉の水着姿を見せつけられると、ちょっと目のやり場に困るというか。
しかも、ただの水着じゃない。
すごい表面積の小さいビキニである。
想像力が及ばないからって、こんな小さいのを着てくるなんて。
程良い大きさのお椀型の胸を乳房だけが隠れるぐらいの赤い布で覆っている。
その姿が恥ずかしすぎるのか、右手でしっかり押さえているものの、はみ出した胸の谷間が強調されてしまっている。
お腹もくびれ、形のいいへそが見えている。
お尻には同じく何の装飾もないシンプルな赤一色の三角形の布で前を隠している。
グラビアモデルがこんなの着ていたような、いやAVだったかな。
いやいや、とんでもない。
一緒にしたらあまりにもこれは・・・・・・。
俺が自らの妄想に悶絶中の時に、幸いなことに和泉はそんなことに気付かず俺以上に恥じらいながら、顔はおろか耳まで赤くなった状態でこっちを見ている。
お互いに困惑した状態で見つめ合っていたが、さすがに俺のほうが我に返った。
俺は目を背けた。
見ていることで和泉を汚している気分になったから。
「取りあえず、それでいいよ。それで泥に入ったらどうかな」
「分かった。武蔵君がそう言うなら」
和泉は水着姿で縄ばしごを降りだした。
さすがに日向も信濃さんも目を丸くして和泉を見ている。
和泉は後ろ向きで降りていく。
前は見えないだろうけど、形のいいお尻の方は見えているのだが。
和泉はそのまま泥の中に首から下の体全体を浸けた。
「大丈夫かああーーっ?」
俺は甲板から叫んだ。
「う、うん。動けるよ。これなら行けるかも」
和泉はそう言うと、泥に浸かりながら満面の笑みを浮かべた。
泥まみれになった水着姿の和泉は、俺が見たどんなグラビアのモデル姿よりも美しく思えた。
俺たちは泥の沼地を歩き始めた。
俺を先頭に真ん中に和泉と日向、しんがりには信濃さんだ。
日向の奴、和泉と隣通しでうらやましい。
俺は前にいるから見れないんだけどな、と本気で思った。
もっともすでに全身泥まみれだから、そこまで気にしなくてもいいとは思うが、男としては気になる。
後ろを見ると和泉も日向も真剣に周りをうかがっているため、恰好までは気にしていないようだ。
ま、それもそうか。
こんなところで変に気を使っている俺の方が、逆に失礼だし緊張感に欠けている。
俺にしても先がどうなっているのか分からないのだから、一番気をつけないといけない立場だ。
幸い深さは腰ぐらいまでしかなく、溺れるほど深い泥沼でないことが救いだ。
俺がちゃんとみんなを導かないと、と気持ちを新たにした。